足跡の主
翌朝、朝食を済ませたリアンたちは、装備を整えて慎重に遺跡の内部へと足を踏み入れた。入口は崩れかけた石造りのアーチになっており、壁には風化した彫刻が刻まれている。中へ進むと、天井の穴から差し込む薄明かりが広がり、ぼんやりとした陰影を作り出していた。
「思ってたよりも崩れてないのね」
エリスが壁を軽く叩きながら呟く。
「定期的に調査が入ってる遺跡だからな。危ないところは前回の調査隊が補修してるのかも。」
俺は周囲を警戒しながら答えた。
進むにつれて、遺跡の内部は冷たい湿気を帯び、足元に苔や小さな水たまりが点在していた。空気は静かで、遠くで水滴が落ちる音だけが響いている。石畳は意外にも整っており、崩れた瓦礫がところどころにあるものの、通行には問題ない。
「記録によるとこの先に大きな広間があるはず」
エリスが地図を確認しながら言った。
「とりあえずその広間まで行ってみよう」
俺の言葉に皆が頷き、一列になって進んでいく
しばらくして、彼らは目指していた広間へと辿り着いた。天井は高く、壁にはかすれた文字や絵が刻まれている。床には過去の調査隊が残した目印があり、ここが何度も確認されてきた場所であることを示していた
「特に異常はなさそうだけど……」
ティナが周囲を見渡しながら言った。
「うん。とりあえず休憩がてら、ここで記録をまとめましょう。」
エリスは肩の力を少し抜き、持ってきたメモ帳を取り出した。
緊張が和らぎ、皆が一息ついていたその時だった。
「……ん?」
エリスがふと視線を床へ落とし、何かを見つけたようにしゃがみ込んだ。
「これ……足跡?」
他の三人もそれに気付き、すぐに周囲を警戒する。そこには、明らかに最近つけられたと思われる、不自然な足跡が残されていた。靴の形状からして人のものではなく、かといって普通の動物とも異なる特徴的な形をしている。
俺は慎重に足跡の方向を確認する。
「……これは、間違いなく何かいる…よね…」
ティナが小さく息をのむ。
緊張感が再び高まり、リアンたちは足跡の先へ進むことを決めた。
リアンたちは足跡をたどり、遺跡の奥へと慎重に進んでいった。湿った石の床に残された爪の跡や、崩れかけた柱の間を抜けながら、徐々に空気の冷たさが増していくのを感じる。
「なんか、空気が変わってきたな……」
ガルフが警戒するように呟く。確かに、先ほどまでの埃っぽい空間とは違い、どこか湿り気を帯びた匂いがする。
「何かの棲み処になってる可能性があるわ。足跡もまだ新しいし、ついさっきまでここにいたかも」
エリスが慎重に周囲を見渡す。足跡はさらに奥へと続いている。
そして、開けた空間に出た瞬間、低く唸る声が響いた。
「……ッ!」
そこにいたのは、鋭い牙としなやかな体躯を持つウルフ型の魔物だった。体長は人間の大人ほどもあり、黒い毛並みが闇に紛れるように揺れる。
「やっぱりいるよね……」
ティナが小さく呟きながら杖を構える。魔物の黄色い瞳が鋭く光り、ゆっくりと彼らに向かって姿勢を低くした。
「逃がす気はないってことか……」
ガルフが剣を抜く。魔物も戦闘態勢に入り、次の瞬間、一瞬の静寂を破るように飛びかかってきた
俺は咄嗟に風魔法で自身の足元を軽くし、素早く後ろへ跳ぶ。同時にティナが炎の弾を放つが、魔物は俊敏に横へ跳び、攻撃を回避する。
「速い……!」
エリスが警戒しながらも、強化魔法の準備を整える。ガルフは真正面から魔物の突進を受け止めるべく盾を構えた。
「来るぞ!」
ガルフが叫ぶと同時に、魔物が爪を振りかざして突っ込んでくる。ガルフは防ごうとするが、魔物の力に押され、後退していく。
「リアン!」
エリスの声に反応し、闇魔法で視界を一瞬遮る黒い靄を発生させる。魔物が動きを鈍らせた隙に、ガルフが剣を横薙ぎに振るい、浅くではあるがその肩に傷を負わせた。
「よし、少しは効いたか!」
しかし、魔物はすぐに体勢を立て直し、低く唸る。その目にはまだ戦意が宿っていた。
「やっぱり、そう簡単にはいかないよな……!」
息を整えながら、次の一手を考える。
黒いウルフ型の魔物が、一瞬の静寂を破り、鋭い牙を剥き出しにしながらリアンたちへと飛びかかってきた。
「ガルフ!」
リアンの声と同時に、ガルフが前に出て盾を構える。衝撃とともにウルフの巨体がぶつかり、ガルフの足が一歩後退した。しかし、彼は踏みとどまり、その場で剣を振りかざす。
「チッ、動きが速い……!」
ウルフは素早く後退し、剣を避けるとそのまま左右へと素早く駆け回る。まるで獲物を狩る前の狼のように、じわじわと距離を詰めながら隙を狙っていた。
「リアン、足止めを頼む!」
「わかった!」
ガルフの声を受け、闇の魔法を発動させると、ウルフの顔にまとわりつくように闇が視界を奪う。その隙にティナが魔法の準備を整えた。
「これで決めるよ!」
ティナの火球が完成し、轟音とともにウルフへ向かって放たれた。魔物は反射的に身をひねり回避しようとするが、完全には避けきれず、肩に直撃し、体制を崩す。
「ガルフ、今!!」
エリスがガルフに強化魔法をかけ、ガルフの動きに精彩が戻る。
「はああっ!」
剣が魔物の前脚を捉え、鮮血が飛び散る。魔物は苦痛の声を上げながら後ずさる。
「もう少し…このまま押し切る!」
ガルフが前に出て、魔物の動きを封じるように立ち回る。
ティナが素早く詠唱を終え、魔法を発動した。
「貫け!」
雷撃が魔物の体に直撃し、魔物が怯む、その隙にガルフが剣を首元めがけて振り下ろし、ウルフ型の魔物が最後の一撃を受けて崩れ落ちた。
「……終わったか?」
ガルフが警戒しながらも剣を構えたまま周囲を見渡す
「うん、もう動かないよ」
ティナが魔法の灯りをかざして確認し、エリスも慎重に頷いた
「どうやら、こいつがこの遺跡を縄張りにしてた魔物みたいだな。」
俺は慎重に魔物の死骸を確認しながら言った。
「この状態でこれ以上の探索は危険だ、一旦戻るとするか。」
どちらにせよ居るはずのない魔物が居たので、明日改めて最終確認はした方がいい。
仲間を見渡しながらそう言うと、皆も頷いた。
外に出ると、空はすでに夕暮れに染まり始めていた。