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ここで会ったが百年目  作者: 茂里ハヱル
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第三話 後悔、先に立たず

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第三話 後悔、先に立たず

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うるさい呼び声とノック音は、玄関の扉にトリルが手をかければ、そこでようやく収まった。

いい加減年季の入った扉なので、加減してほしいのだが、いくら言っても聞きやしない客だ。


「お前は、閉店の文字も読めないのか?」


仏頂面でトリルが扉を開ければ、押し入るように店内に入ってきたのは一人の少年だった。

年の頃は十歳前後に見えるが、トリルも実際のところ、その少年のはっきりとした年齢は知らない。

ボサボサの手入れが行き届かないくすんだ栗色の髪は、肩までつくほどの長さで、これまた清潔とは言い難い擦り切れたシャツに半ズボン。

ところどころ繕った後が見えるのは、服だけではなく靴もだ。

よく日に焼けた頬にはそばかすが浮かび、くりくりとした瞳と八重歯が覗く口元から愛嬌のある見た目をしている。

機嫌の悪さを隠そうともしないトリルに対し、年の差に萎縮する様子もなく少年は彼に言った。


「だってさ、今回は絶対に値打ちもんだからさ!見てくれよー!」


そうして、少年はにこにこと笑みを浮かべたまま自身の懐から布袋を取り出す。


「この間もそんなこと言って、カス同然の偽物だったろ」


眉間に皺を寄せるトリルを意に介した様子もなく、少年は布袋の中から取り出したものを、身長差のあるトリルにもよく見えるよう右手で大きく掲げた。

キラリとその小さな手に握られたものを見て、トリルの眉がぴくりと動いた。

銀色に光るそれは、ペンダントだった。

U字型のペンダントトップに黒光りする石が複数はめ込まれてあり、一見、その装飾や造りに派手さは見えない。

少し趣があり、ある程度の年代物ではないかと感じさせる雰囲気があった。


「この鎖、ここの部分がちょっと切れちゃってるんだけど……ほら!トリルなら、それも直せるだろ?」


説明を加える少年の言葉を耳で流しながら、ふむ、とトリルは顎に手を当てた。

トリルの営むこの店は、雑貨を主に取り扱っている。

骨董品や魔術品、日用雑貨まで手掛けて販売しているが、こうして時々、遺品整理で出てきた物やほかの骨董市で見つけたものを売却しに訪れる輩も少なくはない。

持ち込まれるその大多数が二束三文にしかならなそうな品ばかりなのだが、今回のこれは……トリルの興味がペンダントへ移ったことがわかり、少年の表情がことさらに明るくなる。

