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美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~  作者: 月城 友麻


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18. バージョンアップ

「姐さん……これ、やばくないすか……!?」


 トトの声が風にちぎれる。三回目ともなれば落下そのものには慣れた。だが、この深さは異常だ。前回よりも、さらに長く、深い。


「……最深部、かもね」


 リーシェがぽつりと呟いた。その声は気怠いままだったが、黒い瞳が闇の底を見据えている。


 ダンジョンができる最高の嫌がらせは一番強い魔物をぶつけることだ。それは最深部にいるに違いない。


 ただ、リーシェからしたら、どんな強い魔物でもただの収納作業をするだけなのだが。


「ふぁ~ぁ」


 眠そうに盛大なあくびをする。


「姐さぁーん、緊張感持ってくださいよぉ……」


 トトが泣きそうな声を出す。


「だって、今朝早起きだったんだもん。ふぁ~ぁ」


 リーシェは今日一番のあくびをした。


 やがて――遠い闇の底に、赤い光が見えた。


 溶岩のような赤。それが少しずつ、けれど確実に近づいてくる。


 熱い風が吹き上がってきた。硫黄の匂い。焦げた石の匂い。そして、今まで感じたどんな魔物とも次元の違う――圧倒的な、身のすくむような魔気。


 トトの全身に鳥肌が立った。


「姐さん、ヤバいところ来ちゃったっすよぉ……」


「とっとと倒して帰りましょ」


「そんな遠足みたいに……うわぁ!」


 二人は赤い光に照らされた石の床に落とされる。リーシェは問題なく着地したが、トトはまたも失敗して転がった。


「くは……っ……。なんなんすかもぅ……え?」


 顔を上げた瞬間、トトは息を呑んだ。


 そこは広大な溶岩洞窟(どうくつ)だった。


 闘技場などという人工的な空間ではない。ダンジョンの最深部に広がる、天然の巨大洞窟。天井は見えないほど高く、壁面には赤い鉱石が脈打つように発光している。地面のあちこちに溶岩たまりがあり、灼熱の空気が陽炎のように揺らめいていた。


 そして――洞窟の最奥に、そいつはいた。


 岩山のような赤い巨体。大きな漆黒の翼。鎧のように硬質な鱗に覆われた体躯。長い首の先で、紅玉のような双眸が、ゆっくりと開く。


 ワイバーン。


 亜龍種(ありゅうしゅ)。伝説の書にその名を刻まれ、Aランクの精鋭パーティですら討伐を避ける災害級の魔獣。百年前に王国軍が総力を挙げて一体を討伐した記録が残っているが、その時は騎士団に死者が三桁出たと伝えられている。


 それが今、二人の前にいる。


 駆け出しのパーティ二人の前に。


「……うそ、でしょ……」


 トトの唇が、かさかさに乾いていた。


「グルルルル……」


 ワイバーンの喉が低く鳴った。咆哮ですらない。ただの威嚇音。それだけで洞窟の壁面が震え、天井から砕けた岩がぱらぱらと落ちてくる。溶岩が波立ち、灼熱の空気が二人の肌を焼いた。


 トトは剣の柄を握りしめていた。手が震えている。自分の振るう剣など何の役にも立たないのに、握ってでもいないとどうにかなりそうだった。


 怖い。ここまで絶望的な恐怖に打ち震えたことなど記憶になかった。オーガの威圧もコカトリスの殺気も、この存在の前では子供の癇癪のようなものだ。ワイバーンが放つ魔気は、ただそこに在るだけで周囲の生命を萎縮させ、膝が勝手に折れそうになる。


 ワイバーンがゆっくりと首をもたげた。巨大な顎が開き、喉の奥に赤い光が渦を巻く。灼熱のブレスの予兆。あれを浴びたら、人間など骨すら残らない。


 ――でも。


「ナイナイ」


 気怠い声だった。


 伝説の魔獣を前にして、まるで寝る前の灯りを消すかのような、何気ない一言。


 すぅ――と。


 世界から、音が消えた。


 ワイバーンの威嚇音が途切れた。喉の奥で渦巻いていた赤い光が消え、紅玉の双眸が消え、岩山のような巨体の全てが、絶望的な静寂の中に吸い込まれていく。


 洞窟を満たしていた圧倒的な魔気が、嘘のように消失した。溶岩たまりだけがただ静かに赤い光を放ち続けている。


 ――からっぽになった。


 最初から、そこには誰もいなかったかのように。静寂だけが、洞窟の隅々まで満ちていた。


 百年に一度の伝説の魔獣が居たことなど、まるで夢だったのではないだろうか?


 トトは、膝をついた。


 崩れ落ちたのではない。ただ、膝が折れた。理解が追いつかないのだ。今、目の前で起きたことの意味が、脳に浸透するまでに時間がかかる。


「伝説が……一言で……」


 声が(かす)れていた。


 ワイバーン。百年前に王国軍に大損害をもたらした伝説の魔獣。それが、黒髪の少女の「ナイナイ」の一言で消えた。戦闘時間、零秒。いや、戦闘と言っていいかすらトトには分からなかった。


 もはや笑うしかなかった。


「……姐さん」


「なに?」


「俺、もう何が起きても驚かない自信あります」


「そう。良かったわね」


 リーシェは興味なさげに頷き、それから何かに気づいたように小首を傾げた。


「あれ……なんか、機能が増えてるわ」


「機能……?」



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