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「……フィズちゃんも髪伸ばしてるんだっけ?」
「うん。あたしもこのままだと男に間違えられるからね」
フィズは今まで、周りからの評価をあまり気にしないで生きてきた。だから、よく言われる言葉について考えたことがなかった。
だけど、女子より男子の友達が圧倒的に多かったり、女子に遠巻きに見られていたりと、思い返すとあれ、と思うことがある。
「まあ、あたしは別に嫌ってわけじゃないんだけど、不便もあるし」
それに、ロイに間違えられた時のことを踏まえて過去を振り返ると、「あれは嫉妬されていたのでは?」と思う経験が、男女共にあった。──同じように思いを寄せられていたこともあるが、フィズはまだそういう知識がないのでわかっていない。
実際に間違えたことのあるチェルシーは、バツが悪そうな顔をしていたが、小さく手をあげた。
「あの、前から思ってたんだけど……」
「ん?」
「フィズって、別に『女の子らしい格好が嫌だ』とか、『女の子に見られるのが嫌だ』とか、そういうわけではない? のかな?」
「え、うん」
言われたことがないので分からない、が正解かもしれないが、特にそういう気持ちがあるわけではない。ちなみに「女子の癖に」という悪口は、フェリオに振り回されているフィズを見て徐々に同情に変わっていったので、彼女はそういうことを言われたことがない。
突然の質問に戸惑いつつも頷く。チェルシーは少し思案して、それから自分の頭を指先でとん、と叩いた。
「服装と髪型を変えたらいいんじゃない? 短くても出来るアレンジはあるよ。ヘアピンするとか」
アレンジ。なんとなく伸ばそうかな、程度にしか考えたことなかったが、髪を伸ばす以外にも方法はあるらしい。
「そういうもんなノ?」
同じく伸ばす以外に考えつかなかったらしいリュウホが、不思議そうに首を傾げる。チェルシーがにやーっと笑った。
「結構変わるよ。かわいすぎてリュウホは驚くかもね」
「フーン? 楽しみだネ」
「そんなわけです。フィズ、やってみる?」
今のまま変えられるなら、それもいいかもしれない。頷くと、チェルシーは鞄から道具を取り出し、さっとフィズの髪をアレンジした。
短くしてから二ヶ月程経った今では、耳が隠れるくらいには伸びている。手鏡を渡されて見てみると、その髪を耳にかけて、星形のヘアピンがつけられていた。よく見たら編み込みまである。
確かに、いつもと違うかもしれない。
「おー」
鏡に映る自分をしげしげと眺めていると、リュウホが感嘆の声をあげた。釣られて顔を上げると、他の人も物珍しそうな視線を送ってきているのが分かった。
思わず肩が跳ねる。困ってチェルシーに視線を送ると、彼女はにっこりと笑った。
「全然変じゃないよ。かわいいから見てるの」
そうなのだろうか。今度はリュウホを見ると、彼も笑って同意する。
「……え、えへへ」
これは、猛烈に照れくさい。熱い頬を押さえて俯くと、それを見たリュウホは僅かに目を開いた。
羞恥に耐えるフィズに、リュウホは僅かに宙を見やる。それから、頬杖をつくと意地悪な顔をした。
「レオくんもかわいいって言うと思うヨ」
「……そ、うかな」
思わぬところからのコメントに声が裏返る。
確かに、褒めてくれるだろう。髪を切った時もそうだったが、あの人はなんでもストレートに褒めてくるから。かわいいと言われたことは、実はないのだが、そう言うレオーネは簡単に想像出来て、酷く恥ずかしかった。
耳まで赤くなるフィズの心中を知ってか知らずか、チェルシーがわあっと歓声をあげる。
「確かにそうだね。フィズ、すごくかわいいもん」
「あ、で、でも」
このまま帰る流れを止めたくて、大きな声で制止する。
「ヘアピンとか借りっ放しになっちゃうし……」
「それくらいあげるよ?」
フィズの訴えに、チェルシーはきょとんとして、それから首を傾げた。
そう言われてしまうと、そもそもが言い訳だったフィズは何も言うことが出来ない。唇が開いて、何かを言おうとしたが、思いつかなかった。フィズはしゅるしゅると背を曲げた。
「なー、リュウホ」
突然割って入ってきた声に思わず背筋を伸ばす。声のした方を見ると、そこには話したことのない少年がリュウホの頭に肘を乗せて立っていた。
見目麗しい少年だった。すっと通った鼻筋に、きりっとした眉毛。目がくっきりとしていて、なんと言っても顔が小さい。赤みがかった茶髪が日に当たって、きらきらとステンドグラスのような輝きを放っていた。
「なに? 今、二人とお話してるんだケド」
リュウホにそう言われ、少年がこちらを向く。灰色のつり上がった瞳と目が合った。見ただけなのかもしれないが、眼光が鋭いから、なんとなく睨まれた気分だ。
──いや、形のいい眉が寄った。睨まれたらしい。
「女子じゃん」
ダメなのだろうか。反応に困っていると、リュウホが彼の頭を小突いた。
「一括りにしないノ。フィズちゃんとチェルシーちゃんネ」
「あー……」
「二人とも、こいつはルーク」
「ルーク。よろしくね」
にっこり笑って手を伸ばす。だが、彼は手を眺めて、それからリュウホに話しかけた。
フィズに衝撃が落ちる。こんなにハッキリとした無視があるだろうか。
リュウホが申し訳なさそうな顔でフィズを見たが、彼は少しも悪くない。いいよと合図を送った。
「なにあれ。失礼なやつ」
横にいるチェルシーが声を潜めて、しかし聞こえるような大きさで文句を言うので、フィズは面食らった。慌てて人差し指を口に当てて訴えれば一応口を閉じたが、不満そうなのは変わらない。
「……女ってさあ」
しかも、その原因を作った本人は、口角をぴくぴくと引き攣らせてご立腹の様子だ。
「こそこそ悪口言うよな。性格の悪さが出るんですかねぇ」
「女? ああ、女々しいって意味での……?」
「……そういえばリュウホ。ご家族はいつ頃来るの?」
なんか絡むのがめんどくさくなった。二人のことは放っておいてリュウホに話しかけると、彼は苦笑いで答えてくれる。たぶんリュウホも絡みたくないのだろう。
「明日の夕方だったカナ」
本当にもう直ぐだ。楽しみだね、と笑うフィズに、リュウホは笑った。
「ねえリュウホ。なんなのこいつ、性格悪いよう!」
「うわ言いつけた。これだから女は!」
そうやってほのぼのと話していたのに、それを許さない二人が割って入ってくる。
「面倒くさいナ……」
リュウホは頭を抱えたが、それでも肩を揺らされてお願いをされると、しぶしぶ二人の仲裁を始めるのだった。




