第26話 大切な人がいなくなりました。
重たい身体を引きずるように立ち上がった。
どうせ、このまま居ても同じことばかり考えてしまう。
そう思って、玄関の扉を開けて、今までの日常へと還ろうとしたとき。
ポケットの中で携帯が震えた。
そうして、また、日常が遠ざかる。
「誰だろう……?」
携帯を取り出して、確認すると優華さんからだった。
しかも、メールではなく電話。何事かと焦って、応答すると、
「あ……、淳? ごめんね、突然。あの、その、何ていうか……、えっと、だから……」
明らかに様子のおかしい優華さんを落ち着かせようと、
「とりあえず、落ち着いてください。ゆっくりで大丈夫ですから……!!」
と言ったが、そういう俺も落ち着いてはなかっただろう。
「ごめん……。あのね、ゆあがいないの……。今日、朝8時に待ち合わせしてたのに、ゆあが来ないの……。遅刻かな、って思ったけど、それにしては遅すぎるし、連絡は来ないし……」
現在の時刻は午前9時半。約束の時間からは1時間半が経っている。
それに、真面目なゆあだから、遅刻するときは連絡をいれるだろう。
明らかに、おかしい。
「とりあえず、今、どこですか? 俺行きますから……」
「でも、学校は? この時間に電話出れるってことは行ってないんだろうけど……」
「そんなのどうでもいいですから!!」
余裕なんてものなかった。
ゆあが待ち合わせ場所に来ないのは、何らかの事件や事故に巻き込まれたからなのだろうか。
不安は募るだけだった。
「今、ゆあの高校のすぐ裏にあるファミレスに居るよ……。ゆあ、どうしたんだろう……」
「すぐに行きますから、大丈夫です。優華さんは、そこに居てください」
「ありがとね、淳」
電話を切って、急いで自転車を走らせて駅に向かった。
目的地であるファミレスまでは、電車にのって、それから歩く必要がある。
どうしても、時間がかかってしまい、目的地のついたのは40分後のこと。
店内に入ると、そこには不安気な姿の優華さんがいた。
「優華さん、ゆあは……」
俺の問いに、彼女は無言で首を横に振る。
「そうですか……」
想像出来ていたことではあったが、それでもやはり不安になる。
「ゆあからの連絡は?」
「今日の朝、もうすぐ家を出る、っていうメールが最後。学校あるけど、午前中だけ休んでもらって、話をするつもりだったの」
優華さんはうつむいて、ため息をついた。
1年間、2人はずっと一緒だった。その相手からの連絡が途絶え、不安でいっぱいなのだろう。
俺には、そんな彼女にかける言葉が見つけられなかった。
「とりあえず、探しましょう!! 俺、家に行ってきますから」
「家、知ってるの?」
「はい、この前のカラオケのときに、彼女を家まで送ったんです」
「あの……ときか……」
あのとき、つまり、喧嘩をしたとき。
まだ、解決できていない問題がそこにはあって、彼女の表情が曇る。
「あのときは、私、ひどいことしちゃったよね。涼介には色々言って、変な空気にしちゃって……。ごめんね」
「今はそれどころじゃないです!! ゆあを探しましょう!! 優華さんだって、あのとき、自分の考えがあって、そう言ったんですよね? なら、それでいいじゃないですか。喧嘩したっていいじゃないですか。問題は、それを今、考えて謝ることです」
「淳……?」
「いいから、はやく行きましょう!!」
自分でも訳が分からなくなるほどに、必死だった。
問題が山積みの今、動いていないと、押しつぶされそうだった。
* * * * * *
「家まで行って、いなかったら他のみんなにも連絡しましょう」
「うん……」
少しでも優華さんを不安にさせまいと、俺は落ち着いた行動を心がけるが、実際は彼女と一緒で、不安でいっぱいいっぱいだった。
電車にゆられ、彼女の家の最寄駅まで行く。
その間も、優華さんはずっと携帯を握りしめて、ゆあからの連絡を待っていた。
ゆあの家からの最寄駅に着いて、近くに停まっていたタクシーに乗り、彼女の家を目指す。
ついこの前通った道。しっかりと覚えていた。
「ここです。ゆあの家……」
タクシーを降り、インターホンを鳴らしたが、反応はなく、誰かが家にいるようでもなかった。
「ゆあは、私に家を出るってメールして、家を出たんだね……」
「そうですね。家を出て、ゆあはどこに……」
彼女は家を出ていた。
ただの遅刻でも寝坊でもないことは明らかだった。
家から駅までの間。駅からファミレスまでの間。
そのどこかで、ゆあは何らかの事故や事件に巻き込まれた可能性が高かい。
「壮さんに頼りましょう。あの人は、この世界では有名な情報屋みたいですし……」
「そうするしかないよね……」
彼女は、携帯をぐっと強く握りしめてしゃがみこんだ。
「何でかなぁ。異世界じゃ、英雄になって、幸せのままかえってきたのに。新しい仲間と一緒に、何の問題もなく帰ってこれたはずなのに……。何で、何1つ上手くいかないで、問題ばっかり積み重なっていくの……」
今にも泣き出しそうな声でしゃがみこむ優華さんを見て、ゆあを送った夜を思い出す。
答えなんて出るはずのない問題から逃れたくて、ひとつ大きな息をつき、壮さんへ電話をかけた。
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