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15話

「さぁ、レイ。着いたぞ」

「ここは、写真館?」


 年季の入った茶色いドアをクラックが開けると、古い建物独特の粉っぽい匂いがした。


「いらっしゃいませ。遠距離撮影のご希望で?」

「ああ、こいつとあと二人。森の奥のログハウスからだ」

「はい、毎度ありがとうございます」


 眼鏡を掛けた主人はクラックと顔見知りらしく、手際よく撮影の準備を始める。


「レイ、外で待ってるぞ」


 ドアの鈴が鳴る。

 話だけ通して、さっさと出て行ってしまった。


「あの、僕は女神、じゃなくて、普段お世話になってる、そう、妹に、何かプレゼントをあげたくて」

「なるほど、ぴったりですなぁ」


 写真家の店主は緑の背景に椅子を一つ置き、そこに僕を座らせた。


「だから、僕一人の写真じゃなくて」

「わかってますよ。はい、三、二、一。と」


 店主は大きな蛇腹カメラに黒い布を被ってシャッターを切る。


「なるほど。こっちの方がいいかな」


 カメラの周囲の機材から強い光が放たれて、僕は眩しかった。


「あなたの一番、幸せな光景を浮かべて」

「そんなこと言われたって」

「クラックさんはよく、婚約者の方を思ってらっしゃいますよ」

「うーん」

「じゃあ、理想の未来とか」

「それなら」


 僕はカメラの前で家族のことを考えた。

 マイが元に戻って、(アイ)が僕の本当の妹になる、そんな未来。

 いつか、必ず取り返す、何度も胸に描いた、平凡にしたい日常を心に浮かべた。

 不思議と心が熱くなる。

 パシャリ、と光が降り注ぐ。


「はい。とてもいい写真ができました」

「あの、僕一人なんですけど」

「出来上がりが楽しみですねぇ」


 主人は僕を店に置いて、そそくさと、猫背のまま暗室に籠って行った。

 数分後。

 店主が銀色のネックレスを持って、部屋から出てくる。


「いやー、珍しいね。生きてる人目的で来るなんて」

「――――?」

「写真は遠くへ行ってしまって人たちを思い返すものでもあるから」


 今を生きること、大切に。

 そう言って、カメラ屋の店主は部屋の奥へと下がって行った。


「あの、お代は?」

「この街の守り神のお弟子さんからお金をとるなんて、そんなみみっちいことはできません」

「あ、ありがとうございます」


 お弟子さんなんて、そんな。

 僕は照れながらも、店主から受け取ったネックレスを片手に、店のドアを開いた。


「クラック、お待たせ」

「いい絵はとれたか」

「何が何だか」


 そう言えば、写真を撮ってもらうとき、クラックはよく婚約者を思い浮かべるって言ってたっけ。


「とりあえず、ロケットの中身、見てみな」

「ああ。うん」


 僕はペンダントをパカリとあけて、中身の写真を確認しつつ、この伊達男をからかってやろうと考えた。


「ところでクラックには彼女が――――」


 その時。



『警報。警報、警報』



 言葉が上から潰される。



『警報。湖の上に正体不明の影あり』



 警報ランプが一斉に作動する。



『警報。敵の進攻かと思われり』



 街中がサイレンの光で赤く染まる。



『警報。至急、シェルターに避難されたし』



 ビルの上についた巨大なモニターが次々と、湖の映像に切り替わった。


「蛙か?」


 画面に映し出された湖面の上で、緑の小さな生き物が律儀に両手両足を揃えている。


「あれは――――」


 蛙の口がゲコッとひらく。


「水の上に立っている?」


 ニョキッ。


 蛙の口から、黒い大人の手と足が生える。


「おいおい、やべぇぞ」


 小さい蛙の口から、ずるりと、スーツ姿の男が生えてくる。


「レイ、タワーまで走るぞ」


 胸板の厚い小柄な男は緑のネクタイを揺らし、ブツクサと何かを唱えていた。


『どいつもこいつも、俺を見下ろしやがって。そんなに高いのがいいのか』


 モニターから聞こえる男の声は低く、かすれていた。

 緊張感が全身から噴き出す。


『ペッチャンコにしてやるよ。そしたら俺が一番になるもんなぁ』


 太い男の右手が緑のネクタイを引き抜いた。

 大きな波が男を中心に巻き起こる。

 モニター画面が一斉に白黒の砂嵐に変わる。


「うわああああぁぁ」


 瞬間、強烈な風がビルの間を濁流の如く、走り抜ける。

 窓ガラスがビリビリと揺れて、無数の亀裂が刻まれていく。


「レイ、タワーまで走れ!」


 僕はクラックに引っ張られて、必死に足を動かした。

 昼の街が暗くなる。

 僕らの背後を急遽、巨大な影が覆い隠す。


「ウオオオオォォォォォォォォォォ」


 超弩級の《変わり者》が、ビルの上から街を見下ろした。


「嘘だろ。あれが、敵だなんて」


 巨大な変わり者は、天高く、それこそ、この街のシンボルタワーより、はるか上空に、右手を上げた。


「ブッツゥブゥスゥ」


 それは最早、握り拳と形容するには、あまりにも遠く。

 破壊の象徴。

 まるで、雑居ビルが一棟丸ごと、灰色の街に、落ちて来るかのようだった。



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