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フィズの言ノ葉魔法論  作者: 七篠空木
ロマンスまでには程遠い
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 フィズの問いに、彼は一つ瞬きをした。

 だけど、認める気は、ないらしい。


「ええ。びっくりした。急になに?」


 わざとらしい反応に、鼻から息を吐く。姿形は真似出来ても、細かい部分は全然違う。

 どういうからくりかは知らないが、フィズはレオーネじゃないと確信があった。


「ルークでしょ?」


 だから、とぼける男の名前を呼ぶ。

 レオーネの姿をしたルークは、とても驚いた顔をして──それから、唇の端を吊り上げた。


「俺のことも分かるんだ。すごいね」


 正解だ。

 睨みつけると、ルークは喉奥を鳴らして、フィズの体を引き寄せた。


「なんで俺まで分かるの? フィズちゃんもしかして俺のことわりと好き?」


「やめて」


 戯れ言を吐くルークから急いで離れようとする。だけど、ルークは逆にフィズの頭に顔を擦りつけた。

 かっと血が逆流するかのような感覚そのままに、フィズは彼を突き飛ばした。


「やめてってば!」


 存外、大きな声が出た。伸ばした腕が震えているのが見える。

 ルークが自分を構ってくるのは、怖かったけど、本当は少しだけ嬉しかったのだ。嫌な人だけど、ちょっとは気に入ってくれてるのかなと。なのに──裏切られた。

 喉が詰まるような閉塞感で、息が苦しい。肩で息をするフィズを、ベンチから落ちた彼が冷めた目を向けてくる。


「なんで? さっきは嬉しそうだったじゃん」


 変なの。つまらなそうにぼやいて、彼は立ち上がった。


「照れ屋だなーもー。人前だと直ぐに手が出るんだから」


 それから大きな声を出し、フィズの手を引っぱる。


「観覧車に乗ろっか?」


「は?」


 この状況でなにを呑気なことを。睨みつけるフィズに、ルークは目を眇めた。ぐっと近づいてくる。

 フィズが仰け反りそうになる前に、低い声が注意した。


「周りに不審がられてる」


 ハッとして辺りを見回す。確かに楽しい雰囲気の園内では、フィズ逹は悪目立ちしていた。

 羞恥で俯く。好奇心や心配する目から逃れるように、フィズはルークに言われるまま観覧車に乗った。

 ゆっくりと進んでいく機体の中は、時間が止まっているようだ。固い椅子の上で、フィズは大きくため息を吐いた。


「ねえ、一体あなた、なにがしたいの? こんなことして楽しい?」


「楽しいよ」


 怒りをぶつけてもルークはどこ吹く風だった。あまりにあっけらかんとした返しに、フィズは驚いて止まってしまう。


「フィズちゃんとデート出来るわけだしねー。でも、さっきはあんなにかわいかったのになー?」


 どうしてこう、人の神経を逆撫でしてくるのだろうか。

 夕日が差して優しく笑ったルークの姿が、いつものレオーネのようで、フィズは鼻の奥が痛くなった。

 いつまでこの姿でいるつもりなのだろう。滲んできた涙を拭うと、ルークが手を伸ばしてきた。


「やめてってば……」


 否定の声が弱々しい。腕を避けきれず、フィズは彼の指が自分の目を拭うのを、ただ見ているしかなかった。

 姿はレオーネなのに、彼はレオーネじゃない。堪らない苦しさにフィズは喘いだ。


「レオくんの顔で、ッそんなことしないで」


 ぐずぐずと鼻を鳴らす。切な訴えを踏みにじるように綺麗に笑うと、ルークはフィズを抱きしめた。


「はいはい。泣きやんでね」


 暴れたけれど、レオーネの体で、レオーネの顔で、レオーネの声で、慰めれたら、受け入れるしか出来なかった。

 抗えなくて、フィズは彼にしがみつく。ぽんぽんと背中を撫でられて、悔しいけれど、満たされた。


「──落ち着いた?」


