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〜6色の花束〜  作者: 米粉
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第1章 花々の出逢いと影

ꕤ序節 プロローグꕤ






――――自分の色が分からない少女。






――――生きることを諦めかけた少女。






――――孤独を選ぼうとした少女。






――――異端であることに怯える少女。






――――再び輝くことを望んだ少女。






――――非凡の才と混ざり合えない少女。




それぞれ違った過去を持つ、6人の少女の物語。








あるところに、6色の花の蕾がありました。


これらの蕾は、1本だけで植えるといつまで経っても花が咲きませんでした。





しかし、6本が集まると―――――――










ꕤ第1節 2色の金盞花ꕤ






1.《承和色の花》

Point of view:yellow




私はずっと、1人だった。



初めて会った人は、私と親しくなろうとしてくれる。

でも、それはひと時の夢でしかないということを知っている。


少し時間が経ったところで、みんな私の単調さに飽きて離れていく。



『だって日向ちゃん、一緒にいてもつまんないんだもん。最初は楽しかったけど―――』



私はただ、自然体でいただけなのに。


先生やお母さん、お父さんは、『日向は日向のままでいて欲しい』という。


『日向ちゃんらしさを活かして欲しい』とも。




―――『私らしさ』って何?



『私にしかないもの』がないから、一緒にいて面白くないから、みんな離れていくんじゃないの?





