1.赤裂三姉妹
赤裂団とは。
肉を切り、骨を断ち、血を裂く。
赤裂。
殺人七家の一家。
その赤裂家の直系の三つ子。
それが、赤裂三姉妹。
長女赤裂一華、次女赤裂二葉、三女赤裂三織。
三姉妹。
3人で1人、1人で3人。
新進気鋭の殺人トリオ。
彼女らは赤裂の名に恥じない殺し屋だとすでに認識されている。
しかし、実のところ、彼女ら個々の実力は大したのもではない。
二流の上澄み、よくて一流の底辺。
では、なぜ彼女らが殺し屋たちに認められたのか?
それを説明するためには、まずコンビネーションについて話さなければならない。
コンビネーションの意味について、ここでは殺し屋たちの世界、いわゆる裏の世界での意味に語らせてもらう。
裏の世界でのコンビネーションの意味とは。
ズバリ、補完し合うこと。
裏の世界の者たちは、表の世界に比べ、一点特化の者が多い。
では、どうやってそれを補うか。
自分の苦手なところに特化した者と協力すれば良い。
至極当然である。
そして、殺し屋たちは互いに補完し合うことで死合に勝ち残ってきた。
では、赤裂三姉妹のコンビネーションとは。
それは、重ねがけるものとでも言えばいいだろうか。
相手が攻撃の転じることができず、防御に専念せざる負えない、綿密で濃密な攻撃の乱舞。
並の殺し屋なら、防御に転じれず、攻撃に晒され続けて死んでしまうだろう。
さて、なぜここで赤裂三姉妹について語っているのかというと。
地方政令都市のありふれた住宅街で、顔は目と鼻だけを露出した布をかぶっており、スーツを着ている男、蓋坂寿が今まさに赤裂三姉妹と相対しているからである。
寿の体は一見すると細身に見えるが、その道の者が見れば、無駄を削ぎ落とした殺すための肉体とわかるだろう。
そして、彼の目の前には全く同じような人影が三つ。
彼女らは、今は諸般の事情により少なくなってきているように思えるセーラー服を着ていて、黒髪とのコントラストが映えている。
そして3人が3人、身長も顔の造形も体型も瓜二つ、いや瓜三つだが、一点だけ相違点がある。
それは、胸元の名札。
女子高校生には似合わないように思える、氏名が書かれた名札をつけている。
三つの名札にはそれぞれ、『赤裂一華』、『赤裂二葉』、『赤裂三織』と書いてある。
そして、その名札をつけた三姉妹を前にして、寿は勢いよく顔の布を剥ぎ、道路に打ち捨てた。
彼の顔に被っていた布、それは仕事の時のものであって、死合の時のものではない。
そして、彼は名乗りをあげる。
「初めましてだな、赤裂三姉妹。
俺は蓋坂古希が弟。
蓋坂寿。」
『蓋坂』の名を聞いて、彼女たちは表情の変化を見せなかったが、驚きの感情が微かに伝わってきた。
それを見て、寿は腰に刺している2刀のククリナイフを抜く。
そして構えた。
それを見て三姉妹たちは懐から9mmの拳銃を取り出した。
拳銃。
それは、寿と三姉妹の間の距離、15メートルにおいて十分に効果を発揮できる、近代兵器。
そして、寿は彼の目の前に構えられた3つの拳銃を前にして、驚きと恐怖に囚われて、いなかった。
彼にとって、拳銃なんぞは戦闘で頻繁にみるものであり、例え対物ライフルが出てきたとしても驚かない精神の持ち主である。
ならば彼は目の前の3つの拳銃にどう思ったのか。
それは、落胆だった。
「おいおい、
おいおいおい、
冗談だろ?
お前らはあの赤裂だろ?
おい?
お前らはプロのプレイヤーだろ?
まさか、俺たち蓋坂に拳銃なんぞが意味を持つと思っているのか?
もし仮にそう思っているなら、それは俺に対して、そして家族に対して許し難い冒涜だぜ。
クソが、所詮プロに片足突っ込んだだけかよ。
おおかた俺をみて、拳銃で殺せそうだと思ったんだろう?
あー期待を返してほしいぜ。
オーケー、わかった。
俺が、
お前らに、
本物を教えてあげるよ。」
事実、彼の言う通り三姉妹は彼のことを侮っていた。
彼の気配から、そう警戒するほどではないと彼女らは考えていた。
蓋坂を名乗っているのは懸念事項だが、大方世間知らずで有名な蓋坂を騙っているだけなのだろう。
彼からは、噂に聞く蓋坂の脅威を感じないと三姉妹は考えていた。
その三姉妹を一瞥した後、彼はククリナイフをどちらも納刀し、懐から両手に二本ずつ、人差し指と中指で一本、中指と薬指で一本と、合計四本のナイフを取り出した。
そして宣言する。
「赤裂三姉妹。
魅せてやるよ。」
そして、彼の姿はかき消えた。
静から動へと、一瞬の急転。
三姉妹へ疾走してきた。
それに三姉妹は驚きの感情を露わにする。
しかし、彼女らはすぐに冷静になり、銃を構えて
発報した。
銃声が三つ鳴り、銃弾が肉を穿つ音が--しない。
銃声は聞こえたが、その後聞こえたのは、ばきぃんという金属が打ち合うような音だった。
今度こそ、三姉妹は驚きに囚われる。
彼女らが見たのは、宙を舞う無数の金属片と三つの柄のないナイフ、そして、一本のナイフを持ってすでに間合いに入っている寿の姿だった。
『正真正銘一流の殺し屋には、拳銃は効かない』という言葉がある。
これは比喩でもなんでもなく、一流には拳銃は意味がなさない。
これはなぜか?
