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≪おまけ2≫光の中へ


 意識を戻してから数日。ベッドの上での生活が強いられていた。それもそのはずで、スキルの使い過ぎでまともに立ち上がることも出来なかったのだ。立てば生まれたての小鹿並に震えて上手く立てなかった。基本移動は車椅子で、自力で立てるようになったのもそこから数日である。その間、フィオネと同じ病室でフィオネのベッドと並べて休んだ。フィオネは目を覚ましてからは元気で、普段別々の部屋で暮らしているため、こんなに一緒にいる期間が長いのは始めてだった。そのため、色々と話が出来た。


 そして、この療養期間中にシスター・マングロウへは地下室で何が起きていたのかも報告した。ただ、不明な点やネモ自身も飲み込めない話がいくつかあるため、実際に起きた事実を淡々と説明しただけである。


 その中でも、ネモの正体というのが未だ不明なところはシスター・マングロウも唸るしかなかった。


 ただし、ネモの兄がアルトピウス家の末子であることは間違いがないとのこと。ただし、父親が不明だというところやどこを起点としているかも不明である。吸血鬼は家の概念が大きい。兄弟と言っても肉親が兄弟で親戚の類にあたってもそれはアルトピウスの規定に入るためだ。しかし、ネモもフロウもしっかりと人間の父親と人間の母親から生まれているのは事実だった。


 シスター・マングロウに祖父母の存在を確認されたが、ネモはその存在に会ったことがないと素直に答えるしかできなかった。そうして、ネモの正体という流れは頓挫してしまったのだ。現実、ネモの兄であるフロウはアルトピウス家。ネモは半分吸血鬼ということもあり、あながち間違っていないのだろう。ただ、それを確実にさせるためにはいろいろと材料が足りない状態で、教会側が持っている材料では解明できないということだ。


 シスター・マングロウは頭が痛くなるからこれ以上は考えるのを一度放棄すると伝えられた。今はネモ、フィオネ両名は回復に努めるように命令が下された。まだ先ではあるが、帝国から依頼がきているとのことだ。現皇帝の誕生祭が行われる際の警備にあたる依頼が来ていると伝えられている。それに向けて、体調を戻してほしいとのことだった。その依頼には、他にも数名つける上に他のチームからも数名集められるが、主戦力はやはりネモとフィオネの高火力コンビだとのこと。年に数回あるかないかのチームを超えての任務が待っている。それまでに、心身ともに休まなくてはならない。


 そうしてやっと自力で立って歩くぐらいに回復し、フィオネも完全回復とはいかないが、便底眼鏡を使用する程度に視力回復した辺りで、やっと診療所を退院することができた。



「それじゃァ、退院祝いにぃ、お外でぱーっと遊ボウよ、ネモ」



 それぞれの自室がある寮へと向かっている途中、フィオネはネモの腕を引っ張って提案していた。


 最近まで血が増えなく顔色が悪かったフィオネだが、今では健康的な肌になっている。毎日出されるステーキを肉食獣よろしくかぶりついていたお陰だろう。ただ、それにたどり着くまでにも食事は流動食の健康食が多く、随分と長かったようにも思える。お肉が欲しいと叫ぶくらいには、パン粥は苦痛だったのも笑い話だ。


 そんなフィオネとは診療所を出たらこの休みを利用して買い物に行こうと誘われていた。それはもう、毎晩ずっと。持ってきてもらえるファッション誌を広げながら、この服可愛いや、新作コスメがいいだとかを一人盛り上がっていた様子。それになかなか興味を持てないネモに頬を膨らませたが、そこにアドビーの名前に出すと、少しだけ興味を示すようになったので、ネモの心境が大きく変わっていることにフィオネは満足している。相手がアドビ―であるのはかなり驚きではあるが、教会1美人なネモに好意を持たれて嫌な男はいないと踏んでいた。