この人となら、仲良くなれるかな。毎回毎回そんな希望を抱いてみても、全部全部、無駄だった。



私みたいな人は、もう誰とも親しくなれないのかな。



次第に家族以外の人と会って話すことが憂鬱になっていった。



小学校の最初の3年間は、まともに学校に行けなかった。



また、自分から人が離れていくのが怖かったから。


自然体でいても、個性のない自分が嫌いだったから。



やがて、私は心から笑うことはなくなった。


















2.《鶸萌黄の花》

Point of view:green



暗い。痛い。辛い。苦しい。寒い。


そんな思いにもやがて慣れてしまうのだから、恐ろしいものだ。



生まれた時から、蔑みと怨念の眼差しを向けられ続けて。


身も心も虐げられてきた私は、最早魂の抜け殻のようだった。



毎日毎日降り注ぐ、暴力と暴言の雨。

増え続ける痣と罅割れた心。



私に抵抗する気力などあるはずがなく、「愛」という言葉すら知らずに生きてきたのだ。



生まれてからたった数年しか経っていないが、その間ずっと私は忌み嫌われてきた。


私は全てを諦め、やがて来るであろう永遠の眠りを待っていた。







***








…しかしある日、真っ暗だった鉄格子にわずかな光が差したのだ。


真夜中、私が檻の中で痛みに耐えていた時のこと。


施設の中に、2人の命知らずな人間が入って来たのだ。


何故か見覚えのある男女だった。


――――おそらく、父と母だろう。



監視の目があることもお構いなしで、半ば強引に鍵を壊して、私を檻から引っ張り出した。


途中で、監視の奴に見つかったのか、施設の中に怒号が響きわたった。


怒り狂った監視の奴らの前に立ち塞がったのは、父と思わしき男。



『―――――!!――――――――!!!』



その男の叫ぶような、必死に訴えるような声を聞き取った直後、大きな銃声が聞こえた。



母と思わしき女は私を抱えて、涙を流しながら死に物狂いで走った。




命からがら施設を抜け、村の境目にある森を必死に逃げ回っていたその時、再び銃声が聞こえたのだ。



母と思わしき女は、背中から血を流して倒れた。



『――――――――、――――――――…』



彼女は何かを呟いた後、動かなくなった。


じわり、と頬が熱くなった。




それから、私はほぼ本能的に、森の中を駆け回り、村から1歩でも離れようとした。





***




無心で進んで、地平線から朝日が登って来ようとしている時。


生い茂る木々の間に、家の壁が見えたのだ。


そこに近づいたところで、全身からすっと力が抜けて、私の意識は途絶えた。








3.《雪は融けて花開く》

Point of view:yellow



まだ空が目覚めきっていないような、早い時間に不意に目が覚めてしまった。


もう一度眠ろうにも目が冴えてしまっていたため、仕方なく起き上がることにした。


当然、家族はまだ夢の中。



…庭で本でも読もうかな。



いくら冬も終わりかけだとはいえ、朝はまだ寒い。私は薄い上着を寝間着の上に羽織り、本棚から数冊の本を取って部屋を後にした。




朝焼けが綺麗だった。

これなら明かりを持っていく必要はなさそうだ。


そうして庭に出て、いつも座っている木の根元へと向かおうとした時。


うっすらと朝日に照らされている木の陰に、何かが横たわっていたのだ。


黒い…髪?


