第37話 守る方法を知りました。
「俺たちが消えないためには、世界にとって合理的な存在にならなければいけないんだよね。そうなる方法は、2つ」
しかし、そのどちらを選んでも今のような生活は送れない。
それは、分かっていることだった。
「あの、その前に、どうして今現在、俺たちは不合理な存在なのに消えてないんですか……?」
黎さんが、恐る恐る壮さんに聞いた。
確かにその通りだった。
最悪、今までの話でいけば、この世界に戻ってきた瞬間に消されたっておかしくなったはずだ。
それとも、いつ消えてもおかしくないというのか……?
そう考えた瞬間、俺の心は恐怖に支配された。
加速する心臓を落ち着けたのは、やはり壮さんだった。
「大丈夫、時間は残ってる。さすがに、すぐに存在を消すほど世界は厳しくなかったみたい。時間がないことには変わりないけどね。2つの選択をするのに残されたのはあと、7日だよ」
7日……。長いようで短い。
今からの選択が、すぐに決断できるようなものだとは思えない。
壮さんが無茶な作戦で、今の自分の状態を理解させようとしたのが、何となくだが分かったような気がした。
「じゃあ、続きね……」
緊張した空気が、俺たちを包む。
不安をかき消すため、上着の裾をきゅっと握りしめた。
「もし、このメンバーと1年間の旅の記憶や持ち帰った道具、魔法という力を保ちたいなら、1年後の世界に行くんだ。つまり、元の世界では召喚された日から1年間行方不明だった、ということになるよね……。そうなったら、この世界での生活に大きな支障がでるし、その後も苦労ばかりになってしまう。だから、もし、召喚された瞬間からこの世界に戻りたいなら、記憶も道具も魔法も、全部忘れなきゃいけない。これが2つの選択だよ……」
言葉を理解して、胸が締め付けられる。喉の奥がつまったような、そんな苦しさ。
……選べるわけがなかった。
つまり、この世界での生活を取るか、メンバーとの記憶や道具、魔法のどちらをとるか、ということ。
この世界ではまだ高校生だ。1年間も行方不明となったら、どれだけの人に迷惑や心配をかけるか分からないし、将来に大きな影響がでることは確かだ。
異世界に召喚された、と言えばきっと病院送りになるだろうし、魔法を使えばその力をどれだけ多くの人に狙われるか分からない。
正直、俺は魔法や道具なんてなくなっても良かった。
でも、旅の記憶だけは、1年間で得た大きな財産なのだ。
命を懸けて共に戦った仲間は、きっとこの世界では得られない特別な関係だ。
そんな仲間や、ともに過ごした旅の記憶を失うなんて考えられない。
きっと、後者なら、全てを失いもとに戻るだけだ。
異世界での生活があったことすら分からない。
何も知らないで、何も変わらないまま、今までの生活に戻れる。
でも、今の俺にはその選択はできなかった。
このメンバーが居ない世界は、どうしてもつまらないものに思えてしまった。
同じように、みんな苦しんでいるようだった。
きっと、忘れてしまいたいような最悪な旅だったのなら、きっと簡単に選択できただろう。
でも、そんな薄っぺらい関係じゃない。だから、苦しまなければならない。
この世界にとって、合理的なことは、俺たちにとってはあまりに不合理だった。
「どちらの選択をしても、俺たちが帰って来てからのこの世界の人の記憶は、新しい記憶に作り替えられる。俺たちが行方不明になったという記憶か、何も変わらない俺たちが居るという記憶にね。おかしい、って思うかもしれない。でも、それがこの世界の道理なんだ、ルールなんだ。ごめんね……。みんな。この2つしか、道は見つけられなかったんだ……」
誰も悪くない。謝らなくていい。みんな、そう思っていた。
壮さんも、他のメンバーも、キリグリーマ王国の人々も。
誰一人、悪くない。キリグリーマ王国の人々は、どうしても、必要だったから俺たちを召喚し、何度も頭を下げて、協力してくれと頼んでくれた。
そして、俺たちは協力すると決めた。これも、運命なのだ、と。
1年間の旅を経て、こうして無事に帰ってくれた。王女様は、無事に返してくれた。
すべてが、上手くいくはずだった。
新しい仲間と、元の世界、元の時間から、また始められるはずだった。
誰も悪くない。むしろ、みんな良い行いをしたといえるのに。なのに、こんなに苦しい選択をせまられている。
「1年後の世界に行ったら、記憶も魔法も道具もそのままなんですか……?」
震える声を絞り出して、ゆあが尋ねる。
「道具はすまないが、分からない。でも、記憶も魔法もそのままだよ。それは、1年間の間に作られ身についたものとして、世界に認められるんだ。この世界にとっては、一瞬もしないうちに生まれた1年分の記憶や、身についた魔法を不合理とするらしい。だから、1年間この世界から消えることで、それは合理的なものに変わるんだ」
俺たちにとって、合理的とか、不合理とか、きっとそんなことは僅かも関係していない。
それが、この世界の道理で掟でルールで。ただ、それだけのことなのだ。
深く考えるのは無駄だと悟った。
今、考えるべきなのはこの世界にとって、何が合理的で、何が不合理的なのかではなく、残された2つの道の、どちらを選ぶか、ということなのだ。
この世界は、俺たちにとっては、なんとも不合理的な世界だ。
* * * * * *
それから、どうやって家まで帰ったのか、記憶は曖昧だった。
ずっと考えていた。俺にとって、みんなにとって、最善の選択は何なのか。
「みんなが同じ選択をする必要はないよ。誰か1人だけが1年後の世界に行っても、ちゃんとこのメンバー全員と居た記憶が残るそうだ。でも、その記憶は他のみんなにはない。街ですれ違っても、相手は自分を知らないから、ただすれ違うだけ……」
壮さんが、最後に教えてくれたこと。すごくすごく寂しい話。
これは、1人の選択なのだろうか。自分がどうしたいか。何を護りたいのか。
それだけなのだろうか。
そして、これからのこと。
『選択の時間は7日』
タイムリミットは7日。
それまでに、自分が守りたいものを、選ばなければいけない。
1番辛いのは、一人でこの話を聞いて、みんなにどう説明するか悩んで、行動して、こうして落ち着きを保って話している壮さんのはずだ。
ただ、弱さを見せないだけであって。
今はただ、その強さに感謝するだけだった。
こうして俺たち6人を今日まで導いて、支えてくれて、思ってくれたのは、他の誰でもない壮さんだ。
1年前の、あの日から――。
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