 しばらく泣いた後、フィズが落ち着いたタイミングで声をかけられた(観覧車は二週目に入ってしまった)。

 問いかけられて、小さく頷く。頭は冷えた。

 ルークはふうっと息を吐くと、背もたれにもたれた。

 この状況はこの男のせいだし、ルークに縋っているのは堪らなく嫌だったけれど、離れたくなくって、結局そのままだ。


「じゃあ、質問に答えてくれる? どうして俺だって分かったの?」


「……色々あるけど……」


「全部説明して」


 鼻を歪めたが、聞いてくれそうにない。仕方ないのでフィズは全部説明をした。


「レオくんは、誰かからのプレゼントを、要らないって違う人に押しつけたりしない。断ったり、誰かになにか言うのは苦手なんだって。退いてとか言えなくっていつも困った顔してる」


「ヘタレじゃん」


「そうだよ。でも優しいし、頑張ってるの。例え相手が悪くても申し訳なさそうにするし、嫌そうな顔なんてしない。男だからとか、女だからとか、そういうことも絶対に言わない」


 それから、格好が違えば褒めてくれる──のは、フィズの希望的観測だが。

 髪を整えている子の頭をぐしゃぐしゃになんかしないし、もししてしまったら謝るだろう。

 その上、「そっちのほうが似合ってる」なんて、口が裂けても言わない。

 決定打はこれだが、言うのは嫌だったので、やめておいた。


「ふーん。なるほどね」


 ほっぺたをぷにゅぷにゅと突きながら、ルークは頬杖を吐いた。


「でも一番はかわいくない」


 手を押し返すと、フィズはルークに冷たい目を向けた。

 ルークは戸惑った顔をする。


「『かわいい』? 大の男を捕まえてよく言うね」


「でもかわいいもん」


 仕草がいちいちツボなのだ。惚れた欲目もあるだろうけど、レオーネがなにかする度、心臓がぎゅーっと痛くなる。


(……かっこいい時もあるけど……)


 そこら辺は悔しいので、例え本人でなくっても言いたくない。

 ふて腐れると、ルークは首を傾げた。


「俺だって分かったのは?」


「……券売機の前に居た女の子逹見て、眉寄せてたから……」


 知らない人の可能性もあった。これは、話していてなんとなく思っただけで、確信があったわけではない。


「すごいね。探偵とかになったら?」


 目を丸くするルークに、フィズは半目を向けた。


「今度はあたしの番ね。本物のレオくんはどこにいるの?」


 一番聞きたかったことをぶつけると、ルークは待ってましたと言わんばかりに笑った。


「ここにいるじゃん」


「は? なに言ってんの?」


「だから、目の前の俺」


 フィズは眉を寄せた。目の前の男は、ルークだろう。

 そう言おうとして、しかし、唐突に気付く。

 彼の左手を取り、親指を見る。昨日の朝、りんごを剥こうとして、手を滑らせ、怪我していたのだ。

 ルークの指には、そのままその傷があった。

 傷も再現出来るなら別だが、さっき、()()()()()と言っていた。

 つまりは。ルークは、レオーネの体を真似ているのではなく、彼の中に入っているということになるのでは?


「え、なんで、そんな、どういうこと?」


 入れ替わったのだろうか? だとしたら、今はルークの中にレオーネがいるのか?


(いや……)


 さっきと一緒だ。ここにいることにならないし、入れ替わったなら、レオーネはどうにかしてここに来てくれていたはずだ。

 だとすると、彼の中にそのままレオーネがいることになるだろう。

 戸惑うフィズに笑うと、ルークは指先を振った。

 鞄から今朝のクマが出てきて、空中に浮く。

 そのクマと手の平に炎をそれぞれ浮かべた。


「魂って分かるよね。肉体じゃなくて、精神的な実体」


「……うん」


 フィズが知っているのを確認すると、ルークは手の平の炎をクマに移動させた。


「俺の魂をね、レオーネくんの体に入れたんだ。この体には今、レオーネくんと俺の、二人分の魂が入ってるの」


 じゃあ、レオーネが出てくる可能性もあるのか?

