第43話 思わぬ出会いをしました。
「名乗るのが遅くなって申し訳ない。私は王国直属軍第1部隊、通称赤印隊の副隊長カーティスだ」
「同じく赤印隊隊員ジェノだ」
カフェの中に入り兵士の2人がまず名乗った。
「国外から来た方たちらしいから、簡単に説明しておこう」
カーティスさんは、近くにあった椅子を自分のもとへを引き寄せ腰かけながら話し始める。
「この国は直属の軍を持っていて、それらは12の小隊に分割されている。それぞれは、治療に特化していたり、武器の扱いに特化していたりと特色を持っている。そして、それぞれがモチーフカラーを持っているんだ。その色の旗を掲げ、その色の隊章を胸にもつ」
「あなたが所属する小隊のモチーフカラーが赤、ということなんですね」
涼さんが、カーティスの胸元にある赤色を基調とした隊章を指さしながら言う。
「あぁ、そういうことだ。そして、我らが隊は全体から優秀な兵を選抜して作られた特別な隊だ。国軍の縮小版といってもいい。医療に長けた者、武器の扱いに長けた者、様々な者があつまり、1つの隊を作っている」
つまり、今回は魔族1匹のためにその優秀な小隊が出動したということだ。街中に出没したとはいえ、これは異常なことなのではないのだろうか。
「カーティス副隊長、今、通信で魔族が逃げて行ったとの連絡が入りました」
カーティスにジェノが連絡する。どうやら何かしらの魔法でジェノのもとに連絡が入ったらしい。
「そうか……。今回のは一種の冷やかしだろう。戦闘がなかったのが幸いだな」
カーティスは少し安心したような表情を浮かべた。
「そうだ、入国許可証を見せてもらおう。わざわざ魔族が出る国に来るなんて、どこかの商人か?」
カーティスは、確実に俺の方を見て聞いた。どう切り抜ければいいか分からず、出した結論は人に頼る、という何とも情けないものだった。
「え、えーっと……、許可証……。どこやったかな……、ね。涼さん?」
「お、俺? ゆあが確か……」
「私ですか!?」
明らかに動揺している俺たちを怪しんだカーティスとジェノはアイコンタクトをとり、
「不法入国か? 名前を言え。そこの子供2人も。今から隊員に連絡をして、場合によっては身柄を拘束する。ジェノ、連絡を頼む」
「はい、副隊長」
これは非常にまずい。しかし、よくよく考えれば俺たちはこの王国に召喚された身だ。正直に名乗りさえすれば、きっと問題はないはずだ。自分たちの意志で出てきて面倒を起こしたから、王女様や、城で待つ壮さんたちに迷惑をかけるかもしれないが仕方ない。
「俺は仙崎淳です。あと、高崎涼介と三谷ゆあです」
俺が3人の名前を伝えた途端、カーティスの顔色が変わる。
「もしかして君たち……、いや、あなた方は……」
その様子を見たシオンが、続けて名乗る。
「俺はシオン・キリグリーマ。この国の王子だよ。ちなみにこの子はリク。街の八百屋の子」
シオンは何とこの国の王子だったのだ。それを聞いた途端カーティスは青ざめた。当然のことだろう。王国直属の兵士でありながら、王子の存在に気付かなかったのだ。
「シオン様……! この1年何をしてらしたのですか! 国王も、奥様も心配しておられたのですよ。奥様は体調を崩されて大変だったのですよ……。それに、お三方も……。皆様が召喚された方だとは気付かなかったものですから……。今までの無礼をお許しください……。」
カーティスは深々と頭を下げた。俺たちが、そんなことはしなくていい、と必死に説得すると感謝の言葉を述べながら頭を上げた。
「ジェノ、追加で連絡だ。王子様が見つかった。それと勇者様方もご一緒に居られます」
カーティスはジェノに追加で通信をするようにと頼んでいる。どうやら俺たちのことも話していたようだ。壮さんたちに迷惑をかけるようなことにならなければいいが。加えてとこどことに混じるシオン……、王子様の話も気になる。1年間も王子が家出をしていたとでもいうのだろうか。
「城の方に勇者様方のことも勝手ながら連絡させて頂きました。」
一気にかしこまった態度になったカーティスに少し気まずさを感じる。彼は、そう言った後、ジェノとともにカフェの外に出た。どうやらシオンが見つかった連絡を色々なところへしなければならないらしい。城に連絡がいったということは、壮さんたちにも連絡がいくだろう。心配をかけたくないから、そろそろ城に戻ろうか、と涼さん、ゆあと話しあう。
そして、シオンたちに別れを告げようと、涼さんとゆあのもとを離れ、彼らの方へ向かった。
「シオ……、王子様」
「センザキさんだっけ……? シオンでいいよ」
「じゃぁ、シオン。俺も淳でいいから」
「うん。お父さんが異世界から勇者様を召喚したって言ってたけど、まさか淳がそうだったなんてびっくりだよ」
