11.
目の前に現れた男は、肩で息をしていた。どうやら逃げたフィオネを探し回って、入り組んだ船内を駆け回っていたのだろう。折角の眼鏡が熱気でくもっているし、折角着飾っているというのに、随分とあちこちが拠れている。整えた髪型も、解けて少しだけ情けなさを醸し出していた。そんなクラウドをイケメンなのにもったいないと思ってしまうくらいには、フィオネはクラウドが目の前にいても落ち着いた様子を見せている。
「フィオネ、はぁ……、やっと、見つけた」
その声は、記憶の中の声より少し低い。それでも、その声質は何も変わらない。心の奥に蓋した柔らかいそれを無造作に触れてくる。
この人が怖い。
フィオネはカルマの手に力を入れると、半身隠すようにカルマの後ろに入った。
「君があの日、突然消えて、凄く探したんだ……。君はあの後自宅に帰宅してないと聞いた。君の実家の部屋にあったものも何も持たずに出たのだろうと思うと、気が気じゃなかった。道中は危ない。君は可愛いから、変な人に襲われてはいないかとか、途中で行き倒れてないかとか、凄く心配した。だけど、やっと今日、君を見つけた。フィオネ、共に帰ろう」
怜悧な目許が柔らかく緩まる。その声音が甘く誘ってくる。フィオネに向けた感情を全身で惜しみなくさらけ出していた。胸が弾まないわけがない。それでも、同時に触れられた時の熱も思い出す。
「帰るも何も……私は、家を出た身です。帰るつもりもございません、クラウド様に仕えるつもりも、貴方様の愛人になるつもりもないのです」
そんな立場、惨めになってくるだけだ。好きだと叫んだところで、彼の本当の隣に立つ世界にはなれない。クラウドがフィオネに熱をあげているのならその熱を満たし、落ち着いたあたりで、別の女性を宛てがうだろう。それこそ、カークランド公爵家の中にいる同年代の女性は少なくない。ヘンリエッタだってそのひとりだ。人間で言う親戚同士で結婚をして子供を産む。その過程に、フィオネという存在は邪魔でしかない。クラウドの幸せな家庭に、フィオネという異分子は存在してはならない。
それを彼は理解している。だから――
「愛人なんてさせないさ。私は、君以外は要らないのだから」
そう言うと思った。それが狂気でしかなく、恐怖でしかないのだ。フィオネはそれを望んでいない。きっと、離別した両親は、クラウドのこの言葉を聞いたら泡を吹いて倒れるに違いない。クラウドは、カークランド現公爵の中でも長男の子どもであり、現状子どもたちの中でも1番力が強い。だからこそ、両親はクラウドの繁栄は、カークランド家の繁栄に繋がると思っていた。だから繁栄する家に仕える栄光が欲しい。両親がフィオネをそういう風に育てたのもその為である。
クラウドとフィオネにとって、そこが意思の相違に当たる。
フィオネは歯痒い。歯痒いと同時に不愉快になる。クラウドはどれだけフィオネが言っても、結局は、話を聞いてくれないのだから。
フィオネは、好きだからこそクラウドを諦めた。クラウドは好きだからこそフィオネを諦められない。フィオネだって、クラウドと結婚出来たら良かった。彼の子どもが出来るという事実があれば、幼い頃のフィオネは諦める必要はなかったはずなのだから。だが、そんなことは無理だと証明されている。
カルマに半身を隠しながら、過去の自分を振り返る。好きで好きで好きで、たまらなくて、でも、彼のために諦めた。そんな懐かしい初恋にそっと蓋をして、溢れないように隠した。そんな幼い恋心をなかった事にすることで、今のフィオネになった。
フィオネは何を言っても聞かない相手に疲れたのだ。そんな彼に、恐怖に、疲れた。もう、関わらないで欲しかった。己は、吸血鬼に仇なす教会の人間になったのだから。関わらないでほしい。そう、俯きかけた時――
「それに、私と君の間で子どもが出来るかもしれない。そうすれば君が心配するようなことは何もないんだ」
