第30話 重要なことを知りました。
彼を連れ、たどり着いたのは、4階からさらに上の、屋上へと続く階段だった。
「ごめんね、こんな場所で」
「いえ……」
戸惑う彼に、涼さんが一言謝り、ゆあのことについて詳しく尋ねた。
「ゆあ、見たんですよね? それはどこですか? ゆあの様子は?」
「えっと……、学校の近くに小さな駄菓子屋があって、その辺です。他校の制服をきた男1人、女1人、それから大学生っぽい感じの男と一緒だったんで、学校休んで遊んでるんだと思って……」
「それから……、それからは?」
「車に乗りました。シルバーの軽自動車です。全員が乗り込んですぐに走っていきました」
そのあとも、彼から車の特徴、走って行った方向など様々なことを聞いた。
さすがにナンバーまでは覚えていなかったが、それでも非常に大きな情報だった。
「あの、どうしてこんなこと聞くんですか? もしかして、三谷に何か……?」
話し込んでいる間に、授業に入ってしまったのか、来た時よりも静かに感じる階段に、不安げな彼の声が響く。
何を言えばいいのか分からず、俺と涼さんは顔を見合わせた。
やはり、気づかれてしまった。きちんと全てを話すべきか、誤魔化すべきか。
彼が、ゆあの状態を周りにいいまわるということは考えづらいが、それでも可能性はゼロではない。
どうすればいいのか、同じような考えが頭の中をいったりきたりして、どんどん混乱していると、
「ごめんなさい、言えないこともありますよね……。ほんの数日前、ゆあの雰囲気が一気に変わったら、これと関係してるのかと思って。クラスのみんなには、適当にいっておきますね」
と男子生徒は、笑った。
「あの、その……」
彼の一言に、戸惑っていると、
「俺のことは気にしないでください。無理に聞くなんて好きじゃないですから。ゆあのこと、お願いします……」
と再び笑みを浮かべ、階段を下りて行った。
彼は、最後に彼女の事を『ゆあ』と言った。それに、彼女の雰囲気が変わったことを心配していたし、もしかしたらゆあと比較的親しい中にある人だったのかもしれない。
そして、恐らくゆあの身に何かが起きたと悟っていた。
心配で、不安なはずなのに、笑って、何も聞かないでいたのだ。
俺は、彼に不安だけを与えて、その不安をとり除くどころか、どんどん肥大させてしまった。
申し訳ない気持ちで、胸の中が溢れて、どうすればいいのか分からなくなる。
「そんな顔しないで、あの子のためにも、ゆあ、探そうぜ」
そんな俺にを救ったのは、涼さんの声。優しくて、温かい声。
そして、頭をぽんぽん、と軽くたたいて、
「ほら、行くぞ」
と笑った。涼さんも、不安でいっぱいなはずなのに、俺のことを気遣ってくれる。
それが、嬉しいようで、情けないようで、申し訳ないようで。
俺がもっと強ければ、とひどく後悔した。強くなったのは俺ではなく、周りのみんなだったのかもしれない。
助けられて、進んでいったことを、自分が成長したのだと勘違いしたのかもしれない。
自分が、どうしよもないほどに、情けなかった。
だから、何かをしなければいけない。そんな感情が湧き出てくる。
しなければいけないことは明らかだった。
「優華さんのところへ行って、その駄菓子屋さんの方へ向かいましょう」
「もちろん」
涼さんと、お互い分かっていただろう次の行動を、声にして確認し、階段を駆け下りた。
* * * * * *
「ゆあ、ごめん、私が駅まで行ってれば……」
ゆあの情報を優華さんに話すと、彼女は瞳を潤わせながら、そう呟いた。
とりあえず、校舎を出て、グラウンドの隅に置かれていたベンチに優華さんを座らせる。
職員室で得られた情報は、彼女が来ていないということだけだった。
「優華さんは悪くないです。彼の話では、ゆあは自分から車に乗っていったそうです。だから、きっと事情があったんですよ」
「事情って何? 用事が出来たら、連絡くらい出来るはずでしょ? 連絡できないってことは……」
「それにもきっと事情が……」
「もう分かんないよ……」
彼女はそう言って遠くを見つめた。
「淳、優華さんは落ち着くまで壮さんにお願いしよう。それから、俺と2人で駄菓子屋の方に行こうか」
「はい……」
今の優華さんをこれ以上は連れていけなかった。帰ってきた世界、魔法のこと、それが原因の涼さんとの喧嘩、それに加えて今回のゆあのこと。
きっと、彼女はもう精神的にいっぱいいっぱいだったのかもしれない。
俺たちに心配はかけまいと、ここまで一緒に来たが、限界がきてしまったのだろう。
「優華さん、ちょっと休んで下さい。俺が優華さんに迷惑かけたぶん、頑張りますから」
涼さんは、座っている優華さんに視線を合わせるためしゃがんで、そう言った。
「でも、私……」
「今の優華さん、すごい疲れた顔してます。ゆあが帰ってきたときに、そんな顔の優華さんみたら心配しますよ。だから、休んでてください」
優華さんは、そっと頷く。それを見て、安心した表情を浮かべた涼さんは、
「淳、今の情報を捜索してくれてる皆に回して。その間に、俺、駅に停めてるバイク取ってくるから」
と言い、駅に向かって走り出した。
俺が捜索している人たちに連絡をしている間、優華さんはずっと遠くを見ていた。
そして、一通り連絡し終えて、ため息をつく。
「ねぇ、淳」
優華さんは遠くを見たまま呟く。
「ゆあのこと、お願い。私にとっては、大切な妹なんだから」
そして、俺の顔を見た。
「お願い、淳」
真剣な優華さんの瞳にそっと頷いて、「はい」を返事をする。
遠くからは、涼さんのものであろうバイクの音が聴こえていた。
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