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ここで会ったが百年目  作者: 茂里ハヱル
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第九話 まだ知らないきみのこと

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第九話 まだ知らないきみのこと

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目を開ければ、ほのかに薄暗い室内は夜明けの近さを感じさせた。

どちらが部屋のベッドを使うかということで、揉めに揉めた昨晩。

どうみても健康体とは程遠い身体に配慮してフェルジャルが使えと指示するトリルに対し、屋敷の主であるトリルがベッドで休むべきであると客人も譲らなかった。


「床で寝るのには慣れているから大丈夫だよ」


「いやいや、そういうわけにはいかないだろ!さすがに、客を床で寝かせて、自分だけベッドで寝れるか!」


「そう言われたら、こちらこそ家主を床で寝かせて、自分だけベッドでは寝にくいよ」


互いに自身の主張を曲げないものだから、結果としてベッドではなく床にささやかながら布を敷いて、二人で雑魚寝をすることになったのだった。

そして目を開ける数刻ほど前、そうっとトリルから部屋を抜け出したことにフェルジャルは気づいていた。

こんな暗いうちから一体どこへ行くというのか。

昨夜の夕食も、滋養強壮を考えてトリルが作ったという薬草臭い食事を食べさせられたので、朝早くからまた手間暇かけて朝食を準備しているという可能性もなくはないだろうが。