クラウドが突然そんな突拍子もないことを言いのけた。それには流石のフィオネもカチンとくる。過去の行いを全て否定するようなことが起こってたまるかとなる。
「そんなこと……――」
「――有り得るさ」
有り得ないと言おうとした。しかし、その言葉が来るのをわかっていたように、クラウドは真っ直ぐに言い放った。その瞳は真剣で、フィオネはカルマの後ろで一瞬怯む。自然と、カルマと握っていた手を更に強く握ってしまった。フィオネは、どうにかして言葉を紡ごうとしたが、クラウドの次の言葉に、言いたかった言葉を詰まらせた。
「何せ、アルトピウス家の末子であるフロウ殿は、人間と吸血鬼の間に産まれた子どもの子孫なのだから」
「……え……」
――時は遡ってパーティー会場。
休憩用のソファにフロウとネモは腰をかけた。3年前、まだネモとフロウが13歳の頃、ヘルマンのせいでふたりは生き別れた。そして再びヘルマンによってふたりは再会した。
片方は吸血鬼、片方は半吸血鬼として。
しっかりと吸血鬼の色をしたフロウの隣に、半分ずつ吸血鬼色をしているネモが座ると、どれだけ周りに人がいないと言われても、随分と目立つのか控えめな視線が集まる。更には、顔半分が眼帯で隠されているネモだと言っても、やはり造りがフロウと全く同じなのだ。誰がどう見ても、ふたりは血を分けた兄妹と分かる。それ以外ならクローンかドッペルゲンガーの類だ。
「嬉しいな、こうやってネモとお話が出来るだなんて。離れ離れになってしまったとわかった時は生きるか死ぬかの2択しか考えられなかったくらい悲しかったから」
そんな究極な2択をテンションを高くして話すようなものではない。しかも、この男、ネモが隣に座るだけで目をキラキラとさせては、ネモのひとつひとつの仕草に感銘を受けたように表情を緩ませるのだ。会場の女性もそんなフロウの様子に、何人かが眩暈を起こしている始末。吸血鬼はこれだから危険なのだ。
ただ、当のテンションの高いフロウは、始終ネモを甲斐甲斐しく世話するばかりで周りを気に留めない。なにか飲み物はいる?だとか、お腹すいてない?だとか、冷えないかい?と言ってはネモに構いたがり、挙句の果てにネモの肩に自分が着ていた上着を羽織らせる始末。そこまで行くと、本当の血縁者である、ネモの思考回路は、この人はこんな人だったっけ、と過去を遡りたくなるくらいには、フロウの事が少し鬱陶しく感じていた。実際に記憶を遡れば、兄は昔からこんなだった事実があり、むしろ昔の方がもっと甲斐甲斐しかったことに、少しだけ頭を抱えてしまいそうになった。
ネモはフロウからノンアルコールの飲み物を渡されて、チンとグラスを軽く重ねられた。フロウの何が楽しくてそんなことをするのかと、ネモが虚無の境地に陥った時だ。会場の方で人がざわついた。
何があったかは、ネモたちのスペースからは確認がとれないが、騒がしい人たちの視線を辿ることはできる。ネモはそれに視線を向ければ、よく見なれたストロベリーブロンドが白に近い銀髪の男と会場内で追いかけっこをしていた。
「フィオネ!」
ネモは咄嗟にそのストロベリーブロンドがフィオネと判断すると慌てて立ち上がる。何がどうして、高位吸血鬼と追いかけっこをする形になったのか。そんなことよりも、ネモは顔の綺麗な男が苦手なのだ。助けなくては。そう思って足を踏み出そうとした。しかし、駆け出そうとしたがその手をフロウががっちりと捕まえて前へと進ませることはできなかった。それに驚いて、ネモは慌ててフロウを見る。
「大丈夫だよ、ほら」
そう言って顎で示した先には、カルマが会場を出ている場面。どうやらフィオネの後を追ったらしい。フィオネはイケメンが苦手だ。普段は、イケメンのカルマを好きだとかなんだとか公言しているが、それがフリなことくらいは、ネモは知っている。恐らく、薄らだがカルマも気がついている。それを表に出さないのだから、思っている以上にカルマは堅物では無いのかもしれない。
