13.
ネモには分からないが、随分と厳かな音楽が会場を鳴り響かせている。中央のその壇上に、ガタイのよく髭をたっぷりと顎に蓄えたイカつい顔のしている、壮年の男性がゆっくりと現れる。ネモは、その姿を横目に見ながら、そっと連合チームと合流した。そこに集まるのは全員女性だけで構成されていた。
アナスタシアが、ぐるりとメンバーを見たあと人数が2人足りないことに気がつく。
「あら、フィオネちゃんとカルマくんは?」
おっとりとした声で、肩頬に手を当てて誰か知らない?と声をかける。今回の任務では唯一の男がカルマだけなのだから、ここにカルマがいないのは目立つ。そうして、人数を数えるともうひとり足りないと分かる。そうなれば、リーダーのアナスタシアはなぜいないかを確認をとらねばならないのだ。誰もが先ほどフィオネが会場から勢いよく出ていくのを知っているわけではない。知っているものもいるだろうが、その全体を見ている人は少ない。誰が言う?というように隣り合う子たちと目を合わせていた時だ、ネモがスっと手を挙げた。
知るか知らないかと言えばどこにいるかは知らないが、会場を逃げるように走ったフィオネは確認している。その際に、招待客だろう高位吸血鬼に追いかけたのはばっちりと見えていた。そして、それを追いかけるようにカルマが会場をあとにしているのも見ている。伝えるならそれだけで十分だ。
「結構前に、誰かは不明ですが、公爵吸血鬼に追いかけられ、会場を後にしたフィオネを確認してます。その後、そんなフィオネを追いかけるようにカルマも会場を退場しておりました」
ネモが淡々と実際に見た内容を伝えると「そっかぁ」、とまたのんびりおっとりとアナスタシアは返事する。この返事ひとつひとつ、言葉ひとつひとつがあまり締まりがない。だが、他チームに所属しているアナスタシアとの接点はそれほどないにしても、ネモの記憶するアナスタシアは目の前のおっとりとした大人なお姉さんだ。先ほど、トルーマンとばちばちしていたアナスタシアのほうが珍しいくらいである。
そんなアナスタシアは、このようなイレギュラーが起きてもあまり動じていない。むしろ自分のペースを崩すことはなく喋りも変わらない。むしろ、切り替えが早いのが彼女の有能さのひとつだろう。
「時間には帰ってくると思ったのだけれど、未だに戻ってきてなかったのね。場所を把握したいから、リンクルージュ、ごめんなさいだけれど少し耳を貸してもらっていいかしら」
「了解です」
そう言うと、リンクルージュと呼ばれた燃えるような赤い髪の女がそっと目を閉ざす。彼女のスキルは聴覚能力上昇だ。フィオネが思慮言う上昇なら、彼女は聴覚上昇。ただし、スキルを使うときは、不要な雑音までも広いかねなく、必要なものを取捨選択しなくてはならなくなる。そのため、目を閉じて集中するのだ。
そんなリンクルージュが対象を見つけたらしい、そっと瞼を持ち上げると、飛行船の館内図をじっと見つめる。時折耳を傾けながら、場所に区切られているそれに、筆でバツを入れていく。どんどんと船内マップが×で埋まっていく中、会場から随分と離れた客室という名の休憩室が並んでいる場所で手が止まった。リンクルージュがそこを集中的に聞いていた時だ、次第に顔を赤くすると、途端、集中を切るように耳を両手で塞いだ。
「あらどうしたの?見つけたの?」
「あ、あ、あの、あ、あのあの、ああ、はい。ここ、ここに、フィオネとカルマと……あとひとり、カークランド公爵家のクラウド卿がおりました」
そういって慌てて手が止まった箇所を〇で囲む。
「あらそうなの?なんという組み合わせかしら。吸血鬼が一緒なのね。彼らの間で争いは?」
「あ、ああああ、争い?!争い、争い……は、あ、戦闘はしてませんでしたよ?!」
先程からどうもリンクルージュの挙動不審が凄い。「争い」という言葉をどのようにとらえたのか自分の中で意味を確かめるように「戦闘」と言い換えて報告するほどだ。
