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ここで会ったが百年目  作者: 茂里ハヱル
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第四話 出かける準備は出来たかい?

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第四話 出かける準備は出来たかい?

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フェルジャルは身支度を整えると、小部屋の戸に手をかけた。

薄暗い廊下は少し埃っぽく、壁際には乱雑に古めかしい本が積まれ、その合間には何がモチーフなのか見当もつかない置物も。

店舗部分もそうだが、総じてごちゃごちゃと物に溢れている。

てっきり店側にいるのかと思いきや、そこにトリルの姿はなかった。


「どこへ行ったのかな?」


こっちの部屋だろうか、はたまたこちらか?

キョロキョロと建物内を勝手に覗いてまわってわかったが、中はそう広くない。

その上、どの部屋もほとんど物置と化している。

ほかの部屋にベッドらしきものが一つも見当たらなかったので、どうやらフェルジャルが寝かされていた小部屋はトリルの寝室でもあったようだ。


「私がベッドを占領しちゃってたからなァ。彼、昨日の夜はどこで寝たんだろう?それにしても、まだ若いようだが、一人暮らし?ほかに家族らしき人の気配もないし……」


そんな独り言を口にしながら、フェルジャルは先に部屋を出たはずのトリルを探す。

ふと傍らにあった窓の外に目を向ければ、人影が視界の端に映った。


「見つけた!」


古びた窓は留め具がイカれ気味らしい。

勢いあまって壊さないよう加減しつつ、不協和音をさせながらなんとか窓を開けば、音に気づいたトリルがビクリと肩を揺らして振り返った。


「びっくりした……!おい!うちの窓を壊すなよ……?」


「今のところはまだ壊してないよ。外出準備が整ったから声掛けようと探していたんだ」


窓から大きく身を乗り出してトリルへそう告げたところで、フェルジャルは彼が立っていた場所に気づく。

家の裏手にあたるのだろう、あたりを木々が囲む中、そこには木造の少々不格好な小屋があった。

高さはトリルの身長と同じくらいだろう。

正面には目の細かい格子がつけられ、中の様子がよく見えるその小屋。

フェルジャルの登場に驚いたのか、小屋の中にいた鳥たちがけたたましく騒ぎ始めた。

バサバサと羽根を広げ、鳴き喚く鳥たちに、フェルジャルは目をぱちくりとさせた。


「へぇ、鳥を飼ってるんだね?」


「ああ、ハトと、それにニワトリも」


小屋の上部には鳥たちの止まり木として、木の棒が数本、突っ張ってあり、数羽のハトがこれに止まって、フェルジャルの方を見ている。

そして、小屋の下部では、我が縄張りとばかりにニワトリたちが幅をきかせていた。

小屋の隅に置かれた藁を敷き詰めた木箱の中には、卵が見えたので、ハトはともかくニワトリは卵の採取用として飼っているのだろう。


「出かける前に、鳥たちに餌をやらなきゃと思い出したんだ」


そういうトリルの足元には、餌であろう粉末が、こぼしてしまったのかボロボロと散らばっていた。

と、そこで彼は自身の衣服にも飛んでいる粉末を手で叩きながら、身支度をすっかり終え出かける準備万端のフェルジャルを一瞥した。


「どっかの鳥と違って、うちの子たちは、好き嫌いもせずにいい子ばかりだからな」


どこか含みがあるその言葉に、フェルジャルは窓から乗り出していた身を少し引っ込めた。

そして、ちょっとバツが悪そうに、被り物の上から自身の頬を指で掻く。


「それって暗に私のことを言ってる?別に、好き嫌いをしているわけじゃないんだけどなァ」


フェルジャルが、看病用にとトリルが作った食事へほとんど手をつけなかったので根に持っているようだ。

トリルが少年からの呼び声とノック音で玄関に向かった後、言い残して行ったからにはと一度は鍋へ手を伸ばしたフェルジャル。

しかし、フェルジャルの利きが悪い鼻でもわかるほど、独特な匂いを漂わせる鍋だった。

まずは蓋を触った時点で拍子抜けした。

てっきり熱いのかと思いきや、蓋の表面は全く熱くなっていない。

首を傾げながら蓋を持ち上げてみたら、そこには細かく切り刻まれた葉物や根菜、豆類の冷たい汁物が入っていた。

見た目はそこまで悪くはなかったが、一緒に薬草が盛り込んであるのか、いかんせん香りが強烈で、すぐに蓋を閉じて見なかったふりをするとフェルジャルは青年の後を追いかけることにしたのだった。

