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06

 時間は巻き戻って、下でネモとフィオネが高位貴族(グラン)と対峙する少し前から、カルマとアドビーは大量の下位吸血鬼に囲まれていた。



「これを絶体絶命と言うのかな」



 アドビーが、カルマの後ろからひょっこりと顔を出すと、囲っている下位吸血鬼を見ながら楽しそうに話していた。緊張感のない声音は、わざとなのか本当に緊張していないのかは、アドビーの顔を見たところで分からない。



「下位吸血鬼ってこんなにわらわら現れるものか?」


「うーん、どうだろうな。俺の記憶してる中ではそんなことは起きたことがないかな。それこそ、戦争とかだったら話は別だろうけどさ。それに、さっきもあれだけ倒してる。昨日だって、あの阿呆コンビが蹴散らしたって話してたしさ……そんなに人間を下位吸血鬼にできてるとも思わないからね。公国民であれば喜んで血を受け取るだろうけども……」


「安直に吸血鬼の血を受け取れば下位吸血鬼になる確率が高いのを知っている王国民が簡単にそれを受け取ることはない、ということか」


「せーかい。それに、もしそうなったとして、どこかで人間を攫う。俺たちの報告では国民の大量失踪があるとは聞いていない。まかりなりにも公国民を使うとして、これだけの人数を失うのはあまり嬉しくはないだろう……更に、今回は幻覚、幻影、認識阻害と言った、……まあ視覚的な錯覚を見せるスキル持ちのやつが相手だ」


「……フェイクということか」


「試しに心落ち着かせて瞼を下ろしてみ」



 下位吸血鬼に囲まれて、今もじりじりと近づいてきているという状態だというのに呑気にそんなこと言われてしまえば、カルマでさえ怖気づいてしまう。それでも、アドビーは余裕だと言わんばかりに目を閉じる。そんな相棒を見てしまえばカルマも嫌とは言えない。そもそも、こんなに近づいているのに、ある一定からカルマたちの方には来なくなっている。もしかしたらフェイクかも知れないと疑心暗鬼になった途端に、だ。普段であれば、カルマとアドビーを見つければ問答無用で襲っていた吸血鬼たちだというのに、まるで、2人の仮説が正解と言わんばかりにその距離は近くならない。


 それであればカルマは素直に瞼を下ろすことにした。真っ暗な視界に、突然降って湧いた静寂に焦っていた心境が落ち着いてくる。



「やっぱりなぁ」



 そんな相棒の声を聞いて、カルマも瞼を持ち上げると、あれだけ群を成していた下位吸血鬼は消えていた。どうやら幻影だったのが正解らしい。


 カルマとアドビーは安心してほっと胸を撫で下ろす。戦えなくはないが、基本、非戦闘員である2人にとってはかなり苦戦すると言うのは分かりきっていたのだ。戦闘においては、ネモとフィオネの右に出るものはいない。更にネモは、未熟でも吸血鬼であり、その力を操ることが出来る。未熟故か、使用後は理性を失って戦闘狂とはなるがそれを抑えることが出来るフィオネがいる。それに、その使用は滅多なことがない限り吸血鬼の力を使用しない上に、使用しなくても充分に強い。そんなふたりがあの数を相手にするなら、きっとそんなに時間はかからなかっただろうが、カルマの武器である銀の大盾は小回りが効かない上に振り回すのには体力を用いる。身体強化のスキルでは無いから、鍛えていたとしてもバテてしまうのが目に見えていた。更に、アドビーに関しては銀製の武器を所持していないので、格闘戦は出来るがトドメを指すことが出来ない。


 だから、あの数で責められても守り一辺倒だっただろう。

 ごうんごうんと音を立てて昇降機が下へと下がるのが止まる。どうやら、ふたりは先に到着したようだ。途中、下がっているワイヤーが切れたりとかはなかったことに安心をしながら、下りた昇降機を呼ぶためにレバーを握った時だ。


 パチパチと乾いた拍手が廊下の奥から響く。



「お見事。さすがにあの女の子ふたりと違って頭が回るふたりだったね。テトラが褒めてあげる」



 そうして現れたのは、少女だ。白に近い銀色の髪に赤い瞳。吸血鬼であるというのは見た目でわかる。その白さが黒い服でさらに浮き上がって見えた。ただでさえ薄暗い建物内なため、白く浮きあがる彼女の肌は見方によっては幽霊と間違われても仕方ないレベルである。