「俺が勇者になんて見えないだろうね。俺もシオンが王子様なんてびっくりだよ」
笑い混じりに何気ない会話を繰り返す。きっと、彼は王子だからどこかでまた会うことになるだろう。当たり前のようにそう思った。しかし、それは違った。
「あのね、俺、もう城に戻りたくないんだ。ここで、リクや、他のみんなと暮らしていきたい。お姉ちゃんが王様になればいいでしょ? 俺はここで暮らしたいよ」
彼のまだ幼さの残った姿から生まれる、自立した言葉に驚いた。
「カーティスが僕を分からなかったのも、きっと1年前……、僕が10歳だったとき、魔族が復活したことが分かって城を飛び出したときからすっかり変わっちゃったからだよ。城にいても、街は救えないから。ただ危ないから、って部屋に閉じ込められるだけだから」
しかし、カーティスの言葉によれば、両親……つまり国王夫妻もかなし心配していたようだし、彼の姉、王女様も同じように心配していただろう。シオンがこれからどうするか、俺がどうこういえたことじゃない。でも、誰かに心配と迷惑をかけていうことだけは分かってほしかった。
「シオン、国を守りたい気持ちは分かるよ。でも、まだ子供だから……。自分のやりたいようにする前に、ちゃんと親に話すべきじゃないかな? そうすれば、街のみんなと暮らして、国の協力を借りながら魔族から守ることが出来る様になるかもしれない」
偉そうなことを言っているということは分かっていた。しかし、シオンは黙って聞いてくれた。そして、彼はゆっくりと話し始めた。
「淳、僕ね、この街で暮らし始めたことから分かってた。この街に居たって何もできない、って……。なら、城に居て大人しく王子してたほうがいいのかな、とも思ったよ。でも嫌なんだ。何もできないで居るの。だけど、僕はお姉ちゃんみたいに頭も良くない。国軍みたいに戦うこともできない。僕、どうしたら、魔族から国を救えるのかな……」
悔しそうに言う彼は、とても11歳の少年には思えなかった。そこに居たのは、国を守りたいと願う、未来の国王だった。
「ごめん……。俺には分からない。俺にも、何もできないから……」
まだこの世界にきたばかりの俺には、何も言う言葉がなかった。ただ、そういうしかなかった。
「ねぇ、お願い……。僕だけじゃだめなんだ。軍だって、魔族1匹捕まえられなかった。……この国を救って。魔族を倒して」
潤んだ瞳で俺を見つめるのは、今度は先ほどの王子としてのシオンではなく、一人のこの国の子供としてもシオン。その言葉に、声に、瞳に、俺の心は大きく動かされる。
「こんなこと頼んじゃダメだって分かってる。迷惑なことぐらい僕にも分かる。でも、勇者様たちがこの国の最後の希望なんだよ……。なんでもするから。僕にできることならなんでもするから。お願い……。」
真剣なまなざしで見つめられ、鼓動が早まる。元の世界戻りたいというのも事実で。この世界を救いたいというのも事実で。怖いと思うのも事実で。与えられた大きな力を信じたいのも事実で。全てが事実なのだ。俺の想いなのだ。叶えたい願いなのだ。しかし、全部叶えるなんて当然できるわけがない。選ばなければいけない。選ばなければいけないのだ。
「シオン様……。それ以上はお止め下さい……」
戸惑っている俺に気付いたのか、シオンの言葉をとめてくれたのは、いつの間にか俺たちの傍に立っていたカーティスだった。
「カーティス、でも!!」
「シオン様が我ら国軍に不安を抱いているというのであれば、我らは強くなります!この国の為に戦い、身を捧げます!魔族を倒し、平和を取り戻します!ですから、国軍のことも信じて頂けませんか……」
「……ごめん、あの……」
シオンはそれ以上何も言わなかった。きっと、国軍を信じていないわけじゃないんだと思う。だから、最後に何も言えなかったんじゃないだろうか。魔族の復活なんて、きっとこの世界でも想定外の事態なのだろう。11歳とはいえ、王子としてしっかりとした心を持ったシオンにただ感心していた。
「淳、僕、城に戻る……」
シオンのその言葉に俺は頷いた。カーティスたちや迎えに来た兵士たちに囲まれたその後姿に、色々なことを考えさせられる。
「淳、顔。シオンと何話してたか知らないけど、その顔を見る限りじゃ楽しい話じゃなかったんだろうな。気楽に……とかは言えないけど、ちょっとは余裕もっていいんじゃねぇか」
気付かぬうちに暗い顔になっていのだろう。ぼーっとシオンの背中を見つめていた俺の傍に、いつの間にか近づいていた涼さんに声をかけられた。
「あ、はい……」
「そうですよね! ちょっとくらい余裕がなきゃ、ちゃんと考えられないですから……。とりあえず私たちも城に戻りましょう」
ゆあの言葉にも頷いて、カフェを出て、城に向けて歩き出した。