恐る恐る近づいてみると、小さな少女が倒れていた。

自分と同じくらいで、この辺りでは見たことがない子。


しかも、よく見たら身体中が痣だらけで。



私は驚いてパニックを起こし、慌てて母の部屋へと向かった。










Point of view:green



「っ…」


いつの間にか、眠ってしまっていたようだ。


目が覚めると、見たことの無い天井が目に入った。


朝日が眩しい。この感覚は、初めてだった。



「…!お母さん!!起きたよ!」



元気な少女の声が聞こえる。



「あら、本当…体、大丈夫?」



続けて、穏やかな女性の声。


始めは、その言葉が私に向けられたものだとは思わなかった。


私は災厄の子供。私と言葉を交わした者には、災いが訪れる。


今まで私に話しかける者など、誰1人としていなかったからだ。



「貴女、森の中で倒れていたのよ。…目が覚めて良かった」



そう言いながら髪を撫でられて、ようやく彼女が私に話しかけていることに気がついた。



『目が覚めて良かった』だなんて、初めて言われた。

胸の奥が、何だか変な感じがした。


私は何か返事をしようとしたが、言葉は出なかった。


―というよりも、他人との話し方がわからなかったのだ。


私が唇をはくはくとさせながら混乱していると、少女がこちらを覗き込んだ。



「もしかして…お話、できないの…?」



彼女が心配そうに尋ねてきたが、私はやはり何も返せなかった。



「…日向、この子に服、貸してあげて。お父さんに診てもらいに行くわよ」


「…わかった」


「…っと、その前に…お風呂に入れてあげなきゃ。泥だらけのままにする訳にはいかないわ」



俯いている私の手を、暖かい手がそっと握った。








「貴女の目は、綺麗な緑色なのね」


温かい水を当てられて、いい香りのする泡に包まれて。


何もかもが初めての感覚で戸惑っている私に、女性はこう言った。



私の村では、緑の眼は縁起の悪いものなのに。


みんな、私の眼を見るなり暴言を吐いてきたのに。




彼女の言葉に、胸の奥が暖かくなるような気がした。





その後、布切れ同然だった服から清潔な服へと着替え、少女の父親だという男性の部屋に向かった。


今まで幽閉されてきた私にとっては完全に未知の世界なので、最早理解が追いついていなかった。



「なるほど…喉に異常はないみたいだ。おそらく、話し方がわからないだけ、なのか。それより心配なのは…全身の傷だな。」



医師だという彼女の父親は、私を診た後真剣な顔で呟いた。


正直喉に害がなかったのが奇跡なくらいで、私は全身痣と擦り傷だらけだ。



丁寧に消毒されて、絆創膏だの包帯だので手当をされた。


消毒されている間も、痛みは感じなかった。


温かい。また、初めての感覚。






Point of view:yellow



今朝、私が見つけた子は、とても不思議な子だ。


彼女が目覚めてから、まだ1回も私やお母さんと目を合わせてくれない。



今はお父さんに基本的な話し方を教えてもらっているという。



「お母さん。…私、あの子と仲良くなれるかな」



「日向は優しいから、きっと大丈夫よ」



そうお母さんが微笑むと、少しだけ不安が和らいだ。



しばらくして、あの子とお父さんが部屋から出てきた。



「…ほら、言ってごらん。」



「あ…よ、よろしく、お願い、します…」



途切れ途切れに、言葉が紡がれていく。


その時、初めて彼女と目が合った。


…綺麗な翡翠の瞳。



「ふふ、こちらこそよろしくね。敬語じゃなくてもいいのよ?」


「この子はある程度の語彙力はあるみたいだから、そんなに心配はいらないよ」


「そう…良かったわ」



そう残して、お父さんは部屋に戻った。


私は、もっと彼女のことを知りたいと思った。



「私、日向っていうんだ。…あなたのお名前、教えてくれる…?」



「…名前…」



私がそう尋ねると、彼女は黙ってしまった。



「こーら、この子を困らせちゃ駄目よ」



「お名前を聞いただけなのに…」



私が口を尖らせていると、彼女は消え入るような声で言った。



「…私に、名前、ない…」



「「っ…」」




予想外の答えに、思わずお母さんと私で顔を見合わせた。



「そう…それじゃあ、私達と考えてみましょうか」


「…え?」


「あなたのお名前、一緒に考えようよ」



そう言うと、私達は彼女の名前に相応しい言葉を探した。



「あさひ…ひかり……みどり、も素敵ね」



今朝、私が彼女を見つけた時の景色から、綺麗な意味を持つ言葉を選ぼうとした。


でもやっぱり、この子がどんな名前が好きかが大事よね、とお母さんは言った。



「あなたはどれがいいと思う?」



「さっき、言ってた…ひ、かげ…?…が、好き…」



彼女は、まだたどたどしい言葉遣いで、『ひかげ』の3文字を呟いた。



「ひかげ…日陰……いいんじゃないかしら?」



『日陰』。

……私の名前と似てる。


とても胸が温かくなった。



「日陰、ね…日向の名前と似ているわ。……日陰、この子と仲良くしてくれるかしら」


「…うん!」




彼女―――日陰は、ぱぁっと目を輝かせた。


今までずっと虚ろだった彼女の瞳に、ようやく光が差したような気がした。



「そういえば、日陰。貴女のお家とか、家族はどこにいるかとか、知ってる?…その、言えない事があるんだったら、無理に言わなくてもいいわ」