いつもであれば、持ち込んだ品を数秒眺めたのちに、買い取り不可の烙印を押されることばかりだったからだ。

今回こそはいけるのではないかと淡い期待を胸に抱く目の前の少年へ、トリルが質問しようとしたその時だった。


「これはツイてる。こんなタイミング良く失せ物が見つかるなんて」


「痛っ!?」


少年がペンダントを掲げていた小さな腕は、いとも容易く捻り上げられたのだった。

いつの間にかトリルの背後まで近づいていたフェルジャルの手によって。


「フェルジャル!?」


驚いたのは少年だけでなく、トリルもだ。

フェルジャルが声を出すまで、全くその接近に気づかなかった。

ベッドから着の身着のまま、トリルたちが会話する店先までやってきたのだろう。

腕を強く掴まれた痛みに加えて、その異形の怪物と目が合えば、少年はぎゃっと大きく悲鳴をあげた。


「ななな、何だよ!何だよ、この化け物はっ!?」


全身を震わせ、フェルジャルの腕からジタバタと逃れようとする少年だが、彼のどこにそんな力があるのか、ベッドの上で弱っていたはずのフェルジャルはびくともしなかった。


「酷いな、盗んだ相手の顔も覚えてない?ああ、今は被り物してないからわかんないのか」


軽口を叩くようにフェルジャルがそう告げれば、少年の身体がビクッと反応し、慌ててその異形から顔を背けた。

このフェルジャルの言葉に反応したのは、目の前の出来事に呆然としていたトリルもだ。


「盗んだ……?タイム、お前……お前、一般人からも巻き上げてるのか?」


どうやらタイム少年が持ち込んだペンダントは、フェルジャルから盗んだものだったようだ。

どうにか絞り出したそのトリルの問いに、少年は震えるばかりで目を合わそうとしなかった。

図星ということか。

目を丸くしていたのも束の間、再度少年の口から苦痛の声が漏れれば、トリルは我に返った。


「おいおい!腕をへし折る気か!?」


咎めるトリルに対し、なにを腕の一本くらい、とフェルジャルは宣う。

ぎりぎりと容赦なく捻り上げれる腕に、少年が痛みにもがく。

それでも手のひらにギュッと握りしめたペンダントを離そうとしないのはさすがである。

少年も気づいたのだろう、トリルの反応や、持ち主の怪物の様子から、盗んだペンダントがかなり価値のあるものという可能性に。

なかなかどうして根性すわってるなと少年の抵抗にフェルジャルも少し呆れながら、だがその腕の力をゆるめることなくトリルを見た。


「君なら治すことできるだろう?」


淡々とそう言うとフェルジャルの手にはより一層力が込められ、そこには子供相手だからという慈悲は一切見られなかった。

その恐怖と痛みに少年の悲鳴へ泣き声が混ざり始める。


「俺は治療魔法は使えない!」


トリルが渋い表情でそう告げれば、これにフェルジャルはきょとんとする。


「へ?そうなんだ?」


彼が思わず間の抜けた声を出してしまったその時だった。

痛みに耐えかねた少年の手のひらが緩み、ペンダントが床へと落ちた。

キラキラと鎖をはためかせて落下していったそれ。

トリルとの会話に気を取られていたフェルジャルは反応が遅れてしまった。

右腕を掴んでいたフェルジャルの握力が弛んだ一瞬の隙をつき、少年は素早く自身の腕を引き戻すと床へ落ちたペンダントが跳ねるまもなく拾い上げ、玄関の外へと身を踊らせた。


「タイム!!」


トリルが叫んだ少年の名は、果たして彼の耳まで届いただろうか。

少年の後を追いかけるよう、即座に店を飛び出したのはフェルジャル。

自身が裸足であるのも関係ないといった様子で、素早い身のこなしをみせた。

あれは本当に虫の息絶え絶えだった人間の動きだろうか。

目の前で起きた追走劇に言葉も出なかったトリルだが、はっと我に返ると、彼も店を飛び出した。

あの様子だと、フェルジャルは少年を捕まえたら容赦なく骨の一、二本を折りにかかりそうだったからだ。


「止めないと……!」


一体どこまで二人は走っていったのかと考える暇もなかった。

慌てて店の玄関を飛び出したトリルは百メートルもいかない間に、地面に落ちている塊を発見した。

まるで昨日の夕方、御神木の前で見つけたその時と同じように。

おびただしい瘴気を纏ったフェルジャルが、先程の華麗な動きが嘘のように、息も絶え絶え地面に転がっていたのだった。


「………本当に何なんだ、コイツは」


トリルの口から思わずそうこぼれたのも仕方なかった。











目覚めたら再び茶色の天井、そして仏頂面の青紫色の髪をした青年の顔。

自身の置かれた大体の状況を瞬時に察し、フェルジャルは何も見なかったふりをして再び目を閉じた。


「おい!今、起きただろ!?寝たふりするな!」


「……バレるの早いなァ」


トリルの厳しい突っ込みに、フェルジャルは観念したように、目を開くと、 布団の上に上体を起こした。

できれば傍らで難しい顔をしてこちらを凝視しているトリルとは目を合わせたくないところだが、そうもいかない。

茶色の天井の、本棚がたくさん並んだ小部屋、ふかふかの布団の上にまたもや丁寧に寝かされていたフェルジャル。

残念ながらデジャヴではないようだ。

フェルジャル自身、自分の身に起きただろうことの、おおよその検討はついていた。


「もう一度、助けてもらったことに謝意を述べても?」


恭しくトリルへと頭を下げたフェルジャルだったが、トリルの表情が和らぐことはなかった。

少々芝居がかりすぎたか、とフェルジャルは内心舌を出す。


「どうなってんだよ?アンタのその身体」


再度の質問と怪しむような視線と言葉をぶつけられれば、フェルジャルは観念したように肩をすくめた。


「言っただろ?変なものに好かれやすいって」


「好かれやすいって言っても、憑かれるのに限度があるだろ!せっかく祓ったばかりなのに、外に飛び出していったほんのちょっとの間に瘴気どころか、新しい呪詛まで憑りついているし!大体、その……!」