いったい、その場で何が起きてるのか凄く気になる。ここにいるアナスタシア含めた全員がそう思ったに違いない。
実際は例の、カルマが彼氏宣言をしてクラウドをからかっている最中であり、かつ、フィオネをめぐって三つ巴が勃発しているのだが。それを聞いたとなれば、リンクルージュに根掘り葉掘り聞かせ報告をさせるに違いなかったが、リンクルージュのモットーは、プライバシーにかかわるような任務に不要な内容は報告しないのお陰で、フィオネとカルマとクラウドの争いは報告されることはなかった。
そんなこと預かり知らないネモは気になって仕方がない。何せ、ネモにとって大切な相方であるフィオネのことだからだ。しかも、先程ただならぬ雰囲気で会場を逃げ出しているのだ。男性恐怖症のフィオネにとってあの吸血鬼が鍵なのだろう。怖い思いをしていないか、心配でしかない。
ネモは、リンクルージュが持っているそれをそっと覗きこもうとすれば、その行動に気が付いたリンクルージュが咄嗟に隠すように船内マップを勢いよく折りたたんだ。それはもうマップに虫がとまったから勢いよく潰したような勢いで。危うくネモの手が思いきりサンドイッチするところであった。
「ダメです!これは!!今は!!ダメです!!!」
何を聞いたんだこの人は。ネモよりもいい大人したリンクルージュのはずだが、その必死な形相に流石のネモもいったんは引くしか無かった。しかし、そこまで必死に隠されてしまえば気にならないわけではない。むしろ気になる。ダメだと言われたことをついついしてしまうようなあの背徳感。聞いたらダメだと言われていたらついつい聞いてしまうあれだ。
あとでひっそりとフィオネに確認しようと心の中で決めるが、ネモは鳥頭のためこの任務が始まったあたりで記憶の彼方へとその決意は飛んでいく。
「えぇーっと?まあ、戦闘になっていないのならいいかしら取り敢えず、共有事項を伝えるわね」
そんなリンクルージュの態度にリーダーのアナスタシアも若干引いている。流石にこれ以上は聞いたらいけないと分かるが、その行動は不自然すぎて逆に気になってしまうのだが、ここで話を止めても始まらないとのことで顔を引きしめた。
パーティーが始まり、会場に集まってる人達は、皇帝の有難い挨拶を耳にしている。時折笑い声や頷く声を遠くに聞きながら、ネモたち教会のメンバーは会場の影で円を組む。周りに声が漏れないように、存在を消しながら、声を落とす。
「まずひとつ、この船内に爆弾が数カ所にわたって仕掛けられています」
気を引き締めて、これからの作戦の内容を聞こう。そう思った矢先である。突然のアナスタシアからの爆弾発言に、流石のネモは思考がショートした。数名はそれを既に知っていてのかうんうんと頷いている。どうやら仲間はずれはネモを含めた数名らしい。そこは全員に共有して欲しいものなのだが。
「そして、実は陛下の配下のものたちが秘密裏にいくつか回収してくれています」
皇帝もぐるかァ。ネモはそう天を仰ぐ。
「だけれど、幾つか回収出来てません。理由はいくつかあるんだけれど……今回は吸血鬼戦ではなく対人戦というのを念頭に入れてちょうだい」
一気に雰囲気がガラリと変わった。先ほどまでおっとりまったり爆弾発言も、マイペースに伝えていたアナスタシアの真剣な言葉に、空気が一変した。吸血鬼戦なら問答無用でぶん殴ることは出来るのだが、対人戦となると手加減が必要となる。その手加減がまた難しいのだ。それを知っているがために、アナスタシアの表情も人一倍険しくなる。
メンバーは全員気を引き締めると、小さく浅く頷いて、リーダーであるアナスタシアの次の言葉を待つ。
