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15.《エピローグ》

※2章最終話ですが、百合要素が若干含まれます。覚悟してお読みください

 元々が仕込みみたいな襲撃騒動も終わり、人々は再びパーティーを再開した。ここは、帝国の宗主国にある、皇帝陛下たちが住まう城。その、大きなダンスフロアに人々は集まり、優雅な音楽を奏で美味しいご飯に舌鼓を打っている。煌びやかなシャンデリアも、その広がる色とりどりの正装も、ダンスフロアでくるくると回って踊る人々も、ネモにとっては遠い存在だと思わせる。


 そんなネモは、吹き抜けの2階にある休憩用ソファで、離れ離れとなっていた相棒と一緒にその雰囲気を楽しんでいた。フィオネたちと離れていた時間で何やら大きな戦闘があったのだろう。先ほど合流した時には気が付かなかったが、ネモの頭を美しく飾っていた簪はないし、ぼろぼろとなったドレスを隠すように、豪奢な男物の上着を肩から掛けていた。ここにいる男たちの上着はしっかりと着こんでいる様子なので、アドビーでもカルマでもないらしい。


 そんなネモは、たった数時間離れただけだと言うのに、もう片時も離さないと言わんばかりに半身をぴっとりとひっつけていた。微アルコールの入ったお酒を煽っては、ぺっとりとフィオネから離れない。16歳なのだからアルコールは飲めるのだが、先程までは任務ともあって控えていた。あまり強いお酒は飲まないようにしているが、それなりにほろ酔いなのだろう、雪のように透き通る肌がいつもより鮮やかに染まっていた。



「おいおい、カルマ、ありゃどういうことだ」


「俺に聞かないでくれ」



 呆れた声のアドビーに呆れるカルマ。


 ネモは、フィオネと再会して嬉しさからテンションが上がったのもあるが、今カルマの隣にいるのは正装したアドビーがいる。結果、最初に期待していたシチュエーションになったので、ネモは嬉しさにアルコールを口にしていた。


 飛行船から降りれば待っていたと言わんばかりに用意されていた送迎車と、待機していたお互いチームの治癒術師組。しかも、2人揃ってしっかりと正装を着用している。ビビは相方の治癒術師であるアネモネに抱きつき、カルマはそんなアドビーにフィオネが怪我したことを伝えていた。


 見ると、しっかりと腫れ上がっているフィオネの足。ネモは気が気ではないと言うように、フィオネを横に抱き上げながらアドビーに詰め寄ったのもつい先ほどの話だ。


 ネモの中ではアドビーよりまだフィオネの方が大事なのか、とフィオネが素直に喜んでるのを、面白くない顔でカルマが見ていたのはまた別の話でもある。


 そのまま、教会参加者は、警備していたメンバーも、待機していたメンバーも含めた全員がパーティーへの参加を許された。ダンスフロアの方には、何人か男の人とクルクル回ってる見知った顔も見えるし、女性同士でくるくるしてるのも見受けられる。恐らく、ビビとアネモネだろう。そんなきらきらとした空間を上からネモとフィオネは一緒に眺めていた時だ。



「やぁやぁ、楽しんでるかい?」



 本日何回目か分からない。聞きなれてしまえば、この声はどこか胡散臭さを感じる。軽い言葉を投げられて登場した人物は、先ほどまで着ていたはずの上着はなく、代わりにシンプルだが、襟などのところどころに刺繍が施された上品な白いシャツに、これまたポイントポイントを押さえたお洒落なベストを着ているだけである。そしてその人物が現れた途端に、ネモは死んだ魚のような目になった。その変貌具合に隣にいたフィオネはふっと吹き出した。



「先程ぶりだな」


「フィオネ!!!会いたかったわ!!!」



 そんな、胡散臭いセリフと声に続いて投げられた言葉に、今度はフィオネがびっくりしたように目を丸くした。なにせ、声をかけてきたと同時に走ってフィオネに飛び込んできたのだ。受け止めたフィオネがその顔を確認すれば、相手はヘンリエッタだった。しっかりとその体を受け止めながら、抱きしめると、とてつもなく甘くていい香りがした。フィオネは、そんな無邪気なヘンリエッタへ優しい顔を向けて、抱きとめたその背中を優しく撫でた。



「ヘンリエッタ様、ご無沙汰しております」


「ええ、ええ。ずっと心配していたのよ。教会に身を置いていたのは、風の噂で聞いていたけれど、対吸血鬼部隊とは聞いてなかったわ。どうりでお会いできなかったのね。あなた達と会うには私たちは敵対しなくてはならないから」