バシバシと掛け布団を叩いて口調を強めたトリルは、そこまで言葉にすると、慌てて口を噤んだ。

思わず口が滑ってしまった、と言った体のトリル。

誤魔化すように視線を逸らした彼を、今度はフェルジャルが凝視する番だった。


「『その』って?」


フェルジャルが興味深そうに、でもしつこく続きを促せば、彼は渋々といったように口を開いた。


「俺もそんなに詳しいわけじゃないが、何をしたらそんな強い呪いを受けるんだ……?どうしたって解けない呪詛が一つかけられてるだろ、アンタに。それが全ての原因じゃないのか?憑かれやすいっていうのも、その強い呪詛が周辺の怨嗟や邪念を吸い寄せているからだろ」


とても醜悪で禍々しい呪い。

この約一日、フェルジャルを看病した結果、トリルが出した答えだった。


「そこまでわかるんだ。すごいなァ」


トリルの指摘に素直に感嘆の声をあげたフェルジャルだったが、こうも付け加えた。


「それでも、さすがに君の手で解くことは無理だったか。いや、その他複数の呪詛を外したり瘴気を消してもらっただけでも十分ありがたいんだけどね?」


カラカラと笑い声をあげると、フェルジャルは両腕をあげ大きく伸びをした。

倒れた時よりだいぶ身体が軽くなった、と彼は言うが、それでも到底健康とは言い難い。

魔術に精通しているものであれば、他者がかけた呪いを解くことは不可能ではない。

ただし下手をすれば解呪しようとした者へ呪いがはね返る場合もあること、また闇魔法の領域ということで先の大戦以降、禁術となってそれに関する資料の制限や情報も減ったため、解呪の難易度はあがっている。

国によってはその危険性から一般人が解呪を行うことも禁止され、一部の許可を得た者たちのみが行うこととされる。

呪いをかけた人物が亡くなることにより自然に解除されることもあるが、それは稀なケースで、呪いを受けた側がそれを理由に命を落とす方が先だろう。

術にも色々と種類があるが、ここまで色濃い死の呪いへと触れたのは、トリルも初めてのことだった。

そしてそれを身に受けてなお、ピンピンとまではいかないが生きている目の前のフェルジャルは、その異形な姿を別にしても、本当の意味で怪物なのかもしれないと思った。


「まぁ、この身体の異常ももれなく呪いのせいさ。元の顔がどんなだったかさえ自分でも忘れちゃったなァ。髪の毛がフサフサで歯も残ってるだけ良いと思いたいけど、この顔じゃ髪と歯だけあっても、ねェ?」


