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ここで会ったが百年目  作者: 茂里ハヱル
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第八話 大切な幼馴染

彼女はよく、たくさんの子どもたちに囲まれていた。

いや、子どもだけでなく、老若男女、誰からも慕われていて、いつも人々の中心にいた。

誰とだって仲良くなり、常に笑顔で、相手を気づかい、励まし、そして一緒に笑う。

自身の生まれを鼻にかけることもなく、領主の家に生まれたからこそ、領民の幸せのためにと勉学に励み、日々自己研鑽に努めていた。

俺にも幼馴染と呼べるような奴は、何人かいたけれど、彼女もそのうちの一人だった。

家の事情で早いうちから一人で生計立てていかなくてはいけなかった俺だけど、それでも頑張れたのは何かと気にかけてくれた彼女の存在が大きかった。

良い顧客を紹介してくれたり、調子はどう?なんて店に顔を出してくれたり。

それも俺が気負わずに済む程度に加減をしてくれて、嗚呼、本当に彼女は優秀な人なんだとしみじみ感じた。

オリーブ色の長い髪に、領地を歩いてまわるものだから侍女たちに嘆かれるほど日に焼けた肌で、傾国の美女というほどではなかったものの、その愛嬌がある笑顔で人々を惹きつけ、いつの間にか相手の懐にすっぽりと入り込んでしまうのだ。


==========

第八話 大切な幼馴染

==========


髪を風にたなびかせ、今年の作物の出来を確認する彼女は、田畑の服が汚れることも厭わず、にこにこと楽しそうに領民と会話を交わしていて、その姿はとても眩しかった。

彼女のような人間を、人たらしというのだろう。

ほのぼのとしたその光景は、見ているこちらの胸の内までと温かくなり、いつまでだって眺めていられそうだった。

彼女が、伝承にある魔王を封じた光の聖女メイの生まれ変わりと言われても、きっとヒペリカム領民は皆すんなりと信じてしまうに違いない。

実際、光魔法を操る彼女は、暇を見つけては教会の作業に従事し、司祭らと共に怪我人の治療や看病に熱心に取り組んでいた。


「本当に親子とは信じられないよな。亡くなった奥様の方に似たんだろうと専らの噂だよ」


領主の耳に入れば手打ちにでもされかねない発言だが、おそらく多くの領民が感じているであろうことを、これまた幼馴染のうちの一人が口にした。


「誰かに聞かれたらどうするんだ、言葉に気をつけろ」


田畑にいる彼女を、離れの木陰から遠巻きに眺めていた俺が、隣の友人を小さな声で叱責すれば、ソイツは言った。


「そうも言いたくはなるだろ。あれだけ優秀で人望のある娘がいるのに、当代領主の出来の悪さときたら、だ。先代領主から当代に変わって、領地を出て行った奴がどれだけいると思う?」


目にかかる金色の髪を苛立ったようにかきあげる幼馴染のダチュラを俺はなだめた。

この話になると、長くなるのがいつものことだったし、屋外の誰が耳にするかわからない場所でする話ではなかったからだ。

それにコイツ自身の立場もある。


「そんなことを言っていると周囲に聞かれたら、困るのはお前の親父さんだろ?領主家の家臣筆頭なんだから」


「ふん。家臣筆頭なんて、なるべくしてなったものでもないだろ。元々、領主家を支えていた御三家の立場は対等だったのに。消去法でうちが残っただけだ」


空は気持ちよいくらい青空が広がっているというのに、ダチュラの気持ちは晴れないようだ。

背もたれにしていた大木の幹をドンと拳で叩いた。

その衝撃で、ひらひらと数枚の葉が地面へと落ちていく。


「うちのトランペット家は代々武人を輩出している家系だから、肉体労働以外は不得手だ。頭脳派のアダンソン家、魔導を司るトードリリー家があってこそなんだよ。だがアダンソン家の奴らときたら、当代領主に早々に見切りをつけて逃げ出す始末だ。それにトードリリー家は……!」


そこまでつらつらと文句を述べたところで、ダチュラはハッとしたように口を噤んだ。

幼少の頃からの付き合いだが、未だに変わらないコイツの欠点は、後先考えない衝動性だ。

バツの悪そうな表情を浮かべるダチュラに対して、俺は肩をすくめた。


「しょうがないだろ。トードリリー家は死に絶えたんだ」


「悪い……」


「まぁ、事実だからな」


詫びをいれてくるダチュラへ、俺は何も気にしていない体を貫いた。

直情的なところもあるが、悪い奴ではないのだ。

現に、我が家が没落した後も、変わらずに接してくれている。

領民によっては、同情を向けられたり、蔑まれたり、腫れ物のように扱われたりするところを、幼馴染たちは一緒に野原を日がな駆けまわっていたあの頃と変わらない態度でいてくれるのが本当にありがたかった。