 フィオネの両頬を包んでは真正面に捉えるとヘンリエッタは、ぺたぺたとフィオネの顔を触りながら心配そうに顔を覗き込む。


 天使なのではないかと思うくらいに可愛らしい顔全面に心配の文字。そりゃぁ戦闘をする部隊なのは、全世界で知られている内容である。勿論、吸血鬼側にも知られている。だからこそ、ヘンリエッタにとってフィオネが戦うイメージがつかないのだろう。実際に、カークランド公国を出るまではそういうのとは無縁であったのだ。戦闘訓練をしだしたのも教会に入り、ネモと会ってからである。



「そうですね……ですが、今はこうやって敵対せずともお会いしておりますよ」



 ほとんど敵対するのは下位吸血鬼である。特に、ネモとフィオネは高火力なだけあって前線に立つことの方が多い。今ここにいるフロウだって、ついこの間は敵対していたのだ。なんだったら、フロウたちにフィオネは殺されかけている。


 敵対しないのなら無関心。それが吸血鬼側と教会側の態度である。ただ、こうして何も無い時に再会出来たことの嬉しさはフィオネにだってあるのだ。もしこれが、彼らと敵対した状態で対面すれば、フィオネは使い物にならなかっただろう。ネモとフロウが再会した時のように、放心して立ちすくみ動くことが出来なかったのではないか。そう思うと、このような場面での再会に、フィオネはホッと胸をなでおろす。



「あら、それもそうね。……そうよね、敵対関係であっても穴はあるわ。今後はその穴をついてフィオネに会える機会を増やさなくてはね。そうだわ、下位吸血鬼になる瞬間とかに、教会へお願いしたりするもの。そうよ、私が下位吸血鬼になるとわかった時はフィオネにお願いして殺してもらいましょう。それがいいわ」


「ヘンリエッタ様ッ!?」



 無邪気なヘンリエッタの言葉にぎょっとするのは、人間側4人だ。吸血鬼側3人なんて、その手があったかと手を打っている。種族間での感覚の差というのはなんとも埋められない溝がある。



「僕も、ネモに殺してもらいたいけど……ネモの方が早く落ちると思うから、その時は僕がネモを殺してあげるね」



 そんな空気でフロウがさらっとした炭酸のように言葉を投げる。勿論、その言葉に反応するのはネモ以外の人間側3人だ。眉間に皺を寄せて、訝しげな顔でフロウを見た。



「あれ、ネモまだあのこと話ししてないの?」


「…………」



 せっかく和やかな雰囲気だったと言うのに、この空気を読まない兄は無邪気にネモへ問いかける。



「報連相は早めにしないとダメじゃない?ネモ、頭悪いからすぐ忘れちゃうでしょ」


「うるさいなぁ」



 唇を尖らせて、フロウに棘のある言い方で言い返すも、アルコールが程よく回ってるのか、単純におツムが足りないのか、語彙は少ない。



「まあ、いいや。なら、先にここにいる人たちに伝えておくね。ネモが上の人に報告忘れないように、特に、そこのおじさんはしっかりと覚えていてくれそうだから」


「いやぁ、まだまだ25は人間で言うと若いよ〜?」


「吸血鬼からするともう充分折り返し地点だから若くないですよ」



 努めて明るい声で返すアドビーと、どこか意味深に目を細めて睨みを利かすフロウと。どうしてかこのふたりの空気がばちばちしている。



「もうアドビー、そんなコトでばちらないで。話が進まないンだけど」



 そこにフィオネが仲裁に入ると、フロウは楽しそうに笑った。



「取り敢えず、前提として僕とネモが吸血鬼と人間の間に生まれた人の子孫というのは、知ってるのかな?」



 カルマとフィオネは静かに首を縦に振る。対する、アドビーは目を細めた。話はしていなかったが、薄らと気がついていたようだ。アドビーの驚きすらもしないその姿に、安心が半分と少しだけガッカリとした感情が半分。ネモの心境的には、もう少し驚いてほしかったのだ。



「ふむ、なら話は早いね。単純な話、人間と吸血鬼の間に生まれた子供は、吸血鬼の力に人間の体で耐え切れなくなり下位吸血鬼へと身を落とす周期が早いんじゃないかって話が上がっている。僕とネモの父親が、兄上の血を飲んだ直ぐに下位吸血鬼へと落ちたのはそれが原因だ。その時の父が35歳いっていなかった」