床に横たわっていたフェルジャルは身体を起こして大きく伸びをした。

いくら布を敷いたところで固い床だ、快適とは言い難いがそれでも身体に巣食う呪いに比べたら、大した問題ではない。

未だ家主が部屋に戻ってくる気配がないが、自身の身体が身動きとりにくくなる様子もないので、そう遠くへは行っていないはず……とはフェルジャルは考える。

普段からトリルが生活をしている影響で、屋敷自体が呪いや瘴気を寄せつけない場所と化していれば話は別だが。

フェルジャルは立ち上がり、衣服の乱れを軽く整えると、改めて室内を見回した。

そうして本棚に視線を止めると、ゆっくりと近づき、棚にぎっしりと並んだ書物に手をかける。

家主不在の状態で勝手に家の物を触るのは、行儀が良いとはいえないが、フェルジャルは手に取った一冊の本をパラパラと捲り、その内容に目を通した。

フェルジャル自身、瘴気や呪いに関しての察知能力はあるものの、魔力量に関してはちっともだった。

だが、長いこと生きているだけあって、魔法を使えなくともそれなりに知識だけはあった。


「これは、さすがの一言。随分とマニアックな内容のものまで揃っているね」


隙間なく詰められた書物は全て、魔道に関するもの。

店舗部分ではなく、こちらの住居部分……しかも家主の自室であろうこの部屋の棚にわざわざ置かれているあたり、売り物ではなくトリルの私物であろうと推測できた。


「ああ、こっちは『一族』に関する本か」


手にしていた本を元の位置へと戻すと、他の本の背表紙の文字を読んでそんなことをフェルジャルは呟いた。

この屋敷に一人で住まう若き家主へと思いをはせた。

フェルジャル自身、後天性の呪いの問題により変わった容姿をしているが、トリル自身もその容姿に特徴がある。

その耳まで隠れるほどの長さの頭髪は青紫色で、両目に光るのは暗めの赤い……濃紅色の瞳。

私の服とお揃いの色だね、なんて口にしようものならトリルが嫌な顔をしそうだったから、フェルジャルもそれこそ本人には告げなかったが。

トリル本人へ直接指摘はしなかったが、あの髪色と瞳の特徴はおそらく、『一族』特有の生まれつきのものだろうとフェルジャルは踏んでいた。

窓の外に目をやれば、まだ日が昇り切っていない上に、朝もやでかすんでいる。

耳をすませば虫の鳴き声に、小鳥たちのさえずり、そして……

その中に、なにやら人の声が混じっているのを聞き取り、フェルジャルは目を瞬かせた。

少し力を入れただけでミシリと音を立ててしまいそうな床を、そうっと歩きながら、フェルジャルは部屋の扉へ手をかける。

こんな朝早くに、何者か。

トリル邸自体は大通りからもガヤ街からも外れた辺鄙なところに位置しており、辺りには他の屋敷らしきものが全くないのはすでに確認済みだ。

部屋を抜けると警戒を強めながら、息を殺し、フェルジャルは屋敷の外の物音へと注意を払う。

数歩進んだ先の廊下の窓から、身体を隠しつつ外の様子を伺いみれば、そこには一つの人影が見えた。

もやの中に立つその人影を、目を凝らして見つめたフェルジャルは、やがてそれが知り合いだと感づいた。

鳥の世話、には見えないが、庭で何をしているのだろうか。

警戒心をゆるめ、声をかけようとしたフェルジャルはそこで、その人物が……トリルが手にしているものに気づいた。


「あれは……」


フェルジャルの喉が鳴った。

服も着替えて、起き抜けの姿には到底見えないトリルは左手に四角いものを持ち、時折、それに目を通しながら、一人でぶつぶつと何かを口にしている。

先ほどフェルジャルが耳にしたのは、彼が一人で喋っている声だったのだろう。

いや、喋っているというには少し語弊があるか。

はっきりと全ては聞き取れないが、ところどころの単語やフレーズが耳につく。


「呪文の詠唱、か」


ぽつり、とフェルジャルはそうこぼした。

フェルジャル自身も過去に手を出したことがあるので、それが何かはすぐわかった。

魔力には恵まれなかったため、結局才能を発揮することはなかったが、幾度となく口にして練習をしたことがある。

簡易な風魔法の詠唱だ。

よくよく見れば、トリルの足元から数メートル離れた地面に、こんもりと積もった枯草の束が置かれている。

何度も何度も詠唱しているが、その枯草に向かって大きく伸ばされたトリルの右手からは渦巻く風が現れる気配はなかった。


「くそ……!なんで駄目なんだよ!?なんで……なんで、俺には……」


覗き見た位置からは彼の顔までは窺いしれなかったが、その口からもれる悲痛な叫びより、今どんな表情を浮かべている察するに容易かった。


「魔道の家系に生まれたばかりに、ねェ?」


魔力はない、と自ら白状していたが、それでも諦めきれないものがあるのだろう。

フェルジャルの記憶によれば、ヒペリカム領主を支えていた御三家の一つ、『トードリリー家』は数々の腕利きの魔導士を輩出していた家系だ。

三十年前にフェルジャルが呪いの解き方を求めて訪ねた一族でもあり、血筋の特徴として青紫色の頭髪に、濃紅色の瞳、そして生まれつき強大な魔力を持つことが挙げられる。

魔道の技術とその研鑽から、歴代のヒペリカム領主とその治世を助け、中にはゴートウィード国の魔道将軍にまで上り詰めた者もいたという。

以前に訪れた時は、結果として呪いを解く手立ては得られなかったものの、確かにトードリリー家は当時の領主に重用されており、その待遇も厚かったのをフェルジャルは目にしていた。

そんな一族に十中八九、名を連ねているであろうその青年、トリル。

ペンダントを盗られた後に憑いたはずの呪いや瘴気が消えさっていたことや、その特徴ある容姿から早い段階で一族の関係者とフェルジャルは推察していたため、てっきり治療魔法もお手の物で取り扱えるのかと思いきや、だ。


『俺は治療魔法は使えない!』


盗人少年の腕をへし折ろうとした際に、憮然としながら彼がそんなことを言ったものだから、あれにはフェルジャルも驚いた。

一日ほど一緒に行動をしてみて、呪いや瘴気の察知や、解呪に関しては特出した能力を持っていることはわかったが……簡易な風魔法も取り扱うことができないその姿や、領主屋敷に近い街の中でもなく、外れにこうして一人で暮らしているところから、トードリリー家でも彼の立場はあまり芳しいものではなさそうだ。

人目を避けるように早朝、一人で詠唱を行うその姿は、きっと今日だけのものではないのだろう。

しかし、とフェルジャルは考える。

司祭職に就く者たちは皆、領主によって追い出されたため、領内に蔓延る瘴気や湧き出る呪いを祓えていないと言った。

記憶をたどると、トードリリー家はその魔力を活かして司祭職へ進むものもいれば、政治に携わる者、魔導士として軍に所属するものと様々だった。

司祭らが領地から追い払われたとしても、それ以外で領内に残るトードリリーの一族が何も手を打たないことがあるだろうか?

