第41話 街へ行きました
部屋に戻るとすぐにベッドに倒れこんだ。深くため息をついて、必死に頭を動かす。
でも、同じ考えが巡るだけで、結論はでなかった。
「命をかける、って分かんないよな……」
今までの世界での生活からかけ離れたそれに、俺は現実味を感じられなかった。それが、どういうことで、どういう感覚なのか、分からなかった。
「分かんねぇよ……」
ため息と一緒に吐き出した言葉は、一人ぼっちの部屋で、こだますることなく吸い込まれていった。
じっと考えているのが辛くて、不安で、体力は残っているはずなのにどこかだるい体を起こし、部屋を出た。
少し喉が渇いていたこともあり、食堂に向かうと、そこにはゆあと涼さんの姿が会った。
朝、座っていたテーブルに少し離れて座り、紅茶を飲んでいる。
「あ、淳。どうしたの?」
涼さんが、手に持っていたティーカップをそっと置きながら聞いた。
「いや、少し喉が渇いて……」
不安だった、なんて言えるわけもなく、そう答える。
「偶然ですね! 私たちも同じ理由でここにいるんですよ」
くしゃりと笑うゆあの姿をみて、もしかしたらその奥にある、つまり、不安なんかも同じなんじゃないかと思えてしまう。
適当な席に座ると、ゆあが紅茶を用意してくれた。
お礼を言い、それを口に含む。砂糖が入っており、ほんのり甘い紅茶は、少し心を落ちつけてくれた。
無言ではあるが、どこか落ち着かない雰囲気に耐え切れず、分かりきったその原因について問う。
「あの、2人はこれから……その、どうするんですか?」
その質問に最初に口を開いたのは涼さんだった。
「俺、帰りたいって思ってたけど、この世界の人を見てたら、俺たちのことを本当に必要にしてくれてるんだ、って思えてきて……。自分の気持ちが分からなくなった。必要としてくれてる、っているのは分かっても、その原因である魔族とか、実感わかないし」
その言葉の後、無理に笑みを浮かべる涼さんに、ただ頷くしかなかった。
「私も、同じです……。世界を救えるなら、それは嬉しいです。でも、今までただの高校生だった私に、そんな力があるなんてとてもじゃないですけど思えないんです。言葉だけだから、何も感じられないから……」
2人の言葉に、不安なのも、迷うのも、苦しいのも、辛いのも、俺だけじゃない。みんな同じなんだと、心が少し軽くなった気がした。
そして、同時に1つのアイデアが浮かぶ。
「じゃああの、1つ提案なんですけど、今から城の外に出てみませんか? この世界を見て、感じるために」
現実味が感じられないなら、体で理解しないなら、これが1番だろう。直接見て、聞いて、感じる。そうすれば、少しはこれからを考えられるようになると思った。
「お、いいね!」
「いいですね」
2人とも俺の提案にのってくれ、それを城の人に話すと、国民が街に出るのに着るような一般的な服と、どれくらいの価値なのかは分からないが、金貨を1人に5枚ほど用意してくれた。
最初は、城の人もついて行くといっていたが、大きな城を目印にすれば迷子にならないし、少し街を見るだけで午後には帰るから、と断った。
俺の中では、これから見る世界に対する興味と不安が混じりあっていた。
* * * * * *
城壁を出て、少し歩けば、人でにぎわう街が見えてきた。
どうやらここは商店街のような場所の様で、多くのテントが張られ、その下で果物や野菜、穀物、装飾品などが売られていた。
50メートルほど奥に行けば、屋台や出店が並んでいるようで、良い香りがここまで届いていた。
「すごい人ですね……」
ゆあが周りをきょろきょろを見回しながら呟く。
「そうだね……」
俺も、同じように周りを見回しながら呟いた。
通路という通路には人が溢れ、すれ違う人にぶつからないように歩くだけで精一杯だった。そんな中を歩きながら、俺たちは初めて『魔法』という存在に触れることになる。
「お兄ちゃん、ミックスジュースちょうだい!」
それは、出店が並んでいる道に差し掛かった時のこと。10歳くらいの子供が、1つの店の前でジュースを買っていた。どうやらその店では、自分の好きなフルーツや野菜を組み合わせたジュースを変えるらしい。何気なくその光景を見ていると、
「はいよ!」
