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03


「ふぅ〜ん?此奴が、ネモが教会に属してる理由なんだァ」



 握り潰したピザはダストボックスへゴールインした。勿体なかったが、致し方ない。ネモは濡らしたタオルで手を拭きながら、向かいで先程の写真を眺めているフィオネを見つめる。そして、不意にその表情が翳った。



「実はさ、あたし男側の吸血鬼の顔、覚えてないんだわ」



 ぽつっと零される驚きの言葉にネモは言葉を失う。



「なんか、雰囲気とかそういうのはわかんだけどさ。顔の細部を思い出そうとするとぼや〜ってしてた気がするって感じしか思い出せないンだよなぁ。イケメンだったのは否定しねぇけどサ」


「……認識阻害」


「かも知ンない」



 睨みつけるように、写真を見つめたあと、結局、「こン中にいなかったや」と言ってさらっと写真の束を返されてしまう。それで、フィオネは考える素振りを続けている。考えるだけの脳があるかは別としてだ。



「はぁ、ここで考えても仕方ない。教会に1度戻ろう」



 ネモは、フィオネの行動を見つめたあと、諦めたように言葉を落とした。そして、立ち上がれば食後の皿などをまとめていく。


 最後、年端も行かない女子ふたりは、結局大食いバトルも顔負けの量をふたりで食べきった。1部犠牲はあったが、ふたりで平らげたお皿をまとめて返却口へと持っていく。


 気前のいい出店の店主は皿を受け取ると、あの量を食べきったのかと驚いていたが、綺麗に平らげてくれたことが嬉しげに、直ぐ満面の笑みを浮かべては、お客さんであるネモとフィオネに手を振ってくれた。ネモは軽く会釈をしてそれに応え、フィオネは全力で大手に振りながらふたりは教会へと戻る。

 教会の神殿はとても大きく、そして眩しいくらいに白い。歴史的な見た目に反して、中身はまだ新しく感じるのは常日頃のお手入れの賜物だろう。洗浄に関しては、それらに特化したスキルを駆使して行われている。教会の本殿は基本信者達が参りに来ている。ネモとフィオネはさらに奥にある、居住区域に滞在していた。その中には、下位吸血鬼の被害によって家族を失った孤児達が集められた孤児院も経営している。


 基本、各国がそれらを保証しているので、資金は国庫から、規定額だ。そして、それ以外の聖職者達は、今回のような依頼によって発生した、決して安くない依頼料と、信者の多額の寄付金により生活していた。実際に、ここに来れば仕事はあるし、衣食住に困ることはない。更に、教会のメンツを保つことができれば生活に規律などない。吸血鬼対応は命の保証は無いので、代わりに保険金として待遇もいいのだ。昨晩、本来のターゲットは逃げられ、実質は任務失敗だったが、街に放たれた下位吸血鬼は殲滅できているのだ。表向きは平和を守ったこともあり、信者含めた街の人たちからすれば成功である。なので、実際にネモとフィオネはとても好待遇な生活をしている。それでも、服は組織に属しているという意味も込めて修道服だし、お金は現金支給ではなく、全てにおいてツケ払いなので本人たちには1文もない。すべて、教会が管理している。


 それでも、生活している中でも余裕がある上に不便もないのは、世界的にも教会の存在は大きいのだ。宗教としての観点、戦闘力としての観点、吸血鬼研究成果としての観点。全てにおいて、著しく教会はトップに立ち、戦争を仕掛ければ対吸血鬼で鍛えあげた無慈悲な殺傷は人間に向けられる。人間相手では、たった1チームだけでひとつの国家を御せる力があるのだ。


 だからこそ、過去の教会関係者は吸血鬼たちに戦争を仕掛けたのだが……結局は総力戦対総力戦となれば、明らかに人間を逸脱した存在の方が上だった。


 ただそれだけである。だが、まともに吸血鬼とやり合えるのはこの組織だけで、牙を向けられた時に教会が相手にしてくれるということもあり他国は教会を受け入れている。


 神殿から居住区に繋がる渡り廊下は信者も立ち入り禁止区域となる。そのため、周りは聖職者の格好をした身内のみ。辺境伯の支部として建てられているので、そこそこの規模を誇るここは、それに見合った聖職者がいる。


 本部に所属しているネモもフィオネもこの拠点の人たちは勿論全員知らない。たまに依頼や視察で来る時に顔を覚える者もいるが、多数はそんなこと無い。それに、ふたりは人の顔を覚えるのが苦手だ。