 地下でネモとアドビーにどんなやりとりがあったかは、生死を彷徨っていたフィオネには分からないことではあるが、偏愛シスコン野郎になびくよりは、くだを巻く同チームのセクハラおっさんの方がまだましだろう。それに、最近はアドビーは何を思ったのか見舞いへ来るたびに疲れ切っている様子。訓練終わりに自分で修復しているからか生傷は作ったりはしていないが、なにやら新しい訓練をシスター・マングロウと行っているようだった。その中身は知らないが、少なくとも前回の製薬会社研究所地下での出来事は、このチーム全体も含めて大きく何かが動いたようにも思えた。そのひとつが、フィオネの瀕死状態というのもまた、フィオネとしては嬉しくない内容だが、あの時ネモの叫ぶ声も怒声も初めて聞いたかもしれない。


 その叫びは全てフィオネを大切に思っているからこそ出る言葉で、そう思えるとアドビーを意識したところでフィオネには勝てないのだと思えれば、どこか優越感を覚える。


 フィオネは、自室でそんな優越感を覚えながら、オフの日の外出着に着替える。シスター服は基本制服だ。オフの日は規定はなく、基本自由なのでフリルがふんだんに使われたブラウス、これまたパニエの入ったふりふりで、短い丈のスカート。さらされた脚はニーハイソックスで隠し、厚底のパンプスを履く。髪の毛はいつもと違って両サイドで三つ編みを作って厚底眼鏡に合うようなスタイル。そこにさらっと化粧をした。準備を整えて、隣のネモの部屋をノックすれば、彼女もまた私服である。それでも、フィオネほど派手ではない。首まである装飾のないカットシャツに、腰から足首までの長さのあるチェックのロングスカート。足元はシックに黒のパンプス。髪の毛は白と黒のツートンカラーが目立つので、黒を前面に出すようにまとめて、その上でベレー帽を被る。出来るだけ目立たないような恰好。化粧はしていないくせに、清楚でおとなしい見た目のその姿に女であるフィオネですら心をきゅぅっと捕まれる。


 地下で対峙したネモの兄、フロウを思い出せば、確かに彼女はとてつもない美少女だ。吸血鬼は中・上・高と位が上がるほど人類では到達しえないくらいに顔の造りがいい。それはネモもフロウも例に漏れない。だから、ネモは教会内で1番の美人なのだ。フィオネも可愛い部類ではあるが、彼女と並ぶと見劣りする。カルマも王子様と言われるくらいに整っているが、フロウと並べばやはり劣るだろう。それくらいに、吸血鬼は別格に顔の造りがいい。



(なるほど、確かにこれでネモが吸血鬼であると言われれば納得しちゃうかもしれない)



 そんなことをぼんやりと思いながら、その綺麗なネモをぼんやりと見つめてしまう。すると、そんなフィオネの状態にネモはきょとんと首を傾げる。戦闘時はあれだけ豪快だというのに、私生活は思いっきりぽんやりとしている。そのギャップもさることながら、彼女の魅力だろう。



「どうしたの、フィオネ。何かおかしかった?」


「ん~にゃぁ~。ネモが吸血鬼だって言われても納得しちゃうかもなって思っただけェ」



 固まったフィオネにネモが尋ねたので、フィオネは咄嗟に言葉を紡いだ。その言葉にネモは、少しだけ嫌そうに眉を寄せたので、フィオネはいけなかったと自覚した。しかし、出してしまった言葉はひっこめることが出来ない。慌ててネモの手を掴む。



「デモデモ!!ネモはしっかりと人間だよ。あたし、最後までネモがあたしのために怒ってくれて嬉しかったしネ!!それに、そんな意味で言ったんじゃなくて、ネモはそれくらいに顔がものすごくいいってコト。服装はシンプルで、お化粧していないのに、すっごく綺麗に着こなしているからサ!!」


「…………うん、ありがとう」


(あぁ~~~~、あたしのばかばかぁ~~、少しだけネモの美貌を羨ましいって思ったからって言葉をもう少し選べよォ~)



 今、ネモの正体というところは彼女の中でも教会内でも随分とナイーブな内容となっている。柔らかい箇所をつつくような、猫の尻尾を掴むような、そんな危険ゾーンに入っている。フィオネは阿呆なので、それを理解していてもぽろっと口にしてしまうのだ。表情は特に変化はないというのに、少しだけ気落ちしているネモを見てしまうと、フィオネだって罪悪感を持ってしまう。