もしや、一流の殺し屋たちは、皮膚が防弾仕様にでもなっているのか?
もちろん、そういう殺し屋もいる。
例え銃弾が当たったとて、問題にならないような化け物もいる。
しかし、拳銃に関しては、それ以前の問題である。
殺人を生業とする、彼ら殺し屋にとって殺気ほど分かりやすいものはない。
そして、拳銃は、銃弾を一点に打ち込む、言うなれば点の攻撃である。
それは、彼らの脅威ではない。
殺気が分かるのだから、敵が銃口をどこに向けて、自分を殺そうとしているのかなど明々白々だからだ。
敵がどこを狙っているのかが分かれば、敵が引き金を引く時に身を捩って避ければいいだけである。
彼らにとって、相手の指の微かな動作を視認することなど造作もない。
もちろん、サブマシンガンのように連射出来るものや、ショットガンのように銃弾が拡散するものでは、例え一流の殺し屋と言えど、対応には苦慮する。
しかし、ここまで語った通り、拳銃は彼らにとって、問題にならない。
そして、蓋坂寿に関しても、それは同様だった。
銃弾の着弾地点を完全に予測した彼は、銃弾の軌道のナイフを差し込み、ナイフを犠牲に銃弾を弾いたのだった。
では、なぜ、わざわざ銃弾を弾いたのか?
彼は、ナイフで弾いたことからわかるように着弾地点がわかっていた。
それを避けずに、わざわざナイフで受けた理由は?
それは簡単で、幼稚なものだった。
それは、寿を侮った三姉妹に、骨の髄まで敗北感を刻ませてやるため。
そして、彼女ら三姉妹を後悔させるため。
そのため、彼は疾駆する。
そして、右手に残っていた一本のナイフを三姉妹のうち、寿から見て右端に立っていた赤裂三識に突き刺そうとした。
しかし、その刃はすんでのところで間に入った赤裂一華の手の中のナイフに阻まれた。
金属同士がぶつかり合い、甲高い音が鳴る。
火花を散らしながら、寿のナイフははじかれた。
ナイフ同士を打ち合った衝撃が、寿の銃弾の衝撃が抜けない右腕に響く。
そう、銃弾の衝撃が抜けない右腕。
寿は、三つの銃弾を両手に構えていた三つのナイフで受け止めた。
それによって、銃弾が体を穿つことを回避したが、しかし、ナイフで受け止めたとはいえ、彼の腕には銃弾の衝撃は伝わっているのである。
だからこその、銃弾の衝撃が抜けない右腕。
銃弾一つをナイフ一本で受け止めた右腕は衝撃が抜けてきて、すでに感覚が戻ってきているが、銃弾二つを受け止めた左腕はまだ衝撃が抜けず、思うように動かない。
しかし、これはもちろん彼が予想していたことである。
寿はたとえ両腕が動かない状態でも、目の前の三姉妹を殺せると考えていた。
そして、それは驕りではなかった。
ナイフを弾かれたそのままの勢いで、左足を軸に回転、そして右脚で回し蹴りを一華の横腹に入れた。
「ぐぅっ!」
苦悶の声を漏らしながら、一華が吹き飛ばされる。
最も離れていた二葉が右手でナイフを持って切り掛かってくる。
それを右手でいなし、そのまま右手で鳩尾に打撃を加えた。
ゴム鞠のように二葉が吹き飛ばされる。
残ったのは、彼の正面にいる三織のみ。
「やっぱり、3人同時じゃないとこんなものか。」
そして、彼を右腕でククリナイフを抜刀し、三織に切り掛かった。
そして、彼女を袈裟斬りにする。
瞬間、呻きながら立ち上がった一華がその光景を見て、叫んだ。
「『3人で1人』!」
彼女がそういうと、ククリナイフによって深く裂かれていた三織の体の傷が浅くなる。
そして、遠くにいた一華と二葉が突然左肩から右腰にかけて、三織と同じような傷が現れ、出血した。
「撤退!」
一華が、傷の痛みを耐えながらそう指示を出す。
「逃がすかよ!」
寿は、逃走させまいと、1番近くにいて未だ動いていない三織に近づこうとする。
それを見た一華が行動を起こす。
「『1人で3人』!」
瞬間、三織の体が急に動いた。
そして、寿のククリナイフと三織が持ったナイフがぶつかる。
「なっ!」
寿がそう驚いたのもしょうがないだろう。
寿は三織のナイフによって文字通り吹き飛ばされたのだった。
それは、少女の体から出せるものとは到底信じられない膂力だった。
そして、宙に浮かぶ寿を見た三姉妹達は蜘蛛の子を散らすように逃走した。