第23話 少し視点を変えてみました。
彼に案内されるまま、コンビニでフルーツゼリーをいくつか買って、自宅であるマンションへと向かう。
バスに20分ほど乗って、そこからは少し歩かなければならないようだ。慣れないバスに、少し気分が悪くなったが、目的のバス停までなんとかたどり着いた。
「大丈夫……?」
きっと、ひどい色をしているであろう俺の顔を覗き込んで、黎さんは心配そうにつぶやいた。
「少し酔っただけなんで、大丈夫です……」
「んー……。でも、これから上り坂とかもあるし、ちょっと休んでいこう?」
正直、今の状態で上り坂はきつい、と黎さんの好意に甘えて、近くの公園のベンチで休むことにした。
「ごめんなさい、彼女さん待ってるのに……」
「全然問題ないよ。俺が無理矢理連れてきたんだし」
「ちょっとだけ休んだら、すぐ行きますから」
ベンチに深く座って、深呼吸をすると、少しだけ胸の気持ち悪さが取れた気がした。
しばらく、ボーっと目の前の砂場を眺めていると、
「はい、これ」
と、黎さんが、いつ買ったのか、冷たいペットボトルの水をくれた。彼は、俺の隣に座って、大きく息をした。
「ありがとうございます」
お礼を言って、水を一口飲むと、冷たさが胸の不快感を取り払ってくれるような気がした。
体調も回復してきて、そろそろ行きましょう、と言おうとしたとき、それを黎さんに遮られる。
「なぁ、優華の意見さ、俺分からなくないんだよね」
彼が、そんな話題を突然に切り出すものだから、何故なのだろう、と不審に思いつつも、
「俺にも分かります。救える人がいるんだから、その人を救いたい、って気持ち」
と、答えた。辺りには誰もいない、話しても大丈夫な状態であると確認は出来ていた。
その気持ちは嘘ではないが、けれども行動に移すわけにはいかない。その理由を付け加えた。
「でも、その行為は自分たちは自分の周りの人たちを危険にさらしちゃうし、この先永遠に受け継がれていく力じゃないですよね。だから、俺は反対なんです」
自分の考えを言葉にして、改めて自分の考えを理解する。そして、同時にそれが俺の意見で間違いはない、と確信した。
「そんなことくらい、優華は分かってると思う。彼女、頭良いから。そんなこと全部考えたうえで、そうやって助けることを望んでるんじゃないかな?」
しかし、黎さんはもっと奥のことを考えていたようだ。そして、その考え方は俺には理解できないものだった。
「俺は、その考えが分かる気がするんだよね。彼女がどうして、そこまでして誰かを救いたいと願うかは分からないけど、もし、俺が彼女のような力を持っていたら、同じことを言っていたかもしれない」
黎さんは、そう言って小さく笑った。目は何処か遠くを見つめているようで、隣にいる彼が、何故か遠くに感じられた。
「俺には分かりません……。自分や、大切な人が傷つくと分かってるのに、他人を助けたいだなんて思う気持ち」
正直な感想を言葉にする。何だかんだ言って、俺だって大切なのは自分で、身近にいる人たちだ。
それは、誰だって同じなのだ。必死で、自分を守ることしか考えられない自分を、心の中で守った。
「魔法の存在が知られれば、誰にいつ、どこで狙われるかも分からない。もしかしたら、その狙いは自分だけじゃなくって、関係のない友達とか、家族にまでいってしまうかもしれない。そんなことには耐えられませんから……」
黎さんに言った言葉は、自分を守るための言葉でもあった。
「うん、それは分かってる」
そんな俺の心情を察してか、黎さんは優しくそう言ってくれた。しかし、次の言葉で俺はまた、色々と考えさせられることになる。
「魔法を使わないで、隠していることが淳の大切な人を守る方法なら、それが正解なんだと思う。でも、それが逆の場合だってあるんじゃないかな? 大切な人を守るために、魔法を使わなければいけないということもあるんじゃないかな?」
大切な人を守るために魔法を使うということ。優華さんの場合なら、その例がたやすく想像できた。
「大切な人が、この世界の医療では治すことの出来ない病……ってことですか?」
「うん、俺はそうなんじゃないか、って思ってるんだよね」
もし、俺の大切な人……家族や、慎なんかが治らない病にかかってしまったら、きっと俺は何としてでも治したいと願うだろう。
そして、魔法という1つの力があるのなら、利用したいと思うに違いない。
けれど、それは身近な人を危険にさらしてしまうことに変わりはない。大切な人を救うために、大きな犠牲を払わなければならず、それは完全に自分1人の責任なのだ。
魔法を使うか、使わないか。たった2つの選択肢に、今まで迷いをもったことなんてなかった。
しかし、今、様々なことを考えて、混乱して、どちらの選択肢にも悪いとか、良いとか、そんなことを言えない気がしてきた。
けれど、優華さんの言葉を思い返せば、少しこの考え方に合わない部分もある。
それについて、黎さんに尋ねてみた。
「でも、彼女はたくさんの命を救えるとか、そういうもっと大きなことを言ってましたよね? 身近な人1人なら、そっと治せばよかったんじゃないですか? わざわざメンバーに許可をとったり、相談したりなんか……」
「本当に、この考えが正しいかどうかは、優華に聞かないと分かんない。1つの可能性として、頭の中に入れておいてほしくて、この話をしたんだよね。まぁ、今はあんまり重く考えないで。優華の考えていることは、彼女にしか分からないし、彼女にも分からないことだってあるんだから」
俺の質問は黎さんに流されてしまった。でも、今はそれで良かったのかもしれない、とも思う。
ここ数日、色々なことが起こりすぎて、平和な世界に戻っても、その事実を味わえていなかった。
あまりゆっくりしていていい問題ではないが、急いで解決していい問題でもない。
冷静になるため、今だけではなくもっと先まで考えるため、少し、じっくりと考えるべき時期なのかもしれない。
「優華さんも色々考えてるんですよね……。もう少し、待ってみます。全部、整理がつくまで」
「うん。じゃぁ、そろそろ行こうか?」
「あっ、はい」
とりあえず、今はこの問題は置いて、黎さんの家に向かうことにした。
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