 その言葉に息を飲んだのは、人間側だけではなかった。クラウドもヘンリエッタも、はっと息を飲んだ。場の空気が一瞬にして引き締まる。



「そして、僕たちはさらに人間の血が濃い体だ。僕が恐らくもって30。ただ、ネモはまだ吸血鬼にすらなっていない。人間と吸血鬼を行ったり来たりしてるようなものだからさ。さっきみたいに、不意に吸血鬼化して人間に戻っても意識は途切れてすぐに回復しない。逆に人間の吸血鬼化は体の負担も大きいからね、頻繁にして欲しくないし周期が早まってしまいそうだ。だから、僕としては人の血を飲んで早く完全に吸血鬼となって欲しいんだけど……」


「それは、絶対にしない」


「と、まあ、妹もこう頑固なんだ。だからさ、君達の方で説得しておいてくれないかな?」


「兄さん……それ以上言うとさすがの私も怒るよ」



 怒気を露わにしているというのに、フロウはなんとも思わないのか、肩を竦めるだけだ。



「逆に吸血鬼となった場合、ネモは30まで生きられるの?」



 フィオネが静かに零したその言葉に、肯定とも否定とも取れない態度を見せているが、フロウの様子からしても正解のようだ。それを見たフィオネが押し黙る。



「フィオネ、兄さんの言葉は気にしなくていいよ。私は吸血鬼になろうともなりたいとも思っていない。教会から抜けるつもりもない。ヘルマン卿をこの手で屠るまでは絶対に落ちるつもりもないから。この間の、フィオネを刺して殺しかけたことも許していないしね」


「は?」


「……」



 ネモがヘルマンがフィオネを刺した話を最後に盛り込むと、クラウドの表情が一気に怒気へと変わり、ヘンリエッタの目許がすっと細くなった。


 味方であるはずの吸血鬼であるクラウドとヘンリエッタから冷たい空気が漂うのに気がついたフロウは、そっと視線を外す。


 むしろ、フロウに対しての旗向きがよくないことを悟ったネモは更に追い打ちをかけるように口を開く。



「兄さんも、さっき会った時にフィオネに対して『死ななくてよかったね』って言った言葉、忘れてないから」


「ちょっ、まっ!!ネモさん!!それ以上はストッ――――――」


「フロウ・アルトピウス殿?少し私と話をしましょうか」



 クラウドの手がフロウの肩を掴むと、みしみしと骨に食い込む音がする。フロウの顔が、今まであった中で断トツに血の気が悪い。相当痛むのだろう、歯を鳴らすフロウをそのまま、クラウドに引っ張られてふたりはその場を退場した。その隙にヘンリエッタがフィオネをはぐっと抱きしめる。その頬に擦り寄せながら頭を撫で回していた。



「本当に死ぬようなことはして欲しくないわ。今日だって、爆発に巻き込まれたと聞いたもの。いつでもカークランドの屋敷に戻ってもいいからね?」


「フィオネは私の相方なので、手放すつもりはない」



 横からネモがフィオネに手を伸ばし、しっかりとフィオネを抱きしめると、ばちばちとヘンリエッタを見る。



「それに、私の最後はフィオネにお願いするから、彼女が教会からいなくなるのは困る。それまでは、私がフィオネを守るよ」



 その言葉に、ストロベリーのようにつやつやした目を大きく広げたヘンリエッタは、穏やかな笑みを浮かべた。



「ふふ、私、あなたも気に入っちゃった。分かったわ、フィオネの意思もあるけれど、あなたにフィオネを託すわね」



 そして、チラッとカルマを見て意味深に笑う。「あなたもね」そう付け加えると、可憐にウィンクした。そうして、ヘンリエッタはフィオネから離れると、軽い足取りで、先に退散したクラウドとフロウの後を追った。


 去り際のヘンリエッタのウィンクは可憐で、同性のネモもドキドキとさせる。最初に話した時とは違った気さくさをもったヘンリエッタに、不覚にもときめいてしまったようだ。



「ネモ……」



 そんなネモの心境などつゆ知らず、腕の中でフィオネが少し気落ちしたようなトーンで静かにネモを呼ぶ。ネモは、それに視線を向けると、不安げな深い緑がこちらを見あげる。



「人間の血ってどれくらい必要?」



 突然の質問に、目を大きく見開き言葉を失って息を飲む。その瞬間、気が緩んだのかフィオネを抱きしめていた手が緩んだ。途端、フィオネは身をソファーに乗り上げ、ネモの上に乗り出した。フィオネの肩に手を置いて、フィオネを押し倒すと、上から覆いかぶさりながら、ドレスの首元を緩めて晒す。