 その幼い顔立ちから想像は出来ないが、高位ではなく上位のようだ。となると、力は強い。高位ほどでは無いが、ひとり相手にするにも手を焼く程に。カルマは表情を整えたまま、頬に垂れる汗に意識が行く。アドビーはそんなカルマを気にしながらも、その背中でしれっと昇降機のレバーを動かしていた。


 再び昇降機が動く音がする。滑車が動いてる音が耳に響くと、少女は楽しそうに口許を緩めた。



「嫌だなぁ、テトがせっかくこうやって顔を出したのに。もう行っちゃうの?オトモダチも遊ばずに行かれるのは寂しいって言ってる」



 そう言って何処から現れたのか、少女の倍あるのっぺらぼうな人形が出てきた。それは人間を模してるというのに、腕は6本ある。大柄な武器がそれぞれ、バラバラに存在しており、その武器たちはリーチをカバーしあっていた。



「アド、ここは俺が死守する。お前は先に下へ降りていて貰えるか」



 静かに後ろに告げると、アドビーが息を飲んだ。



「安心しろ、盾とスキルで護るだけだ。むしろ、そういうのが無い下の面子が気になる。今、目の前にいる彼女は恐らく上位、高位は下にいるとすると、なんか嫌な予感がするんだ」



 護るだけならなんとかなる。カルマは、下手な体力を使わずに、ここで盾を地面につきたててただ立ってればいいのだ。難しいことでは無い。ただ、相手に合わせて盾を向けなくてはならないので、簡単な事でもない。


 それを知っているからか、アドビーは素直に頷けなかった。何より、守りは動かないため、怪我をしやすい。だからこそ治癒術師のアドビーと組まれているのだ。アドビーは基本おちゃらけており、楽観主義ではあるが、相棒を見捨ててまでその主義を発揮するほど白状でもない。その上、目の前にいる上位は見た目は幼いながらにも操り人形師(パペッター)。今は一体しか人形を見せていないが、2体3体と現れると厄介だ。持ってる武器も殺傷能力が高いので尚更だろう。


 だが、カルマの言っていることは分かる。相手に高位(グラン)がいるのであれば戦闘能力が高いふたりでもどうなっているか想像できない。そもそもが、高位(グラン)を想定して戦うことなど滅多にない。上位ですら珍しいというものだ。相手のスキルはそれぞれが幻覚と操り人形師(パペッター)。更に、基本的な人間には使えない魔法がある。これは、基本5属性を操って攻撃から守り、生活魔法まで使用する。所謂、自然の力を借りた超常現象で、人間は稀にその才能がある者が出てくるが、それでも滅多にいない。いたら強制的に国が管理するのだ。魔法使いは、世界の価値であり、国が管理すると言っても支配はできない。だが、魔法使いがいるかいないかで大きな戦況にも変わるので、国が魔法使いを所持しているだけで、お互いに充分な牽制へとなる。


 どうしてそのような人間が産まれるのか。そもそも、どうして人間にスキルという特異技があるのか、科学的な解明はされていない。ただ、その事実として、この力は神々からの恩恵であり、それを有難く生活に使用しているという事実。人間の魔法使いが化け物となって吸血鬼という存在になった事実。それだけは、事実目の前に繰り広げられている。それは、隠すことも出来ない事実で、この世界の人たちは実際に享受していることでもあるのだ。


 実際にその力で化け物のような相手と闘うことは出来るが、それでも圧倒的な力がある。カルマはそれをひとりで護ると言っている。だがそれも万全ではない。


 スキルを使用すると、その分反動がある。それがフィオネだと視力が落ちることであるし、ネモは重いものを持てなくなることだ。アドビーは治癒をする事ができなくなり、カルマは体が脆くなり、転けたりするだけで骨折などの大怪我をする。


 聴力が上がる者は聞こえが悪くなるし、影に潜る者は陽の光に弱くなる。存在を消す者は、存在感が増す。だがスキルという恩恵を駆使してやっと壮絶な闘いを生き抜けるというもの。それでも勝てないのが目の前の上位吸血鬼という存在だ。