「そ、それじゃぁ、行こうか!!買い物。教会関係者証は持っているよね」


「うん、問題ないよ」


「よしよーし!それじゃぁ、しゅっぱーつ!!」



 無理やり話題を変えるしかフィオネはネモへと気を回せなかった。ネモの手をしっかりと握って、颯爽と足を踏み出した。寮の外を出ると綺麗な青空が広がっている。寮は、教会支部の中でも奥まったところにある。ここは、ネモやフィオネたちのように派遣された人たちが寝泊まりする一時的なもので、本人たちの荷物は、今着用している下着や私服、制服であるシスター服、教会関係者証くらいだ。他の生活用品や家具は全て支部の支給品である。他の私物は持ち込み式で、基本は揃っているが好みがあれば勝手に持ち込んで良いことになっている。


 なので現状、ネモとフィオネが身に着けているそれらは私物であり、これから教会のお金で買うそれらも私物扱いになる。それらは、購入した後は、皇国にある自宅へ届けるか、ここで預けてもらうかの二択である。ここの支部に来た時には自由に購入した私物は使用できるが、世界各地にある支部は多く、今いるスピア辺境伯領支部に次いつ来るかもわからない。そうなると、必然的に皇国にある自宅へ発送が当たり前になってくる。


 教会の居住区よりも更に奥にある寮から外へ出るには、教会をつっきるしかない。


 ふたりが仲良く手をつないで居住区から神殿につながる渡り廊下を歩いている時だ。


 覚えられない教会関係者の人たちの中でも、見知った教会関係者がいれば、とても目立つ。それが顔好し、人好し、性格好しで人気な異性ならなおさらだろう。



「カ~ル~マ~」



 渡り廊下の反対側。金色の髪がきらびやかに反射している。それは遠目でも、目が悪くたって見つけられる。


 フィオネは、ネモと手を繋いでいない手で大きく手を振ると、それに気が付いたカルマが相棒を伴って近寄ってくれた。どうやら、フィオネにとってはその他教会関係者と溶けこんでいたアドビーは、視力低下時は見分けがつかなかったらしい。ただ、フィオネよりも早く気が付いたらしいネモは、その存在を捉えると繋がった手に少しだけ力が入っていた。



「フィオネ、ネモ。ふたりとも、もう外に出ていいのか」



 先日まで歩いて転ぶだけで簡単に骨折してしまうほどに体が脆くなっていたカルマが、心配そうに二人を見た。



「ばっちり~。眼鏡が必須だけどサ。一応生活に困らないくらいには視力回復したヨ」



 ふふんと胸を張って力強くそう伝えると、カルマは乏しい表情筋がほっとしたように緩んだ。彼も、アドビ―と一緒に見舞いへと来てくれていたが、退院するまで気が気ではなかったのか、やはり相当心配してくれていたようだ。


 あの日、地下から上がってきた両名は意識もなく。ひとりは血の流し過ぎにより、緊急的に診療所へ慌てて連れていかれたのを、間近で見ているだけある。アドビーも数日間落ち込んでいた様子だったと、後ほどカルマから聞いて驚いたくらいだ。そういうカルマだって満身創痍だったと聞いた。フィオネたちの目が覚めた時も、まだ車椅子で生活していたと聞く。それでも今回、重症だったフィオネが相当心配だったのだろう。その表情を安心させたいので、フィオネはいつもの調子で二本の指を立て、にぃっと歯を見せて笑う。



