第25話 それぞれの問題をしりました。
今のままの空気が続くのにも耐えられなかったが、黎さんにかける言葉を見つけられるわけもなく、ただ黙っていることしか出来なかった。
「ごめんね。急にこんな話して……。淳、いつでも落ち着いてるイメージだったから、大丈夫だと思ったけど、やっぱきつかったね……」
結果、黎さんにこうして謝罪の言葉を言わせてしまった。
悪いのは黎さんではなくて、悩んで悩んで大切な事を話してくれたのに、それをきちんと受け止めて、言葉を返せなかった俺なのに。
「でも、淳を信じてこのことを話して、この先のさゆみを任せることにしたことは本当で、俺とさゆみの願いに変わりないよ」
嬉しい言葉のはずが、寂しい言葉にしか感じられなかった。
1年間という、確かな時間を過ごしたことが抹消されたこの世界で、その事実を確かめられる唯一の存在たちに、これほどに頼ってもらえているのに、素直に頷くことはあまりにも難しかった。
「あの、やっぱり相談してみるべきじゃないですか? 皆にさゆみさんのこと……。それで、あの、優華さんに病気を……」
この言葉が黎さんを苦しませるなんてことは、簡単に想像できていたはずなのに、俺は逃げ場を探して吐き出した。
「淳、こんなバカな願いおかしいとは思ってる。さっき会ったばかりの人のこと頼むなんて……。でもさ、もう耐えられないんだよ……」
まだ、黎さんの顔を見ることはできず、声からこの先の言葉を読み取ろうとしたが、それはどれも明るい言葉ではなかった。
「目の前に、俺の大切な人を助けられる人がいる。でも、それは別の大切な仲間を傷つけることにつながるんだよね……。魔法なんて、存在しないはずのものを使って、仲間を傷つけてまで救って、それで俺もさゆみも幸せになれんのかな……」
「あの……、その……」
とりあえずの言葉さえ見つけられず、情けない気持ちでいっぱいになる。
「俺、皆を犠牲にしてまで、さゆみを助けたいなんて思ったりしてさ……。最低だよ……。諦めてたはずなのに。なぁ、淳……俺、どうすればいい……?」
初めて聞く、震えた黎さんの不安げな声に、動揺を隠せなかった。
かける言葉なんて見つからない。俺は、黎さんの辛さを軽減させられるだけの、そんな立派な言葉を知らなかった。
「ごめん、こんな話……。このまま一緒にいたら俺どうにかなりそうだ……。家まで送るから……、本当にごめん」
何ども謝る黎さんに何て言葉をかけたかさえ分からないまま、俺は黎さんの車で家まで送り届けてもらった。
* * * * * *
月曜日。何も手につかず、疲れた気分の俺は、制服はきたものの、学校に行く気分にはなれず、玄関にすわりこんでいた。
どうしてか、そんなときに思い出すのは、つい先日までいた異世界のことで。
「ほんのついこの前なのに……」
ため息をついて、己の手のひらを見つめた。
この手で、おれはいくつもの命を奪ってきた。そんなこと、忘れられるわけはない。
なら、今度はこの世界で、今までは争いの手段だった魔法を使って、役に立つことをしていかなければならないのだろうか。
それが、どんなに自分にとって危険なことであっても。
そもそも、俺はこの世界に帰ってくるべきだったのだろうか。
異世界で、俺は英雄になった。
しかし、この世界でのおれはなんの取り柄もない、ただの高校生。
勉強だってこの1年で忘れてしまったことも多く、大きな遅れをとっている。
いっそ、あの世界で英雄ともてはやされながら暮らしていったほうが、幸せだったんじゃないか。
そんなことを思っているとき、思い出すのは異世界での生活だった。
7人での生活。
それは、あまりにも楽しくて、充実していて、今の生活とは違うスリルがあった。
必死だったあのときには分からかったが、今の淡々とした生活は何とも味気なく、物足りない。
そう感じているのは俺だけだろうか。
涼さんはモデル、という特殊な人で、優華さんは立派な別荘をもつようなお金持ちで、黎さんは将来を期待される難関大学の医学部生で、壮さんは有名な情報屋で、雄吾さんはこのへんの不良を束ねている人で。
みんなみんな、俺とはちがって特別な人に思えた。いや、特別な人なんだ。
俺とは違う、俺とは違うんだ。
この世界でも、活躍できるんだ。
そのとき、1人の女の子の顔が思い浮かんだ。
「ゆあは……。ゆあは普通の人なのかな……」
彼女は、学校の事で悩んだり、家族のことで悩んだりするけど、それは普通の女の子だからの悩みなんじゃないだろうか。
俺と同じ、異世界での栄光と、現実での平凡のギャップに苦しんでいるんじゃないだろうか。
でも、少ししたら、そんなことはどうでもよくなっていた。
ただ、今までの生活に不満ばかりを零して、目の前の問題から逃れようとする自分の醜さに、ため息をつくだけだった。
俺は、ただの高校生として生きていく。それ以上でも、それ以下でもない。
これが今までの生活に戻るだけなんだ。
そんなことが理解できないというか、理解したくない自分がいて情けなかった。
読んで下さりありがとうございました。
誤字脱字、アドバイス等ありましたら、
コメント、メッセージ、Web拍手から、
頂けたら嬉しいです。