第31話 駄菓子屋さんに行きました。
涼さんはバイクの後ろに優華さんを乗せて、壮さんの家へ向かった。
恐らく、ここから壮さんの事務所に彼女を送り、戻ってくるまでに40分近くかかってしまうだろう。
だから、俺はその時間を無駄にしないようにと、捜索をしてくれている人たちに連絡を回した後、1人で駄菓子屋へと向うことになった。
一通り連絡を回し終え、駄菓子屋へ向かって歩きだした。それから、5分も歩かないうちに駄菓子屋が見えてきた。
いわゆる昭和の香り、というものがする店構え。店先では、優しそうなおばあさんが椅子に座り、膝の上で休んでいる猫の頭を撫でている。
きっと放課後になれば、近所の小学生や学校帰りの高校生がたくさんくるのだろう。
「あの、すみません」
俺は、おばあさんに声をかける。
「あら、こんな時間に高校生がくるなんてね。学校はどうしたの? ちゃんと行かないとね」
おばあさんは優しくそういうと、店の奥に入っていく。
「いや、あの……」
人を探している、と続けようとしたが、すでにおばあさんは見えなくなっていた。
どうしようか、と考えていると、彼女は何かを取り出して帰ってきた。
「ほら、ジュース飲んで学校行きなさいね」
彼女が俺に手渡したのは瓶入りのオレンジジュース。
「いや、あの、俺は……人を」
「いいから、ほら、座って、座って」
おばあさんは俺の言葉なんて聞こうともせず、半ば強制的に近くにあった木の箱に座らせた。
時間が惜しい中、のんびりおばあさんとジュースを飲んでいる暇なんてなかったが、このままでは彼女に話を聞くこともできない。
冷たい瓶を持ったまま、頭を抱えていると、おばあさんは先ほど座っていた椅子に座り直し、
「で、何を聞きに来たのかしら。学校、行っていない理由もそこにあるのよね、きっと」
と、聞いた。
「え……?」
さっきから、俺の話なんか聞いていないと思っていたから、思いもしない言葉に反応できなかった。
「だから、さっきから焦って何か聞こうとしていたでしょう? そのくらい、分かってますよ」
「でも、俺の話なんか……」
「今のあなたすごく疲れた顔をしてたからね。ちょっとゆっくりしなきゃ、求めている物何もかも失ってしまうよ。ほら、ゆっくり話しな」
おばあさんは、変わらない笑顔で俺に言ってくれた。俺の焦りは少し和らいで、さっきより冷静になれた気がした。
あのまま突っ走っていても、きっとどこかで転んでいた。今は、そう思う。
「あの、人を探してるんです。今日の朝……」
今までの経緯をおおまかに説明し、彼女に情報を求めた。
「えぇ、朝見かけたわ。あなたのいう髪の綺麗な女の子がここを歩いていたときに、その車がそばに停まって、降りてきた3人が女の子に話しかけてたわ」
「それで、会話とかは聞こえました?」
「いいや、そこまではね。でも、最初、女の子は逃げようとしていたから助けようとしたんだけど、1人の女の子が何か一言言っただけで、彼女はその人たちに従って、車に乗り込んだわ」
「何か、一言……」
「えぇ。それも、きっと文章ではなくて、単語だった気がするねぇ……。それは聞こえたんだけど、カタカナの難しい言葉でね。何ていってたかしらね……。キ……キ……何とかだったよ、確か」
「キ……ですか……」
その、1つの単語で、ゆあは相手たちに従わざるをえない状況になった。
この世界で、彼女がどんな生活をしていたかなんて知らなかったから、その単語を考え、そこから相手を探していくことは容易ではない。
しかし、考えたくはない可能性が1つだけあって、その場合のみ、俺にも単語の想像はつく。
というより、1つに絞り込めてしまう。
どう考えたってありえないことだが、万が一……。万が一の場合を考えて、だ。
「キリグリーマ……。キリグリーマ……王国……」
考えたくはない可能性。それは、この世界では存在しないはずの1年が、この世界の誰かに知られてしまっているということ。
つまり、『魔法』という存在が、どこからか漏れ出しているということだ。
しかし、それは確定したわけではない。
おばあさんがそれを否定してくれれば、それだけで十分なのだ。
彼女の反応を、じっと待つしかなかった。
「そう、その言葉だったわ。キリグリーマ」
おばあさんは、その単語を言いづらそうにではあるが確かに口にして、肯定した。
その瞬間、俺の頭は真っ白になったが、俺の中で何かが動き始めていることは確かだった。
それは、感情というものの一種であることに間違いはないのだが、どうもほうっておいて良い感情ではないらしい。
それを証明するように、鼓動が早まり、真っ白の頭で形にならない無数の考えが蠢く。
「ありがとうございました、おばあさん、俺、行かなきゃ……!」
感情の整理はつかないままだが、俺はじっとしてはいられなかった。
おばあさんに軽く頭を下げて、どこに行けばいいかなんて分からないまま走り出す。
そうでもしなければ、この危機感と恐怖に押し潰されてしまいそうだった。
読んで下さりありがとうございます。
久しぶりの更新になってしまいました…。
申し訳ありません。
これからも気長にお付き合い頂けたらと思います。