痛々しいほどに爛れた頬を、手の甲を、フェルジャルは自身でつるりと撫でて見せた。

これに賛同して笑い声をあげるには、トリルにはだいぶハードルが高かった。

自分の部屋だというのになんだか居心地悪く感じて、ちょっと椅子に座り直したりしてみる。

フェルジャルは、ぐるりと頭を回して室内へ目を向けた後、最後にまたトリルへと視線を戻した。


「さっきは驚いたよ。ここはお店なんだね」


昨日、意識がないうちに裏口から奥の部屋に運ばれたフェルジャルは、この建物の外観を見ることも、店舗部分を通ることもなかった。

先の会話でも、トリルが『オレんち』と発言したが、詳しく話をする間もなくの来客だったため、トリルを追いかけて部屋を出るまで気がつかなかったようだ。

フェルジャルの言葉に、話題がそれて安堵したトリルは強く頷いた。


「骨董品や魔術品、日用雑貨とか……あとは薬草なんかも取り扱っている。小さな店だよ」


「それでかァ。どことなく薬臭いし、変な石像や仮面が飾ってあって怪しい雰囲気だったもんな」


あっけらかんと、そして微妙に失礼なことを言う客人に、何よりも一番怪しい存在お前にだけは言われたくない、とトリルは思う。

そんな家主の心のうちは知らず、フェルジャルは朗らかな口調で述べた。


「でも、君に助けてもらってこの店に運ばれたのは幸運だった。おかげで探し物と巡り合うことができたから。あとちょっとだったのになァ。ああ、残念〜!」


軽口を叩くようにそう言うものだから本当に残念に思っているのかは読めないが、フェルジャルの言う探しものとは少年が店に持ち込んだペンダントのことだろう。

探しもの……フェルジャルの言うところによると、正確には少年により盗まれたソレ。

U字型の銀細工に黒い石がはめ込まれた、至って地味なペンダント。


「やっぱり、あれは魔具の一種か。それも魔除けの……」


トリルが神妙な顔でそう口にすれば、フェルジャルの口角が緩く上がった。

正解、とどこか嬉しそうだ。


「さすが普段からそういう物を取り扱ってるだけ、目が利いてるな。そう、あのペンダントがないとすごく困るんだ、この身体にとってはね」


フェルジャルいわく、そのペンダントを身につけることで大原凶の呪いはともかく、その他の呪いや瘴気が憑くことを抑えることができるらしい。

大陸からの長旅を実現できたのも、そのペンダントの力があったのが大きかったという。

そんな命にも関わりそうな大事なものをなんでまた、と眉根を寄せるトリルへ、フェルジャルは口を尖らせて言った。

幼子がすれば可愛らしいその仕草も、異形の怪物がとれば、なんとも言い難いシュールな図だ。


「ヒペリカム領に入る手前に、川があるだろ。定期の渡し船を降りた時に集団に襲われてね。おそらく船の中からずっと目をつけられていた。もみ合った時にペンダントを落としちゃったのがいけなかった」


水場は相性が良くないんだよなァ、とフェルジャルが天井を仰いで嘆く。

とんでもない呪いを受け、目を背けたくなるような姿で、度々瀕死状態へ陥っている身の上の割には、そう悲観さを感じさせない彼。

少々呆れつつも、何の相性が悪いのかとトリルが質問すればフェルジャルは答えた。


「気を抜くと、水中に引きずりこまれそうになる。危ないんだよね。水場周辺に漂ってる呪いって、場所が場所だからジメジメしてるっていうか陰湿でさァ」


「…………」


けろりとそう告げるフェルジャルに、トリルは返す言葉もなかった。

目の前の青年に若干……いや、大いにドン引かれていることに気づいていないのか、気にもしないのか、フェルジャルは話を続けた。


「あの子供は、よくこの店を訪れるのかな?名前まで知っている気安い仲みたいだったけど」


表面上はさらりと軽い口調だったが、少年について探っているのは間違いなかった。

貴重品を盗られた立場としては当たり前だろう。

トリルは、ふぅと息を吐いた。

アイツは、とその少年について自分が知っていることを説明をする。


「ここいらで、親を亡くしたり住むとこ無くしたガキどもが徒党を組んで悪さしてるんだ。アイツはそのうちの一人。悪さっていっても、善良な一般人にまで手を出すようなことは……しなかったはず。せいぜいゴミ漁りをしたり、根城にしている廃屋から出てきた品を売り飛ばしに、たまにうちに顔を出すんだよ」


「その言い方だと、まるで私が善良な一般人じゃないみたいじゃないか」


「善良な一般人が、そんな恨みつらみの詰まった重い呪いを受けるもんかな?」


「酷いなァ、これは不可抗力だよ。いわゆる逆恨みって奴」


逆恨みにしても些か度を過ぎている気がした。

トリルの猜疑心の拭えない視線に気づいたのか、フェルジャルは小首を傾げる。

うーん、と数秒考え込む様子を見せた後で、彼は口調の上ではにこやかに、こう言い放った。


「じゃあ、盗難品の取り戻し、君も一緒に行って傍で見張っていてよ。善良な一般人の私があの子どもを殺しちゃわないようにさ」


その爛れた顔からは、フェルジャルが今、どんな表情を浮かべているかも判断つきにくかったが、とんでもない発言である。

しかし、先程、少年の腕を折ろうとしていた時のことを思い返せば、可能性がないともいえない。

今更ながら目の前の化け物に気味悪さを感じ、言葉を失うトリル。

黙り込んだ彼の反応を、ノーと受け取ったのかフェルジャルは、一人で話を続けた。


「そういや、ここに来る途中、ゴートウィードの別領にあった教会へ立ち寄ったんだ。アストレーマーではあまり見かけない祭壇の造りや飾りつけ、初めて見たわけではないけど、何度目にしてもあれは興味深い。国や地域によって、文化や風習、だいぶ違うからね」


唐突な話題の転換に、彼が何を言いたいのかわからず、トリルは目を瞬かせた。

ここまでの旅路、このゴートウィード国へやってきた感想かと思いきや……その後に付け加えたフェルジャルの一言に、トリルの顔色は変わることとなった。

もちろん法律も、と。


「ちょうど、転んで怪我をしたっていう老人が運ばれてきて、司祭職の人が治療魔法を使うところ、覗いてたんだ。素早い治療で、あっという間に血まみれの足が元通り。便利だよねェ」