フェルジャルの脳裏に、昨晩、トリルが口にしていた台詞が蘇る。


『領主を代々支えてきた古参の配下たちも、この状況には見切りをつけて別の領地へ移ったり……情勢を正すべく意見すれば、領主の癇に障って一族もろとも排斥、ってね』


あの時の彼の様子からすると、もしかしなくとも、一族もろとも排斥されたというのはトードリリー家のことかもしれない。


「三十年の間に、色々と複雑なことになってるようだなァ?」


ふうと肩を落とすと、フェルジャルはトリルに声をかけることもなく、部屋へと静かに戻ったのだった。











「もう起きてたのか」


ドアを開けば椅子に優雅に腰かけているフェルジャルが目に入り、開口一番、トリルはそう言った。

これに対して、おはよう、と朗らかにフェルジャル。

そしてフェルジャルの視線が自身の手へと向いていることに気づけば、トリルは行儀悪く足を使ってドアを閉め、両手で抱えていた盆を机の中央へと置いた。

目の前に置かれた盆を覗き込んだ後、フェルジャルは向かい側の椅子に腰をおろしたトリルへ首を傾げてみせた。


「朝ご飯?君は本当に食べることが好きだよねェ」


盆の上にはパンがのった皿とミルクが並々注がれたカップが二つずつ。


「俺が食事好きなんじゃなくて、単にアンタが食に興味がなさすぎるんだよ!昨日も俺が言わなきゃ何も食べないで過ごそうとしてたろ!?健康のためにも、三食しっかり食べろ!今日は薬草を使ってないから!」


「え~?」


眉を潜めてそう言うトリルに、フェルジャルはへらへらと笑って返す。

のらりくらりとしたその態度に、トリルの眉間の皺が一層濃くなった。


「……アンタ、食事が面倒なものだと思ってないか?」


客人を真っ直ぐに見据えてズバリそう指摘してやれば、これには図星だったようだ。

貼り付けたような笑いを引っ込め、フェルジャルは黙り込んだ。

そうしてトリルから無言の圧をかけられれば、渋々といった様子でフェルジャルは自身の被り物を脱ぎ、ベッドの上へ置いた。

ボサボサの髪は寝起きだからか、それでも被り物を脱いだ反動か。

前に垂れてきた前髪をうざったそうに手でかき上げながら、フェルジャルは諦めたように口を開いた。


「健康のためって言っても、元の身体がこんな調子じゃ、健康志向どころじゃないだろ。それに、飲食のためにはどうしてもコレを脱がないといけないしね。あとは……」


そこまで言って口を閉ざしたフェルジャル。

強い視線でトリルが話の続きを促せば、観念したように彼は言った。


「あんまり味がわからないんだよ。たぶんこの呪われた身体のせいなんだろうけど。だから、食事に対して、楽しみとかそういう気持ちがちっとも湧かないんだ。活動を維持するために最低限のものを摂取できればいい」


それにあんまり薬臭いものもちょっと、とトリルの視線を避けながら小さく付け加えた。


「味がわからないのは、同情するが……」


と、そこまで口にして青年は思い出す。

そう、裏市でのフェルジャルの突飛な行動をだ。


「それじゃ、昨日の裏市でのアレはどういうことだ?」


フェルジャルを見つめるトリルの眼差しに疑いの色が濃くなる。

脳裏に蘇るのは、裏市にてメーテルから渡された小瓶をあっという間に飲み干してみせたフェルジャルの姿だ。

あろうことか、彼はトリルに渡された分まで奪って飲み干すという暴挙に出たのだ。

トリルの詰問に、フェルジャルは隠すことなくさらりと真実を告げた。


「だって、あの小瓶、確かに『かなり度数が高いお酒』だったようだけど、『それ以外のもの』も混ざっていただろう?こんな見た目のやばそうな奴にわざわざちょっかい出す輩はいないと君も最初に言っていたし、私自身もそう思っていたけど……ヒペリカム領は勇気ある人が多いねェ」


「…………!」


その発言に思わず硬直するトリルへ、フェルジャルはたたみかけた。


「だから、ちょっとばかり、からかってやろうかと思ってね。目の前でいきなり二本飲み干したら、彼女、どんな反応するだろうなって出来心だよ。彼女のいないところで飲むよりも、間近ですぐに飲んだ結果を知れた方が彼女も良かったんじゃない?何も効果がなくて残念だっただろうけどさ。被り物を捲ってこの顔を見せたのは出血大サービスだよ、これ以上、ちょっかい出したくなくなるように、ね」


