第15話 大切な事に気づかされました。
彼女の家の最寄駅につき、駅を出た。
「家まで送るから……、どっち?」
まだ、どこか暗い表情のゆあに、そう声をかけると、
「あっ、こっちです」
と、はっとしたように、再び無理に明るく、苦しそうに笑ってそう答える。
旅の中では、一度も見せなかった表情を、この短時間で2回も見たのだから、優華さんや涼さんのことと同じくらい、彼女のことが気になった。
魔法とか魔族とか、そんな世界での当たり前が、この世界に通じるわけがない。変化とか、違いとか、そういったものがあって当然。
分かっていても、俺の心はついてきてくれず、彼女のことが気にかかる。
「あの……、淳さん」
彼女は、下を向いて歩きながら呟く。
表情が分からないから、どうにか声で感情を読み取ろうとするが、何度考えても、あまり良い感情のようには思えなかった。
「何……?」
だから、俺にはいつもと変わらないように、と気を遣いながら聞くしかない。
「1人暮らし、寂しくないんですか?」
「え……?」
予想していなかった質問に、思わず驚いてしまったが、
「んー……。別に、自分で決めたことだから、寂しくはないかな。親だって、流石に毎日じゃないけど、週に何回かは連絡くれるから」
と、言い、俺が1人暮らしになった経緯を説明した。
俺の斜め前を歩く彼女は、それを相槌を打ちながら聞いてくれた。
「どうしてこんなこと聞いたの?」
そう、彼女に尋ねた。
「何となく、です。ほら、一人って響きだけでなんか、もう、寂しいじゃないですか。だから……。このまま、バラバラになっちゃうんですかね……。それで、旅のメンバーは周りに私、ただ1人になるのかな、って……」
彼女は、下を向いていた顔を少しだけ上げて、そう言った。
きっと、カラオケ店の一件が響いているのだろう。
「そんなことないよ……。今まで大丈夫だったんだから……」
必死で、彼女を慰めようと、言葉を出す。
「今回は大丈夫でも、これからはどうか分からないじゃないですか……。だって、魔法を使うか、なんてことでこんなに大きなけんかになっちゃったから……。これから、もっともっと大きな問題があるかもしれない……。そしたら、もうダメなんじゃないかな、って……」
揺れる声で、言葉を呟く彼女に、俺は何と言えばいいか分からなかった。
「ごめんなさい……。信じなくちゃいけないのに……。この世界に戻ってきた途端不安になったんです……。みんな、学校とか、家族とか、バイトとか、恋人とか、仕事とかがあって、私たちメンバー以外ににも大切なものがいっぱいあるんだ、って。私たちに頼らなくたって、十分やっていけるから……」
必死に声にならない声で、言葉を紡ぐ彼女を見ていると、心臓がぐっと掴まれるような、そんな気持ちの悪い苦しさが生まれてきた。
俺が少し前に考えていたことと、同じこと。逃げ道はいくらだってあるということ。
正直、このメンバーなら、元に戻れると俺は信じている。
だけど、ゆあは俺が考えていたよりずっとずっと、本当は弱くて、1番みんなを心配していて、だから、今、こんなに不安になっているのかもしれない。
気付いてあげられなかった。
本当は旅の中でも、1番仲間が崩れていくことを心配していたのはゆあだったのだ。
彼女がけんかを止めていたのも、『大丈夫』と言っていたのも、ただの強がりだったのかもしれない。
認めたくない現実を否定するために、必死だったのかもしれない。
「ゆあ、大丈夫だよ……。今は、冷静じゃなくなってるけど、きっと落ち着いたら涼さんも、優華さんも謝るよ」
彼女への、慰めの言葉。
「淳さん、ごめんなさい……。こんな人間で……。馬鹿みたいに心配して、不安になって、誰かに頼ってばかりで……」
けれどそれは、ただの俺の気休めにしかならなかった。
ゆあは、ただ謝るだけで、そんな彼女に何も言ってあげられないまま、彼女の家についてしまった。
どこにでもあるような閑静な住宅街。どこも、温かな光がともっているのに、彼女の家には、1つの光も灯っていない。
彼女の、『何時になっても心配されない』という言葉の意味が分かった気がした。
心配されるとか、どうとかいう問題ではなくて、きっと彼女が遅くに帰っても、家族は誰もまだ帰ってきていないからではないだろうか。
「ご家族まだなの? 大丈夫?」
「いいんです、もう慣れっこですから」
彼女はそう言って、道路に面した小さな門を開けた。
「今日は、送って頂いてありがとうございました。それから……、ごめんなさい。突然あんなこと言っちゃって……。気にしないでくださいね」
彼女は門を閉めて、今日3度目の苦しそうな笑みを浮かべた。
もう、そんなゆあを見ていられなかった。ただの、衝動。
ゆあが、必死に溜めていた不安が今日、溢れだしたように。
閉められたばかりの門を開けて、背中を向けて、玄関へと歩く彼女の腕を、強く掴んだ。
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