お母さんが、優しく尋ねる。



「か、ぞく……いない。いなくなった」



「そう…それじゃあ、しばらくうちにいましょうか。これからのことは、ゆっくり考えていきましょう?」



「……うん」



こうして、私に初めての友達ができた。


友達…というか、家族というか、少し複雑な関係にはなってしまったのだけれど。



この子とは、仲良くなれたらいいな。


どこか遠い目で、日陰を見つめる。






もうすぐ、いつもと違う春が来る。











ꕤ第2節 花散らしの通り雨ꕤ







1.《花曇り》

Point of view:yellow




日陰と出会ってから、数年が経った。


私と日陰はすっかり打ち解けて、今では一緒に学校に行っている。



出会った頃は話すこともままならなかった日陰だったが、私が5年生になるまでの1年間で驚く程に成長した。

11歳の私でも目に見えて分かるのだから相当だ。


日陰はもともと飲み込みが早いらしく、私や両親が教えたことを瞬く間に覚えていって、あっという間に私の学年まで追いついたのだ。



また彼女は私と同じく本の虫になった。

彼女と私はたくさん本を読んで、話して、笑った。




しかし、私は初めての友達に、浮かれすぎていたのかもしれない。







***







テレビの心霊番組を興味本位で見ていたら、本気で怖がってしまった日陰にせがまれて、今日は久しぶりに2人でお風呂に入ることにした。



何気なく服を脱いでいると、正面にいる日陰のことは自然と私の視界に入ってくる。


私よりもほんの少し小さな背中を見て、私は固まった。


色白な肌に浮かぶ、痛々しい赤い痣。

あの時から1年ほど経ってはいるが、まだ鮮明なものもある。



今まで話している間は感じなかったが、私は彼女のことを何も知らないのだった。


彼女の過去はそう明るいものではないのだろう。


しかし、ここまで何も日陰自身のことを教えてくれないとなると、少しだけ寂しく感じてしまう。


私は彼女に信用されていないのだろうか。



そんな思いが渦巻いて、私は逃げるようにお風呂場に駆け込んだ。








「…日向、その…私何かしたか?」



私が急に黙り込んだので、日陰が心配そうに顔を覗き込む。


私はお湯に首まで沈む。



「…だって、日陰…その傷」


「あぁ…これのこと、か…」



日陰の表情が曇る。


…やっぱり、話しづらいことなのだろう。



「…そのうち、な」



日陰は微笑んだが、それは酷く悲しそうなものだった。


私の心の中の靄は晴れないままだ。









2.《静かな銀の雨》

Point of view:green



いつか、日向達に私の過去を話さなければならなくなることは分かっていた。


でも、かつての私を知られることが怖かった。


私が忌み子だったと知って拒絶されることが怖くて仕方がないのだ。



日向達に出会ってからの楽しく温かい日々が、変わってしまうのが怖いのだ。




しかし最近、日向はどこか悲しそうな表情を私に向けてくるようになった。


彼女は意外と感情が顔、特に目元に出やすいということがだんだん分かってきた。


リビングで彼女と話している時も、ずっとその眼差しで。


私はついに耐えられなくなって、彼女に尋ねた。



「…日向、やっぱり私何かしたのか?」


「あっ…ううん、何でもない」



そして、彼女の「何でもない」が、本当の意味ではないことも、今の私には分かる。



「…その様子だと何でもなくないだろ」


「でも、」


「何でもなかったらそんな悲しそうな顔しないぞ」


「っ…」



こういう時は少し強引なくらいでないと、日向は答えてくれない。


私だって日向に頼ってもらいたいのだ。



「…私って、日陰に信用されてないのかな」


「…は?」



予想外の答えに、拍子抜けした声が出てしまった。



「私は日陰にとって頼りないのかなって、思っただけ」


「何言ってんだ、今更」


「…だって、日陰自分の話全然してくれないじゃん」


「それは…」



今理由を言ってしまえば、私の過去を話すことになる。


もし、それを機に拒絶されてしまったら。

そんな不安がまた頭をよぎる。


こんな時どう答えればいいのか、私にはわからなかった。



「…そうだよね……ごめんね」



その声は酷く震えていた。


日向はそう言い残して、リビングを出て行ってしまった。


最後まで、私の口から言葉が出ることはなかった。











3.《花弁に滴る雫》

Point of view:yellow



私は早足で部屋に逃げ戻った。


あの時の日陰の沈黙が、現実を突きつけられている気がしてならなかったのだ。






***






それから、急に日陰のことがわからなくなって、かれこれ数日間まともに話せていなかった。




突然日陰との間の空気が重くなったのを心配した母が、私を呼び止めたのだった。



「ねぇ日向、最近日陰と喧嘩でもした?全然話してないじゃない」


「あぁ……えっとね…」



私は母にこれまでの経緯を話した。



「なるほど…きっと2人とも言葉が足りないのね」


「…えっ?」


「日陰は、自分のことを話せない理由をはっきり言えなかった。…そして日向は、日陰の答えもしっかり聞かないまま、何も言わずにその場から逃げてしまった。それが、2人のすれ違いの原因かしらね」



