第18話 コーヒーを飲みました。
「え……、壮さん!! 2人も呼んでたんですか?」
雄吾さんの向かいのソファに座って、リビングに隣接するダイニングキッチンに向かっている彼に尋ねた。
「あぁ、言ってなかったかな? この問題はみんなで解決するべきものだと思って、全部話して2人を呼んだんだ」
彼は、キッチンに立ち、コーヒーを淹れながら言った。しばらくすると、独特な良い香りが漂ってくる。
「皆コーヒー飲める? 砂糖とミルクは?」
そう言いながらキッチンから出てきた彼は、トレイにサーバーと、何故かカップ3つと氷の入ったグラスを持っていた。
「俺はブラックで大丈夫っすよ」
仕事着なのか、濃混色のツナギを身にまとった雄吾さんは、予想通りのブラック。
少し筋肉は落ちたのかもしれないが、それでも胸板は厚く、常人の数倍の筋肉はあるだろう。
それに加えて、180cmを超える長身と、真っ黒に日焼けした肌。
きっと、街でこんな人が前から歩いてきたら、思わず避けてしまいそうなほどに、怖い。
しかし、実際のところは、目は優しいし(敵が目の前に居たら別だが)、いざというときは、1番に敵の前に出て助けてくれるいい兄貴、といった感じだ。
「じゃぁ、俺は砂糖と少し」
俺は、ブラックなんて飲めたもんじゃない、と角砂糖を1つ入れてもらった。
そして、もう1つのカップは、雄吾さんの隣に座った壮さんのもとにいき、グラスは黎さんに渡された。
「あれ? コーヒー飲まないんですか?」
寝転んでいた身体を起こして、氷だけが入ったグラスを受け取った黎さんに尋ねると、
「俺は、これ……」
と、そばにおいてあった自分のリュックサックをまさぐり始めた。
動くたびに揺れる、栗色のフワフワの髪は、ワックスなどで立たせたりせず、少し長めの前髪を横に流して、流れを作る程度にしかいじっていないだろう。
そして、猫のように丸い瞳は、そこらの女子が羨ましがりそうなほどに大きい。
可愛い男性、という感じだろうか。それを、暖色系のゆるい服と、165cmほどの高いとは言えない身長が際立たせている。
実際も、甘いものと悪戯が大好き、と色んな意味で可愛らしい子供のような彼だが、実際は20歳の大学3年生。成人しているのだ。
そんな彼が、満面の笑みで取り出したのはコーラ。しかも500ミリペットボトル3本。
「みんな大好き、正義のコーラ!!」
彼は、そのうちの1本を開けて、グラスに注ぐ。そして、それを一気に身体へと流し込んだ。
「うまー!!! 異世界には無くて飲めなかった分、取り返さないとね」
そして、続けて2杯目も一気に飲み干した。
あちらの世界での食事はほとんどが欧米の食事のようなものだったが、何故か味噌や醤油なんかもあり、和風の食事が出ることもあった。
しかし、飲み物に関しては、基本的には紅茶かコーヒー、水。緑茶やウーロン茶なんかは、どこかの国でしか飲めない、特産品だった。
ジュース、というのは果物や野菜の100%のものばかりで、コーラーやサイダーなんてものは存在せず、甘党の黎さんにはきついものだったのかもしれない。
「あの、皆さん。魔法についてなんですけど……」
砂糖が入っているとはいえ、やはり苦いコーヒーを1口だけ飲んで、話を切り出した。
「まぁ、焦るなよ。急がばまわれ、って言うだろ? 焦って出した結論なんか必要ねぇよ」
雄吾さんはそう言って、コーヒーをおかわりした。
「でも、仲が悪い状態が続くのもアレですし……」
昨日のゆあの一件もあり、早急に解決するべきだ、と思っていた俺は、反論した。しかし、
「結局、喧嘩は涼と優華の問題だから。俺らが口を挟むことじゃないと思うんだよね」
と、3杯目のコーラを飲み干した黎さんにも言われてしまった。
「俺らが考えるべきは、涼と優華をどうやって仲直りさせるか、じゃなくて、魔法とどう付き合っていくか、ってことじゃないかな? それが分かれば、自然と優華と涼も仲直りするはずだし、分からなくたって、きっとすぐに仲直りするよ。淳もそう思うでしょ?」
「それは、そうですけど……」
正論なのであろうが、その壮さんの意見には素直に頷けなかった。
「じゃぁ、お前は涼か優華のどちらかに、無理やりにでも相手の意見を飲み込むように言うのか? そうじゃないことぐらい、お前なら分かってるはずだ。まだ、この世界に戻ってきて、時間もそんなに経ってないし、みんな混乱してんだ。これくらいの衝突があったって不思議じゃないし、そんなに不安に思うこともないだろ」
雄吾さんの言葉。……俺は、ただ焦っていたのかもしれない。
まだ慣れない現実世界に、突然発覚した魔法が使えるという事実、それに伴い起きた喧嘩、初めて見るゆあの姿。
みんな、まだ不安で当然なのだ。心が揺れて当然なのだ。落ち着かなくて当然なのだ。
ゆあだって、壊れた原因の全てが喧嘩だった訳ではない。辛い生活で蓄積されたストレスが、喧嘩、ということをきっかけに溢れだしただけだろう。
考えれば分かることなのに、様々なことが起こりすぎて、俺自身がいっぱいで、焦ってしまった。
早く解決することも重要だが、一生つきまとうであろうこの問題を、今すぐに解決する方が、危ない。
壮さんや、黎さん、雄吾さんはそれを理解して落ち着いている。なのに、俺はただ急いでいるだけのガキなのだ。情けない。
「ごめんなさい、焦ってました……。ちょっと、落ち着きます」
それだけ言って、目の前にあるカップの中のコーヒーを一気に飲み干した。
「淳、もう1杯飲む?」
壮さんの優しい声と笑顔に、すこし焦りが薄れた気がした。
「頂きます、砂糖もう少し多めで」
彼にそう頼んで、今度は角砂糖を2つ入れてもらう。しかし、
「おっ、その調子で淳も甘党になっちゃえよ!! 1杯のコーヒー、6つの角砂糖、これ基本ね!!」
と、黎さんは謎のハイテンションで、俺のカップに更に1つ角砂糖を入れ、続けてもう1つ入れようとする。
「ちょ!! せっかくのコーヒーが!! 砂糖とけきれてないじゃないですか!!」
「ちがうよ!! 下に沈んだ砂糖をスプーンですくって食べるの!! これ最高だから! だからまだまだ!」
「それコーヒーじゃないですよ!! ただの砂糖ですよ!!」
「んでね、ミルクは入れすぎちゃダメなんだよね!! 個人的には、コーヒー6割、ミルク4割かな。あ、でもそこは淳に任せる!! 好みだから!!」
「俺そんなに詳しくないですよ!! てか、黎さんそんなもん飲んでよくそんな細い体系維持できますね……」
落ち着く、とはちょっと違うのかもしれないが、焦りが消えて、少し気分が軽くなった。
読んで下さりありがとうございます。
誤字脱字等ありましたらご報告頂けると嬉しいです。
アドバイスもお待ちしています。
【改稿について】
ミルクと砂糖について、少々詳しくいたしました。
角砂糖の分量も増やしました。
ストーリーに影響はありませんので、ここで報告させて頂きます。