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美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~  作者: 月城 友麻


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63. さすが魔王

 馬車が走り出して間もなく、リーシェは試してみた。


 両手首を覆う黒い枷から手を抜けないかと、手をすぼめたりいろいろと試行錯誤する――。


 しかし、さすがに抜けそうになかった。


 ため息をつき、次に意識を集中する。右手の指先に、あの感覚を呼び起こそうとした。


「ナイナイ」


 座席のクッションに向かって、小さく呟く。


 封魔枷が青白く光った。冷たい光が手首を締め上げるように脈動し、魔力の発動を根元から断ち切る。それでおしまい――何も起こらない。クッションは何事もなく、そこにある。


 もう一度。


「ナイナイ」


 また光る。また無効。


 三度。四度。五度。


 何度やっても同じだった。その度に封魔枷が冷たく光り、リーシェの力を嘲笑うかのように押し返す。「お前にはもう何もできない」と囁きかけるように、青白い光が手首の上でちらちらと踊っていた。


 リーシェは深い深いため息をつき、手を膝の上に下ろす。


 ――ただの何もできない小娘になってしまった。


 王国相手に完全勝利を勝ち得た右手。全ての敵を虚空に呑んできた最凶の収納魔法が、今は黒い枷に縛られて沈黙している。


 自分の取りえなど収納魔法にしかないというのに、これを封じられてしまってはもはや何もできない。


 手首に嵌まった枷の重さが、やけに重く感じられた。


 『うーん、これは手強いわねぇ……』


 リリカが収納空間の中で唸っていた。封魔枷の術式構造を解析しようと、必死に魔力の波長を探っている。枷の魔法内容を読み取り、解除方法を解き明かそうとしているのだ。


 『魔王軍の魔法は高度なのよ……。人間の魔法とは体系が根本から違う。暗号化のレイヤーが何重にもなってて、一つ解いても次の層がある。解除の糸口が全然見えない……』


「そう……。困ったわ。何度やっても収納魔法は発動しないの……」


 リーシェが呟いた。声に力がない。疲労と焦りが、喉の奥で絡まっている。


 『私を出してくれれば一発で破壊してやるんだけど……それは今できないわよね。でもね、一つだけ可能性がある』


 リリカの声が真剣な色を帯びる。首席賢者としての、純粋な知性の声。


 『この手の魔法具は、実は水に弱いことがあるの。封魔系の術式は、媒体の木材に刻まれた魔法文字で成立してるわ。木材に水が染み込むと、その染み込み方にムラが出る。ムラが出れば、文字の導線が一時的に乱れる。ほんの一瞬だけど、封印が緩む可能性があるわ』


「……水ね」


 『ただし保証はないわよ。魔王軍の技術は私の想像を超えてるかもしれない。防水対策が完璧にされてたら手も足も出ない。でも――できることと言ったら、もうそれしかないの』


 リーシェは静かに頷いた。


 水。木材。染み込みのムラ。導線の乱れ。ほんの一瞬の隙。


 針の穴を通すような、たった一つの可能性。それが今、リーシェとリリカに残された唯一の希望だった。


 『チャンスは一度きりよ。水に漬けて、封印が揺らいだ瞬間に私を出して』


「分かったわ」


 リーシェは枷を見下ろした。黒い木の表面で、魔法文字がかすかに脈動している。この枷を水で乱せるかどうかで、全てが決まる。



         ◇



 馬車の窓にはカーテンが引かれ、外の景色は見えなかった。どこをどう走っているのかも分からない。ただ、石畳の上を走る振動が次第に荒くなり、やがて未舗装の道の凸凹に変わったことだけが身体に伝わってくる。大通りから外れ、小径に入ったのだろう。


 リーシェは馬車に揺られながら、静かに首を振る。


 トトを人質に取られるなんて迂闊だった。


 もちろん、王国外からのこういったアクションを、まったく予想していなかったわけではない。あれだけ派手に王宮を制圧すれば、周辺国が反応するのは当然だ。帝国も、南方連合も、そして魔王軍も。


 だが――早すぎる。


 特別顧問に就任したのは、ほんの数時間前だ。それなのにもうトトを誘拐し、リーシェを拘束する手枷を用意している。情報を得て、方針を決め、工作員にトトを拉致させ、リーシェを脅迫する。それだけのことを、たった数時間で。


 人間の組織にはできない早業だった。


 五百年の歳月をかけて大陸の半分を支配してきた魔王の、底知れない情報網と行動力。対策を立てる暇すら与えない、その容赦のなさ。


 さすが魔王、としか言いようがない。


 いったいどんな男なのだろうか? 何を要求してくるのだろうか? 考えるだけで気がめいってきて、リーシェは深くため息をついた。



       ◇


 カーテンの隙間から差し込む光が、茜色から藍色に変わっていく。宵闇が、馬車の中にもじわりと忍び込んでくる。


 暗くなるにつれて、不安が膨らんでいった。


 (トトは無事だろうか……)


 あの男は「美味しいものでも召し上がっているのでは」と笑っていた。だが、魔族の言葉をどこまで信じていいのか分からない。魔族にとって人間など狩りの対象に過ぎないのだ。交渉の道具として生かしておく価値がなくなれば、即座に殺されてもおかしくない。


 いや――もしかしたら、もう。


 リーシェは心臓をきゅっと掴まれたような痛みに、顔をしかめた。




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