そして、少年タイムとの騒動に続いたわけである。


「健康を保つには、まず身体の中から、だ!」


そう憤るトリルをみるに、嫌がらせではなく、心の底からフェルジャルの身体のためを思って作ったようではあった。

依然としてブツブツ非難を口にするトリルをなんとか宥めすかせると、フェルジャルは早く少年の行方を追おうと、彼の腕を引っ張って、トリル邸を後にしたのだった。











時刻は、午後のティータイムを回った頃、太陽もピーク時から、徐々に傾き始めていた。

もたもたしているとあっという間に日が落ちてしまうだろう。

地元民のトリルによると、その少年が属するグループの根城となっている廃墟が街外れにあるとのことだった。


「まぁ、あの手のものを買い取るところなんて、このあたりじゃ知れたもんだ。念のため、先にガヤ街の裏市にも顔だして行くか」


ヒペリカム領の北東に領主の屋敷はじめ、上流階級の集まる居住区がある。

そこから区をいくつか挟んだ領の南西部に下級層からなる集落があり、通称ガヤ街と呼ばれていた。

ガヤ街の裏市というのは、入手が正規のルートではなかったり、曰く付きであったり、とにかく通常の市場で大手を振って売りに出せないものが集まる市場だという。

トリルの説明に、フェルジャルは大きく頷いた。


「ああ、うちの地方では、そういうの闇市って言ってるな。こっちでは、裏市っていうのか。どこも似たようなものがあるんだね」


ちょうど目的の廃墟に行く途中にその裏市があるとのことで、トリル邸から逃げ出した少年が廃墟に戻る前にそのまま裏市に立ち寄ってペンダントを売り飛ばしている可能性もある。

市では青年の顔もある程度はきくというから、二人は裏市へ盗品が流出していないかを先に確認してから廃墟へ向かうこととなった。

道案内役のトリルの後ろを歩きながら、ヒペリカムの街並みを観察するフェルジャル。

上流階級の居住区に近い大通りを現在通過しているはずなのだが、通りには店らしきものが立ち並んではいるものの、まだ日も明るいというのに、営業している店が少ない。

すれ違う人の姿も、そもそも通りを歩く者がほとんどなく、野良猫や野良犬、野鳥さえも見かけない。

あちらこちらで自生する草木も手入れがされずに、カラカラと干からびたまま好き放題伸びっぱなし。 

ゴートウィード国内でも特に大きい領地とはいうわけでもないが、それにしても大通りでこの有様とは、随分と活気がなく寂れた街だなとフェルジャルは思う。

そしてあたりに漂うこの気持ち悪い空気は……

ふぅん?とフェルジャルは、意味ありげに首を捻った。


「こっちの通りは人出が少ないから問題ないが、ガヤ街はそれなりに賑わってるからな。その被り物は些か悪目立ちすぎるかもしれない」


前方を歩いていたトリルがそう指摘すれば、フェルジャルは即座に首を振った。


「これがない方が注目を集めちゃって大変だ。君がヒペリカムの街を阿鼻叫喚地獄にしたいってのなら話は別だけど。国に戻れば別の被り物もあるんだけどね。生憎、今回はこれしか持ってきてない」


