重み
「よし、もう一度」
俺は集中し、魔力を流し込む。闇を広げる感覚はさっき掴んだから、次は密度を上げる——闇を濃くする。
(どうすれば密度を上げられる?)
水で考えるなら、霧のように薄く広げるのではなく、もっと濃く、重く……たとえば、墨を溶かした水のように。
俺は魔力をぎゅっと圧縮しながら、闇を展開することを意識した。
すると——
「お、結構濃くなったんじゃ……」
視界を覆う闇の靄は、さっきよりも濃くなった気がする。しかし、ソフィアは微妙な顔をしている。
「……まあまあね。でも、まだ“軽い”わ」
「軽い?」
「あなたの魔力が均一すぎるのよ。もっと“重み”を持たせなさい」
「重み……」
また難しいことを言うなぁ。
「いい? ただ魔力を濃くするだけじゃ、相手が少し動いただけで隙間ができるの。闇を“停滞”させるイメージで、空間に固定するようにしなさい」
「空間に……固定?」
「ほら、ちょっと見てなさい」
ソフィアはそう言うと、片手を軽く振った。
すると——俺の周囲が、一瞬で真っ暗になった。
「……!? え、なにこれ」
さっきまでの俺の魔法とは違う。目の前に広がる闇は、濃密で、息苦しくなるほど圧迫感があった。
(なんだこれ……!? まるで、闇そのものに閉じ込められたみたいだ……!)
動こうにも、どこに何があるのか全く分からない。まるで自分が、存在そのものを埋め尽くされてしまったかのような——そんな錯覚すら覚える。
「……わかった?」
ソフィアの声が、どこからか聞こえた。
「……うん、すごい。でも……どうやったんですか?」
俺がそう聞くと、ソフィアはゆっくり闇を消しながら答えた。
「簡単よ。闇をただ広げるんじゃなく“魔力を空間に固定する”の」
「空間に……固定?」
「ええ。たとえば、煙は風が吹けば流れるけど、霧は一定の範囲にとどまるでしょう? その感覚を意識しながら魔力を制御すれば、闇をそこに“停滞”させることができるの」
なるほど、そういうことか。
(ただ闇を広げるだけじゃなく、空間そのものに馴染ませて固定する……)
理屈はわかった。でも、それを実際にできるかどうかはまた別の話だ。
「やってみなさい」
「……はい!」
俺は再び魔力を練り、闇を広げる。そして、意識を変える——ただ撒くのではなく、その場に“停滞”させるように。
ゆっくりと、だが確実に、空間に闇が染み込んでいく感覚があった。
「……お?」
周囲の景色が、じわじわと闇に包まれていく。さっきよりもずっと濃く、そして“そこに留まっている”感じがする。
「やっとコツを掴んだみたいね」
ソフィアの声が聞こえた。
「でも、まだ甘いわ」
「えぇ……」
「あなたの魔力、まだ“揺れてる”のよ。これじゃ、簡単にかき消されるわ」
ソフィアが軽く指を弾くと——俺の作り出した闇が、一瞬で霧散した。
「うっ……」
「ほらね?」
容赦なく現実を突きつけられる。でも、ここまでできたのは確実な進歩だ。
「今の方法を繰り返し練習しなさい。それができるようになれば——」
ソフィアは一瞬、言葉を切り、ふっと笑った。
「戦場での生存率が、ぐっと上がるわよ」
戦場での生存率——。
つまり、この魔法がしっかり使えれば、それだけ俺の戦闘での選択肢が広がるということだ。
「そろそろ、実戦形式でやってみましょうか」
ソフィアが腕を組みながら言う。
「実戦?早くないですか……?」
「ええ。闇を固定できるようになったのなら、それをどう戦闘で使うか考えなきゃ意味がないでしょう?それに早く帰ってほしい」
「冷たっ」
だがソフィアの言うことにも一理ある、せっかく新しい技術を覚えたのに、実際の戦闘で役に立たなかったら本末転倒だ。
「どういう風にやるんですか?」
「簡単よ。私が相手をするから、あなたは闇魔法を駆使して私を倒しなさい」
「えぇ……」
嫌な予感がする。
「ま、私が本気を出すとあなたじゃ相手にならないから、制限はつけるわ。私の方は攻撃魔法を使わない。ただし——」
ソフィアは、ふっと笑いながら指を立てる。
「三回、私に触れられたらあなたの負け。」
「……触れられたら?」
「そう、ただ触れるだけ。でも、私は魔力探知を使うから、あなたの動きを察知するわよ? 闇に隠れても無駄、ってこと」
「なるほど……」
つまり、俺の闇魔法がどれだけ通用するか試されるってことか。
(やるしかないな……)
俺はゆっくりと息を吸い込み——魔力を練った。
「——いくぞ!」
すぐに俺は闇魔法を展開。ソフィアの視界を奪うように、濃い霧のような闇を広げ距離をとる。
相手の位置を把握しつつ、ゆっくりと動く。今までは闇を薄く広げていたが、今回は「停滞」させる技術を活かし、特定の範囲に濃密に留めるように意識する。
「ふぅん……いい感じね」
ソフィアの声がする。しかし、その位置がはっきりしない。
(探知される前に、仕掛ける!)
俺は闇の中を素早く移動し、死角から背後を狙った。だが——
ガシッ
「っ!? 速っ……!」
腕を軽く掴まれた。
「一回目ね」
「くそっ……」
(やっぱり魔力探知で見抜かれてる!)
俺はすぐに作戦を切り替える。
(“闇を固定する”なら、相手の動きを封じることもできるはず……!)
再び闇を発生させ、今度はソフィアの足元に集中させる。そして、密度をさらに高める——まるで粘る霧のように。
「……お?」
ソフィアの動きが、一瞬鈍る。
(よし、いける!)
その隙に俺は背後へ回り込み、攻撃態勢に入る。
(……勝った!)
そう思った瞬間——
「……甘い」
バッ
視界が揺れた。
(何だ……!?)
次の瞬間、俺は仰向けに倒されていた。
「ぐっ……!?」
「二回目。悪くなかったけど、詰めが甘いわね」
ソフィアが見下ろしている。
「……なんで?」
「“密度”を上げても、闇は闇。物理的なものじゃないんだから、力を込めれば動ける」
「つまり……ごり押し……?」
「違うわ。大事なのは“適切な密度”に調整することよ。強くすれば相手を拘束することもできるけど、強くしすぎれば、相手に察知されやすくなる。逆に薄すぎると効果が出ない。そのバランスを見極めるのが重要なの」
俺は、息を整えながら考える。
(密度を変える……か)
闇を広げるだけじゃなく、その場その場で適切な強さに調整する。
「次で最後よ。さあ、どうする?」
ソフィアが構える。
俺は、もう一度魔力を練った。
(今度こそ……!)