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無核戦記 年表(1896〜1959)

【1896年】

史実:アンリ・ベクレル氏が放射能を発見。マリー・キュリー夫妻が研究を発展させる。

無核戦記:ベクレル氏の研究記録が実験室火災で失われ、放射線現象は「化学的異常」として片付けられる。キュリー夫妻も物理的本質には到達せず。


【1905年】

史実:アルベルト・アインシュタイン博士が特殊相対性理論を発表。核物理理論の基盤となる。

無核戦記:アインシュタイン博士、チューリヒで事故死。特殊相対性理論は“幻稿”として未発表。高エネルギー物理の理論基盤が欠落し、原子核理論の発展が遅延。


【1914〜1918年】

史実:第一次世界大戦。化学兵器が初めて大規模に使用される。

無核戦記:同様に勃発。化学兵器の戦術的価値が高まり、戦後も改良が続く。原子物理は依然として停滞。


【1938年】

史実:オットー・ハーン博士とフリッツ・シュトラスマン博士がウラン核分裂を発見。

無核戦記:欧州の物理学者グループがウラン実験中に大規模臨界事故を起こし、全員が死亡。放射線被害が公になり、「核研究は悪魔の所業」との風評が世界に広がる。以後、核関連研究は国際的タブーとなり、資金も人材も失われる。


【1939年】

史実:アインシュタイン博士とレオ・シラード博士がルーズベルト大統領に警告状を送る(原爆開発を促す)。

無核戦記:アインシュタイン博士は既に故人。シラード博士も事故後の社会的反発を恐れ、核分裂の軍事利用を提案せず。米政府への警告状は存在しない。


【1939〜1945年】

史実:第二次世界大戦、核兵器開発(マンハッタン計画)と広島・長崎への原爆投下。

無核戦記:核兵器開発は存在せず。最終局面では化学兵器の抑止と空母打撃群を中心とする通常兵器戦で終戦。広島・長崎は爆撃被害はあるが原爆は投下されない。


【1942年】

史実:米国、マンハッタン計画開始(レスリー・グローブス将軍、ロバート・オッペンハイマー博士ら)。

無核戦記:原子力利用の国家プロジェクトは立ち上がらず、代わりに化学兵器とロケット兵器の量産計画が推進される。


【1946年】

史実:米ソ冷戦開始。核兵器拡散が国際政治の焦点に。

無核戦記:東京は1946年秋に降伏。日本は非核型再軍備制限下に置かれる。米ソは化学・生物兵器と空母打撃群を抑止力の中核に据え冷戦突入。


【1950〜1953年】

史実:朝鮮戦争。核使用の可能性が取り沙汰される。

無核戦記:朝鮮戦争は同様に勃発。核は存在せず、化学兵器使用の瀬戸際外交が繰り返される。


【1959〜1964年】

史実:冷戦期の米ソ対立。キューバ危機など核戦争の危機が幾度も訪れる。

無核戦記:第三次世界大戦本編でご確認ください。

本編一話はこちら↓


URL:https://ncode.syosetu.com/n6648kw/1/

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