俺はダチュラから、離れで未だに領民と歓談している彼女の姿へと視線を戻すと、でも、と少しだけ反論することにした。


「逃げ出したとは言うが、アダンソン家の中でもアイツは違うだろ。確かに、今は領地を出て王都にいるが……」


「ああ、カランコエのことか。わかってるよ、アイツはそんな奴じゃないって。そもそも、あの脳みそ筋肉野郎がアダンソン家出身だなんて、生まれる家を間違えたに違いないと俺は信じてるね」


トランペット家に生まれれば良かったのに、と呟いたところで、ダチュラはその端正な顔を少し歪めて自身の言葉を訂正した。


「でも、うちの出でも駄目だな。あの領主様は、やっぱり結婚を許さないだろう」


どこか自嘲気味にそう言うダチュラの視線も、彼女の方を向いていた。

ダチュラの言い分もわかるが、誰が相手だって、当代領主が素直に娘の結婚相手として認めるわけがなさそうだった。

娘が優秀なことにも加え、早くに亡くなった妻の忘れ形見とくれば、その溺愛っぷりはヒペリカム領全土に知れ渡っている話だ。


「王都の騎士団ってどんな感じなんだろうな。きっと人数も多いだろうし、出世っていっても、どれだけ時間がかかるんだろうか」


そう言って自分の知らぬ世界に想像を巡らせていれば、ダチュラが隣で難しい顔をしていた。

その表情から推察するに、そう簡単なことではないのだろう。

王都の騎士団へ入団したもう一人の幼馴染に、木陰の下で二人して思いを馳せた。

夏はとうに過ぎたというのに、日中はまだうだるような暑さが残っており、木陰だといくらかは涼しく過ごすことができた。

名をあげて必ずまたヒペリカム領へ戻ってくると、力強く宣言していたアダンソン家出身のこれまた幼馴染は、約束を違えるような男ではないのをよく知っている。

ましてや、最愛の女性のためとくれば、もうがむしゃらに、ことをやり遂げるに違いなかった。

しかし、彼女も今年でもう十七歳になる。

いつになるかわからないものを首を長くしてヒペリカムの領地で待っているよりは……


「彼女自身が父親を説得した方が早い気もするけどな」


俺がそうぼやけば、これにダチュラが首を横に振った。


「それじゃ駄目だ。アダンソン家が領地から逃げ出してしまった手前、カランは領主様だけでなく、領民からも信用を勝ちとらないといけない。何てったって、彼女の旦那となる男は、次期領主として見られるんだぞ?単に父親を説得して結婚しても、ヒペリカムを見捨てたアダンソン家が今更戻ってきて財産目当てで娘をそそのかしたとでも言われるだけだ。領民たちがついてこない」


ネガティブな話をする幼馴染の顔を、じとりとねめつけるように見れば、ダチュラは顔を伏せ、がしがしと乱雑にその頭を掻きむしった。

そして、ふうっと溜息を一つ吐いて顔をあげると、俺を睨み返した。


「王都で相応の立場をもぎ取ってくれば、その努力と根性に文句をいう奴はいないさ。愛する彼女のために、なんて言えば、ますます美談になる。ここまで言わなきゃわからないか?」


「いや、ありがとう。よくわかった」


俺はダチュラの説明に、素直に礼を述べた。

本人いわく「俺は肉体派のトランペット家出身だから」とはいうものの、なかなか頭が切れる男だと思う。

そしてこの男、領地の年頃の少女たちを夢中にさせるほどには顔が良いので、そこがまた憎たらしい。

まぁ、ダチュラ自身は、そんな黄色い声をあげてまとわりついてくる女たちは歯牙にもかけないのだが。

コイツが見ている女性は、いつだって一人だけだ。

こちらに向かって遠くから手を振る彼女の姿が目に留まれば、やれやれとダチュラは足元に置いていた荷物に手を伸ばした。


「まぁ、王都の騎士団には劣るが、これでもヒペリカム領シナノお嬢様付きの騎士、ダチュラ様だからな。カランが戻ってくるまでは、お嬢様によりつく悪い虫は俺が退治しといてやる」


そうして、荷物を片手で軽々抱えると、彼女に向かって歩きだしたダチュラ。

去り際、お前も悪い虫にならないようにな、なんてことを意地悪く言い残していくあたり、本当に性格が悪い。

馬鹿言ってないで早く彼女の下へ行けよ、と俺はその尻に蹴りを入れたが、さすが騎士様は尻まで鍛え方が違うらしく、びくともしなかった。

そのまま遠巻きにダチュラが歩いていくのを眺めていれば、彼女と合流したところで、二人して何か話をしながらこちらを向いていることに気づいた。

おそらく、彼女を待っている間、俺と一緒に世間話に花を咲かせていただの教えたのだろう。

彼女がもう一度こちらに向かって大きく手を振ったのが見えたので、俺も手を振り返した。

距離があるのではっきりとは見えないが、彼女はいつもの愛らしい笑顔を浮かべているのだろうと思う。

それから、彼女がダチュラを連れ、屋敷への帰路につく後姿を、木陰の下で一人見送った。

ダチュラの奴、気づいているだろうか?

