45. はい論破
「いい? 例えばね。ワイバーンの足元に、巨大な穴を開けるの。地面を収納して。深さ十メートル、幅五メートルの落とし穴。ワイバーンが落ちたら、今度は掘り出した土砂を上から戻す。生き埋め。窒息死。一撃必殺」
「おぉ……」「うむぅ……」「それは……」
室内がどよめいた。
「精鋭部隊も同じよ。足元の地面を一瞬で消せば、全員が穴に落ちる。そこに土砂を被せれば、はい、おしまい。死体は地中。通信も途絶える。痕跡なし」
リリカはぱちんと指を鳴らした。
「小屋から消えたのだって、床を収納して地下に空間を作れば、いくらでも隠れられるわ。地下室の蓋を閉じていれば突入してきた部隊は、もぬけの殻を見つけるだけ」
沈黙。
長い沈黙の後、宰相グレンヴァルが、ゆっくりと椅子の背にもたれた。
「……筋は……通るな」
「でしょー?」
リリカが得意げに胸を張った。
「収納魔法の応用でダンジョン攻略。治安局侵入、脱獄。精鋭部隊の殲滅。全部説明がつく。この子は収納魔法を、戦闘用に極限まで研ぎ澄ませてるのよ」
参謀総長カーティスが、静かに頷いた。眼鏡の奥の目に、初めて感心の色が浮かんでいた。
「なるほど。落とし穴が武器ということか。それは気づかなかった……」
「ああ」
騎士団長ヴァルゲンも、渋い顔で認めた。
「騎士団を展開しても、足元の地面を消されては隊列が崩壊する。王国軍も同じだ。歩兵を送り込んだところで、穴に落とされるだけか」
「ではどうする」
宰相が一同を見回した。
「そんなの」
リリカが、ぴょんと跳び上がった。
レースのカーテンを片手で払い、窓枠に飛び乗る。小柄な身体が重力を嘲笑うかのように軽々と宙を舞い、靴の爪先が石の窓枠にとん、と着地した。
ローブの裾が翻り、赤い髪が朝の光を受けて燃えるように揺れる。
「私が行って、ちゃちゃっと解決してくるわ!」
自信満々だった。緋色の瞳がきらきらと輝き、小さな拳を握りしめて、まるで遠足の前日の子供のような表情を浮かべている。
「待て」
参謀総長カーティスが立ち上がった。
「首席賢者一人で送り出すわけにはいかん。王国軍からも精鋭を同行させる。これは国家の安全保障案件だ」
「うちもだ」
騎士団長ヴァルゲンが椅子を軋ませて立った。
「騎士団の威信にかけて、看過できん。我が精鋭を――」
「やーだ」
リリカが速攻で両手をぶんぶんと振った。
「足手まといだからやめて。落とし穴が武器の相手に歩兵とか騎士とか連れてったら、全員穴に落ちるだけでしょ? 空飛べない人たちは来ないでいーの」
「しかし――」
「私は飛べるの。王国最強なの。だから私一人で行くの。はい論破」
ヴァルゲンが反論しかけたが、言葉が出なかった。カーティスも眼鏡を直しただけで、黙り込んだ。悔しいが、理屈が通っている。落とし穴を武器とする相手に、地上部隊は確かに無力だ。飛行能力を持つ魔導院だけが有効、そしてその最強に君臨するリリカが適任なのに異論をはさむ余地がない。
一同は顔を見合わせた。
「……宰相」
カーティスが視線を上座に向けた。判断を仰いでいる。
宰相グレンヴァルは、深い皺の刻まれた顔で、しばらくリリカを見つめていた。窓枠にちょこんと立つ赤髪の少女。王国最強の魔法使い。十八歳。自信に満ちた緋色の目。
宰相は、ため息をついた。
「……行け。ただし、殺すな。生かして連れてこい。交渉の余地を残せ」
「はーい!」
リリカは満面の笑みで敬礼した。敬礼の形がまったくなっていなかったが、誰もそれを指摘する気力はなかった。
「おいでー!」
リリカが宙に右手を伸ばした。
何もない空間に、魔力が渦を巻く。光の粒子が集まり、凝縮し、形を成していく。現れたのは重厚な木の杖だった。樫の古木を削り出した深い飴色の杖で、先端には緋色の魔石が嵌め込まれている。首席賢者の証。
リリカはその杖を掴むと、魔法の箒のようにまたがった。杖の上に腰を下ろし、両足をぶらりと垂らす。
「じゃ、行ってくるわ。キャハッ!」
杖に魔力が注ぎ込まれた。
バチバチッ! と青い閃光が会議室に瞬いた。杖全体が眩い光を放ち、リリカの赤い髪がばちばちと盛大な魔力を帯びて逆立つ。魔力の奔流が杖を通じて空間を震わせ、窓ガラスがビリビリっと鳴った。
直後――大空へとすっ飛んでいく。
赤髪が朝の青空に翻る。白いローブが風をはらみ、小柄な身体が王宮の尖塔よりも高く舞い上がっていく。きゃははは、という笑い声が、小さくなりながら空に溶けていった。
会議室に残された四人の男たちは、窓の外に消えた赤色の点を見送り、互いに顔を見合わせた。
「……あの娘に、礼儀という概念はないのか」
宰相グレンヴァルは、額を手で覆い、長い長いため息をついた。
みんな渋い顔をして、沈黙するばかり。
朝の風が吹き込み、テーブルの上の書類をパサパサと散らかしていった。