「それがどうした?」


冷静を装いつつ、そう返せば、フェルジャルの口元からキラリと白い歯がのぞいた。

それだけなのに、目の前で獰猛な獣に牙をちらつかせられたかのように、トリルの背筋はすくんだ。


「この国では、もちろん人を呪うことは禁じられているけど、その危険性から呪詛を祓うのも光魔法に精通した司祭職にしか許されない行為らしいね。助けてもらってアレなんだけど、見たところ君は司祭職ではなさそうだ。これって結構まずいんじゃないかな~って」


目の前の男は遠方からの旅人というが、この国についてよく調べていることにトリルは驚き、そして面倒な奴を拾ってしまったと心底後悔していた。

確かにトリルは司祭職ではない。

役人にでも報告されれば、ちょっと面倒なことになるだろう。


「……脅しているのか?」


低い声でゆっくりとトリルがそう吐き捨てれば、まさか!とフェルジャルは大袈裟なほどに首を横に振った。


「君のいうところの善良な一般人からのただのお願いだよ。君、あの子と顔見知りなんだよね?おそらく居場所も知ってるよね?」


それに、とフェルジャルは次の瞬間、トリルの腕を掴んだ。

咄嗟のことに反応できず、慌てて振り払おうとしたものの、それはその死にかけの見た目から考えられないほどの力だった。


「あのペンダントがない状態だと、この体質のせいでおちおち出歩けやしないんだよ、私。でも、君が傍にいれば、変なものに憑かれた先から祓ってもらえるから平気だよね」


頷くまではこの腕を離さないから、というフェルジャルはまさに有無を言わさない様子だった。

ぎりぎりと力を込められる腕の痛みにトリルの顔が歪む。


「……頼み事っていうのは、もっと下手に出てやるもんだと思ってたけどな!」


「私がこの容姿で下手に出てお願い事をしても、裏がありそうで怖いだけだって。それで、君のお返事は?」


「協力、すればいいんだろ!」


「そう言ってもらえて嬉しいよ」


苦虫を噛み潰した顔でそう返事をすれば、あまりにもあっさりとフェルジャルが掴んでいた手を離した。

トリルは些か拍子抜けしながらも、掴まれていた腕を労わるようにさすった。

掴まれたのは上着の上からだったが、少し袖をめくってみたら、目をそむけたくなるような君の悪い手形が肌についているのが見えてギョッとする。

フェルジャルに掴まれたあの少年も絶対腕が痣になっているだろうと、今更ながら少し同情の念が湧くトリルだった。

素性がわからぬ輩だから念のため、とフェルジャルが持っていた武器類は、家に運び込んだ際に別室に移しておいて正解だっただろう。

傍らに剣一本でもあれば、その剣を手に少年へ襲い掛かったり、トリルを脅していたかもしれないと思うと背筋が冷える。


「協力はするが、その前に、アンタに聞いておきたいことがある」


着衣の乱れを正すと、トリルはフェルジャルを見据えた。

彼のその言葉にフェルジャルは首を傾げた。


「聞きたいこと?何かな?まぁ、私はミステリアスな存在だから色々と気になるのはわかるけど」


ミステリアスの一言では片付けられないが、そこに突っ込み始めたら後が長くなりそうなので、簡潔に。


「アンタを拾った時、俺を見て言っただろ?あれは一体どういう意味だ」


トリルは、御神木の前に倒れていたフェルジャルを見つけた際、助けることを二度躊躇した。

一度目は、その身に纏っていたあまりに重い怨恨に気づいた時。

あんな呪いを纏っている者が生きているはずがない、あれは死体だ、と思ったからだ。

だが、わずかに動いているのを目の当たりにし、トリルは吸い寄せられるように倒れていたフェルジャルの元へ近づいた。

そして、二度目。

助け起こそうとしたフェルジャルの被り物を外して露わになったその容姿。

少年でさえ、思わず化け物と口をついて出るようなその醜悪な外見は、正直関わり合いたくないと思ってしまうほど不気味で近寄りがたいものだった。

だが、トリルが抱き起こしたフェルジャルから離れようとしたその時、一瞬だけ目を開いたその異形の化け物は彼を見て、とある言葉を口にしたのだ。

『やっと……会えた……ね』と。


「ああ、アレか」


トリルの問いに対して、フェルジャルは彼から視線を外すと、空を見上げるように天井を見上げた。

それから再び彼へと視線を戻すと、自身の口元の前で人指し指を立てて意味深に告げた。


「一緒にペンダント探しに付き合ってくれればわかるよ」




2023/07/05

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