第三章:沈黙の渦(うず)
――ミリュエルの声、夜の狭間から
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重力の感覚が狂っていた。
空も地もなく、音さえも吸い込まれていくような、
深い静寂がノアを包み込んでいた。
時間が止まっている――
そう錯覚するほどに、あたりは動きを失っていた。
先ほどまでいた次元空域「境界」はすでに崩れ、
ノアの身体は、今、夜よりも暗い場所に沈みつつあった。
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終焉の視線
――そこは“終わり”の在処。
新たな世界が始まる前に、必ず立ち寄る場所。
ミリュエルの世界。名もなき狭間。
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「ようこそ。ノア」
声は、空からでも地からでもなく、意識の内側に直接届いた。
少女の姿をしているが、どこか“人”ではない存在。
漆黒の髪に、星屑を編み込んだような神秘的な容姿。
ノアはその名前を知らずとも、わかっていた。
「……あなたが、ミリュエル」
ミリュエルは頷いた。
その微笑には、悲しみと祝福が重なっていた。
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「あなたは“問い”を持つ者」
「そして、問いとは、終わりと始まりを同時に望む矛盾」
ノアは何も言えなかった。
けれど心の奥で、それが真実だと知っていた。
「答えは、あなたの記憶の奥深くにある。
けれど、それを見るためには――ひとつ、失わなければならない」
ミリュエルの瞳が、どこか遠くを見る。
「この世界には、“代償なき覚醒”は存在しないの」
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静かなる選択
ノアの足元に、一枚の羽が落ちた。
光のようでもあり、影のようでもあるそれは、
彼女が忘れていた何かの象徴だった。
「あなたが何を選ぼうと、私は止めない」
「けれど……」と、ミリュエルは続けた。
「この宇宙を創った三つの律は、今、再統合されようとしている」
「あなた自身が、その鍵となる」
ノアの意識が、また揺れた。
羽が彼女の掌に吸い込まれた瞬間、光が爆ぜた。
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次元の崩れと再接続
その閃光の中で、三柱の女神の声が交差した。
•「創れ」
•「整えよ」
•「終わらせるな」
ノアの内側で、何かが“開いた”。
まるで宇宙そのものの設計図が、
彼女の視界に直接投影されたようだった。
星々の動き、文明の織り、神話の裏側――
すべてが“今ここ”に収束し始めていた。
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そして、ノアは目を覚ます。
次に彼女が立っていたのは、
自分が知っていた世界ではなかった。
そこは「神なき世界」。
しかしその“空虚”こそが、
最初の答えへとつながっていた。