当代領主への愚痴はうるさいものの、彼女に接する時のアイツの顔がとても優しいことに。

人を牽制するよりまず、アイツ自身が悪い虫だと、俺は一人で笑った。


「大丈夫、きっとうまくいくさ」


誰に聞かせるわけでもなく、そんなことを独り言ちる。

まるで自分自身へ言い聞かせるように。

大丈夫、と言う俺には何一つだって根拠はなかった。

根拠がなくとも、彼女たちにはきっと明るい未来が待っているはずと信じていたから。











その日は、風がやけに強い日だったことを覚えている。

雨こそは降り出さなかったものの、空は厚い雲に覆われて、地表をごうごうと強い風が吹いていた。

大の大人が荷物を抱えて歩くのだけも、かなり手間取るほどに酷い風だった。

外出には到底適さない天候であったが、籠の口に布をかぶせて、周囲を紐でしっかりと結って籠の中身が出ないように対策をすると、それを背負って通りを駆けていた。

数日前から、街外れの教会に『彼女』がこもっていると聞き、居てもたっても居られなかったのだ。

髪も衣服もボサボサになりながら、でも背に担いだ籠だけは飛ばされないようにしっかりと握りしめ、俺がそこに到着したのは、昼過ぎのことだった。

歓迎されないのは百も承知だった。

やれ呪われた子だ、忌み子が何をしに来た、だなんて冷ややかな視線と陰口を全身に受けたが、全て無視する。

そんなのいつものことだったから。

聖職者だなんて名ばかりで、魔力を持たない者に対しての差別的な眼差しを隠そうともしない司祭たちには反吐が出そうだ。

ヒペリカムの司祭だけなんだろうか、どこの司祭もこんな奴らばかりなのだろうか。

いや、彼らは魔力を持たない者を蔑むというより、『魔道の名家で一人だけ魔力を持って生まれなかった俺』を忌み嫌っているのか。

そして、そんな俺だけが、一族で一人生き残ってしまったから。

文句をつけてくる司祭たちを止めてくれたのは、ダチュラだった。

若くともさすがは騎士だけあって、まだ何か言い足りなさそうな司祭たちもダチュラのその貫禄と圧により大人しくなった。


「……二階の部屋にいる。感染を避けるためにも、手短にな」


ありがたい友人のその言葉に、俺はずかずかと教会の中に上がり込んだ。

階段を上がり、複数ある部屋の扉を順番に開けていけば、幸運なことに二回目で彼女を見つけることができた。


「……トリル?」


部屋に置かれたベッドに横たわる幼い女の子の手を握っていた彼女は、籠を背負って現れた俺に、目を丸くして驚いていた。

その顔色がだいぶ冴えないように見えるのは、天気のせいで室内も薄暗いからってわけじゃなさそうだった。

俺は籠を背から降ろし、その荷をほどいて中身を彼女に見せた。


「気休めにしかならないだろうけど、薬草をもってきた。良かったら使ってくれ。病状がわからなかったため、様々な種類の物をありったけ詰めてきたんだ。それぞれにメモもつけているし、君なら使い方もわかるだろ」


ベッドの上の少女の顔色は土色に近くなっていた。

病に倒れたというその少女は数日前に教会に運ばれ、彼女を含め司祭たちより手を尽くされていると聞いている。

治療魔法でも症状が改善しないところを、薬草でどうにかできるものかと、ここの司祭たちであればすげなく切り捨てるだろう。

しかし、彼女は俺の気持ちを汲んだのか、柔らかな微笑みを浮かべて頭を下げた。


「助かるわ」


それから、あなたに病がうつったら大変だから、と早々に部屋を出されてしまった俺。

閉めた部屋の扉の外から、もう一度声をかけた。


「籠の中には、弁当も入ってる。その調子だと看病で飯もまともに食べてないんじゃないか?看病する側が倒れたら、元も子もないからな!」


「あなたって人は……ふふふ、トリル、本当にありがとう」


呆れたように笑う彼女からのその返事を扉越しに聞いた後、俺は教会を後にした。

弁当には、うちの畑でとれた新鮮な野菜と、ダチュラが先日弓で仕留めて燻製にしてくれた鴨肉と……他にも彼女の大好物をふんだんに盛り込んだ。

それを食べれば、きっとすぐに疲れも吹っ飛んで、また元気な姿を見られると俺は信じていたんだ。

だから、その壁越の会話が、彼女と交わした最後の言葉になるなんて思いもしなかったんだ。

その数日後、教会で治療を受けていた少女が残念ながら亡くなったという話が耳に飛び込んできた時、すでに彼女も病に倒れていただなんて、俺は知りもしなかったんだ。




2023/07/08

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