君はハトの方がお好みだったかな、と軽口を叩くフェルジャルへ、トリルは歩調を並べるとその背中を無言で叩いた。


「酷いなぁ?君はハトやニワトリには優しいのに……カラスにも優しくしてほしいもんだ」


「十分すぎるほど、優しくしてるだろ!」


聞けば、オウムにタカ、フクロウと……被り物といっても鳥を模したものばかり所有しているらしい。

スカーフを頭から被って頭から首を隠し、正面は仮面をつけるようなシンプルなものじゃ駄目なのだろうか。

何故そんな変てこな被り物ばかり、とトリルが理解に苦しんでいれば、彼の胸中を読んだようにフェルジャルが説明した。


「そりゃ、被り物をせずに包帯をぐるぐる巻いて顔を隠してみたこともあったけどさ。心配してくれるのは有難いんだけど、その怪我は大丈夫か、どうしたのかって行く先々で声をかけられるの、面倒なんだよ。こういうのだと、大体の人間は『やべぇ奴が来た』って私に近づきもしないからさ。衛兵や門番に途中で止められることは、ままあるけどね」


「確かに、その言い分はわからないでもないが……」


渋い表情を浮かべるトリルへ、フェルジャルは話を続けた。


「これだと私の視線もわかりにくいだろ。起きてるか寝ているかも見た目じゃ判断つかないから、座って寝てても、勝手に相手への牽制になる」


旅をしていれば色んなことがあるから用心しておくに限る、と語るその旅人は、きっとこれまで様々な経験を重ねてきたのだろう。

だから、とフェルジャル。


「変な被り物したやばそうな奴を襲撃して、ついでに盗みまで働くなんて、あの少年とその一派は考えが足りていないのか、それとも余程の理由があったのか……」


「…………」


フェルジャルの唱えた疑問はもっともであった。

その点に関しては、トリルも首を捻る。

少年が属するのは、確かに少々の悪さも厭わないやんちゃなグループだが、一応は彼らを取りまとめるリーダーがいる。

リーダーの意向もあって、一般人に盗みや乱暴を働くような真似はこれまでなかったはずだ。

何か趣旨替えでもしたのだろうか。

フェルジャルが語るに、船を降りた後、目の前の林の中から現れた覆面の集団と、フェルジャルと同じ船に乗っていたらしい青年たちに前も後ろも取り囲まれて襲われたという。

覆面集団とカラスの被り物のフェルジャルが対峙している姿は、ちょっと想像してみただけでも衝撃が強すぎる……というか、危ない光景だった。

トリルが瞼に浮かんだ光景にげんなりとしていれば、フェルジャルは回想を続けた。


「他の乗客は……というか、私以外に乗っていた乗客が皆、一派の仲間だったようだよ。あの少年も船で一緒だったんだけど、覆面をしていなかったから顔をよく覚えていたんだ」


「そういえば、襲われたっていうわりには、呪詛によるもの以外の怪我等はなかったようだが……」


それはフェルジャルの身体を運ぶ際に確認済みだった。

不思議そうにトリルがそう訊ねれば、フェルジャルは大したことなさそうに言った。


「集団とはいえ、その腕前は雑魚みたいなものだったからね。ただ、仲間に弓使いがいたのか、集団相手に大立ち回りしていたら、離れから嫌がらせのようにこちらへ矢を放ってくるから厄介だった。その時、ペンダントの鎖に運悪く矢が掠めて……鎖が切れて飛んじゃったんだ。そこをあのすばしっこいチビっ子に横からかっさらわれたんだよ」


「矢が……?」


それを聞いたトリルが、ギョッと目を見張った。

フェルジャルは通りに続く塀から伸びた蔓を引っ張りながら頷く。


「そうそう。距離があったし、相手の顔はよく見えなかったけどね。でも、集団が慌てて引き上げていく時に弓兵にはお返しをしておいたから、彼もただでは済んでいないとは思うよ」


