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9 お姉さんはどうして強いのか

 サクセサという竜は、弱かった。

 力はある、魔力だって豊富。

 父は龍王レギウス。

 才能も、血統も、龍としての頂点に位置している。

 だが、その心根までは最高とは言えなかった。

 次代の王であることが不安視されるほどの臆病さ。

 サクセサ自身もそれを自覚していて、自分は王にふさわしくないと思い込んでいた。



 ――かの精霊に、出会うまでは。



 光の精霊、ミリナ。

 どこか浮世離れした雰囲気の、飄々としていて掴みどころのない少女。

 そして何と言っても、ミリナは強い。

 龍としては最上位の才能を持つはずのサクセサを一方的にボコボコにするくらいには。

 父レギウスをして「勝てないかもしれない」と言わせるほどの存在。


 結果、気がついたらサクセサはミリナに衝動的な求愛を行っていた。

 しかし、だからこそそれを見ていたレギウスもブロッサも、勘違いしたのだろう。

 サクセサが恋をしたのはミリナではない。

 あの時、サクセサがミリナに感じた感情は恋ではない。


 ミリナという強さに対しての憧憬だ。


 それは決して恋なんていう浮ついたものではない。

 もっと、焦燥めいたどこか仄暗さすらあるような感情だった。


 ――それから、サクセサは強さを求めた。

 これまで感じていた臆病さも鳴りを潜め、龍の王にふさわしい強さを身につけていったのだ。


 周囲はサクセサを龍王と認めた。

 レギウスもサクセサに王の座を譲った。

 とはいえレギウスはサクセサの危うさを理解してはいたようだが、どうしてそこまでミリナの”強さ”にサクセサが魅入られたのかまでは理解できなかったようだ。

 やがて、サクセサは龍王として救世の旅を助けた。

 しかし救世の御子として現れたルルアーシャは、どこかミリナを感じさせる面影があって、サクセサは更に焦燥を募らせることとなる。


 ミリナは約束をした。

 サクセサが王としてふさわしくなったら、会いに来る。

 約束は果たされたのだ。

 しかしそれはサクセサにとって、”刻限”が来てしまったことと変わらない。

 そしてまるで導かれるかのようにミリナが自分の前に現れた時、サクセサは感じたのだ。



 ――勝てない。



 ひと目見て、理解してしまった。

 あれからサクセサは強くなったのである。

 才能と素質を活かして、己を鍛え続けたのだ。

 王としての責務があるから、常に鍛錬だけをしてきたわけではないが、そもそももうミリナに鍛錬一つで成長する伸びしろなんてないだろう。

 だから、理論上は急速にサクセサはミリナに追いつきつつあったはず。

 それなのに、全くお話にならなかった。

 見ただけで自身とミリナの実力差を理解できてしまうほどに。


 とはいえ、それは想定できていたことだった。

 レギウスより強い相手に、今のサクセサが勝てないことくらいは想定内。

 問題は自分とミリナの実力差ではない。

 自分のふがいなさと、どうしてミリナはそれほどまでに強いのかという疑問だった。

 前者は、もはやただ怒るしかない。

 結果として純情を弄ばれた怒りまで再発してしまってミリナには迷惑をかけたが、そこは割と普通にミリナも悪いところはあると思う。

 というか自分の場合は自分も悪いが、他の相手には十割ミリナが悪いだろう。


 だが、ミリナの強さはまた別の話。

 否、もっと言えばそれは強さだけの話ではない。

 ミリナの持っている、どうしようもなく人を惹きつける”雰囲気”が問題なのだ。

 どうしてアレほどまでに、ミリナは人を魅了するのだろう。

 アレは本当に犯罪的だ。

 思わずサクセサも、ミリナの強さに対するあこがれをミリナへの初恋と勘違いするほどに。


 実際に初恋だったり、性癖を歪まされた人間はもっとひどい。

 一度歪んだ性癖は、一生戻らないのだ。

 一度芽吹いてしまった初恋は、ずっと実らないのだ。

 ただそれも、ミリナのカリスマ性あってこそ。

 そしてその根源の一つが”強さ”であるとサクセサは理解していた。


 だが、それ以外がわからない。

 とはいえこれは無理もないだろう。

 ミリナが持っている強さの根底にあるのは、物理的な強さの他に適当さがあるのだから。

 ミリナは前世から筋金入りの適当人間である。

 まぁなんとかなるさ、で人生を送ってきた人間。