 教会に属していれば、組織下に属しているものは全員家族だと言われてはいるが、兄弟が多すぎて把握できるはずもない。


 なので、すれ違う人たちは全員知らない。


 そんな中で、よく見知った相手がいれば目立つ。しかも、ネモとフィオネを見つけては駆け寄ってくる男がいれば、さすがに頭が悪いふたりでも気がつく。


 余談だが、教会に属している者は大学の高等教育相当の教育を男女隔たりなく受けられる。そのため、優秀な者も排出しているので、研究も進むというもの。ネモとフィオネはふたり揃って教育途中というのもある上に、戦闘特化ということもあるが、そもそもが地頭が良くない。それは、母親代わり、指導者であるシスター・マングロウの目下悩みである。


 要はふたりは、よく言えば実直、悪く言えば馬鹿である。



「よう、やっと見つけたぞ」



 白い聖職者の服を身にまとっていると言うのに、ヤニ臭い男。まるで今まで探していましたと言わんばかりな発言だが、タバコの匂いが染み付いてまだ新しいので、恐らくさっきまで吸ってたのだろう。たまたま廊下の向こうに目当てがいたのでそのていで来ているのがよくわかる。



 顔はそこそこ整っていると言うのに、やる気を感じない下がった目元はとても胡散臭い。発言も対応もいつも胡散臭いこの男は、アドビーと呼ばれ、ネモとフィオネのチームメイトだ。普段は、カルマという頭も良く、生真面目な金髪碧眼の若くてかっこいい相棒といるはずだがどうやら今は別行動らしい。



「探したぞ、お前ら」


「探されるなら、アドビーじゃなくてカルマが良かった」


「悪かったなぁ?カルマじゃなくて」


「フィオネ、アドビーに失礼。カルマと並んだ時に冴えないのは仕方ないけれど、これでもまだ顔がいい方のはず」


「君、超絶美少女なこともあって、地味に傷つくからな?ネモ」



 スキル絶対防御でダンクの役目を持つカルマと、スキル治癒術を持つアドビーのコンビは前衛の補佐で、基本は前衛に立つもの達と組むことが多い。


 弾丸のように特攻していくネモとフィオネは盾の後ろに隠れることをしないので、あまり組むことは無いが、突っ込むということはよく怪我をするということもあり、よく治癒対応されることは多い。恐らく、なかなか顔を合わせないチームメイトの中でも、アドビー・カルマコンビが1番顔を合わせる。


 そして、このふたりは常にチームメイトたちの動向を把握している。いついかなる時にも駆けつけられるように。



「それで、私たちを探していた理由は?」


「ああ、シスター・マングロウがお呼びだ」


「なるほど、行こう。フィオネ」


「ええー、あたしまだ視力回復してないのに、次の任務ですかァ〜」


「安心しろ、それを見越したから俺とカルマが呼ばれた」


「怪我するの前提じゃん!!!!!!明日1日盲目確定だかンね!!!!カルマに世話してもらわないと許さないンだからね!!」



 真夜中のブーイング大会宜しく、とても元気よくキャンキャン叫ぶ。警戒する子犬みたいだ。



「カルマに看病されてぇなら昨日取り逃した諸々を今日回収することだな。あいつの看病は安くねぇぞ?その代わり、俺なら安くするぞ?」


「きしょっ」


「私は、アドビーでも問題ない」


「ネモ…見た目に相応して天使――」


「ただ、ヤニ臭いままで部屋に入らないでくれればいい」


「途端に辛辣?!」



 下らない漫才を繰り広げながら、3人は目的の部屋の前へとついた。シスター・マングロウは幹部であるが、拠点に与えられる部屋はとても広いわけではない。さらには、シスター・マングロウがとても迫力があるので普通であれば十分な大きさである部屋も、少し窮屈に感じるのだ。


 アドビーがその扉をノックする。その後ろにネモとフィオネが横に並ぶ。



「アドビー、ネモ、フィオネ、3名です」


「入りなさい」



 中から静かに届く声にアドビーは躊躇いなく開ける。そこには、アドビーの相棒であるカルマもいた。相変わらず首、手首としっかりと覆われて露出の少ない修道服をびしっと着こなしている。男性は女性と違って、髪の毛を収めるとかは無い。だから、カルマの輝く金色の髪は整えており、室内灯に照らされていて綺麗だった。


 反して、アドビーは修道服をフィオネみたいに魔改造させることはないが、それでも襟首は緩めていたりとして気崩している。焦げ茶色の髪の毛は無造作で整えているようにも見えない。