流石にカルマならフィオネの嫌なことはしないだろうと踏んだ。ネモは、心配な気持ちを落ち着かせながら、ストンと腰を落とした。
「うんうん、いい子だね」
そう言って、ネモの頭をなでる。さらには、そのコメカミに口付けを落としてきたので、流石にやりすぎだと彼の口に手を当てる。すると、寂しそうに肩を竦めたフロウは素直にネモから離れた。
「そろそろはぐらかすのはやめて欲しいのだけれど」
「僕からの愛情表現をはぐらかすためにしてると言われるのはかなりショックだよ。昔はあんなに、兄さん兄さん、って追いかけてくれたし、一緒に風呂だって入ってくれたし、寝る時はお休みのちゅーをしてた仲じゃないか」
「言葉の選び方ッ!!!!何年前の話してるの。2人揃ってまだオムツも取れてない時期じゃない」
「あの時のネモも可愛かったなあ。今も、ブレずに天使だし」
そう言って指先でネモの眼帯を上からなぞる。その仕草も顔も妙に色っぽく見せてるので、胡散臭さが凄い。再会するまで、ネモは兄を神聖視していたようだ。兄はこんな人だったかと改めて思うくらいには、最近になってネモのフロウに対する考えが大きく変化していた。
あまり表情の起伏がないネモは、代わりに言葉尻が強くなりがちだ。そして、綺麗な顔に似合わず結構短気である。だからこそのあの大型武器であり、何もかも考えずにぶん殴るスタイルなのだ。
「あまりにも話が進まないなら私は席を立つよ」
フロウから大した話を聞けないと思えば、この時間は無駄だ。吸血鬼になってしまった兄と話すことはあまりない。話したいことも、過去を振り返りたいとも思わない。人間だった兄を大切しているからこそ、吸血鬼になってしまった兄とその時の話をしたいと思っていない。
「ごめん、そういわないでネモ。君と再会できたことが嬉しくてはしゃぎすぎたんだ」
眉を下げて、はにかむ姿は幼い頃からネモをなだめるときにする顔だ。それは何一つ変わりなく、懐かしく感じてしまったネモは、素直にフロウに絆されるのだ。結局、ネモは兄に弱いところがある。持ち上がりかけた腰をソファに戻すと改めて深く座りなおした。フロウが持ってきてくれたノンアルコールの炭酸ジュースを口につければ、高ぶった感情も妙に落ち着いた。そうなれば、自然とフロウと向き合える気がする。3年間、ずっと探していた相手が今隣に座っているというのは、なんとも不思議な感覚だ。それでも、やっと会えたのだ。会えなかった3年間のことも含めて会話をしたっていいではないか。
ネモは、ちらりと隣のフロウを伺った。その横顔は何を考えているか分からない。本日あった時から大して変わらない表情。常に口許には笑みを浮かべている表情だ。彼の感情が穏やかなのか、そうでないのか推し量れない。
「……兄さん」
ネモは、恐る恐ると口を開いた。
「ん?」
そんなネモに対してフロウの声音はとても穏やかだった。
「本当は、もっと会わなかった……会えなかった3年間の話とかしたいけど、それはまたの機会にしよう。……またの機会があるかは分からないけれど……だから、単刀直入にに聞く。私たちはどうしてアルトピウスと名乗れるの」
横にいるフロウをまっすぐにネモの右目がとらえた。フロウがまだ人間だった時、同じ色をしていた、澄んだ青い色。ネモに見える人間の片鱗を懐かしく感じるのか、フロウはその右目に指を伸ばしてその目じりを指先で懐かしそうに撫でる。その表情は駆らず穏やかで、どのように話そうかとどこか考えているような雰囲気だった。だが、彼はネモの兄だ。ネモの地頭の良さはよく理解している。幼い頃からネモは短絡的で、特に考えもせずに真っ先に突っ込むタイプだった。恐らく、成長した今も大きく変わらないだろう。難しい説明は理解できないのを、フロウはよく理解している。
「ネモは頭が良くないからね、率直に伝えるよ。僕たちの父方の祖父がアルトピウス家の先々代だったんだ」
「そう……」
ネモはさほど驚いた様子はない。むしろ予想内といった具合だ。
