第15話 サウナハザード
「はあ……はあ……」
あれから一週間が経過。
俺の身体は限界に達していた。
不眠不休のサウナ生活。2時間おきにサウナという激務。もはや、身体が熱いのかどうかもわからない。
俺は、もう何度目になるかもわからないサウナから、這いつくばるようにして出る。
「かゆ……ウナ……」
扉の向こうにはフランシェとアスティナがいた。もうしわけなさそうに俺を見下ろす彼女たちに、俺は呻くように問いかけた。
「プ……プリメーラ軍は……?」
「……撤退しました」
「な、なぜ、追撃しない……?」
「今回の襲撃は空からでした。なのでマジックスチームシステムを使ったのですが、蒸気が晴れる頃には、すでに敵は撤退していて……」
「ごめん、ベイル。騎士団の人たちも一生懸命なの。けど、士気も落ちてきていて――」
追撃推奨派だったハズのアスティナも、ついに騎士団を擁護し始めた。わからなくもない。俺と同じで、騎士団の連中も疲労困憊なのだ。追撃をする気力も徐々に失われてきている。
「はあ……はあ……冗談じゃない!」
俺は、ぐわりと立ち上がって2人に詰め寄った。
「いい加減に戦わせろ! もう、何回サウナに入っていると思ってる! しかも、すべてがととのうまえに終わっちまってるんだぞ! イケそうでイケない時ぐらい、気持ちが悪いんだぞ!」
「い、イけ……? ……もうしわけありません」
いや、わかってるんだけどね! 俺も、戦場の様子をモニターで見ていたから。うん、プリメーラは只者ではない。ほんと、撤退のタイミングが絶妙。こちらから仕掛けるかどうか決定する寸前で撤退を開始する。
「このままじゃ、俺たちは敗北する……なにか策を……ウッ!」
突然の立ちくらみ。
俺は、勢いよく膝を突いてしまう。
「ちょ、あんた大丈夫なの?」
アスティナが心配そうに声をかける。
「あ、ああ。少し目眩がしただけだ。俺は……まだサウナに入ることができる」
「――無理もないです」
そこへ、メリアが静かに現れた。彼女は、そっとグラスに注がれたドリンクを差し出してくれる。意識が混濁する中、俺はそのグラスの中身を一気に飲み干した。
多めの砂糖とわずかな塩。ほんのちょっぴりの酸味を加えた、メリア特性のオリジナルポーション。通称オリポだ。
スポーツをする時に適した飲料と、元気がハツラツしそうな栄養ドリンクを混ぜたような、特殊な味を演出している。身体に必要な水分や塩分、糖質をナチュラルに補充してくれる。
「んぐッ――」
俺は口を拭った。回復をしている感じはある。だが、焼け石に水だ。身体の根っこから崩壊しつつある俺の肉体は、崩壊を迎えつつある。
「間違ったサウナの入り方は、身体に異常をきたすのです。ベイルくんの肉体には、すでに限界。相当の負荷がかかっているのです」
サウナに入ると、心拍数は120程度に上がる。この数字は軽いジョギングと同程度なのである。つまり、俺は2時間置きにジョギングをしているようなもの。それを一週間不眠不休で行っているのだ。
――サウナは、必ずルールを守ること。
勇者ヘルキスの教えにもそう書いてある。現状、俺はその教えに反している。体調の悪い人は、サウナに入るべきではない。
「……そんな状態でサウナに……」
罪悪感を覚えたような表情で、アスティナがつぶやいた。
「俺がサウナに入らなかったら、町が滅ぶだろ。これでも親父から、勇者の力を引き継いでるんだ。絶対に、守ってみせる……」
ぐぐっと立ち上がる俺。
「……あんたは休んでなさい。しばらくは、あたしがあんたのぶんまで戦うわ」
「これは戦争だ。根性論でどうにかなる問題じゃない」
「けど、このままじゃ、プリメーラと戦う前に死んじゃうわよ!」
「アスティナ。おまえは、俺を勇者とは認めないとか言っていたが……これでも、ちったぁ自覚してるんだ」
「十分よ! あんたの民を守る力はわかった! だから…………だからッ、もう休みなさい!」
「休むのは、戦いが終わってからで十分――あ、れ……?」
世界が歪んだ。次の瞬間、足に力が入らなくなって、俺は派手にタイルの上へと突っ伏してしまう。
「ベイルくん!」
「ベイル!」
「ベイルッ!」
メリアもフランシェもアスティナも、心配そうに声をかけてくれた。
「これは……さすがに休息が必要ですね」
思案顔でつぶやくフランシェ。アスティナが怒声を飛ばす。
「無理しすぎなのです!」
「当然でしょ! 軍はベイルに頼りすぎ! ほかに戦術はないの!?」
バツが悪そうにうつむくフランシェ。
うん。昔から、ラングリードの軍は、俺一辺倒の戦術によって勝利を重ねてきた。というのも、やはり特化戦力をぶちこむのが一番被害が少なくて済むのだ。
1時間ぐらい凌げば勝ち確定なので、その時間だけ全力を尽くすことができる。正攻法よりも、全然被害が少なくて済む。ある意味、完全に俺に甘えてきたカタチだ。
「たしかに、これでは肝心のベイルが死んでしまいます。しばらくは休息に専念してもらうことにします」
「ダメだ……俺は……まだサウナに入ることができる」
腕でタイルを押すかのように、身体を起き上がらせようとする俺。
「ベイルくんッ!」と、肩を貸そうとするメリア。
「メリア……水風呂だ……水風呂に連れて行ってくれ。俺はサウナを継続する……」
「な、なぜですかッ! ベイルくんは十分戦いました! もう休んでください!」
「わかってる。けど、最後に一度だけととのわせてくれ」
もう、寸止めのようなサウナを繰り返しすぎた。この一週間ととのっていないのだ。ゆえに、このイケそうでイケない状況に終止符を打つ。
「頼む」
「……わかりました。特製の安眠ポーションを調合して待っています。サウナが終わったら、今度こそしっかりと休んでくださいね」
俺は、メリアの肩を借りて、水風呂へダイブさせられる。そして、フランシェやアスティナにも力を借りた。どざえもん状態の俺を自ら引き上げ、屋外のサマーベッドに寝転ばされる。かいがいしく水滴を拭いてくれる。
そんなルーティンを三回繰り返す。
「はあ……はあ……」
これで儀式は済んだ。あとは、ととのうのを待つだけだ。気温もちょうど良い。むしろ、このまま眠ってしまっても良さそうだ。
サンサンと降り注ぐ日光が、俺の身体を優しく愛撫する。内側から熱が溢れてくる。
――くるッ!
温と冷。緊張と緩和。天国と地獄。表裏一体の肉体環境が起こす人体の奇跡。すべてのサウナーが求めた、快楽の境地が俺の身体に降りてくる。
――くるッ!
――きたッ!
――ととのッ?
――とと?
――とと…………のってる?
――あれ? 気持ちよくなくね?
「ゴハッ!」
俺は、吐血しながら身体を勢いよく起こした。
「ど、どうしたのですか、ベイルくんッ!」
息を切らせながら、俺は困惑気味に述べる。
「はあ、はあ……。と……ととのわない……?」
時が止まったかのような空気が流れた。
けど、つぶやきの意味を理解すると、かしまし娘たちの絶叫が、大浴場に響き渡るのだった。
「「「えええええッ!」」」




