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「大丈夫だよ。ちゃんと気をつけてる」
「……うん」
良かった。目線を落とすと、フィズはこっそり口角を緩める。
レオーネより無骨で、それでも暖かいこの手が、小さな頃から好きだった。そう気付いたのは最近だが、やはり、兄の傍はほっとする。
レオーネに撫でてもらうのも、もちろん好きだ。だけど、ここのところ彼に触られると、安心するのとは別に、尻の座りの悪くなるような、もぞもぞする感覚がした。
その感覚が嫌なわけではないのだが、そう思う違和感の正体を、フィズはいまだにつかめずにいる。
兄の手が離れていく。プレゼント選びを再開しようとしたその時だった。
「──セイラン!」
見知った声が背後から聞こえて、フィズは驚いた。
「……リュウホ?」
直ぐに友達だと分かって、振り返る。少し離れたところに長いお下げ髪を揺らして、なにかを叫んでいるリュウホを見つけた。
リュウホは、小さな女の子を連れて、きょろきょろ辺りを見回している。同じ髪型で、似たよう顔立ちなので、きっと妹だろう。
会えるのを楽しみにしていたわりには、浮かない顔だ。それに、リュウホも妹も不安そうで。あと、弟妹は二人いると言っていたはず。
「あいつ、確かお前の友達だったよな?」
「うん」
ただならぬ空気を感じた兄妹は、顔を見合わせて、彼に駆け寄って行った。
「ねえ、リュウホ!」
「……フィズちゃん?」
声をかけると、リュウホは立ち止まって、フィズの登場に目を丸くした。
「そんなに急いでどうしたの? 何かあった?」
息を切らしているリュウホの背中を撫でながら、フィズは疑問を投げかける。
「セイランが、えっと、弟が」
「うん」
「どっか、行っちゃってネ」
ああ、やっぱり。なんとなく思っていたことが現実になって、フィズは眉を寄せてしまった。
肩をわし掴まれて、フィズは顔を上げる。怖い顔をしたリュウホが、ぐっと顔を寄せてきた。
「ネエ、ボクに似てる男の子見なかっタ? 見てないネ、そんな感じじゃないネ」
「ちょっ、リュウホ」
【悪いけど急いでる! 行くぞ、シア!】
と、思ったら、一方的に捲し立てて、妹を引っ張って去ろうとする。
最後はおそらくリュウホの国の言葉で、なんて言っているかは分からなかったが、なんとなくニュアンスは分かった。
「落ち着け」
呆気に取られているフィズを尻目に、フェリオがリュウホの腕を掴む。
「……フィズちゃんのお兄さん」
「フェリオくんです」
にっこり笑って戯けるフェリオに、リュウホが片眉を上げる。それに対して、フェリオはふっと息を吐くと、リュウホが手を握っている妹を指した。
「リュウホ。とりあえず落ち着け。妹ちゃんが泣きそうだぞ」
その言葉に、リュウホは慌てて妹を見てさあっと顔を青くした。
【うわー! ごめんシア!】
しゃがみ込むと、手を離して、彼女の顔を覗き込む。
【兄ちゃん、歩くの速かったな? 手も痛かったか? ごめんな】
【だいじょうぶ……】
リュウホが妹の頭や手首を撫でると、彼女の目にみるみるうちに涙が溜まっていって、最後にわっと泣き始めた。
【ごめんな、我慢させたな】
子供の泣き声は心臓に悪い。どきどきするフィズとは反対に、フェリオは目を細めて笑っていた。
リュウホも少し笑うと、彼女を抱きしめる。二人とも、どうしてそんなに笑っていられるのだろう。フィズが感心していると、リュウホは妹を抱き上げて、しゃがんでいる自分の膝に乗せた。
彼女の手首を持ち上げると、少し赤くなったそこを手で包み込む。
【つめたい】
大きな目が、ぱちくりと瞬いて、驚いた顔をする。魔法を使っているのだろうか。
