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美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~  作者: 月城 友麻


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61. マウント・アタック

 リーシェは部屋をいくつか見て回り――角部屋の寝室が気に入った。窓が二面にあり、朝日も入る。ベッドは天蓋付きで、シーツは真っ白だった。


 リーシェはポスっとそのふわふわのベッドに身を投げ――大きく息をついた。


 月桂樹亭の硬いベッドとも比べ物にならないし、あの屋根裏の干し草とは雲泥の差だ。


「ふぅぅぅ……、『静かな暮らし』にはいいベッドが大切だわ……」


 十分に満足したリーシェは続いてキッチンへ行き、お湯を沸かす。


 やることは一つ。


 収納空間からカモミールの乾燥花を取り出し、湯が沸くのを待った。あの小屋で飲んだ青臭い野草茶ではない。本物のカモミール。


 ポットにお湯を注いで少し待ち、琥珀色の液体を白磁のカップに注いだ。公爵家の食器棚から借りた、薄くて軽い上等な器。カモミールの甘い香りが、ふわりと広がる。


 リーシェはふかふかのソファに身を沈め、一口啜った。


 甘い。微かに甘い。リーシェの舌にも感じ取れる、カモミール特有の穏やかな甘さ。精神の水面が、しんと凪いでいく。


「はぁ……」


 ため息が漏れた。疲労と安堵が混じり合った、不思議なため息。


 ここ最近の大騒動が、走馬灯のように脳裏を過ぎった。


 パーティを追放された夜。ゴブリンを初めて収納した森。ダンジョンの攻略。ガルドの襲撃。治安局の牢。小屋での夜。煙幕。自分自身の収納。炎の龍。王宮の突破。国王との対峙。


 荷物持ちをクビになってから、まだ一月も経っていない。


 それなのに、今は公爵家の別荘でカモミールティーを飲んでいる。


 まるでファンタジーのようだった。あまりに急な展開で、実感が湧かない。それでも、このソファの柔らかさも、カモミールの甘さも、窓から差し込む夕日の温もりも――夢ではないのだ。


 静かだ。


 誰も追ってこない。誰も怒鳴らない。誰も壁を蹴破らない。


 ただ、カモミールの香りと、午後の光と、ソファの柔らかさだけがある。


 ――これが欲しかった。最初から。ずっと。


『ねぇ、そろそろいいんじゃない?』


 脳内でリリカの声がした。遠慮がちな、しかし期待を隠しきれない声。


「分かったわ。こんな立派な部屋まで提供してくれたんだから、解放してあげるわ」


 リーシェはカップを左手に持ち替え、右手を軽く伸ばした。


「出ろ」


 虚空から、赤い髪の少女が現れた。


 リリカ・アステリア。白いローブに緋色の瞳。足元が一瞬よろめいたが、すぐに体勢を立て直し――。


 その手の樫の木の杖に一気に魔力を込め、眩い光が迸ると、振り向きざまその切っ先をリーシェに向けた――。


「キャハ――」


「ナイナイ」


 リリカの勝ち誇った笑い声は、最後まで形にならなかった。


 部屋が絶対静寂に呑まれ、リリカの姿が虚空に溶けていく。杖の輝きも、赤い髪も、緋色の瞳も、全てが一瞬で消え去った。


 部屋にはリーシェだけが残された。カップを片手に無表情のまま。カモミールの湯気が、何事もなかったかのように漂っている。


『うわぁぁぁ! 何よ何よ! どうして!?』


 脳内でリリカが絶叫している。


「私ね、なぜかあなたが考えそうなこと、分かっちゃうのよ」


 リーシェはカモミールを一口啜った。穏やかな甘さが、喉を滑り落ちていく。


『何よ! どういうことよ!?』


「今までずっと収納されててプライドが傷ついたから、意趣返しに拘束魔法か何かぶっ放して、マウントを取りたかったのよね?」


『……うっ』


 図星だったらしい。リリカの気配が、ばつが悪そうにもぞもぞと動いている。


「そういう子供っぽいところを直せないと、怖くて解放できないわ」


 リーシェは淡々と言いながら、カモミールをもう一口。


『ごーめーん! ごめんってばぁ……』


「しばらく反省してらっしゃい」


『えーーっ! 悪かったってばぁ……』


 リーシェはため息をつき、カップをテーブルに置いた。首席賢者ともあろう者が、このしょうもなさ。だが、嫌いではなかった。少なくとも、腹黒い政治家たちよりは、無邪気でかわいいものだ。



         ◇



 その時だった――。


 カランカラン。


 呼び鈴が鳴った。


「あら、トトかしら」


 リーシェはソファから立ち上がった。トトがそろそろ来る頃である。


『ち、違うわ……』


 リリカの声が、急に硬くなった。


『誰これ……? トトじゃない。知らないオッサンよ』


「ん? お客さん?」


『分かんない……でも、何か嫌な感じがする……』


 リーシェは扉の前まで行き、様子をうかがった。


「どなた……ですか?」


「こんにちわー! トトさんの件でお話がありましてですね」


 明るい声だった。人懐っこい、営業マンのような声。


 リーシェの背筋に、かすかな冷たさが走った。嫌な予感だ。


 扉を、少しだけ開けた。


 そこに立っていたのは、小柄な中年の男だった。仕立てのいいジャケットを着込み、髪をきちんと撫でつけている。丸い目に人のよさそうな笑みを浮かべ、両手を前に組んで佇んでいた。一見すれば、どこにでもいる商人のように見える。





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