21. 二人だけの秘密
「で、でも姐さん……前人未到の偉業っすよ? これがギルドに知れたら、噂なんか一発で吹き飛ぶし、ガルドの嘘だって証明できるし……」
「だから嫌なのよ」
リーシェは金色に輝く壁面を、うんざりした目で見回した。
「このファンファーレ……最悪。目立つだけじゃない。こんなの知られたらどうなると思う? ギルドに呼び出され、冒険者協会に報告され、王宮だのに引っ張り回されて、毎日毎日取材だの調査だの……」
想像しただけで顔が曇っていく。
「はぁぁぁ……。静かに暮らせなくなるわ。絶対に」
「そ、それはそうかもしれないっすけど……」
「王国の偉そうな肩書も勝手につけられて、面倒ごとを押し付けられるようになるんだわ。最悪……」
「宮廷魔導顧問とか王国守護冠とかですかね。確かに自由はなさそう……」
「トト?」
リーシェは一歩前に出た。華奢な身体なのに、その気配は有無を言わせない。
「私は静かにカモミールを飲んで暮らしたいの。それだけなの。英雄になりたいわけでも、有名になりたいわけでもない。このダンジョンのことは、二人だけの秘密。いい?」
「で、でも、素材を売ったらバレるんじゃ……」
「売り方は工夫すればいいでしょ。小分けにして、出どころをぼかして。あなた、元冒険者なんだからそのへんの知恵はあるでしょ?」
「う……まあ、裏ルートの知り合いはいるっすけど……」
「じゃあ決まりね」
リーシェはいつもの気怠い目に戻った。交渉終了、とでも言うように。
トトは頭を掻いた。
正直、もったいないと思う。こんな偉業を秘密にするなんて、冒険者としては身を切られるような話だ。自分たちがやったことを世界に誇りたい。トトの中の冒険者魂が、そう叫んでいる。
だが――リーシェの顔を見た。
うんざりした顔の奥にあるのは、わがままではなかった。この人は本当に、心の底から静かに暮らしたいだけなのだ。注目されることが嫌なのではなく、注目された先に待っている喧騒が、この人の精神を蝕むことを分かっているのだ。
精神が乱れれば、収納した魔物が飛び出すような悪影響も考えられる。
この人にとって「静かに暮らすこと」は、贅沢ではなく生存戦略なのだ。
「……わかりました。秘密にするっす」
「ほんとに?」
「ほんとっす。誰にも言いません」
トトは胸に手を当てた。
「俺と姐さんだけの秘密。約束します」
リーシェはトトの目をじっと見つめた。嘘がないか確かめるように、数秒。
やがて、ふっと息を吐いた。
「……ん。ありがと」
その声は、さっきスープを受け取った時と同じくらい小さかった。
パッパラパッパッパー!
ファンファーレはまだ鳴っている。ダンジョンは二人の事情など知ったことではないらしく、ご丁寧に金色の紙吹雪まで天井から降らせていた。
「……うるさい」
リーシェが天井を睨む。
「あはは……ダンジョンは空気読めないっすね……」
トトは苦笑した。
さっき見た映像のことを、リーシェはまだ胸の奥に抱えている。碧い惑星。無数の星。青い髪の女性の悪戯な笑み。そして、読めるはずのない古代文字が読めたという事実。
全てが、何かに繋がっている――が、それが何を意味するのか、リーシェにはまだわからない。
「……帰りましょ。カモミール、飲みたい」
「はいっす! 今日は俺がとびきりのお茶を淹れますよ!」
二人は帰路についた。
世界最凶の少女と、夢見る料理人。
リーシェは気怠く歩き、トトは軽やかに歩く。ただ並んで歩く二人の距離が、今朝よりもほんの少しだけ近くなっていた。
◇
ダンジョンの最奥に、ポータルが出現していた。
虹色の光で編まれた円形の門。その光の向こうに、うっすらと地上の光が揺れている。まるで水面の底から空を見上げているような、淡く滲んだ輝き。
「入るわよ」
「はいっす!」
二人はポータルに飛び込んだ。一瞬だけ視界が白く弾け、全身を浮遊感が包み――次の瞬間、二人はダンジョンの入口に立っていた。
さんさんと降り注ぐ太陽の光が、容赦なく目を刺す。
地下の闇に長く浸りすぎた目には、その眩しさは厳しい。リーシェは手で遮って目を細めた。風が頬を撫でる。地上の空気だ。土と草と、微かに甘い花の匂い。地下百階の溶岩と硫黄の記憶が、嘘のように遠くなる。
直後、どやどやと大勢の人たちが集まってくるのが見えた。
二人はとっさに近くの木陰に身を隠す。
「やばいやばいやばい……」
トトの顔が青い。
「静かに」
リーシェは木の陰から群衆の様子を窺った――。
「おい、ファンファーレ聞いたか!?」
「聞いた聞いた! これってダンジョンが攻略されたってことだろ? すっげぇ!!」
「誰だ? どこのパーティだ!? 大変な快挙だぞ!!」
「まさかあのAランクの連中か?」
「いや、彼らは昨日入ったばかりだから無理だろう」
「じゃぁ誰なんだよ!?」
怒号にも似た興奮が、群衆の中で渦巻いている。冒険者も、商人も、野次馬も、ダンジョンの入口に殺到し、ポータルから誰が出てくるのかと目を皿のようにして見張っていた。




