第29話 情報を集めました。
「あの、この廊下を曲がった先の廊下にあるのが、1年生の教室です。では……、あの」
「あーうん、ありがとう」
何故か緊張気味の男児生徒に、涼さんがお礼を言う。
彼は、ゆあのことを知らないようで、クラスを聞くことまでは出来なかった。
「んー、とりあえず、周りの子にゆあのこと聞いてみよう」
「そうですね」
この廊下は、2年生の教室が並ぶ廊下と、1年生の教室を結ぶ廊下の様で、人通りはあまり多くなかった。
涼さんと2人で、その廊下を歩いて教室へを向かう。
1年生の教室が並ぶ廊下に出たところで、近くにいた女子生徒に涼さんが声をかけた。
「ごめん、三谷ゆあ何組か分かる?」
「えっ、いや、その……。私……」
彼女は、涼さんに話しかけられ明らかに同様している。
「ねぇ、あの……」
そんな彼女に、涼さんは再び聞き直そうとするが、それは近くにいた女子生徒たちにより遮られた。
「ねぇ、あれ、あの人だよ……。ほら、モデルの……!!」
「知ってる!! 涼介君だよ……。高崎涼介君!!」
「そうだ、そうだ! 最近よく雑誌に出てる……」
「なんでこんなとこに……」
「てか、まじかっこよくない!?」
そうだ、涼さんは最近人気のモデルだったのだ。あまりにも身近にいすぎて、そんなことも忘れてしまう。
一緒に召喚された涼さんを除く6人が、誰一人も彼が人気モデルと知らなかったことが、今でも不思議でたまらない。
きっと、今、書店に行けばかれが表紙を飾る雑誌をいくつも見ることができるだろう。
「えっと、あの、ゆあのことを……」
「あの、この学校で何してるんですか!?」
「応援してます、あの、握手……」
「ちょっと押さないで!!」
「今、アタシの足踏んだのどいつよ!!」
人気モデルである彼の登場に、ゆあのことを聞くどころではなくなった。
「ねぇねぇ!!」
「涼介君!!」
最初は笑顔で接していた涼さんだったが、自分の言葉を一切聞いてもらえないほどに女子生徒が騒ぎ立て、だんだんを困惑の表情をうかべ、それは怒りの表情へと変わっていく。
「涼さん、いったん出ましょう……」
涼さんを囲む女子生徒の間をすり抜け、彼の腕をつかんだ。
「そんなことしてる時間ないから、このぐらい自分でどうにかするよ」
彼は明らかに苛ついている。
しかし、先ほどまでの表情とは違う、優ししくて爽やかな、いつもの涼さんの微笑みを俺には向けてくれた。
だから、俺も素直に頷くことができた。
「ねぇ、君たち。俺の話、聞いてくれないかなー」
涼さんは、今までよりずっと声をはって、そう言う。
いつも雑誌などでは、優しく、爽やかな表情をしているであろう彼のそんな声に、怒り気味の表情に、あたりに冷たい空気がながれた。
「最初に言ったでしょ? 三谷ゆあ。彼女に用事んだけど……」
そのあと、涼さんはいつものような爽やかな声で、そっと言う。
彼女たちに要らぬ心配をかけないため、出来る限り自然な形で、ゆあのことを聞こうとしていた。
俺からすれば、いつものようなだけで、普段とはやはり雰囲気は違い、少々怖かったが、彼をよくしらない女子生徒たちにとっては、その声はまさに王子とでもいうのだろうか。
あっという間に、ゆあの情報が集まる。
「三谷さん、4組ですよ。今日は来てなかったですけど……」
「アタシ、朝電車で彼女見ましたよ。でも、時間的にも遅かったし、学校の近くの駅で降りたのに、登校してなかったから、どうしたのかなって思って……」
ゆあは、学校に来ていなかった。
しかし、家を出てから電車に乗り、この近くの駅で降りた、ということは分かった。
考えたくはないが、彼女に何かが起こっていた場合、それはこの辺りで、ということになる。
それからしばらく、沈黙が続いた。これ以上聞くのは、ゆあに何かがあったということをみんなに教えてしまうようなものだった。
そして、もうここはあきらめて、優華さんのもとへ向かおうとしたとき、
「あっ!!!」
と、声がした。声の主は、1人の男子生徒だった。
野次馬として、この辺りに居たようだった。
「俺、今日1限目サボって、外に居たんですけど、そのとき三谷っぽいやつ見ました。身長とか、黒髪とか、雰囲気とかは三谷っぽかったんですけど、はっきりとは……」
有力な情報に、涼さんと顔を見合わせた。
これ以上深く聞き出すと、どうしてもゆあの今の状態を知られてしまう可能性がある。
どうしても見つからない場合は警察に頼るしかないが、出来れば公になる前にゆあを見つけたい。
そのためには、やはり彼に気付かれてしまっても、聞くしかないのだ。
涼さんともう一度顔を見合わせて、意志の確認をする。
とりあえず、人の多い場所では離せないため、
「ごめんなさい、ちょっと場所を移しても……?」
と男子生徒に言った。
「え?……あぁ、はい……」
困惑しつつ、頷いてくれた彼を連れ、人気のなさそうな場所を探して校舎の中を進んだ。
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