確かに、あの出来事の後、彼は体調を心配するトリルへこう言い放っていた。

『私の身体、腐ってようが、アルコールが強かろうが、大抵の物は問題なく摂取できるんだ。だから、さっきのアレも平気、平気!』と。

全てわかった上で、それをおくびにも出さず振る舞っていたフェルジャルに、トリルの背筋が冷たくなる。

その害意を嗅ぎ分ける嗅覚といい、敵に回すとこれほど恐ろしい者はいないだろう。


「これでも相応の立ち振る舞いはわきまえているからね。いつもであれば、うら若いお嬢さんへわざわざ、この恐ろしい顔を見せることもしないよ。まぁ、彼女自身、反省はしていなさそうだけど」


残念そうにフェルジャルは首を左右に振り、それからごく自然な動作で椅子を立ち上がろうとした。

そうしてそのまま、目の前の食事から離れていこうとしたが、さすがにそれはトリルが許さなかった。

これまではフェルジャルから力強く掴まれること数回だったが、今度はトリルの番だ。

食事から逃れようとした客人の腕をぐいっと掴むと、彼の身体を椅子へ引き戻した。


「アンタの理由はわかったが、食事ってのは別に食欲を満たすだけのものでもないだろ」


トリルの言葉の意味をはかりかねて目を瞬かせるフェルジャルに、トリルは盆からパンののった皿を手に取る。

それから自身の目の前にそれを置くと、パンを掴み食べやすく一口大にちぎって、口の中に放り込んだ。

フェルジャルが見守る中、もぐもぐとパンを咀嚼し、飲み込んだ後で言う。


「食卓を囲んで同じものを食べながら会話を楽しむ。これも食事の醍醐味だろ」


「…………」


「俺自身、誰かと朝食を一緒に食べるっていうのも久しぶりなんだ。悪いが付き合ってくれよ」


パンを食べるトリルにそう言われれば、ふうとフェルジャルは溜め息を吐いた。

まるで彼の中で張り詰めていた糸が切れたかのように。

そして、被り物に続いて自身の手袋も外すと、トリルに倣って皿へと手を伸ばした。


「……そこまで言われて断るのも野暮だよね。仕方ない、ご一緒させてもらおうか」


フェルジャルがそう言えば、満足そうにトリルは頷く。


「安心しろ、変なもんはいれてないから」


にやりと笑って冗談のつもりで口にした台詞だったが、これにフェルジャルがパンを一口大にちぎりながらしれっと返す。


「そんじょそこらの毒なら摂取しても平気だから、その心配はしていない」


「おい!さすがに俺も毒は盛らねぇぞ!?ていうか、すごいな、その体質!?」


口の中にあったパンが叫び声と共に危うく飛び出しそうになったのを、手で押さえて耐えたトリル。

フェルジャルのことを知れば知るほど、とんでもない怪物を拾ってしまった気がしてならなかった。

そんな家主の心のうちは全く知らず、いや気にも留めずに、フェルジャルはパンを片手に用意された朝食を眺めた。

皿の上には、パンの他に数種類の生野菜。

匂いの強い薬草の類がないのは幸いだったが、この二日ほどを通してみて、毎度健康に配慮した食事にフェルジャルも感心する。

トリルいわく、家の裏に小さいながら菜園をかまえており、そこで先ほど摘んできたばかりだという。


「ニワトリも飼っているから鶏肉に卵も事欠かないし、君のところは食べ物には困らなさそうだねェ」


「まぁ、一人で食っていく分にはあまり不便していないかな。このパンとミルクはさすがに市場で買ってきた奴だけど」


カップに口をつけ、ごくりとミルクを飲みほしたところで、トリルは話を切り出した。


「それで、今日のことなんだが……ん?どうかしたのか?」


食事から視線を外し、何やら部屋の虚空を見つめるフェルジャル。

その様子に、トリルが不思議そうに問えば、フェルジャルの口が小さく素早く動いた。


「……お客さんかな?足音が聞こえる」


「え?」


トリルがきょとんとしていれば、次の瞬間、ガンガンと乱暴に玄関のドアを叩く音が邸内に響いたのだった。




2023/07/09

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