第28話 学校へ行くことにしました。
電車の時間に縛られないというのは、なんとも快適なもので、自分の好きな時間に思うように行動できる。
だから、こうやって、すぐに行きたい場所へ行けるのだ。
異世界でも、空間移動にはそれなりに時間がかかってしまうし、魔力の消費も大きく、移動だけでとても疲れてしまう。
そう考えると、この世界のバイクや車というものは非常に便利である。
その便利な原付で向かったのは、優華さんゆあと待ちあわせしていた店。
店内に入り、辺りを見回すと優華さんの姿がある。
彼女は、俺に気付いたのかこちらを見て、寂しげに、笑った。
「優華さん、こっちは写真も配って、皆に探してもらってます」
彼女のその笑顔に向けられる言葉は、ゆあの捜索が進んでいる、ということだけだった。
「私、何もできてないね……。あの時、私が自分勝手に意見をぶちまけたりしなかったら、こんなことにはならなかったんだよね……」
「そんな、優華さんのせいじゃ……」
「いいよ、気使わなくて。私が涼と喧嘩しなければ、こうやって待ち合わせをすることもなかったかもしれないんだから……」
「優華さんには優華さんの考え方があって当然ですから。優華さんが悪いわけじゃないですよ」
優華さんは、何も返さなかった。
とりあえずアイスコーヒーを2人分買って、そっと優華さんの前に置いておいた。
自分のぶんのアイスコーヒーに、甘いシロップとミルクをたっぷり入れて、口に運ぶ。
何とも甘ったるいそれは、疲れ切った頭を再び回転させるためにはちょうどよかった。
「ゆあ、探しましょう?」
コーヒーを一口飲んだ優華さんにそう言う。
「そういえば、学校にはまだ行ってないですよね。もしかしたら、どうしても学校にいかないといけなくなったけど、携帯の充電がきれてて連絡できなかったー、とかかもしれないですし」
続けてそう言ったが、それはわずかな可能性でしかなかった。
それでも、彼女の心に少しでも余裕ができるなら、何でも良かった。
「そうだよね、うん、そうだよ……。ゆあ、真面目だから」
優華さんは、そっと微笑んだ。
それは、この1年間見てきた彼女の微笑みだったから、偽りではないものであったから、俺もそっと微笑んだ。
「そうですよ、ゆあ真面目なんですから、どうしても来い、ってなったら学校行くかもしれないですし」
「うん、学校、行こう……!」
とりあえず、まだ残っているコーヒーを飲み干してから行こうと、甘ったるいコーヒーを胃へと一気に流し込んだ。
優華さんも、もう少しで飲み終わるというとき、携帯が震えた。電話だ。
誰だろう、と思い画面を確認すると涼さんだった。
「すみません、電話です」
やはり、今、優華さんの前で涼さんと電話するのは、と思い、席を立とうとすると、
「相手、涼介なんでしょ? 変に気を遣わなくていいからね。今は、ゆあのことだけ考えてればいいから」
優華さんは、コーヒーを飲み干して、言った。俺の心を見透かしているかのような一言。
気を遣ったつもりが、逆に優華さんに気を遣わせてしまったようで、少し申し訳なかった。
「分かりました」
それだけ言って、電話に出る。
「もしもし、淳? ゆあのこと聞いたよ!! 俺、ちょうどゆあの学校の近くにいるんだけど、学校にはもう行った? 俺、学校にいくから!!」
涼さんは歩きながら話しているようで、マイクに風が当たったようなノイズ音がする。
「俺と優華さん、今ゆあの学校の裏のファミレスに居るんです。丁度、学校に行こうとしてて……。だから、一緒に……」
「分かった。今からそこまで行くから。優華さんと外に出てて」
「はい、分かりました」
涼さんも優華さんと同じ気持ちの様だった。というよりは、俺の考えが幼かったのかもしれない。
「優華さん、涼さんここまですぐ来れるみたいなので、一緒に外で待ちましょう」
「うん……」
彼女の表情は、まだ暗いものだったが、涼さんも手伝ってくれるとなり、少し安心したようだった。
* * * * * *
「淳! 優香さん!」
数分経った頃、涼さんが走りながらやってきた。
学校には行っていなかったようで、細身の白いシャツに、グレーのパンツを着ていた。
「すみません、待たせて」
涼さんは息を整えながら、そう言った。
「ううん、涼介来てくれるって知って、安心したよ。涼介、行動力あるから……」
「そんなに褒めても何も出ないですよ」
遠まわしに俺には行動力がないと言われているようではあったが、そっと笑いながら話す2人の姿に安心した。
学校への正門に向かって歩いている最中、涼さんが、
「この前は、俺、ひどいこと言ってすみませんでした」
と優華さんに言った。
「私もごめん。私も、色んなこと考えてなきゃで、余裕なくて……」
「俺、この世界の生活の忙しさとか、色んな事に焦ってて、それで……」
「いいから、もう謝らないで。私にも、悪いところあったんだから……。それより、今はゆあのことだよ」
「そうですね、ゆあ心配です……」
「何もなければいいけど……」
2人が仲直りできたようで安心した。しかし、その奥にある魔法という問題が解決したわけではない。
まだまだ、衝突の可能性は否定できないが、1年という期間、一緒に過ごしたということは確かだと、改めて感じた。
この世界では認められない1年間が、確かにあったのだ。
正門にたどり着き、そこから中に入った。
昼休みなのか、廊下の人通りは多い。
「まずは、職員室?」
「居るとしたら教室じゃないですかね?」
「いや、でも職員室でゆあのこと聞いた方が早いと……」
「じゃぁ、二手に分かれようか。私、職員室いくから、涼介と淳は教室行って。もし、ゆあがいなくても、友達からゆあが今日来てたか、とか行き総場所とか聞いてて」
「はい、分かりました」
「了解です」
話はまとまった。
涼さんと俺で、教室に行くことになったが、1年生ということしか分からない。
とりあえず、近くに居た男子学生に声をかけ、1年生の教室の場所を聞き、2人でそこへと向かった。
読んで下さりありがとうございました。
更新ペースは遅いですが、のんびり付き合っていただけたらと思います。