「さっきもフロウが言ってタ。ネモが人の血を飲めば完全に吸血鬼になれるって、あたし――」


「はい、ストーーーーーップ」


 その間を引き剥がしたのはアドビーだ。そして、ネモの上からフィオネをひょいっと抱き上げたのはカルマである。カルマの力は先程よりも強いのは、手首に着いている鈍色の腕輪のお陰だろう。どうやら、出口に向かうまで使用しなかったネモのスキルを発動させているらしい。



「はいはいはい、ストップ、ストップ!!これ以上は年齢制限あげなくちゃならなくなるからこれ以上はダメだ。それにフィオネ、そのことはネモが決めることだし、先にこのことをシスター・マングロウに伝えるところから始めないといけない」



 カルマの腕の中から抜け出せないフィオネは、アドビーの言葉を、叱られた子犬のように項垂れて聞いていた。フィオネも分かっているのだ。それでも、ネモが大切だった。彼女は16歳で、30まで生きられないというのなら、既に折り返し時点となっている。吸血鬼の力を使うと悪化させるのなら、あと何回使用したら彼女は下位へと落ちてしまうのか。または、使用しなければ長生きできるのか。今までどれくらい使用したのか。ネモは、吸血鬼研究のために、戦闘訓練のために、何度か吸血鬼化を許可している。そのことを知らなかったとはいえ、それが彼女の体を蝕むきっかけになっているのなら、フィオネは彼女が完全に吸血鬼になることを推進めたいと思っていた。


 フロウでも30歳までは意識を保って生きていられると言っていた。それなら、ネモは……。フィオネはそっとアドビーを見上げる。アドビーと同じくらいか、それよりも若いか。16の彼女たちからすると、あと少しなのだろう。足跡をどれくらい残せても、棺桶に片足を既に突っ込んでいるような感覚になる。



「フィオネ」



 呼ばれた声に、フィオネが顔をあげるとネモの綺麗な指先がのびてきた。そして、両頬を包み込むとそっと影が重なった。



「なっ」


「は?」



 柔らかい唇が重なる感触。あったかくて、いい匂いがしてうっとりとしそうになる。ただ重なる唇の温もりにフィオネは少しだけ泣きそうな表情をした。そんな光景を見せられている男ふたりは固まるばかりで何もできない。止めるべきではあるが、その雰囲気に魅入られて止められずにいれば、軽いリップ音を鳴らしながらゆっくりと離れる乙女たち。フィオネの深い緑色が少しだけ濡れているように思える。



「かわい。あのね、フィオネ。私は、あなたと最後までペアでいたい。あなたとずっと隣にいたいと思っているの。だから、どう足掻いても私が教会から抜ける理由を作りたくはないんだよ」



 言い聞かせるような落ち着いた優しい声音。凝り固まった暗い感情が、その声によってゆっくりと溶けていくように思える。フィオネはこくっと素直にネモの言葉に頷いた。



「だからと言って口づけをする必要はないだろう」



 アドビーが不機嫌にそういい募ると、ネモの肩を掴んでフィオネから引きはがす。どうやら、やっと正気に戻ったのか、ふたりを引き剥がしに来たらしい。



「それは同感だな」



 そういって今度はカルマが、フィオネを守る様に抱きしめている腕にしっかりと力を入れていた。その声は少しだけいらだちが見えた。



「アドビー」



 肩を掴むアドビーにネモは目をきらきらとさせた顔を向ける。



「もしかして、嫉妬」


「うっ……違ッ!!!」


「とうとう、私を認めてくれた」


「だぁーーーー!!違う、違う!!!よるな!!引っ付くなぁ!!!」



 ネモは、アドビーに抱き着くと、背伸びしてちゅーっと唇を差し出す。それを必死で抑えて顔をそらそうとするが、悲しいことかな。身体強化持ちのネモにとってはただの成人男性程度の力しかないアドビーはとてつもなく弱かった。そんなふたりのやり取りをみて、フィオネはけらけらと楽しそうに笑うし、その光景を眩しそうにカルマは見つめていた。


 

2章はこれにて終わりです。ここから、2章の設定とおまけを数本ほど用意する予定です。

全て2章の後日談、または回収できなかった話となります。

物語が刺さった方、続きが気になる方、ブックマークや評価をつけていただけますと幸いです。

【作者のぼやき】

別であげている作品の3ページ分くらいを1ページに書き込んでいるので、ページ数に対して、すっかりと10万字を越えました。

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