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「あ、あの、コニーさんって、昔レオーネさんと付き合ってたって聞いたんですけど……」
「知ってたの」
急な話題変換に戸惑ったのか、声色が少し沈んだ。
「あ、すいません、勝手に……」
「気にしないで」
コニーは、笑うのが下手くそだ。魔法や魔物の話で楽しそうにしている時は普通に笑えているけど、こういう時は表情筋がついていかないらしい。
誤魔化すように口角を上げているが、ぴくぴくと動いている頬に、チェルシーは話を切ろうと思った。
「かっこ悪いところ知られちゃったなって思っただけだから」
だが、それより早く、コニーが続きを促した。気にしないで、と言われても、そんなに青い顔で不自然に笑われたら気になる。
「どういう経緯で付き合ったのかなって」
だけど、結局好奇心が勝った。お言葉に甘えると、コニーはあっさり答えてくれる。
「どうって、普通よ。話が合って、好きだなと思ったから告白したの」
「コニーさんからですかっ?」
「え、そ、そうね……」
思わずきゃーっと悲鳴をあげた。
フィズやリュウホとはこういう話は出来ないし、地元の友達の関係はあらかた知っている。久しぶりにどきどきするような恋バナと会えて、チェルシーはそのまま身を乗り出した。
「でもあの人、『好きです、付き合って』って言ったら、『うん』って、それだけなのよ」
コニーもテンションが上がったのか、むくれながら話に乗ってくれる。
「何回か好きかって聞いたら、答えてくれるようにはなったけど、いっつも苦笑いだし……」
「それは嫌ですね……?」
チェルシーはコニーに同情した。
それは本当に好きなのか不安になるし、はっきり好きだって言ってくれる人の方がかっこいい。それに、こっちばっかり好きで、向こうはそうでもなかったら傷つく。最初は傍に居れるだけで良いと思っていても、そこが満たされると、そうじゃない部分が顔を出してくる。
恋というのは、人を欲しがりにさせてしまうのだ。
同意が貰えて嬉しかったのか、コニーはぱっと顔を輝かせた。溜まっていたのであろう不満をぶちまける。
「何か言いたいことがあるんだなとは思うんだけど、言ってくれなくて、イライラしちゃって」
「うんうん」
「デートとか誘うのもいっつも私だし……お人好しだから他の人に何か頼まれたらそっちを優先しちゃうし」
「え、優先しちゃうんですか」
「いや、優先っていうか、『どうしよう』みたいな顔でこっちチラチラ見てくるの! 私に決めさせないでほしいわ!」
「え、なにそれ、やだ!」
「でしょ!?」
そこは、男らしくすっぱり断ってほしい。
レオーネのことは、兄妹越しや噂にしか聞いたことがないが、「優秀で優しい、非の打ちどころのない人」という評価に、ヘタレというレッテルが追加されてしまった。
「でも」
笑っていたコニーの顔に、陰りが出来る。
「自分が傷ついたからって、誰かを傷つけて良いわけじゃないのよね。なんだか、彼なら責めてもいいって思っちゃって……反省してるレオーネを掴まえて、八つ当たりしたりだとか、酷いこと、いっぱい言っちゃった。親のこととか、レオーネには関係ないのに」
「…………」
心臓が握り潰されるような感覚に、チェルシーは胸を押さえた。
「私は傷つけてるのに、レオーネはね、私が傷つかないように断ってくれて。フィズちゃんとかも、私と話してて楽しかったとか言ってくれるし、フェリオだって……」
ぐしゃっとコニーが自分の髪を掴む。
「たぶん、傷ついたからやめてほしいと拒否することと、傷つけることはイコールじゃないのよ」
息が詰まって、チェルシーは思わず俯く。コニーの罪の告白なのに、そのまんま自分が責められているようだった。
自分は、ロイに同じようなことをしていなかっただろうか。それを考えてしまって、気づいてしまって、背中に冷たい汗が流れた。
「最初は本当に好きだったけどね」
当たり前だが、チェルシーの様子に気付かず、コニーは机に額を擦りつける。
「でも、そのうち執着に変わって、最後の方は、恋をしていると思いこんでいたのかな、って、そう思うの」
「恋をしていると思いこむ……」
「絶対自分でも気がついてたのに、見ないふりをしてて。だって、私にはレオーネしかいないと思ってたから。『やっぱりこのままじゃだめだ』と思ったから離れたけど、離れてみたら、その思いは強くなっちゃって。自分でもめちゃくちゃな思考回路だなって思う」
コニーが顔を上げる音がして、チェルシーも重たい首を上げた。
「好きになってくれるのも、見てくれるのもレオーネだけじゃないって言われたけど、でも、まだよく分からないの。本当にそうなのかなって」
自嘲するような笑顔があって、なんだか、泣きそうになる。
「……私、コニーさんのこと好きですよ」
フォローすると、コニーは何故だか傷ついたような顔をして、それから不器用に笑った。
(あ、)