「元々この日のためにあえて大きくて頑丈な船を用意してると聞いてるの。だから、爆弾数個だけでは簡単に落ちないわ。それに、エンジン部のところなどは、内密に回収しているから重要部分の所には特に置いてないそうよ。だからそこは、安心して欲しい。で、依頼主の皇帝陛下の意見だけれど、敵を炙るのにちょうどいい、だそうよ。まあ、要は、あえて爆弾を爆発させることによって、捕まえる口実を作るという事ね。どうやらあちらは既に敵の人数も把握済みらしいし。私たちは混乱する会場の招待客の安全確保。それに尽きてちょうだい。所謂、八百長ね。
万が一皇帝陛下へと殺意を持ったものが近寄ったら、そいつを捕まえてほしいの。本当は、カルマくんとビビを陛下の傍において、ダブル防御組でガチガチにする予定だったんだけど……ビビひとりで大丈夫?」
「おけまる〜、へーきっしょ。あんな奴の手を借りなくても、うちひとりでじゅーぶんッ」
「そう?頼もしいわね」
アナスタシアがビビと呼ばれた少女の頭を撫でると、派手な化粧と派手なドレスを着たビビは嬉しそうにはにかんだ。
「んで、メサイアは人当たりも良くて賢い子だから、皆を誘導してあげて。暴れそうだったらスキルで抑えてね、会場の参加者を人質にし始めたら私が足元バキバキにしてあげるから、メサイアちゃんとネモちゃんで気絶させてあげて。入口は、配置してる騎士さんがどうにかしてくれるはずよ」
語尾にハートがついてるくらいには、アナスタシアは気楽そうに作戦を述べている。既に、結果が丸わかりの八百長なのだから、仕方もない。まるでこうなるようなシナリオだと言わんばかりに、ほぼ配置も、人員配分も決まっていた。ネモとメサイアと呼ばれた少女のスキルは身体強化だ。そのため、今回の首謀者側だと分かる人物はかたっぱしに死なない程度に潰さなくてはならない。恐らく、ことが起これば現在教会の人間として身動きの取れない人たちも動きだすだろう。更にここには公爵位の吸血鬼たちが全家門でそれぞれ来ているのだ。
何も起こらないわけがない。中位以上、特に高位は力をひけ散らかすような人たちではない。教会と折り合いが悪いだけであって、割と平和主義的なところがあるのも分かる。ネモの接してきた吸血が今のところまともでは無いので、その保証も確証もいまのところはなく、物凄く不安点でしかないが。
会場にいる知り合い以外の吸血鬼の性格をネモは知らない。先程軽く接したヘンリエッタは、こういう事には正義感が働きそうだというのは、ネモの勝手な偏見ではあるが、それでも動いくれそうなだけである。フロウは、ネモが動いてるので動きそうだ。なにせ、シスコンなのだから。それだけでも充分な気もするが、吸血鬼側が今回の件で何も知らされてないわけが無いとも踏んでいる。もしかしたら、手出し不要と言われているかもしれない。
それは実際にことが起きなければ分からないだろう。
「あとね、もうひとつ今回は、技術部が開発してくれたものがあって。まだ試作品だけど試しにって、これ」
そんなネモの思考を断ち切るのはやはりリーダーのアナスタシアだった。アナスタシアはどこから出したのか、小型の小道具。手のひらサイズのものだが、形容しがたいそれは、イヤーカフにも見える。イヤーカフから伸びている細い棒のようなものは、マイクだろうか。最近開発され、今も皇帝陛下の挨拶で使用されているやつだが、手に持ったりスタンドに立てたりするのが仕様だ。
ネモは使用用途がさっぱりなそれを見つめていれば、アナスタシアが目の前で耳にそれを取り付けた。すると、イヤーカフのように本当に耳にかける形ではないか。するとマイク部分が口許に来る。アナスタシアの着用姿を見て、一同も同じように着用すると、見事に耳へとフィットするそれに少し感動をした。
「ここにボタンがあるんだけど。これを押すと」
耳からジジッと砂嵐が1度起きると――
「あーあー、聞こえるかしら」
『あーあー、聞こえるかしら』
直接耳と目の前のアナスタシアの声とか重なって聞こえる。皆が揃ってビックリしたように顔を見合わせた。
「無線を小型化したのですって。従来だと大きかったりするし武器を扱う私たちにとって、手に持って話すのはデメリットでしかなかったけれど、これなら気軽に使用出来るわね。ただ、使用可能範囲はまだ短いそうで、使えてこの会場内のみよ。うまく使用して連携をとってちょうだい」