平然とそんな恐ろしいことを言ってのけるフェルジャルに驚きを隠せないトリルだったが、改めて自身の隣を歩く彼のつま先から頭のてっぺんまで目を走らせた。

並んで見ると、被り物を抜きにしても少しばかりフェルジャルの方が背が高いようだった。

手足が長くスラリとした身体つきで、今も完全に呪いが解けたわけではなく万全の状態ではないはずだが、足取りにはその影響を感じさせない。

カラスの被り物もそうだが、あまり見慣れぬ紋様をほどこしてある衣装とはいえ、設えの良い布地は下級層が身につけるものではない。

そして腰に括った剣が一本。

外出するなら必要になるかもしれないからと迫られ、おっかなびっくりフェルジャルへ返したものだ。

護身用というには物々しく、よく使い込まれている節があった。

彼の手のひらや腕を触って確かめた際、その爛れた肌の中にも、引きしまった筋肉とタコがあるのを確認している。

騎士といった出で立ちでもなく、かといって兵隊として軍に従事しているイメージも浮かばず、はたまた流れの傭兵か、好きこそものの上手なれで我流で鍛えたのか……剣の心得はあるようだ。

今のところフェルジャルが自称する善良な一般人という言葉を、鵜呑みにすることは難しかった。

自身に向けられた視線に気づいたのか、フェルジャルがトリルを見る。

キラリと光るカラスの目は、確かにこちらに顔が向いていても、どこを見据えているのかわからず、一対一で対峙するとどことなく怖さがあった。


「なんだい、熱い視線を感じるようだけど?」


「ああ。実は初めてアンタを見つけた時、俺はてっきり頭部が鳥で身体が人間の、鳥人間を見つけたのかと勘違いしたことを思い出してさ」


トリルが素直にそう白状すれば、それを聞いたフェルジャルは、次の瞬間、肩をゆらして大きく笑い声をあげた。


「鳥人間!それは期待に沿えなくて申し訳なかった。でも世界は広いから、探せば本当に存在するかもしれないよ?これまで、色んな国を回ってきたけど、国や地域によって違いはたくさんあるし、それこそ目が飛び出るんじゃないかと驚いたことだって何度もあった」


「アンタの目玉が飛び出る姿なんて、想像しただけで怖すぎるんだが……」


「やだなァ、例え表現だよ。君は本当に想像力が豊かだね」


被り物で表情は見えないものの、トリルの言葉におかしそうに笑うフェルジャル。

外見からの判別がつかないが、彼の自分へ対する対応や話し方をみるに、年齢もさほど離れていなさそうだとトリルは勝手に推測した。

こうして話をしている分には、悪人といった雰囲気はないのだが、少年の腕を容赦なく折ろうとしていた前科もある。

心のうちであれこれと考え込みながらも、それはおくびにも出さず、トリルは口を開いた。


「俺はゴートウィードから出たことないんだ。よその国の話は、本の中で得た知識くらいしかない。いつかいろんな地を旅してみたいとは思っているんだけど」


「そうなんだ?じゃあ、もしかして海も見たことがない?一面、見渡す限り水が広がってて。水平線って言うんだっけ。あれは圧巻の光景だよ」


付け加えるように、この身体は川より海の水の方がよく沈むみたいだから仰天した、と笑うフェルジャルの感想は聞き流すことにしたトリルだった。

ブラックジョーク過ぎて、笑うに笑えない。

そういえば、と今度はフェルジャルがトリルへ訊ねた。


「ゴートウィードを出たことがないと言ったけど、君のところは代々、物売りが家業なのかい?あれだけの骨董品や魔術具を集めるのは一代じゃ難しいだろ。ちらりと見ただけだったけど興味をそそられるものがあったから、ペンダントを無事に取り返せた暁には、じっくりとお店の商品を見せてほしいな」


「いや、俺のところは……」


そう言いかけたところで、トリルはぴたりと歩みを止めた。

つられてフェルジャルも足を止める。

話し込んでいるうちに、大通りを抜けて二人がやってきたのは……

古びた建物が立ち並び、道端には誰が捨てたのかわからないゴミが転がっている。

建物と建物の間を少しのぞけば、その路地裏にはごちゃごちゃと両脇に所狭しと出店が立ち並び、先ほどまでの静けさが嘘のように、人通りがにぎやかだった。

そちらを指さすとトリルはフェルジャルへ仰々しく告げた。


「そうら、お客さん。お待ちかねのガヤ街、裏市へ到着だ」



2023/07/05

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