という威勢のいいお兄さんの掛け声と同時に、机の上に置かれたカットフルーツがカップの中に吸い込まれ、お兄さんが触れることなくそのなかで混ざる。その間3秒ほどだろうか。次の瞬間には、美味しそうなフルーツジュースが子供の手のなかにあった。
「ありがと! お兄ちゃんのジュース1番おいしい!」
俺がただそれに驚き、ぼーっと見ていると、その子は、お金を払って、おいしそうにジュースを口に含む。
「シオンもすぐにこれくらいの魔法使えるようになるさ! ただ、詠唱なしでの発動と、いい塩梅に混ぜるのには時間がかかるだろうけどな!」
お兄さんは笑いながら、そのシオンと呼ばれた男の子の頭を撫でた。
涼さんとゆあもその様子を見ていたらしく、
「あれが、魔法……」
と言葉にできない様子だった。
きっとあれは何でもない、ただの生活に使われる魔法なのだろう。しかし、それさえも俺たちにとっては、別世界のもので、見たこともない、不思議な力なのだ。
魔法の存在や、それがあたり前に生活にの一部になっているということを目の前にして、ただただ驚くばかりだった。
どうやら俺たちの視線に気づいたらしく、お兄さんに、
「お、そこの兄ちゃんたちもジュース買っていくか?」
とさわやかな笑みで聞かれた。
「頂きます!!」
それに喜んで答えたのはゆあだった。なら俺たちも、と3人でジュースを買う。適当なフルーツでジュースを作ってもらう。
「そういや、さっきジュースを作るところを不思議そうに見ていたけど、あんたら、この辺の人じゃないのかい?」
先ほどのように、魔法でジュースを作るお兄さんは、手を休めることなく俺たちに聞く。
とりあえず話を合わせておこう、と、
「えぇ。旅の途中で」
出来上がったジュースを受け取り答える。
「そうかい! 最近この辺では、こうやってフルーツや野菜を風魔法で加工したこのジュースが流行ってんだ! 初めてここに来るんなら特別だ! お代はいらねぇから味わって飲んでくれや!」
お兄さんは、そうにこにこ笑いながら話す。うけとったジュースはすこし果肉の形が残っており、口に含んだあと、少し噛んで飲む必要があるのだが、それがまた果物のフレッシュさを強調させて美味しい。
「ただ、最近は魔族のせいで、野菜もフルーツも取れる量がへっちまってな。いつまでジュース売ってられるかわかんねぇな」
彼は先ほど同様笑っていたが、どこかその笑顔は曇っていた。これが、王女様の話していた魔族による影響の1つだろう。少しずつだが、話でしか聞いたことのなかったそれを、本当の意味で感じることができるようになった。
「お兄さんたち、服装を見る限りじゃ北部の人じゃなさそうだから、こんなこと言えるんだが……。向こうの方はもっと被害がひどいらしいな。北部から買ってたものは今じゃほとんど買えねぇし、王都に避難してくる人も増えてきてるっていうし、こっちのほうもあぶねぇかもしれねぇな」
お兄さんは続けてそう話してくれた。
もし、世界を救えるのが俺たちだけだとして、それを断ったら。目の前で笑うお兄さんも、ジュースを美味しそうに飲んだシオンも、きっとここでは暮らしていけなくなる。
もっと先を言えば、この世界で、生きていけなくなるのかもしれない。
「早く、魔族がいなくなったらいいですね」
ゆあの言葉に、お兄さんは強く頷いて、
「そうだな。俺まだここで商売していきてぇからな」
と、今日1番の笑みで答えてくれた。
「じゃあな!ありがとよ!」
お兄さんに声を背中に受けながら、俺たちはまた歩き出した。
「私たちが、もし、もし本当に世界を救える人間だとして、でも、それをしなかったら……」
ゆあがジュースの入ったカップを両手で大事に抱えながら、ぽつりとつぶやいた。
それは俺も考えたことで、きっと涼さんも考えていること。
その問いには誰も答えず、というよりは答えられず、ただあてもなく歩いた。
俺たちにも日常があったように、この世界の人たちにも日常がある。しかし、それは失われつつあって、その日常を守れるのは俺たちだけかもしれないのだ。
それがどんな感覚なのかなんて分からない。でも、目の前に広がる世界の、隣を過ぎていく1人の人の、目に映る何十人という人の、これからを握っているのは、俺たちといっても過言ではないのだ。
俺たちが、自分自身の日常を取るというのは、選ぶというのは、この人たちの日常を奪うことに繋がる。
胸がきゅっと締め付けられた。