ネモは、教会に地下での出来事を説明した時、ネモの出自についてかなりきわどいところまで尋ねた。祖父母世代になったとたんに応えられなかったところから、ここら辺がキモだと指していたいたのだろう。だから対して驚きもしなかった上に、やはりそうかと納得した程度。
ただ、そうなると父は人間で、ネモも人間として生まれていることの説明にならない。フロウだって、吸血鬼になる前はしっかりと人間だったのだ。納得していないという顔のネモを見たフロウは苦笑いを浮かべる。そして、顎に手を当てながら――
「そうだね……吸血鬼ってさ、一度好きになった人を盲目的に好きになるんだよ」
そうして始まったのは、祖父の物語。
当時、アルトピウス家には男が3人と女が2人いた。ネモとフロウの祖父はアルトピウス家の3番目だった。上の兄が、アルトピウス家の女性ふたりとそれぞれ恋に落ちて結婚。
「吸血鬼は吸血鬼同士でしか結婚はできない。それは単純に種族を超えて子どもができないから。他種族での結婚はゆるされていないんだ」
だけれど祖父は、領に住んでいるひとりの女性を好きになる。そして、その女性も祖父のことを好きになった。しかし、アルトピウス家からしたらそれは許されないものだった。だから、ネモとフロウの祖父は駆け落ちしたのだ。アルトピウス公国の隣にある王国の港町。
それを聞いたネモは、フロウと一緒に育った港町を思い出した。フロウもそうだったようで、穏やかな笑みを浮かべるとネモの頭を撫でる。同じことを考えているよと言わんばかりに。
「そこで仲睦まじく密やかに暮らしていたんだ。勿論、彼らは認められていなかったが彼らの中ではしっかいと夫婦だったからね、深くつながることだってした。子どもは出来なくても愛し合って快楽を与え合うことは出来るからね。そんな時、祖母に子どもが出来たんだ。それがお父さんさ。ただ、どうしてか生まれてくる子どもは人間だっただけ。だから、僕たちはアルトピウス家のちゃんとした血族だし、なんだったら人間と吸血鬼のクォーターだ。きっかけさえあれば僕たちみたいに吸血鬼になれる。ただ、僕たちの子どもはどうかは分からないけれどね」
あっさりと伝えられた内容に、ネモは感情が追い付いていけなかった。
「人間と吸血鬼の間には子どもは出来ないんじゃないの」
それが本当だとして、そうなると今まで言われていたこの事実が覆されるという話になるではないか。そんなの、この世の中が大きくひっくり返るかもしれない事実を伝えられても嘘だとしか思えない。
「そうだね、そうと言われていた、としか言えないかな。事実、僕もネモもこうやって吸血鬼として存在しているし、僕に至ってはきちんとアルトピウス家の者と認定されるほどの力を持っている。人間は、普段僕たちを見ても、どの爵位かは分からない。けれど、魔法を使うために使用している内包された力の大きさで僕たちはどの立ち位置の人なのか、本能的にわかるんだ。まぁ、訓練された人間なら、吸血鬼を見ただけで爵位が分かるらしいけれどね。勿論、僕は、しっかりとアルトピウス家の人たちと同じだった。そして、ネモ、君も。あの時吸血鬼化したときの力は僕たちと同じものだったよ。恐らく血が薄くなろうとも、内包されたそれはしっかりと受け継がれていくんだろうね。ただ、吸血鬼同士だった場合はその力も混ざって薄くなるらしいけれど、もともとそういう力のない人間との間の子どもは、最初から濃く受け継ぐんだろう」
だから何だというのだ。そんなこと、到底信じられるはずがない。信じられないのだ。今まで言われてきたようなことを覆すような存在。それが、ネモとフロウだという。そうなると、ネモとフロウはこの世界で唯一の人間と吸血鬼の間に生まれた子孫となる。そんな珍獣めいた存在だと言われても、ネモにとってもピンとこなかった。だが、違うとも言えないのだ。この中途半端に宿った吸血鬼の力。普段は生活に支障をきたすこともあって不便だと思っていたが、戦闘においては時折役立つ。使用後の自我の喪失は厄介だが、左目を隠し数時間置けば自分を取り戻す。普通、自我を失った下位吸血鬼はそんなことはあり得ない。