 だが、こうやって考え、状況判断に迷いを見せている今でさえ、相手は操り人形(パペット)を操ってこちらに近づいている。闘わなくてはならないと思う気持ちと、下が気になるのも否定をしない。アドビーはカルマの背中を見た。護るものが少ない方がカルマの負担は少ないだろう。恐らく、後ろにアドビーが居る方が今は邪魔だろう。



「分かった。頼むから、俺らが戻ってくるまで耐えててくれ」


「任せろ」



 真っ直ぐな瞳がアドビーを捉えるとアドビーは決意したように、いつの間にかたどり着いていた昇降機に飛び乗った。



「あれれー、後ろのおじさんは遊んでくれないの?」


「生憎とおじさんは20歳以上の女の子でぼんきゅぼんじゃないと興奮しないんだ。15歳以下のお子様にはちょっと難しいかな」



 目の前の吸血鬼は恐らく15歳以下。見た目は年齢と比例しており、更には彼らは強大な力と頑丈な体とは正反対に短命だ。なので、彼女の15歳というのは結婚適齢期で、20歳は高齢出産である。その事実はもちろん教会は知っている上に、世界的にも有名な話だ。人間と吸血鬼の間に子どもが出来ないというのも有名な話なのだが、それを知っていて尚アドビ―が煽るため、それを言われた当の本吸血鬼は不機嫌に眉を動かす。



「ふーん?こう見えてテトはもう子どもが作れるお年頃だし、既にお相手も決まってるのに。お子様扱いしないで欲しいなぁ」



 赤い瞳が細くなった気がする。声音は幼さが残る無邪気な声だと言うのに、たしかに琴線に触れてしまったようだ。こちらに向かっていた人形の数が増えた。


 煽るだけ煽って流石にヤバいと判断したアドビーは、慌てて昇降機の扉を閉めると下へと下がるレバーを下ろした。



「させない」



 昇降機の扉の前に立つと、カルマは縦を全面に立ててスキルを発動する。途端に、ガーンガーンと激しくぶつかる音。その一撃は重たく、腕に響いた振動にカルマの表情が崩れる。それでも受け止めた一撃を横に受け流してはじき返すと、そのまま大きな盾を振り回してその角で人形を叩き潰す。人形が潰れた感覚を直に盾越しに感じ取る。それは、気持ちいいものではないのか、カルマの眉間が狭くなる。下位吸血鬼を盾で御すときも骨を潰す感覚に慣れないものだが、今回のそれは木だというのに感触が似ていてとても不愉快だった。そうした一瞬だった、盾を向けている反対ががら空きだったのだろう、カルマに思いきり重たい衝撃が走る。


 鈍い音を立てて、頭部が軽く揺れる程度だが、反対から回ってきた人形に殴られたことくらいは分かる。



「効かん」



 盾を引いて、横にすると盾の縁で人形を弾く。すると、思っていたより勢いがついたのか人形は後ろへとくの字で飛んでいき壁へとぶつかる。背中から壁に打ち付けられた人形は、手足の関節として繋がれていた糸が切れたのか、四方八方に手足が吹っ飛んでいく。もちろん、武器もあちらこちらへと飛んでいき、それらは音を立てて静かになる。


 ことごとく攻撃を防ぐカルマを見て、少女はだんだんと表情が険しくなってくる。泣きそうな、怒っていそうな、幼い顔が歪んでいく。



「なんで、なんで効かないのよッ!!!さっさと死んでよ!!死んで、テトの養分になれよ!!おっさん」



 カルマはまだ19歳でおっさんという歳ではないはずだ。おっさんというのはアドビーみたいな者をいうのでは、などとそんな呑気ことを思いながらも、焦る吸血鬼相手に少しだけ心の余裕が生まれている。カルマは、そのきれいな顔に小さく笑みを浮かべて、見下したように鼻で笑った。



「腹立つ、腹立つ、腹立つ!!!」



 そういって少女は、ぐいっと何かを引っ張るしぐさをする。


 ズンっと鈍い音を立ててどこからとも無く現れたのは、大きな人形だ。人間を模しているはずなのに大きさはクマ以上。建物の中は窮屈そうに首を擡げている。ただ、大きく厚く、全てを振り回すだけで破壊させてしまいそうなほどに太い腕は、流石に危機感を覚えなくはない。が、ここは建物内。可動範囲はきっと少ないはずだった。ただのデカ物である。振り上げたところで威力はそこまでないはずだと、カルマはそこまで考えてさらに挑発するように笑みを深めた。


