第35話 不合理な存在になりました。
「まず、これからの話に関わることだから、帰って来てから今に至るまでのことを整理しておこうと思う。俺に対して苛立つ気持ちもあるかもしれない。でも、今は聞いてほしい」
その壮さんの言葉に、誰も文句は言わなかった。
いや、言えなかったという方が正しいかもしれない。
「俺たちがこの世界に帰ってきたのは、4月28日の水曜日。そして今日は5月3日の月曜日」
壮さんの言葉と一緒にここ数日のことを思い出す。
帰ってきた日の翌日は球技大会で、その帰りに俺、涼さん、優華さん、ゆあさんで行ったカラオケで喧嘩になった。
その翌日は、霧屋に行き、黎さんの家に行った。
土日は特に何事もなく、今日に至った。
「そして、俺がゆあにこの話を持ちかけられたのは、優華と涼介が喧嘩した翌日。つまり、雄吾と黎、淳が霧屋に来ていたあの日だったんだよね」
今、という場所から遡って思い出す、霧屋に居た日の事。
そして、思いあたることが1つ。
「もしかして、俺たちが霧屋に居たときにかかってきた電話が……」
思い出した。
雄吾さんに仕事の電話が入り、続けて壮さんにも電話が入った。
あのとき、話を聞いていた黎さんと俺が、壮さんも仕事で出かけるのだと思っていたが、彼は仕事とは言わなかったはずだ。
「うん。そのときだよ。初めは断るつもりだった。無茶な、話だ、って。でも、ゆあのことが心配だったから、会いにいくことにしたんだ」
「え……? でも、私と会ってからすぐ、詳しい計画の話をはじめたじゃないですか……」
壮さんの話の合間に入ったのはゆあだった。
今考えれば、そうやってゆあを止めることが、俺が思う壮さんらしい行動なのだろう。
「じゃあ、電話を受けてから、会いにいくまでに、真逆の意見に変わった、ってことですか?」
涼さんが、壮さんに聞いた。
「そうだよ。皆が家を出て行った後、俺は再び異世界に召喚されたんだ」
誰もが、その言葉を飲み込むのには時間を必要とした。
再び、彼だけが、異世界に召喚された。
想像もしていない事実に、驚きの声も出なかった。
「ごめん、突然こんな話をしても困るだろうけど、話を進めるね」
俺たちのことを気付かいながら、壮さんは話を続ける。
「まず、俺を召喚したのは今から2年先の世界にいる王女様だった。大切な話をするためにどうしても会わなければならなかった、って。この話は俺から皆へ伝えるべきことだ、って王女様は考えて、俺だけを呼び出したらしい」
旅が終わり、1年経って、一体何の話があるというのだろうか。
まさか、また魔族が復活したとでもいうのだろうか……。
壮さんのこの突然の話を、かみ砕き理解していく。
この話がどうゆあの話へつながるのか、どうして大切な話をこの世界に帰って来てからの俺たちに伝えたのか、気になることや疑問点はいくつも生まれた。
しかし、今は、黙って壮さんの話を聞くのが1番だと、メンバー全員が考えているようだった。
壮さんなりの順番で、きっと全てを納得のいくように説明してくれるはずだ。
静かな空気の中、壮さんの話は進んでいく。
「つまり、魔王討伐の旅が終わった1年後の世界だよ。空間や時間を超える魔法は、異世界から勇者を呼び出すため、または帰還させるための魔法なんだ。だから、同じ世界の過去の人物は呼び出せない。だから、元の世界に戻ってきた俺を召喚する必要があったんだ。加えて、みんな覚えていると思うけど、時間を超える召喚術の発動条件は、移動する人物がいる世界が満月であること。この世界で、俺たちが帰ってきたあと最初に訪れる満月が、あの日だったんだよね」
あの日……。つまり俺と黎さん、雄吾さんが霧屋を訪れ、そして、ゆあが壮さんに作戦の話を持ちかけた日だ。
「本当に偶然だよ。偶然、誰も居ないときに召喚されたんだよね。淳や雄吾、黎が居る前や、ゆあが居る前で召喚されてもおかしくなかった」
そう言ったあと、壮さんは紅茶を一口飲んで、俺たちの顔を見回した。
きっと、これからが話の核心部分なのだ。
彼の動作で、自分の喉の渇きに気付き、俺も紅茶を口に含んだ。
ほんのりとした甘さが、今の俺には気持ち悪かった。
「そして聞かされたんだ。俺たちが消えるかもしれない、ってことを」
空気が、変わる。
「俺たちは、この世界に存在しない物を3つ持って帰ってきた。杖や短剣みたいな向こうの世界の物、魔法、そして1年間の記憶だよ。王女様が上手く異世界から俺たちをこの世界へ帰してくれたおかげで、この世界に俺たちが居なかった瞬間は、一瞬もなかったことになった」
確かに、俺たちは異世界に召喚された瞬間に帰ってきた。
だから、俺たちは何事もなかったかのように、学校に帰ったり、仕事をすることができているのだ。
「それは、この世界にとって“不合理”らしい。この世界には存在しない1年間の記憶も、この世界にあるはずのない物も、突然身についた魔法も全部全部……」
そういうと、壮さんは俯いた。
でも、俺には一瞬だけど見えた。
悔しそうに、唇をかみしめる壮さんの姿が。
彼は、それを見られないようにと俯いたのだと、容易に想像できる。
「不合理なことを、世界は消そうとする。そして、この世界にとって、俺たちは不合理な存在なんだ……。死ぬわけじゃない。消えるんだ。はじめから、無かったことにされるんだよ。これが、王女様から聞いたこと……」
驚きの言葉さえ、俺の口からは落ちなかった。
そして、うつるのは俯いたままの壮さんと、不安げなメンバー。
「杖や短剣だけなら、その物を消せばいい。でも、この身体に身についた魔法と記憶を消すときに、俺たちの存在ごと消してしまうらしい。俺たちと、同じように召喚された後、同じ状況で元居た世界に戻った勇者たちは、その存在を消されたそうだ。そう記された文献が、見つかった、と……」
きっと、それを見つけた王女様が、その事実を伝えるべく壮さんを召喚したのだろう。
世界にとって合理的なこととは、よく理解できない。
でも、従わなければならないのだ。それが、この世界の変えられない道理なのだ、と考えるしかないのだ。
「俺たちの存在が抜けた誰かの記憶は、切れた部分を縫い合わせられて、足りない部分には新しい何かを入れて、何事も無かったことになるんだ……」
家族も友達もみんなみんな、そのつぎはぎの記憶を当たり前のように信じ、疑わず、生きていく。
それが、消える、ということ。
俺たちは、消える。
読んで下さりありがとうございます!
ちょっとややこしくなってしまいました……。
アドバイス等ありましたらよろしくおねがいいたします。