響いていない。それが分かって、チェルシーは他の言葉を探そうとしたけれど。その前にコニーは他の話を始めてしまった。
「でもここに来て良かったなあ。みんないい人逹だし」
「……うん。いい人逹ですよね」
田舎だし、ちょっと古臭いけれど、チェルシーがみんなが好きだし、みんなもチェルシーのこと大切に思ってくれている。大好きだ。
「それに、みんな本当に凄いんですよ。でも私は才能がなくって……魔力も少ないし、体力もつかないし、足手纏いで。なのに優しくしてくれるの」
裏で悪く言われているのかなとか、考えたこともあるが、そんなこともなくって。そんなことを考えたのが、本当に申し訳なかった。
だから、ロイの傍に居るとすごく不安になる。ロイがこっちを向いていないとイライラしてくる。
「す、すいません。私、なに言ってるんだろ」
「……誰かに嫉妬したくなんてないわよね。なんでこんなこと考えてるんだろって不安になるし」
我に返って、取り繕おうとしたけど、肯定されて、思わず涙がこぼれた。手で拭おうとしたのを制止されて、熱いものがどんどん溢れてくる。
「みんッな、でも、ロイが一番、すごくて」
魔力量もセンスも、体力もピカイチで。両親に捨てられたのに、強く生きているロイが眩しくて。
こんなんじゃ、ロイの隣を歩けないと学園に入ったけど、教えてもらうことはまだ森で習ったことが多い。今までやっていたことに説明がつくのは楽しいけど、でも、これでいいのかと不安になる。
ず、と鼻を啜ると、ティッシュが差し出された。有難く受け取って、鼻をかむ。
「……可哀想だけど、ロイくんみたいになるのはちょっと無理よ。もう言われていると思うけど。憧れて頑張っても、その人になれるわけじゃないわ」
「そんなこと」
ないと言いかけて、口をつぐんだ。その通りだと思ったから。
(……そっか私……ロイになりたかったんだ)
なれるはずないのに、憧れて、ついて回って、勝手に世話を焼いて、こっちを見てくれないと拗ねていたのだ。
(いつも、迷惑そうだったな……)
そんなことにも気がつかないで、恋をしているつもりになって。とても恥ずかしい。
急激に冷えていく頭の代わりに、体が熱を上げた。顔を真っ赤にするチェルシーの肩を叩くと、コニーはおもむろに立ち上がる。
「ねえチェルシーちゃん。やり方を変えてみるのはどうかしら?」
「え?」
顔を上げると、コニーは眉を寄せる。
「申し訳ないんだけど、ここで教えているやり方は、あまりにも……その、お粗末だわ。脳筋で原始的」
「言葉選んだのに結構いきましたね」
「あ、ご、ごめんなさい。頑張ったんだけど全然浮かばなくって……テンパるといつもこうなの……」
確かに、急に泣き出されたらテンパるな。冷静になって、涙が止まった。チェルシーが涙を拭うと、コニーはずいっと顔を寄せてくる。
「あのね。魔法は、知識と科学なの」
「知識と科学……?」
「他の人は知らないけど、私はそう思ってるわ。例えばチェルシーちゃん、雨を降らす魔法は使える?」
「あ、雨……」
雨を降らすには、たくさんの水がいる。そんな大量の水を作るような魔力、チェルシーにはない。
否定すると、矢継ぎ早に質問される。
「じゃあ、自然で降る雨はどうして降るか知っている?」
「知らない……」
「目には見えないけど、私達の周りにある空気には水蒸気が含まれててね。この水蒸気は、海とか地面に含まれている水が蒸発して出来たものなの」
早口で聞き取れない。チェルシーが困惑したのが分かったのか、コニーはしまった、という顔をして、咳払いをした。
「えっと。洗濯物とか、干してたらいつの間にか乾いているでしょ?」
腕を引っぱられたので、逆らわずに立ち上がった。言われるままにコートを着て外に出る。
「そういう水蒸気が、空にどんどん上っていく」
コニーが指先を振ると、水蒸気が集まって、水の塊になる。それが、空に浮かんでいって、弾けた。
「そうすると、上空は温度が低いから、水蒸気が冷やされて、小さな水や氷の塊になる。それがたくさん集まると……ほら」
「雲になった……?」
「そう。ああやって上空に浮かんでる塊が雲。そして雲の中でそれらがくっついて、だんだん大きく重くなるの。そうしたら浮かんでいられなくなって、地面に落ちてくる」
コニーの言うとおり、それは地面に落ちてきた。雨という形で。
「これが雨」
ぱちぱちと手を叩く。コニーは不敵に笑うと、顔を覗き込んできた。
「ちなみに、今私が魔法を使ったのは、水蒸気を集めて空に浮かばせることだけよ」
「えっ」
「別に一連の全てに魔法を使わなくたって、世界の仕組みを理解していれば、目的の魔法が使えるわ。その場その場の状況を見て、状況に適した魔法を使えば、魔力が少なくたって、大きい魔法を使うことが出来る。どう?」
体がムズムズするような感覚のまま、チェルシーはコニーの肩を掴んだ。ぎょっとするコニーの目をじっと見つめる。
「し」
「え?」
「師匠……!」
ありったけの尊敬の眼差しを向けると、コニーは口元を押さえて、固まった。