「安心してよネ!あんなことじゃぁ、簡単に死んだりしないんだからサ!!!」



 ただ、このセリフが刺さったのはカルマよりもネモだったらしい。繋がっている手に力が入った。再び失言だったと気が付けば、そろりと隣を見上げる。



「私が絶対にフィオネを死なせない」



 隠していない右目がまっすぐにフィオネを捉える。背景の青空と同じ色をした瞳はとても力強くて、フィオネの心臓が大きく跳ねた。


 心の奥底がむずむずとして、口許が落ち着かなくなった。フィオネは視線が泳ぐと繋がっている手にきゅっと力を入れる。



「そうだな、俺もお前を死なせないように、お前らが怪我した時、いち早く行けるように努力する」



 そういって、大きな手がフィオネの頭でぽんぽんと跳ねる。しみついた煙草の匂いは、真面目なふたりに狂わされた調子を整えてくれるようだった。



「ああ、もう!!!皆過保護すぎ!!!!大丈夫だシ!!それよりこれからお出かけなの!!!!どう?」



 もう半ばやけくそだ。話を無理やり方向転換させるべく、普段見せない私服を男ふたりに披露する。ネモとつないでいた手を放してその場でくるっと一回転。どどんっと胸を張ってはどうだと尋ねる。その一連の動作をカルマもアドビ―も真面目に眺めていた。



「スカート丈が短くはないか」


「ガキ臭い」



 カルマからの真面目な回答。アドビーは論外。ふたりの頬を問答無用に一発ずつ殴りたくなった。そういうことを聞きたいわけではない。お世辞でも可愛いというのを聞きたかったのだ。万年教会にいる男どもはどうしてこうも気の利いたことを言えないのだろうか。フィオネは拗ねたようにふんっとそっぽを向く。



「フィオネらしくてかわいいよ。髪形も、眼鏡に合わせていてとてもお洒落だよね」



 模範解答をくれたのはやはり隣にいる相棒だった。



「さすがあたしのネモ!!!!わかってくれている。ふたりも!!!ちょっとは見習いなさいよネ!!!」



 ビシッと指をさしてそう指摘すれば、男ふたりは複雑な表情をして顔を見合わせていた。


 そんなデリカシーのない男どもは渡り廊下で別れて、ネモとフィオネは再び手をつないで今度こそ街へと繰り出す。大通りでタクシーを捕まえて、繁華街までをお願いする。この街に来てからなかなか観光という観光もまともにできなかった。コンクリートでできた建物もあるが、住宅街は昔ながらの煉瓦造り。道も、コンクリートよりは石畳で出来ているため、ヒールで歩くと足をとられそうになる。そんな石畳の上でも颯爽とピンヒールで歩くのがシスター・マングロウだ。彼女のそれはそもそもが鍛え方が違うのだろう。


 そうして、タクシーから降りた先にはたくさんの人の波。きらきらと太陽の光に照らされて溢れる、命の波。


 それを見て、ネモもフィオネもどうしてか感動を覚えた。男も女も、大人も子どもも、入り乱れるこの繁華街はこの街一番のショッピング街だ。家族が、友達が、カップルが、ひとりで。そこにあるひとりひとりは、この街の人たちでもあり、旅行者もいて、その人たちが思い思いに過ごしている一角は、とても美しいと思ったのだ。そのひとつひとつの表情は明るく、そのひとつひとつを守れたことがこんなにも誇らしく思えるものなのだと、フィオネは初めて感動した。



「生きててよかったでしょ?」



 隣から聞こえた静かな声に、少しだけうつむきそうになるのをこらえ、隣を見上げた――



「人間って素晴らしいよネ」



 言い返すと、ネモは穏やかに目許を緩めた。


 そうだ、吸血鬼みたく能力が劣ったって、吸血鬼みたく丈夫じゃなくたって、人間はその力強い生命力がある。それを守られたことが嬉しく思えるし、この光景は素晴らしく眩しいものだった。今までは、依頼だからとこなしていたものも、死にかけたからこそわかる感動というものがある。


 生と死を彷徨っていたときは、暗闇をただ歩いている漠然とした不安はあった上に、どうとってもいい体験というわけではないが、この感動はきっと、この先も味わえないだろう。きっとここで、「一度死にかけてみるものだネ」なんていえばまた相棒を困らせるのは、阿呆なフィオネでもわかる。なので、これ以上は口にせずに、フィオネはネモの手をつないで雑踏の中へと誘った。

2章の伏線を張っておきます。おまけはまだ続きますので引き続きよろしくお願いします。

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