 そう思ったのを見越して、ルークは愉快げに笑った。


「無理だよ。だってレオーネくんより俺のが強いもん。魔法って意思の強さが関係してんだよ」


 それは、充分に知っている。

 魔法は言葉。言葉は魔法だ。発言の一つ一つが強いルークなら、確かに魔法も強いのかもしれなかった。


「……どうやってやったの?」


 でも、本当にそんなことが可能なのか?

 信じられないフィズに、ルークはなんでもない顔で言い放つ。


「古代の魔法。俺、そういうの開発するの得意だったからさ」


「開発……?」


 復元ではなく?

 フィズの疑問に答えるように、ルークは自分を指した。


「俺ね、最初の勇者の生まれ変わりなんだよね」


「は……?」


「びっくりした?」


 ぽかんとするフィズの肩を抱く。悪戯が成功したような笑顔だ。

 からかっている。そう思ったから、顔を顰めた。


「びっく……もー、こんな時にふざけないで!」


「……ふざけてないって」


 ルークの声が低くなる。ひやりとしたけど、目が合ったルークは眉を下げて、困ったように笑った。


「あるんだよ、生まれ変わり。びっくりだよね」


 その顔が存外に寂しそうで、フィズは目を逸らす。


「……そうだとしたら、どうして勇者さまがレオくんの体を乗っ取ったの?」


「んー俺さ」


 ルークが外に目を向けたので、フィズは彼をこっそりと見た。


「この世界が嫌いなんだ」


「……?」


「嫌いで嫌いで堪らないから、なくなってほしい」


 園内の人々を睥睨して、ルークは怒りを吐き捨てる。

 それからふっと息を吐くと、ルークはまた明るい声を出した。


「その為にずっと魔物を生み出して頑張ってるんだけど、毎回勇者に邪魔されちゃうんだよね」


 話し振りからすると、毎回魔物が増えるのはこの人のせいだったのか?

 だとすれば、彼は転生を繰り返しているのだろうか。でも、どうして?


(嫌だなあ……)


 ルークのことを考えてしまう。彼の思惑に乗っかってしまっている自分が嫌だった。

 彼の事情を問いただす勇気も、思いを受け止める情も、考えてやる余裕も、今のフィズにはない。

 でも、そうしなければならない理由が出来てしまった。


「今回の勇者ってさ。あんたのお兄さんなんでしょ? すっごく強いから、先に弱みを握っておこうと思って」


 フェリオが勇者だと思っているのか。そうだとすると、ロイが戦うところは、見ていないのだろうか。

 じゃあ、森には入っていないのか?


「……この人さ。あんたも、お兄さんも、大切にしてる人だよね?」


 黙り込むフィズを一瞥すると、ルークは、立ち上がった。

 出入り口の窓をこんこんと叩く。ドアが、少し開いた。


「──ッやめて!」


 考えていることが分かって、思わず叫んだ。腕を引っ張ると、抱きしめる。


「あはは。超必死」


 けらけらと笑うと、ルークはフィズの頭をぽんぽんと撫でた。


「レオーネくんはそのうち消えるか、その前に体が持たないかもね」


 鼻で笑うと、ルークは炎を消して、クマをフィズに見せつけた。


「返してほしい?」


 当たり前だ。何度も頷いてクマに手を伸ばす。ルークは笑うと、フィズの頭にクマを乗せた。


「じゃあ、フィズちゃん。このこと、お兄さんには内緒にしておけるよね?」


「は? なんで?」


 そんなことする理由はない。全然フェリオに助けてもらおうと思っていた。

 だけど、そう言ってからハッとする。


「しておけるよね?」


 その想像は当たりであった。ルークが指先を振ると、ドアがぱたぱたと揺れた。


「…………」


「よかったぁ」


 頷くしかないフィズに笑うと、ルークはフィズの耳に顔を寄せた。


「これからよろしくね。フィズちゃん」

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