ボタンから手を離したためか、小型無線機からは声がしなくなった。お陰で、円陣を組んでいるシスターたち全員が、使用方法を理解すれば、アナスタシアの言葉にそれぞれが頷く。
「さて、それじゃぁ、今現状爆弾が置かれている箇所を教えるわね。ここら辺は危ないから近づいたらダメよ」
そう穏やかに言って、彼女が持ってる船内マップを広げて赤いインクで印されてるところを見る。会場に被害が行かないような箇所が数箇所。数で言えば3箇所だ。本当に被害がないところを選んで残しているらしい。
しかし、そのマップを覗き込んだリンクルージュが慌ててとある箇所を指さした。
「待ってください!ここって、今カルマとフィオネが居るところです」
そして、リンクルージュが指をさして、次に先程スキルで2人の行方を記載したマップを広げ並べた。すると、なんという事だろうか。1箇所、綺麗に重なる部分があるではないか。アナスタシアもそれは予想外だったのか、困ったように眉を下げる。
「あら〜」
おっとりと、しかし少し困ったかのように、呑気な言葉を口にしながら片頬を抑え、アナスタシアが首を傾げた時だ――
――ドーン、ドーン、ドゴーン
激しい爆発音と共に船内が大きく揺れた。
――場面が切り替わってフィオネたちのいる廊下
「び、ビックリしたァ〜」
いま、目の前に広がる火の海。それから庇うように全面にカルマが立ち、咄嗟にクラウドが後ろのフィオネを抱きしめている。そして、尻もちを着いてその光景をフィオネが眺めていた。
あまりにもの突然の出来事に心臓がバクバクと早鐘打って煩い。目の前に燃え盛る炎に流石のフィオネも驚きを隠せずにいた。
カルマとクラウドがくだらない押収に、収拾が付けられなかった中、突然爆弾が弾けたのだ。カルマは咄嗟の判断で、全面に立って絶対防御スキルを発動。クラウドも、フィオネに覆いかぶさって守りながら、見えない防御壁をカルマの前に出す。ただただ守られたフィオネは、何も出来なかった。
お陰様で、フィオネは尻もちをついただけで3人揃って見事に無事だ。傷ひとつもない。ただ、目の前に広がる火の海をどう回避したらいいのか分からないでいた。
防御壁が2重で被さって、被害は無いが熱気はある。船内のマップは知らないが、恐らく火の海の向こう側が、向かっていた会場だろう。見事に通行止めとなっており、通れそうにもない。
「これはまた、派手な爆弾仕掛けましたね」
クラウドは目の前の火の海を見つめながら言う。しかも、どさくさに紛れてフィオネを抱きしめている腕を解く気は無いらしく、彼女の背中に回した手にしっかりと力を入れたままだ。
「客室がふたつ分駄目になってるな」
それに気がついたカルマが、フィオネからクラウドをひっぺ剥がすと、今度はカルマがフィオネをひょい、っと抱き上げる。その行動にクラウドはむっと不機嫌な表情になった。
(なにやってんだ、このイケメン共は)
それを虚無の境地でフィオネは受け止めるしかない。あんなに男性恐怖症を拗らせていたと言うのに、爆弾という心臓が飛び出るような衝撃に、その恐怖症も扉と共に吹っ飛んで行ったようだ。今は、カルマの腕の中に幼子宜しくすっぽりと横に納まってる。足が痛くてそれどころではないというのもあるのだ。実際に先程足を挫いていたというのに、いまの衝撃でさらに悪化させている。抱き上げられていると言うのに、足首がじんじんとする痛みで、すでに結構腫れていた。
(また、療養コースかァ〜……アドビーが治してくれるとは言ってもォ、ここ最近連続ジャン)
そんな自分の足を見ながら、はぁ、と肩を落とせば、その間に男ふたりが話を進めていた。
「ここに長居は不要だな。あまりここら辺の空気を吸うのも良くないと言う」