 ネモとフィオネも大概に正反対ではあるが、アドビーとカルマも同じくらいに正反対である。



「来たわね」



 ぞろぞろと部屋に3人入室すれば、それこそ本当に窮屈に感じる。4人はそれぞれシスター・マングロウの執務机の前に横に並ぶ。



「さて、呼ばれたのは何かわかるかしら」


「昨晩の任務に続いた、本日の任務の内容確認でしょうか」



 口を開いたのはネモだ。



「そうよ。今回の任務の内容は、潜入捜査をお願いしたいわ」



 そこに反応したのはネモとフィオネだ。基本彼女たちは、下位吸血鬼たち殲滅などの特攻隊みたいなもので、こういう調査関連は別のチームメイトが得意としており基本回らないのだが。



「残念ながら、こういうのが不器用で頭の悪いふたりにこの任務を回さざる負えないのが、とても心苦しいけれど、他メンバーも現状手が回らないと連絡が来た。どうやら、他の街でもこの街と同じようなことが起きてるらしいの。どこからか湧く下位吸血鬼被害。この街ほど多くは無いのだけれど、それでも普通よりは多いわ。だから、その対処に手が回らないとのこと。それでも今回は、アドビーとカルマが補佐として対応してくれるからあんたたちでも、まあ、安心ね」



 ぐさぐさとネモとフィオネはシスター・マングロウの言葉を受け止めながらネモとフィオネは耳を傾ける。仕方ないのだ。彼女たちは殴るのは得意でも頭を回すのは苦手なのだから。


 その変わり、野生の勘やパワーと連携はチーム内ではトップである。そのため、このチームでの稼ぎ頭であり依頼達成数も上だ。その理由としては、やはり依頼にて最も来るのが下位吸血鬼処理対応である。それだけであれば殴って散らすだけなので頭を使用しないのだが、今回は調査も含まれるのでまだふたりよりはそれら向けに動いているアドビーとカルマが呼ばれたということだ。



「まあ、他にもあんたたちでも大丈夫と思った理由としては、他の組織に潜り込んだ潜入捜査とかではなく、夜間に建物へ潜入する捜査だからよ」



 ネモとフィオネは人に紛れるというのが苦手である。何よりも行動も何もかもが奇抜であるが故に、嫌でも目立つのだ。ネモに至っては顔がとてもいいので、任務先の支部などで男性に気が付かないうちに惚れられているということもある。カルマが女性受けのいい正統派イケメンであれば、男性ウケのいい正統派美少女がネモだ。さらに美少女に眼帯はよく目立つ。


 挙句にネモもカルマもふたり揃って表情筋があまり動かないのがキズで、その手の調査が得意なのはこの中ではダントツでアドビーである。カルマも苦手では無いが、真っ直ぐすぎるゆえ潔癖の嫌いがある。人間関係における対処が苦手故に、たまに、調査任務先で問題を起こすこともなくはないのだ。


 それを上手く誤魔化すのがアドビーであり、人脈つくりが得意としている。なら、カルマは調査向きでは無いのではないかと思われるが、彼は勘が鋭い。真面目すぎて真っ直ぐすぎるゆえに不正を見抜くのが得意なのだ。


 そんなふたりと、そもそもが潜入捜査向けでは無いふたりだ、大したことは出来ない。それはシスター・マングロウは十分理解している。むしろ、戦闘特化に育て上げたのはマングロウであり、理解してないはずはないのだ。なので、今回は組織に潜り込むような潜入捜査ではない。



「昨晩、あんたたちが取り逃した研究者。所属はエルフェンリート製薬会社の研究員。エルフェンリート製薬会社は、ここ、スピア辺境伯きっての大企業であり、研究所であり、製薬会社なの。使われる薬はすべて効き目が良くて王国内でも人気があるわ。そして、ココ最近そのトップが代替わりしたのよ。そこからね、成績が傾きかけていた……けれど、ココ最近また上がり始めた。その変わり――」


