表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~  作者: 月城 友麻


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/69

35. 朽ちかけた小屋

 リーシェは駆ける――。


 足は自然と、人通りの少ない方角へ向かっていた。


 大通りを避け、裏路地を縫うように走る。やがて石畳が途切れ、足元が硬い土に変わった。


 倉庫街だ。


 王都を取り囲む巨大な円形城壁の内周に沿って、灰色の倉庫が隙間なく並んでいる。昼間は荷馬車と人夫で溢れかえるこの一帯も、日が暮れると嘘のように静まり返る。物流の大動脈(だいどうみゃく)は、夜には王都で最も人の気配が薄い場所になるのだ。


 見回りの兵士も、ここでは手薄になる。盗むほどの価値がある荷はとうに蔵の奥に仕舞われているし、夜の倉庫街を好んで歩くのは野良猫くらいのものだった。


 リーシェは倉庫と倉庫の隙間を抜け、城壁の根元にたどり着いた。


 はぁはぁと荒い息をつきながら見上げる。


 灰色の石壁が、黄昏の空を断ち切るように(そび)えている。こんな城壁を突破することは不可能だ。普通の人間にとっては――。


「……ナイナイ」


 小さな声。可愛らしいとすら言える、気怠い掛け声。


 城壁の一部が、音もなく消えた。


 人ひとりが屈んで通れるほどの穴が、分厚い石壁を貫通して向こう側の景色を覗かせている。夕闇に沈みかけた空と、その下に広がる暗い大地。


 リーシェは身を屈めて穴をくぐった。冷たい石の感触が肩を擦り、一瞬だけ闇に包まれる。そして――。


 風が、変わった。


 街の中の人いきれの匂いが消えて、代わりに土と青草の匂いが鼻腔を満たす。


 城壁の外に出たリーシェの目の前に広がっていたのは、月明かりに照らされた一面の麦畑だった。


 風が吹くたびに、まだ若い麦の海が大きくうねり、波のように揺れる。ざわざわ、ざわざわ、と。途切れることのない、柔らかな音。


 リーシェは足を止めた。


 ほんの数秒だけ、その音に耳を傾けた。


 風の音。麦の擦れる音。どこかで鳴く虫の声。


 それは街の喧騒とは違う。世界が、ただそこに在るだけの音。


 誰も傷つけず、誰にも傷つけられない、自然という名の安全地帯。


 リーシェの強張っていた肩が、ほんのわずかに下がった。


 ――少しだけ、楽だ。


 振り返り、城壁の穴を塞ぐ。これでもう追っては来れないだろう。


 リーシェはふぅと大きく息をついた。



       ◇



 麦畑の中を歩いた。


 穂先が腰のあたりを擦り、さわさわと囁くような音を立てる。月明かりは思いのほか明るく、足元の畝は見分けがつく。だが遠くの景色は淡い銀色の靄に沈んで、どこまでが畑でどこからが空なのか、その境界が曖昧だった。


 しばらく歩くと、麦畑の端に黒い影が見えた。


 小屋だ。


 朽ちかけた木造の小屋。収穫期に農夫たちが寝泊まりするために建てたのだろう。壁板は隙間だらけで、屋根の一部は苔に覆われている。扉は蝶番が錆びて半ば歪んでいたが、鍵はかかっていなかった。


 贅沢は言えない。夜露をしのげればまた明日につながるのだ。


「お邪魔します……。どなたかいますか?」


 声をかけながらそろそろとリーシェは中に入った。


 返事などない。


 干し草と麦藁の匂い。埃っぽいが、野宿よりはましだ。


 魔法のランプを取り出し、仄かな灯りをともすと中を照らしてみる。


 隅に古い麻袋が積まれ、壁には錆びた農具が数本掛かっている。


 隅の方には屋根裏へ続く梯子が見えた。


 登ってみると――屋根裏は狭かったが、板張りの床は思ったよりしっかりしていた。積み上げられた干し草が天然の寝床になっている。そして何より――壁の高い位置に小窓があった。そこから外の麦畑が一望できる。


 隠れながら、外を見張れる。


 ――ここにしよう。


 リーシェは干し草の上に座り込んだ。埃が舞い上がり、月明かりの中できらきらと光る。


 深呼吸を一つ。


 そして、慎重に右手を持ち上げた。


「……出て」


 光が淡く弾けて、トトの身体が干し草の上に現れた。


 丸まったままの姿勢。腫れ上がった顔。泥と血に汚れた服。収納空間の中で時間が凍結されていたから、傷の状態は地下牢で見た時のまま変わっていない。


 だが、収納から出た瞬間、時は再び動き出す。


「ぅ……っ、ゴホッ、ゴホッ……!」


 トトが咳き込んだ。身体を丸め、肋骨を押さえる。咳のたびに顔が歪み、腫れた目の端から涙が滲む。


「ぐっ……いっ、てぇ……」


「動かないで」


 リーシェはトトの傍にしゃがみ、その肩にそっと手を添えた。いつもの無表情。だが、その手つきはガラス細工に触れるように慎重だった。


「……肋骨が折れてるかも。深く息をして」


「はい……ぐっ……ちょっと……胸がキツいっす……すみません」


「謝らないで」


 リーシェは空中に画面を開くとアイテム一覧を眺める――。


 あの日。パーティを追放された日に返し損ねたもの。ガルドのパーティにいた頃の名残が、収納空間の片隅にまだ残っている。


「あった。良かった……」


 手をかざすと、小さなガラス瓶が現れた。


 回復ポーション。ラベルはくすんだギルド規格の安物。返すつもりだったが、そのままになっていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