「ああ、会場に戻るのは遠回りだろうが迂回した方がいいだろうあん。むしろ、爆発音は合計3回鳴った。ということは、爆弾は3箇所あったとして、会場が騒ぎにならないわけが無い。次第に速度を落とした飛行船は、着陸するはずだ」
「あの現皇帝陛下がこの騒ぎになるのを予想しなかったというのは有り得ないな、速やかな鎮火作業はするはず。その上で着陸か、それなら会場ではなく出入り口に向かおう。ネモの足も早く治してもらいたい。外では相方の治癒術師が待機してるはずだ」
「それなら私が治そう」
「そう言ってフィオネのおみ足に触れたいだけだろう。このロリコン変態野郎」
「そういうなら、貴様も同じだからな!?」
「俺は19歳で、フィオネと3歳しか変わらん。何も問題は無い」
「私も19歳だ!!」
「そうだったのか、見えなかった」
(過去話のときに、きちんと説明したはずだから嘘だな)
フィオネももう突っ込む気力がないのか、くだらないふたりのやり取りを眺めるしかなかった。しかし、思っている以上にふたりは気が合うらしい。方針が決まった途端には、燃え盛る廊下を背にして、素直に反対へと歩き出した。
フィオネは船内マップは暗記していなかったが、逆にカルマとクラウドは分かるらしい。その足取りには迷いがない。恐らくここでフィオネが歩けたとしても、彼らの歩幅とフィオネの足の長さのリーチでもっと時間がかかっただろう。情けない話だが、フィオネは身長か150行かないのだ。対してふたりは優に180は超えているだろう。その身長差に差がない。しかも、股下がふたり揃ってものすごく長い。コンパスの長さの差を見るとカルマに抱えられていて正解である。
そうして、迂回することによりエンジン部の前を通ろうとした時だ。反対方向から男が複数名現れた。数で言えば5人。あまり人相がいいという顔はしてない。むしろ、パッと見た時の柄が悪いのに、来ている服装が正装で逆に悪目立ちている。
「上手くいくだろうと踏んだことが、上手くことが運んでいないと分かったから主要な場所を狙ったかな」
クラウドが阿呆を見るような哀れんだ目を彼らに向けている。造りもののような綺麗な顔をしたクラウドにそんな視線を向けられてしまえば、流石に男の矜恃というものがあるらしい。カチンときてるのがよくわかる。
カルマは、現状フィオネを抱き抱えているため戦えない。そうなると、クラウドが自ずと前に出た。
「助太刀するか?」
「必要ない。むしろ、君たちは普段から下位を狩って力加減がないだろう。あの5人を撲殺しかねないからね、私が前に出よう。なに、難しいことじゃない」
そう言うと彼の周囲が足元からいっきに光った。それと同時に足元には読解不可能な文字が浮かび上がっている。地下で、フロウとヘルマンが逃げる時と同じような光景ではあるが、あの時フィオネは気絶していたので知らない。
恐らく、魔法を使うための詠唱だろう。むしろフィオネは、昔、クラウドが練習しているのを見たことがあった。その時は、まだ発音もままならず、時折噛んではよく噛んでいたため、それが発動してるのを見た事はなかったが。
今は、一瞬で空気が冷えたと思えば、男5人の足元がぴきぴきと音を立てて凍っていく。カルマの足元にも霜が降りておりフィオネはその寒さでカルマに体を寄せた。
「な、なんだ。これ」
「氷が足に」
「いや、腕にも」
「これじゃあ、動けない」
「うっ……寒い」
男が口々に言いながら、暴れているが体を前後ろに動かすだけで、足を前に出せないらしい。それもそのはずである、しっかりと地面と密着した氷が足を覆って固定させているのだから。
「さぁ、行きましょうか」
そんな男たちを尻目に、クラウドは綺麗な顔で笑う。
「それ、さっき爆発起きた箇所でしたら鎮火できたンでは?」
フィオネがカルマの腕の中でじっとりとクラウドを見ると、クラウドは変わらない笑みを浮かべたまま――
「それをする理由が私にはありませんから」
そのひと言を聞いて、やはりこの人は骨の髄まで吸血鬼なのだとフィオネは納得した。