祖父と祖母の悲愛を哀れんだ神様からのプレゼントが、もし父だというのであれば、それはなんとも慈悲深い話なのだろう。
「私たちの出生は分かった。それじゃぁ、なんでフロウは吸血鬼になったのに私はこんなに中途半端なの」
「それは簡単なことだ。君はきちんとしたプロセスを全て踏んでいないからだ」
そう言ってひとつ言葉を区切るように、フロウは一口唇を湿らせる程度に炭酸ジュースを含んだ。
「地下でも言っただろう。人間の血を飲みなさい、って。僕たちが吸血鬼化するには2種類の血が必要になる。まずは同胞の血で吸血鬼の力を目覚めさせる。今回、僕とネモはヘルマン兄上の血で目覚めさせた。そのあとに、人間の血で力を覚醒させる。勿論、人間の血を飲みつくすとかは不要で、コップ一杯で十分だ。ただ、人間にとってコップ一杯分の血はかなりの量だから、与えてくれる人間は複数でも問題ない。ただし、飲んでいる間はその匂いと吸血鬼の本能に飲み込まれて、一瞬だけ下位吸血鬼のようにむさぼってしまいそうになるから、それを実践するときは要注意だけれどもね」
そう言って、グラスを一気に傾けると残りの炭酸ジュースを飲み干した。フロウは、出来ればネモには吸血鬼へとなって欲しいと願っている。だからこそ、こんな話をした。教会にずっと身を置いておいたとしてもいいことはきっとないのだ。人間と吸血鬼の間に生まれた子ども。教会側からしても異端児に違いない。現状、ネモの身に置かれている実情というのは分からないが、きっと教会側も二分化させているのだろうと思っている。だからこそ、ネモを教会側から回収したい。
他にもフロウにとってはネモを手元に置きたい理由はある。その欲望を抱きながら、ネモは彼女の髪に刺さっている簪を忌々しそうに睨みつける。
「なら、なんで父は、ヘルマン卿の血で下位吸血鬼へとなったの」
ネモの零したそのひとことに、フロウは少し悲しそうに影を落とした。
「父は、吸血鬼として寿命だったんだ」
「そんな。お父さんはまだ35歳もいっていなかった!!」
あまりにも衝撃的な内容だったのだろう。ネモはここで立ち上がってフロウに言い返す。しかし、フロウは視線をネモに向けることなく、膝の上で指を組んで視線をそちらに落とす。そして、努めて静かに口を開いた。
吸血鬼は強靭な肉体と強大な力によってその種族は短命だ。それは有名な話である。普通、高位たちも含めて全ての吸血鬼は50手前で予兆が起きる。それは次第に大きくなり、意識を落として完全に化け物と化する。それが下位吸血鬼と言われている。50には誰もが見事な下位吸血鬼へとなるため、その前に同胞の手によって急所を突くのが吸血鬼の世界ではルールとなっているものだ。だが、その内容はいわゆる半端ものではない完全な吸血鬼に当てはまる。
それであれば、完全じゃない、人間と吸血鬼のハーフ、またはクオーターなネモやフラウ、またはその父親はどうなるだろうか。答えは、中途半端な存在であるネモやフロウ、さらにその父親は、下位吸血鬼へ落ちる周期が短くなる。彼女たちの父親もその例に漏れなかった。だから彼らの父親は35手前で既に寿命となって、与えた途端に下位吸血鬼へと落ちた。
「僕たちはきっともっと早い。もしかしたら30行かない時に自我を失うだろう。これが人間であったならば、もっと長生き出来たのかもと思うけれど、既に僕は吸血鬼、キミは半吸血鬼となってしまった。半吸血鬼は吸血鬼よりももっと周期が短いと踏んでいる。僕は、キミにもっと長く生きてほしい。なんなら、僕の伴侶として、僕との子どもを作って欲しい。それだけなんだよ。ネモ」
「……………………は?」
真剣な顔で、何爆弾発言しているんだと言わんばかりに、ネモは顔を顰めた。