 そういう考えに至らないあたり、見た目も脳内も年齢相当。結局は相手は幼いのだ。



「なによ、なによ、なによ!!」



 大物を見たら人間は基本怖気着くはずだというのに、相手からはそのような雰囲気を見せない。流石に少女もプライドを傷つけられるものだ。余裕なんてなくしてやる、その意気だった。ぐっと腕を引くと、その動きに合わせて人形は、大きな腕を横に払うように動かした。動きは早くはないが、ぶおんっと風を切る音は鈍くとっさにカルマも盾を構える。ぐあんっと大きな音と強い振動を受けて、半歩後ろに下がる。カルマのスキルで痛みなどはないが、受ける衝撃も何もかもはしっかりと体で受け止めてしまうので、その威力に奥歯を噛み締める。可動は大きくはないが、それでも与えるダメージはきっと大きいのだろう。ぐっと足腰に力を入れて、既にもう一発と動かされている拳の衝撃に備える。


 ガァンッ


 激しくぶつかる音と浴びる衝撃に少しだけひるみそうになる。流石にそろそろ力を入れてもきつい。ただのデカ物と思っていたが、想像以上に力がいる。いや、デカ物だからこそ力がいる。ぶつかる音と同時にはじき返そうとしても上手く反動を与えてやれない。なので、相手にあまり効いていないのだ。むしろ、最初に数体相手にしていたこともあって、体力を持っていかれるのはカルマばかりだ。徐々にスキルの威力も落ちてきている。相手からの拳を数回受けながら、盾越しに腕の骨に響く重たい一撃。次第にカルマにも危機感を覚え始めた。


 アドビーたちがが事を終わらせて帰ってくる頃にはカルマは全身骨がばきばきになっているかもしれない。そんな笑えない冗談を、相手の重たい一撃を耐えて思った時だ。とうとう。右腕の骨が折れた感覚がする。ばきっと折れる音が体からするのは気持ちのいいものでは無い。体が興奮しているからか痛みは感じないが、流石にこの腕で防ぐことはできないだろう。だが相手はそんなことを知らないし、お構い無しである。危険信号を放っていながらも、お構いなしに相手からもう一発が降ってこようとした時だった――



「ロッテちゃん参上」



 足元から抑揚のない声で、テンションの高いセリフが聞こえてきた。それと同同時に足首を掴まれ、下へと引きずり込まれていく感覚。


 スライドするように腕を振っていた人形の腕は突然に対象物が消えたため、大きく空ぶった。その勢いで体制を崩したのか遠心力で横に倒れる。



「なっ!!」



 それに驚いたのは、勿論吸血鬼側だ。突然消えたカルマに目を丸くさせる。何が起きたのか状況判断が出来ず、慌てて人形の体制を整えようと腕を動かすも、人形はピクリとも動かない。



「なんで、なんで、なんで動かないのよ!!動いてよ!!動けぇ!!」



 両腕を上へ、下へ、横へと動かしてもまるで息の根が止まったかのように動かない。吸血鬼も焦る。なんでなんでと言ってスキルを発動させているというのに、動かない。何が起こったのか、人形に近づこうとした時だ、右足首になにかが当たっているのに気が付いた。はっとして足に着いた違和感を見ると、銀色のアンクルがつけられている。勿論、吸血鬼はこんなものをつけた記憶がない。頬に、焦りからたらりと汗が流れたのを感じた時だ――



「せいこー、ブイブイ。ロッテちゃんは優秀なのだ」



 不意に聞こえた声に振り返ると、己よりも随分と幼い少女が、無表情で指を二本たてている。そして、その横には先ほどまでいたぶっていたはずの男が、その少女の横で座り込んでいる。