「下位吸血鬼被害が増え始めた」



 カルマがシスター・マングロウの言葉を繋げると、シスター・マングロウは正解と言わんばかりに片眉をあげる。



「吸血鬼が関わってる可能性があるわ。製薬会社というのを隠れ蓑にして、人間側へなにかアプローチをしてる可能性があるわ」


「それを突き詰めて欲しいということですか」



 ネモが更に続けると今度は大きく頷いた。



「別に何もなければいいのよ。吸血鬼被害と製薬会社は無関係でしたであれば、また別のアプローチをするだけなのだけれど……」


「でも、シスターは黒だと思ってるってコトでしょ?」


「……下位吸血鬼が民家を襲う時、その日は大抵霧が現れるのですって。そして気がついたら目の前に下位吸血鬼が現れては被害を食らうそうよ」



 その言葉にはっと息を飲んたのはネモとフィオネだ。突如と現れた霧。そして、その後に突然確保していた対象を失った。


 認識阻害。


 その発生源は恐らくあの霧だ。頭の悪いネモとフィオネでもすぐに分かるものだった。ふたりの表情が突然に険しくなるのを三者は見れば、シスター・マングロウは大きくため息をついた。



「昨晩はあの研究者を捕まえる為に、ふたりには建物を見張らせていたのだけれど」


「はい、日が暮れたあと、研究者はまるで逃げるようにして建物から出てきました」


「その後にどこからか下位吸血鬼が現れて追っかけられてたねぇ〜」


「その時は、突然現れた為、驚いたのは確かですが、その時点でその霧は見かけなかったのですが」


「あの時あたしたち地面から離れてたからじゃない?」


「…………」



 すっかりと黙りこくったシスター・マングロウは考えている様子だ。


 そもそも、かなりの距離のあるふたりにまで認識阻害をかけられるものなのだろうか。そして、既にふたりを認識していたことを前提とするはずである。


 そうなれば、主犯格は既にネモとフィオネを認識していたという事になる。そうなれば、最初から仕組まれていたことなのだろう。もしかしたらふたりは狙われていたのだろうか。


 次第に表情が険しくなっていくシスター・マングロウの迫力に4人は呑み込まれていく。



「気をつけなさい……これは、一筋縄では行かないかも知れないわ」



 女性にしては低いその声を更に低くして、静かに告げてくる言葉は4人に言い聞かせるように、そして自分に言い聞かせるように、重くのしかかった。

 各自がそれに圧倒され誰かの喉か鳴った時だ。すっと静かにネモの手が挙げられる。



「シスター・マングロウ」


「……」



 無言で視線を向けるだけで続けなさいと意を組んだのかネモは更に口を開く。



「建物内では私の獲物は大きすぎて小回りがききません。最悪、この3人の足でまといになる可能性があります」


「そうね」


「昨晩、フィオネが上位貴族(グラン)の存在を示唆しております」



 その言葉にはっと息を飲んだのは男ふたりだ。先にシスター・マングロウには告げてある。そうでなければ、貴重な盗撮写真(資料)を提供などしない。



「ダケド、記憶違いなのかなァ、写真と一致する顔がなかったンだよねぇ」


「それでも警戒するに越したことはない」


「そうだな」



 シスター・マングロウがネモの言葉に大きく頷いた。そして、ネモに続きを促す。話したいことは既にシスター・マングロウは分かっているような構え。それでも、話を促す。



「万が一、私はリミッターを外したいと思っております」


「うげっ」



 その反応に、嫌そうな声を出したのはフィオネだった。



「わかった、許可をしよう。万が一が起きた場合は許可しよう」


「えぇー、アレ止めるの大変なんだけど」


「ネモが頼りだよ」


「まあ、ああなった時にあんたを捉えることが出来るのあたしだけだし……今の視力回復くらいならまあ、いけなくもないかなァ……」


「頼りにしてる」



 表情筋が動かないことで有名なネモの口角がうっすらと上がった。その表情にビックリしたのはフィオネだけではない。シスター・マングロウもアドビーもカルマでさえ目を大きく開いて驚いたのだ。


 誰かの空咳が空気に響くと、シスター・マングロウが大きく手を鳴らす。そこで、止まっていた時が動いた。



「やばい、凄いの見ちゃったわ。俺、これ、教会関係者全員に自慢できるやつ」


「ふん、1回くらいで自慢したところでなんだって言うの。あたしなんてあんたの倍は見てるよ」


「2回じゃん」


「うるせぇ!!!!1回よりは多いもン!!!」


「あんたたち」



 きゃんきゃん言い合い始めたアドビーとフィオネにはシスター・マングロウの雷が降る。



上位貴族(グラン)が関わっているかも知れないのなら、気を引き締めなさい」



 壁が震えるくらいの大きな声に、ぴたっと動きも言葉も止めたふたりは、改めて顔を引き締めてシスター・マングロウを見た。



『はいっ!!!!』



 最後、引き締められた4人が声を揃えて返事をした、

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