…確かに、私は日陰の言葉を待たずに、勝手に思い込んでしまっている。


日陰の口からはっきりと拒否された訳でもないのに。



「言葉…」


「そう。だから、日向は、日陰の考えをちゃーんと聞いてあげなさい。そして、日陰」



母が呼びかけると、リビングのドアの影から見える肩がぴくりと震えた。



「日向にちゃんと自分の言葉で理由を言いなさい。2人とも、お互いにきちんと言わないと伝わらないわよ?」


「「…はい」」



…そっか。


ちゃんと、日陰に理由を聞かなきゃ。







Point of view:green




言葉にしなきゃ、伝わらない。


母のその言葉を聞いて、はっとした。



私が何も言えなかったから、日向に心配をかけてしまった。

私がしっかり言わなければ。



「日向」

「日陰」



廊下にいた日向を呼び止めようとしたら、ちょうど声か重なった。


日向は目を丸くさせていたが、それでも流れるように2人同時に向かい合って頭を下げた。



「「…ごめんなさい!」」



やっぱり、考えていることは同じだったようだ。



「私、日陰の答えも聞かないで、勝手に逃げたりして…」


「日向は悪くない。…私が、ちゃんと理由を言えなかったから…」



お互いに謝ることはできたものの、このままでは埒が明かない。



「…えっと、それじゃあ…日陰が何で自分の話をしてくれないのか、教えてくれる…?」



日向がおずおずと尋ねてくる。


私は頷いて、ゆっくりと話し始めた。



「怖い、んだ…日向に、昔の私を知られるのが」


「……」


「日向のことは、本当に信じてる。…それなのに、過去の私を知って、もし拒絶されたら…もう今まで通り一緒にいてくれなくなったら、って思うと…すごく怖い」


「…そっか」



日向は短く、それでも私の言葉をしっかりと噛み締めながら返事をした。



「私…やっぱり過去の日陰のこと、知りたいな」


「…えっ?」


「日陰のことを、もっとちゃんと知りたい。もちろん、怖いのも、心配なのもよくわかったよ。…でも、それも全部、私が受け止める。絶対に日陰のことは見捨てないよ」



日向は、私の目をしっかりと見つめながら、曇りなき眼でそう言った。



「…わかった。日向を信じるよ」



私は、彼女を部屋に招き入れ、並んで座る。



「本当に暗い話、だから…聞きたくなくなったり、気分が悪くなったりしたら、止めてくれていいからな」


「うん。…日陰も、無理して全部話そうとしなくていいからね」


「…わかった」



それから、大きく深呼吸をして、私の過去をぽつりぽつりと話した。


私が忌み子だったことも、親が私のせいで命を奪われたことも、全て。


途中で息が詰まったところもあったが、日向は嫌な顔ひとつせずに、真剣に聞いてくれた。



「…それで、今に至るというわけだ」



私はそう話を締めくくると、日向は俯いて、スカートをきゅっと握りしめた。


その肩は小刻みに震えている。



「…日向?」


「…なんで」


「……?」


「…なんで、こんなに素敵な人なのに、日陰が、そんな…」




「なんで日向が泣いてんだよ…」



顔を上げた日向の目から、大粒の涙が零れていた。



「だって…日陰がそんなに酷い目にあってたなんて…」



ひっくひっくとしゃくり上げながら、声を震わせた。



「最後まで聞いてくれて、ありがとうな。…これから、無理して私と関わろうとしなくていいから」


「…そんなこと言わないでよ!」



日向は、立ち上がろうとした私の服の裾にしがみついて、泣きながら叫んだ。



「日陰は私のことを信じてくれてるんでしょ?…それなのに、なんで自分で離れようとしてるの…?」


「だって、こんな私といても…迷惑になるだけだろ」


「迷惑だなんて思ってないよ!!…私は、これからも日陰と一緒にいたいよ……だから、私を…1人にしないで…」



言葉の最後は、消えてしまいそうなか細い声になっていた。



「日向…」



日向の必死さに引き戻されるように、私はもう一度日向に向き合って座り直す。



「本当に、ありがとうな。…私のことをこんなに必要としてくれる人は、日向が初めてだよ。…だから、すっごく嬉しい」


「日陰…?」





「こんな私でも…これからも、友達でいてくれるか?」