【冷やす魔法も使えるようになったんだ】
「なあ、リュウホ。弟くんがいなくなったのはどれくらい前なんだ?」
彼らのやり取りが途切れたのを見計らって、フェリオが問いかける。リュウホは腕時計を見ると、少し考えて、十分くらい前だと教えてくれた。
「そうか。じゃあまだ遠くには行ってないかな……俺らも一緒に探すし、なんなら、妹ちゃんのこと預かっとくぞ」
「エ、デモ」
手首を不思議そうに見ていた妹だが、声に反応したのか、こちらを見上げる。
フィズの心臓が射ぬかれた。リュウホと同じ髪と目だが、小さくてぷっくりとしていて、めちゃくちゃかわいい。リュウホも大概かわいいが、小さい女の子だと、そのかわいさは、なんか、もう、すごかった。
「お兄ちゃんは子供を振り回すでしょ。あたしが見るよ」
小さな頃の自分を思い出し、名乗りをあげると、コツンと頭を叩かれる。
「いや、お前はリュウホと一緒に行っとけ」
抗議の目を向けるが、こういう時のフェリオは譲らない。しぶしぶ頷くと、リュウホも少し思案して、提案に了承した。
「……ジャア、お願い。シアっていうノ」
フェリオが肯いたのを見ると、リュウホはシアを膝から下ろした。それから、シアに言い聞かせる。
内容はよく分からなかったが、おそらくフェリオといるように言っているのだろう。リュウホの言葉にシアは小さく頷くと、おそるおそるフェリオを見上げた。
「ふぇりおくん」
あ、名前覚えてもらってる。ずるい。
「うん。フェリオくんです。こんにちはー」
「……コンニチハ?」
にっこり笑うと、フェリオはシアをひょいと抱き上げて、肩の上に乗せた。
【わっ】
「シアちゃん。こっからお兄ちゃん捜してみ」
「?」
「あはは。通じねー」
けたけたと笑うと、フェリオは、シアの頬を突いた。むっとしたシアが指を退かそうとして、フェリオと目が合う。フェリオがにっこりと笑うと、シアも遅れて笑う。
なんだか分からないが、もう仲良くなったらしい。この人の、言葉を必要としないコミュニケーション力の高さにはいつも呆れるくらい感心する。
「フェリオくん。手首、シアが痛がったラ、病院連れてってくれル?」
「オッケー。痛がっても、弟くん見つけてもフィズに連絡するから」
フェリオとシアの二人にバイバイをして、それから、彼らが向かった方向とは逆に走り出した。
「弟くんって、セイランくん、だっけ? どんな子?」
「ボクと同じ黒髪ダヨ。見たらたぶん分かると思うケド……髪は短いんだよネ」
「あれ。そうなの?」
てっきり、三人みんな同じ髪型なのかと思っていた。言いたいことが分かったのか、リュウホは苦笑をする。
「セイランとは、三つしか年が離れてないんだよネ。シアほどボクにべったりってわけじゃないノ。男の子だし……あと、運動部だしネ」
「そうなんだ」
「甘ったれを直す為に入ったんだってサ」
弟の姿を思い出したのか楽しそうに笑う。
聞くところによると、元はリュウホと同じように文系だから慣れるまでは大変だったようだが、楽しくやっているそうだ。ちなみに、バスケ部らしい。
「……そっか。セイラン、なんで出て行っちゃったの?」
なんとなく喧嘩したのだろうと思っていたけど、リュウホの方は怒っていなさそうだ。セイランが勝手に機嫌を損ねたのだろうか?
ああ、でも、兄って、例え喧嘩しても、出て行ったら、息を切らして探しにきてくれたりする。どこもそんなものなんだろうか。
フィズの質問に、リュウホはすいっと目を逸らした。
「……イヤ、別に……」
「…………」
「そっか」
無理に話させるより、今はセイランを捜す方が先だろう。言葉の通じない国で、もし誘拐なんかがあったりしたら、どうすることも出来ない。




