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第18話 世界で2番目に過酷な職業

 室内温度を整えると、次は熱波だ。タオルを扇に見立てて風を送る。これこそ、ロウリュウの醍醐味。


「覚悟はいいわね?」


「ああ。遠慮はいらない」


 使うタオルは1枚だ。それを広げるように持って、俺の方を向く。そして、勢いよくはためかせる。まるで鞭のようにパァンと軽快な音がする。


「うおおぁぁぁぁッ!」


 高温の風が、俺の肉体に叩きつけられる。


 ――これぞ熱波。


 サウナで風を送ると、凄まじい熱を感じるのだ。みんなも試しに、自分のタオルで仰いでみるといい。体感温度が凄まじく高く感じる。まるで、焼けたタオルでも使ってんじゃねーかぐらい強烈なのだ。


 アスティナの熱波は極上。


 身体の汗をふしゃりと撫でる。全身を余すことなく風が包む。非日常環境が、俺の身体を刺激する。それを繰り返すこと3回。


「さあ、次は背中ね」


「頼む」


 俺は背を向けてあぐらをかいた。そこへ、再び強烈な熱波。表と裏、目玉焼きで言うオーバーミディアムの焼き加減だ。


「おかわりは?」


「頼む」


 再び正面を向いて3回。熱波をいただく。


 その時だった。


 ――ビクッ、ビクッ!


「なにッ!?」


 俺の大胸筋がわずかに震えた。さらに、全身の肌にハリとツヤが出てくる。


 ――もしかして、肉体が喜んでいるのか?


 新鮮かつ極上の熱波との出会いに、肉体が感謝している。疲労していた細胞が、活力を取り戻しつつある。


 アスティナは、口の端を吊り上げながら説明する。


「柑橘系の香りはベルガモット。あんたにリラックス効果を与えてくれる。タオルに使われている生地は、故郷イエンサードのエリ草という薬草を乾燥させて編み込んであるの。若干だけど、回復効果があるわ」


「それだけじゃないだろう」


「もちろん、アウフグースの技術もあるわ。相手のコンディションに合わせて、最高の風を送る。大魔道士リオンの風魔法の右に出る者はいないわ」


 最強のサウナーと最強の熱波師。これ以上相性の良い組み合わせがあるだろうか。この熱波ならいける。俺はきっとととのうことができる。


 俺は拳をギリっと固めてみた。不思議だ。あれだけ衰弱していた肉体が、徐々にエネルギーを取り戻してきている。五感も戻ってきている。


 俺は勇ましい表情を貼り付けて、サウナを出る。


 そして水風呂へ。

 やはり違う。


 水の温度は変わっていないのだが、皮膚がビンビンに感じている。まるでジュワワワワという擬音が聞こえてきそうなほど、肉体の熱が水を圧倒しているかのようだ。それでいて快適。全開の毛穴から、清らかな水が染みこんでくる。


 外気浴を済まし、俺は再びサウナへと入る。


 すると、彼女は『調整』を済ませていた。サウナ内の空気を一掃させていた。そして、ロウリュウ用の水のアロマをチェンジ。今度はレモンだ。集中力を高める効果があるらしい。


「準備はいいかしら?」


「ああ、頼む」


 最後の1セットだ。これが終われば、きっとととのうことができる。みんなを救うことができる。だが、その時に事件が起こった。


 狡猾な表情で熱波を浴びていると、突如としてアスティナがふらついた。


「くっ!」


「アスティナ……?」


 駆け寄ろうとするのだが、彼女が掌を向けて静止させる。


「大丈夫よ。ちょっと、躓いただけ。あんたはサウナを楽しみなさい」


 俺は使命を思いだし、再びサウナマットへ尻を預ける。


 ――ああ、そういうことか。


 自分のことに夢中になっていたが、現状においてもっとも苦しい思いをしているのは、アスティナだった。


 ――熱波師とは、世界で2番目に苦しい職業なのである(諸説ある)。


 灼熱の環境下。俺は座っているだけなのだが、熱波師は派手に動いている。


 よく熱波師は、お客さんに熱波を浴びせながらこう言うのだ。『暑かったら無理なさらないでくださいね。ぼくは慣れているので大丈夫ですが~』とか。


 けど、実際はそんなことはない。九十度を超える環境下で、運動にも匹敵する作業をしていて無事で済むわけがない。


 しかも、アスティナは俺が冷水に使っている間も、サウナに閉じこもって環境を調整してくれていた。普通に10分以上入っているだけでもつらいのに、彼女はその中で作業を続けていたのである。普通なら死んでもおかしくない。


 事実、彼女の身体からは汗が滴っている。足下の床は地図ができるほど湿っている。


 前にも言ったが、サウナに入っている間は軽いジョギングをするぐらいのエネルギーを使うのだ。


 その中で動くということは、ジョギングしながらジョギングしているようなものなのである。


 ちなみに、世界で1番苦しい職業はバウムクーヘン職人だ。年輪のようなフォルムを再現するためには、灼熱の空間で延々と作業しなければならない。そのせいで、バウムクーヘン職人の寿命は短いとまで言われているのである。


「もういい……やめろ、アスティナ……十分だ」


「はあ、はあ…………なに言ってるの……。昔から訓練はしてきてるのよ。こんなの、慣れっこなんだから……」


「このままだと死ぬぞ」


「ここがあたしの戦場よ。フランシェやメリアが命懸けで戦っているのと同じ」


「無理をするな」


「無理なんかしていない! あたしの熱波を受けて、ととのわないなんてことがあったら、それこそ熱波師の間で笑いものにされるわ! ママの……リオン・アースゲイルの名前にも傷が付く!」


 そう言って、彼女は再びタオルを振り回し、熱波を仰ぐ。

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