 吸血鬼は困惑する。少女の姿はシスター服のため、恐らく教会の人間。となれば、敵だ。



「よくやったわ、ロッテ。カルマ、あんたもよ」



 そして、更にその少女の横に大柄な男か女かオカマか分からない、シスター服を着たデカイ人間と――



「危機一髪だったんじゃないのー?カルマくん、随分と頑張ったねぇ」



 糸目の胡散臭い雰囲気を醸し出す聖職者が並ぶ。盾を持った男と同じ服をしているのでこの男も教会の人間。


 シスター・マングロウと神父ハウル。そして、突如と現れた幼いシスターは、ロッテ・ヴーゲンバッハである。カルマの所属しているチームのリーダーとその相棒である副リーダー。そして、チームメイトだ。ロッテは基本、暗躍する少女で、潜入出来ない公国へとスキル影渡りを使用し、影を伝って潜入。盗撮(資料集め)をしている少女の1人である。


 だが、そういうのはどうでも良く、突然現れた人間たちに、吸血鬼は可愛らしい顔を歪ませて随分と怒りを表した。こんなはずじゃなかった、こうなる予定ではなかった。吸血鬼はアンクレットを乱暴に外すと、それを投げ捨ててしまえば、止められていた力が戻ってくる。



「許さない。許さない、赦さない、ゆるさない、ユルサナイ!!!!全員殺して、テトの養分にしてやるんだから!!!」



 少女が鬼の形相で吐き捨てた。その姿は、既に醜く、さらにら上位独特の溢れる圧に3人は表情を崩した。流石に本気で怒らせてしまったかと身構えた時だ。



「よそ見していていいの」



 吸血鬼は次に動くことはなかった。不意に聞こえた声は、彼女の背後から。そして、それを耳にした時には背中から心臓に貫かれた銀色の剣。



「……へ……?」



 こみあげてくる強烈な痛みと、体内からせりあがる鉄の匂い。ごぷっと口から赤いそれが溢れた。吸血鬼は、最後零したその声から、体が抜けたようにだらりと四肢が垂れる。びちゃびちゃと傷口や口から零れしぶきを上げる赤い血は、地面に着いた途端に、ゆっくりと黒ずんで煤けていった。貫いた剣を持っている少女の手に、乗っかていた15歳の少女の重みは次第に消えて、最後はただの剣の重みだけ。そして、昇降機の前で完全に糸が切れたでかい人形がそこにあるだけだった。あれだけ苦戦したと言うのに、最期は一瞬で呆気なく終わる。


 しんと静まり返った空間は、緊張の糸が切れたのかふっと誰かが息を吐いた。



「危機一髪と言ったところかしら、カルマ卿」



 剣を鞘に戻して、ロッテの隣で変わらず腰を落としている青年男性に少女が近寄った。その濃い緑色の瞳に見つめられると、落ち着かないのか少しだけカルマの表情が引きつる。



「ああ、すまない。助かったよ。エレオノーラ嬢」


「よろしくてよ、わたくし一人だけではなし得なかったもの」



 少しだけ勝気な見た目の少女――エレオノーラ・ヴーゲンバッハは、口許をムズムズとさせながらふふんと鼻を鳴らした。



「エレン姉さま、ロッテ頑張ったので褒めて褒めて」



 そういってエレオノーラに抱き着くロッテの頭を、エレオノーラは撫でた。



 「ええ、よく出来ましたわ、ロッテ」



 それを嬉しそうに表情を崩して笑うロッテ。その姿は微笑ましい姉妹のやり取りだった。それに気が少しだけ緩んだのは確か。隣から大きく手をたたく音を聞くまでその様子をカルマはただぼんやりと眺めていた。



「ロッテ、エレオノーラ、今回はよくやったわ。だけれども、本番はこれからよ。ロッテ、私とハウルを影を伝って地下まで連れて行って頂戴。エレオノーラはカルマの傍にいて。外には教会の狩人たちが一応待機しているから問題があったら呼んでちょうだい。……下の方に本命がいるわ、気を引き締めて行くわよ」


「はいはーい」


『はいっ』



 呑気な胡散臭いハウルの返事の後に、10代の少年少女の声は真剣に。そして、シスター・マングロウの指示で、ロッテは大人ふたりの手をつないだ。



「それでは、行くわよ」



 そういって、ロッテのスキル――影渡りのスキルで三人は床の中へと沈んでいったのを、エレオノーラとカルマは見送った。

 

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