 それが、転生しても変わらなかったことでこうなった。

 なんとかなるという適当さに、力という手段が伴ったのだ。

 実際になんとかできてしまう適当さというのは、端から見れば自信である。

 自信に満ちてそれにふさわしい強さを持った存在、そう考えればミリナが特別に見えるのも無理はない。


 人が変わったわけではない、立場が変わっただけ。

 それだけで、適当さは動じなさになった。

 本人の自覚、無自覚に関係なく。

 ただの適当な人間だったミリナは、強くて自信に満ちた適当な精霊に変わったのだ。


 そして――今。

 ミリナはその適当によって植え付けてきた罪の清算を迫られている。

 ただ、幸いだったのは――初めて清算する罪が、サクセサの憧れというミリナの罪の中で特に単純なものだったことだろう。


「――お互いさ、長命種なんだ。そんなに焦らなくてもいいんだよ、サクセサくん」


 サクセサの眼の前で、ミリナはその全身を光に変える。

 光の精霊とは、すなわち光でできた精霊のこと。

 精霊とは本来自然現象そのもの。

 故に、本気を出す時――自身の存在を本来の形に近づけると、自然と現象そのものに近づいていく。


「満足行くまで自分を鍛えて、これでいいと思ったらまた挑んで来るといい。もし鍛錬が行き詰まるようなら、私も方法を考えるからさ」

『るるぅ……!』


 そして、ミリナは動く。

 穏やかな顔で、どこかミステリアスな笑みを浮かべながら。


「たとえば。こんなふうに……!」


 ――途端、ミリナはサクセサに自身を直撃していた。

 単純極まりない体当たり、しかし早すぎて避けられない。

 ミリナはそのまま離脱し、更に突撃。

 サクセサは、反撃もできずその場に釘付けにされた。

 しかし、倒れてはいない。

 それはミリナが、敢えて突撃以外のことをしていないから。


『るるるうううぅううう!』


 先ほど、サクセサも今のミリナのように高速機動で戦った。

 しかしそれは、格闘を交えてのものだ。

 ミリナはこう言っている、速度を活かすなら器用さを捨てるべきだ、と。

 超高速戦闘の中で、器用に鉤爪やら何やらで攻撃しようとすると、どうしても精度が求められる。

 だったら精度よりも、純粋な速さで相手を翻弄した方が、速度という強みを活かせるのだ。

 ああ、本当に――強い。


「だから、さ」


 やがて、戦闘は終わっていた。

 ミリナが光を帯びたまま、手を差し伸べるようにしてサクセサに呼びかける。


「もっと、お話をしよう。君が私のことをもっと知って、象徴としてのあこがれ以外の私を見てほしいんだ。決して私は、君が思うようにすごい存在じゃない。ミリナっていう一人の精霊にすぎないんだから」


 人々はミリナに憧れる。

 それこそが、ミリナの罪の根本的な原因だ。

 憧れとして、信仰の対象として、ミリナを特別な存在と思ってしまう。

 それ故に性癖はねじまがるし、憧れを恋心と誤解する。

 サクセサは典型だった。

 ミリナを憧れとしか見ていなかった。

 だからそうやってミリナに正面から歩み寄られたら――その手を取ってしまう。

 サクセサは、ミリナを何も知らないのだから。

 何よりサクセサは――すでに龍の王としての自己を確立しているのだから。


 しかし、これからミリナと関わる者たちはそうではない。

 それぞれにそれぞれの事情を抱えて、それを解決するためにミリナという信仰にすがる。

 そうやって、なんとか今までを生きてきた者たち。

 彼らはまだミリナに背を押されて、数年も経っていない。

 幼く、若く、自分の中にある感情を、あこがれとして処理しきれていないのだ。

 そんな彼らに植え付けてきた様々な罪を清算するのが、ミリナのこれから。

 きっとそれはとても大変なことだろう。


 歪ませてしまった性癖はもうもとには戻らない。

 賽は投げられた。

 後は、ただミリナというミステリアスダウナーお姉さんが、どういう選択をするか。

 ――それだけだ。



 ――――なお、この時。

 サクセサの心の奥に、ミリナに甚振られることにたいする悦びという、あらたな癖が植え付けられていることに、気付くものはいなかった。

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― 新着の感想 ―
面白かったです。お姉さんの末路を楽しみにしておきます。
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