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美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~  作者: 月城 友麻


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37. チクチクする麻袋

「え……? そ、それは……助かるけど……」


 リーシェは面食らった。こんな状況で、この男は何を宣言しているのか。追われている。怪我をしている。明日どうなるかもわからない。なのにこの男は、「料理を作らせてくれ」と頭を下げている。


「やったぁ! もっともっと姐さんを笑顔にできるように頑張るっす!」


 トトはグッとガッツポーズをして――どこかの傷に障ったらしく、顔をしかめた。


「いっ……てて……」


「あー、ほらまだ早いわ。早く寝て」


 リーシェは麻の袋をバサバサとトトの上にかぶせた。


「痛たたた……。麻袋はチクチクするからもっと優しく……」


「はい、もう寝なさい」


 リーシェはぱしぱしと麻袋の上を叩いた。横になれ、と言わんばかりに。


 だが――その顔は、いつになく柔らかかった。


 微笑み、とまでは言えない。リーシェの無表情は鋼鉄の(よろい)のように堅い。けれど今、その鎧のどこかに、細い隙間ができていた。口元がほんの僅かだけ緩み、黒い瞳に灯る光が、いつもより少しだけ温かい。


 トトはそれを見逃さなかった。


 見逃さなかったけれど、何も言わなかった。言ったら消えてしまいそうだったから。



         ◇



 トトは、じっとしていられない性分だった。


 三十分も横になっていると、「ちょっとだけ」と言い残して梯子を降り、小屋の外に出ていった。


 リーシェはため息をつく。


 止めても聞かないことは、短い付き合いの中でもうわかっている。あの男は自分の身体のことよりも、目の前にある「何かを作れる可能性」に突き動かされてしまう人間なのだ。


 まだあちこち痛む身体を庇いながら、トトは月明かりの下で屈み込み、麦畑の縁に生えた草を一本ずつ確かめていた。茎を折り、鼻に近づけ、香りを嗅ぐ。また一本。また一本。


 料理人の目利きだった。


 こんな時にまで発揮される、その執念にも似た矜持(きょうじ)。暗がりの中でも指先と鼻だけで、ハーブを見分けることができる。殴られた手で。ひびの入った肋骨を庇いながら。


 リーシェは屋根裏の小窓からその様子を静かに見下ろす。月に照らされたトトの背中は不思議と力強かった。


 やがてトトは一つかみのハーブを抱えて戻ってきた。梯子を登る足取りはまだぎこちないが、顔は嬉しそうだった。獲物を捕まえた猟犬のような、素朴な達成感。


「姐さん、ちょっとお湯沸かせます?」


「……何する気」


「まあまあ」


 リーシェは小さくため息をつくと、収納空間から廃棄予定だった野営用品を取り出した。ガルドのパーティにいた頃のものだ。返しそこなったまま持っていた。かなりくたびれているから、今さら返せとは言われまい。


 魔石コンロに小鍋を乗せ、水筒から水をそそぐ。青白い魔石の炎が灯り、小さな光が屋根裏の闇を柔らかく照らした。


 トトは小屋の隅で見つけた錆びたカップを丁寧に洗い、摘んできた野草を選り分け始めた。傷ついた指で、一枚一枚の葉を確かめていく。その手つきには迷いがなかった。


「この辺に生えてたのは矢車薄荷(やぐるまはっか)と、たぶん紅花詰草(べにばなつめくさ)……。あとこれは……ん、百里香(ひゃくりこう)っすね。カモミールの代わりにはなんないっすけど、鎮静効果はあるっす」


「……詳しいのね」


「料理人っすから。ハーブは守備範囲っす」


 トトが誇らしげに胸を張った。



         ◇



 小鍋の水が沸いた。


 湯気が屋根裏の冷えた空気に溶けていく。トトは野草を一種類ずつ、順番に投入していった。


 その手つきは、怪我の痛みを忘れたかのように正確で、迷いがない。


 やがて、小屋の中に柔らかな香りが広がっていった。


 カモミールとは違う。もっと素朴で、少し青臭い。洗練とはほど遠い、野の匂い。けれどその奥に、確かな柔らかさが息づいていた。


 トトが錆びたカップに薄黄色の液体を注ぎ、リーシェに差し出した。


「はい、姐さん。お口に合うかわかんないっすけど」


 リーシェは受け取った。


 両手でカップを包む。錆びた金属の感触。その向こうに、湯気の温もり。


 口元に運んだ。


 温かかった。


 味は、正直に言えば雑味が多い。カモミールティーの澄んだ甘さとは比べものにならない。お世辞にも美味いとは言えなかった。


 でも。


 ――温かい。


 その温もりが、喉を通って胸の奥に落ちていく。張り詰めていた何かが、少しだけ緩んだ。


 カモミールの代わりには、ならない。トトの本気の料理には、遠く及ばない。


 けれど、この温もりだけは本物だった。月明かりの下、錆びたカップの中に、トトの手が注いだ確かな温もり。


「……効くっすか?」


 トトが心配そうに覗き込んだ。


 リーシェはカップの縁から目だけを上げた。


「……まあ。悪くないわ」


 トトの顔が、ぱっと明るくなった。


「よかった……!」


 その笑顔は、殴られる前と何も変わらなかった。腫れが引きかけの頬も、かさぶたの残る唇も、笑えばいつものトトだった。


 「悪くない」の一言で、こんなにも嬉しそうに笑える人間がいるということが、リーシェにはまだ少し信じられなかった。



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