第32話 心が落ち着きました。
走ったところで、どこに向かうべきか分かっていない俺は、ただ茫然と立ち止まるしかない。
キリグリーマ王国を知っている人間、つまりは魔法の存在も知っているであろう人間にゆあは連れて行かれてしまった。
彼女の魔法という力、天使術という力を目的に、連れて行かれたのかは分からないが、もしそうならば何をされるか分からない。
色んな考えが頭を巡るが、どの考えにおいても彼女の身に危険が迫っているのは確かだった。
考えれば考えるほど、ゆあを助けたくて、早く犯人を見つけだしたくて、怒りと不安で頭がいっぱいになる。
そんなとき、俺はおばあさんの言葉を思い出した。
焦るな、焦るな、落ち着け、落ち着け。
自分に言い聞かせて、何とか冷静さを取り戻そうとした。
何とか冷静さを取り戻した俺は、とりあえず、この事実を伝えなければならないと、携帯電話を取り出して壮さんに電話をかけた。
『もしもし、淳? どうしたの?』
いつもと変わらない優しげな彼の声に、心が落ち着く。
「話は聞いてますよね? 駄菓子屋のこととか……」
『あぁ、涼介から大体の事は聞いたよ。行ったの?』
「はい、そしたら……」
全てを彼に話した。彼のため息が受話器越しに俺の耳へ流れこむ。
深い、深い、ため息だった。
しばしの沈黙の後、彼は言った。
『まずは、ゆあを連れて行った人たちの特定からだね。高校生は2人、制服を着ていたんでしょ? ならその学校がまず特定できるはずだよ。こういうことはおばあさんよりも、高校生に聞く方が分かると思うから、ゆあの高校に戻って、さっきの生徒に話を詳しく聞いて。あと、出来る限りの容姿もね』
「分かりました……。すみません、制服のことあのとき聞いておけば……」
余計な手間を取らせてしまったことを謝罪すると、
『旅をしてたときにも言ったよね? 終ったことでそんなに謝らないで、それを取り返せるように動こう、って』
と、壮さんは笑った。
「すみません……」
『また謝ってるよ! ふふっ、仕方ないね。それが淳だと思うから』
「それって…」
『もちろん、それは淳の長所だと思うよ』
優しい壮さんの声に、久しぶりに微笑んだ。
『あ、あと、会話で得た情報はすぐに俺に連絡してね。生徒個人の特定を急ぐから。ある程度候補を絞ったら淳の携帯にメールで顔写真を送って、男子生徒に確認をしてもらう、っていう作業ね』
壮さんのスピーディーな言葉たちに飲み込まれそうになりながらも、ひとつひとつの言葉を逃さないように頭に叩き込む。
「分かりました。行ってきます」
『早くゆあを見つけないとね……』
ため息交じりの言葉で、壮さんも危機を感じているということが伝わる。
しかし、不思議と今までのような緊張や焦りは生まれなかった。
きっと、それは壮さんの存在のおかげだろう。彼の言葉はもちろん、居てくれるというのとが、いつも俺に安心をくれて、心に余裕を作ってくれる。
『淳、ゆあのこと頼むよ。今残されたメンバーで、1番ゆあのことを任せられるのは淳なんだから』
「はい……」
携帯を閉じて、壮さんの最後の言葉の意味を考える。
単に、今ゆあの通う高校の近くにいるだとか、そういうことに関係なく、壮さんは俺に任せると言ってくれているのだろうか。
壮さんが何を思ってそう言ってくれたのかは分からないが、ゆあのことを心配に思っているのは俺だけではなく、壮さんも同じだ。その壮さんが、そう言ってくれたのだから、今までと同じように全力をつくしてくしかない。改めて気合いを入れて、先ほどきた道を引き返した。
* * * * * *
「すみません、何度も。あのとき一緒に全部聞いておけばよかったのですが……」
授業の合間の休憩時間にさきほどの男子生徒を見つけ出し、話を聞いた。
「いえ、気にしないでください。俺も、車の事だけじゃなくてもっと色々とお話すべきでしたから」
「助かります。それで、制服姿の男女のことなんですが……」
「あ、はい。実は俺、あまり制服に詳しくなくて……」
「どこの学校かまでは大丈夫ですから、特徴だけでもお願いします」
制服という、大きな情報を求める俺は必死だった。
「あの、ここらへんに3つ工業系の高校がありますよね? そこって、制服がよく似てて見分けられないんですが、その3つの学校のどれかだと思います。女子も男子もです。女子のセーラーのスカーフは青で、男子は紺色のブレザーにグレーのチェックのズボンでした」
ここらへんには確かに3つ工業系の高校がある。まだ引っ越してきたてのとき、友人の慎に教わったことがある。
あのとき、制服についても何か言っていたはずだ。その言葉を必死に思い出す。
『全部一緒の制服に見えるだろ? でも、スカーフが微妙に違うんだ。女子の制服はな、濃い青のスカーフがK工業高校で、淡い青のスカーフがG工業高校、水色のスカーフがT工業高校なんだよ』
思いだした。女子の制服について話すときの満面の笑みまで、はっきり思い出した。しかし、青のスカーフというだけでは、はっきりとどの学校なのか言い切ることは出来ない。
どうしようか、頭を悩ませていたときに、さらに慎の言葉を思い出した。
『まぁ、君みたいな人間にはまだ微妙なスカーフの色の違いで見分けるのは難しいだろうから、1つだけいい方法を教えてやるよ。いいか、セーラーの襟がポイントだ。謎の切込みが入っていたら、K工業高校確定だから、覚えとけよ』
それを思い出して、俺は男子生徒に食いつくように聞いた。
「あの、襟とか覚えてますか? セーラーの襟に、切込み入ってませんでしたか?」
「えっと、ちょっと思い出します……」
いくらゆあと一緒にいたからとはいえ、他校の生徒をそこまで観察する人は少ないだろう。今回のように、すこし雰囲気が違った場合はどうかは分からないが、彼が見ていてくれれば、それだけで大きな手がかりになるのだ。
頑張って思い出してくれと、目の前にいる男子生徒に願った。
「確か、入ってました、切込み……。いや、入ってました、絶対!! ゆあと話してるときに、その他校の生徒が制服の切込みいじってましたから……!!」
「本当ですか!! ありがとうございます!!」
これで、その制服を着ていた女子生徒の学校が特定された。話を聞けば、男子生徒も同じ学校の制服を着ていた可能性が高いことも分かった。
「本当にありがとうございました。今から、その人物の特定を急ぐので、顔写真の確認をお願いしてもいいですか?」
「はい…。あの、ゆあに何かあったことくらい、もう分かってます。でも、きっと言えない事情があるんですよね?」
彼の言葉に、頷くしかなかった。
「あの、おれ、金林良樹って言います。ゆあのこと、お願いします」
不安げに俺を見つめる金林君に、軽く頭を下げて、
「分かりました。ゆあのこと、心配しないで下さい」
と、言った。きっと、そういう俺の顔も同じように不安でいっぱいだったと思う。
その後、彼から聞いた情報を伝えるべく、壮さんに電話をかけた。
お久しぶりです。
読んで下さりありがとうございます。
今時の高校にはなかなか入れないのでは、とご指摘を頂きました。
そのことにつきましては、正直、あまり意識していませんでした。
申し訳ありません。
また、後日活動報告にて、説明をさせて頂きます。
活動報告だったり独り言
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