第24話 彼女さんに会いました。
黎さんのマンションまでは、そこから5分ほど坂を上った場所にあった。
「ちょっと待ってて、多分アイツ部屋にいるから」
リビングに案内されてすぐ、黎さんはそう言って部屋を出て行った。
周りには、彼女さんの趣味であろうピンクやオレンジの可愛らしい小物が目立ち、きれいに整理整頓されている。
それが女性が住んでいる、ということを強調させているような気がして、なんだか緊張した。
少しして、黎さんは彼女さんと一緒にリビングに戻ってきた。
「さゆみ、淳君。高校2年生の、やる気と元気がない顔をした面倒くさがり屋さん」
「え? 説明ひどくないですか……」
きっと第一印象は最悪だろうが、彼女、さゆみさんはそっと笑ってくれた。
セミロングの黒髪に、真っ白な肌。笑い方も、ちょっとした仕草も上品で、お嬢様のような雰囲気を持っている。
もう春も終わりに近い上に室内だというのに、ワンピースの上から少し厚めのパーカーを着ていた。
「篠田さゆみです。年は黎君のより下で、専門学校生。よろしくね」
アドレスの『sym』という文字を思い出す。どうやら、あのときの予想は当たっていたようだ。
「あ、ゼリー買ってきたんだよね!!」
黎さんはさきほど買ってきたゼリーを何故か自慢げに取り出して、スプーンを持ってくる。
「ちゃんと知ってるんだよね、『たっぷりフルーツナタデココゼリー』!!」
「覚えててくれたんだ、2週間前くらいに買って気に入ってたの」
「当たり前!! はい、スプーン」
テーブルを3人で囲んでいるが、やはり俺は邪魔な存在にしか思えなくなってきた。
「さすが黎君だね。あ、さくらんぼあげる」
「お、ありがと」
「アレできる? ヘタを口の中で結ぶやつ」
「出来ないし、まずこれヘタついてないし……」
「じゃぁ、種飲み込むやつ!!」
「そんなの聞いたことないんですけど!!」
「やっぱりばれちゃった?」
「ばればれだよ……」
微笑ましい2人の光景を見ながら、考えてみて、黎さんのすごさを思い知る。
2週間前、といっても俺たちにとっては1年以上前のことなのだ。どれだけさゆみさんを大切に思っているかが分かる。
彼女はゆっくりと時間をかけてゼリーを食べた。それから、それぞれが何をしているのか、どんなことが好きなのか、3人で語り、すこしだけ距離が縮まった気がする。
彼女は美容師になるために、専門学校に通っているそうで、今1年生だそうだ。
黎さんとは4年も前から付き合っているらしい。
「んーじゃぁ、そろそろ行こうかなぁ」
30分ほど話しただろうか。彼女は、時計を確認して立ち上がり、用意していたのであろう鞄を持って、立ち上がった。
「ごめんね、用事あるんだ……。無理に来てもらった上に、出て行くとか……」
「いえ、気にしないでください。俺も楽しかったですから」
申し訳なさそうな彼女に、そう言った。
「ありがとう。また来てね。黎君、なんかここ数日急に大人っぽくなっちゃって遠く感じちゃうんだよね……」
それは、身体は元に戻っていても、1年間という日々を過ごしたから俺たちにとっては当然のことなのかもしれないが、周りから見れば急激な変化なのかもしれない。
気付かないところで、周りから『何かが違う』と感じられていても、おかしくはないのだろうか。
1年前に、帰ってくることは出来ても、完全に戻ることは出来ない、ということか。
「本当? 背のびたとか!?」
「いや、そういう意味じゃないけど……。たまには牛乳でも飲んだら?」
「牛乳苦手なんだって……」
黎さんは頭が回るから、とっくの昔にそんなこと考えていたのかもしれない。
だからなのか、いつのも明るさと、ノリで難なく乗り切っていた。
やっと、元の世界に帰ってきたと感じ始めていたが、それと同時に何かが違う、どこかが違う、とも感じ始めていた。
それは、身長が少し縮んだとか、1歳若くなったとか、そんなことからきていることじゃなくて、中身が、自分自身が、周りから少し離れてしまったような、不思議な感覚。
その感覚は俺たちだけのものじゃなくて、傍にいてくれる『大切な人』にとっても同じなのかもしれない。
「淳? どうした?」
考え込んでいるうちに、難しい表情をしていたのか、黎さんが声をかけてくれた。
「あっ、大丈夫です……」
「そう? ならいいけど……」
きっと、彼は俺が何か考え事をしていたと気付いていたのだろうが、深くは聞いてこないでいてくれた。
「今からさゆみを駅まで送るんだけど、一緒に行く?」
ほかにすることもないので、黎さんの言葉にうなずいて、彼の家を出て行った。
* * * * * *
「じゃぁ、行ってくるね。帰りはそんなに遅くならないだろうけど、もしお腹空いたら自分であるもの使って何か作って食べて。それから、レポート。USBメモリ失くしたから、作りなおしだ、って言ってたやつ。ソファの下に落ちてたから、リビングの棚の1番上に入れておいたから。それから……」
さゆみさんは、駅の改札の前で黎さんに色々と言っていた。いつものことなのか、黎さんはそれを携帯のメモ機能に書き込んでいる。
こうやって見ていると、さゆみさんの方が年下には見えない。
「はいはい、分かった。じゃぁ、気を付けて。迎えに来るから、電話して」
黎さんは、さゆみさんに手を振って送り出した。俺も軽く頭を下げ、彼女を見送った。
* * * * * *
彼女の姿がホームへと消えたあと、俺は黎さんのマンションへ向かっていた。
最寄りの駅からは歩いて10分ほどかかる。
「さゆみさん、黎さんのお母さんみたいでしたよ。何か、てきぱき要件言って……」
黎さんの隣を歩きながら、そういうと、彼はどこか照れくさそうに、
「そういうとこが、良いとこなんだよね。うん」
と、笑っていった。
「ところで、用事ってなんだったんですか? というか、今日専門学校お休みだったんですか?」
そういえば、と思い出した気になることをぶつける。
「あーっとね……。淳だから話しておかないとね。もしも、俺に何かあったときのため。さゆみもそれを望んでるだろうし」
何だか、突然重苦しい雰囲気に変わって、驚くが、少し低い位置にある黎さんの顔を見て、
「何ですか……?」
と、恐る恐る聞いた。
「さゆみ、普通に見えるだろうけど、病気なんだよね。もう、長くないんだよ」
「……え?」
突然のことに動揺を隠せず、声が漏れた。
それと同時に、彼はもう死期の近い恋人を置いたまま異世界に来て、どれだけ不安で、苦しかったのか考えさせられた。
いつ帰れるのかも分からない、帰れるのかさえ分からない。
残された時間の少ない彼女との時間をもしかしたら異世界で使い切ってしまうかもしれない。
そんな感情が混じる中、俺たちと知りもしない異世界の住民のために、魔王退治なんてしていたのだ。
何も気づかなくて、胸が締め付けられた。
結果、もといた場所には戻れたが、それでももとの時間に帰れると分かるまでの間、どれだけ苦しかったのだろうか。
それを感じさせなかったのか、俺が鈍感すぎるのか。
どちらにしろ、今の俺には黎さんの横顔を見ることさえできなかった。
約2ヶ月ぶりです。
また、ちょっとずつ更新頑張ります。
完結まで、時間がかかってしまいそうですが、あたたかく見守って頂けたらと思います。
読んでくださりありがとうございました。