「…!!もちろん!」



日向は目を輝かせて、私に抱きついた。



…そっか。


私の不安は、どうやら杞憂だったようだ。


日向は、日向達は、今まで私が出会ってきた人間とは全然違っていた。






頬を温かいものが伝う。



「あれ、日陰も泣いてる…?」


「…嬉しくって、な」


「いいよ…今まで辛かった分も、思いっきり泣いて」



優しく背中を撫でられる。


涙が次から次へと溢れてきて、しばらく止まりそうになかった。


日向は、ずっと私を抱きしめ続けてくれた。





―――――やっと、私の存在を受け入れてもらえた。

























ꕤ第3節 満天星の新芽ꕤ







1.《杜若の花》

Point of view:purple




『退院できるよ』と聞いた時は、ただただ純粋に、嬉しかったんです。


ようやくみんなと同じ生活ができる、という期待に満ちて、うずうずしてしまうくらいでした。



今までずっと病室の中で1人だったので、学校に行けることが、他の友達と出会えることが、本当に楽しみだったのです。















「星河さんって、ずっと休んでた子?」


「そうそう、今年から復学するんだって」



私に対するみんなの印象は、『ずっといなかった子』『病気でずっと休んでいた子』くらいだとはわかっていました。



でも…



「えーっと…星河さん、だっけ。病気だったんでしょ?今はもう大丈夫?」



私の学校の中等部は外部生とは別のクラスなので、私のクラスには小学生から一緒だった人しかいません。


6年というブランクはなかなか大きなもので。





みんな、私には腫れ物に触るように話しかけてきます。


気にかけてくれるのは嬉しいのですが、普通に接してほしいというのが正直なところです。


なんだか、病気だったからという理由で距離を置かれている気がしてならないのです。




ここでも、私は1人なのでしょうか―――――?










2.《夕暮れと童心》

Point of view:yellow





中等部に進級し心機一転…といっても、クラスの面子には顔見知りしかいないのでそこまで実感は湧かない。


変わったところといえば制服がサスペンダースカートからセーラー服になったくらいだろうか。




「では、今日の体育はグループを作って体力作りです。3人で班を作ってください」



体育の授業は時折恐ろしいことを言ってくるので油断ならない。


私と日陰は他の人とはほとんど話したことがないので、3人グループと言われると微妙な雰囲気になってしまうので申し訳なくなる。


しかし、今回は違った。



「あの…盞野さん、でしたっけ。一緒のグループでもいいでしょうか?」



おずおずと尋ねてきたのは、星河さんだった。



「いいよー。あ、でも盞野さんだとどっちを呼んでるかわからなくなっちゃうから、下の名前で呼んでほしいな」


「わかりました、せっかくなので…日向さんと日陰さんも、私のこと下の名前で呼んでほしいです」


「わかった。よろしくね、茉莉花」


「…よろしく、茉莉花」



日陰が自分から話す、ということは、

星河さん―――茉莉花のことは信じられそうということだろうか。



日陰は、今まで私や私の両親以外の人とはほとんど話せない。

本人曰く、信頼できそうだと思う人としか話せる気が起きないとのことで。

彼女の過去を考えれば当然のことなのかもしれない。


また、彼女には信用できそうな人は眼を見ればなんとなく反応するものがあるという。


私にはよくわからなかったが、彼女にしかわからない何かがあるのだろう。






これを機に、私達と茉莉花はよく話すようになった。



茉莉花は今年から復学したので、名前を知っているとはいえ馴染みのない人ばかりだったため、孤立してしまっていた。


確かに、茉莉花にとっては初対面の人達でも、クラスメイトにとっては知り合いの集まりでしかない。

ある程度グループ分けされていて、入りづらいというのはよく分かる。


私も学校に行けるようになったばかりの時はそうだった。



もともと他人と話すことが得意ではないという共通点もあってか、私達の距離はどんどん近づいていった。





***





「あの…定期試験も一段落したところですし、2人が良ければ私の家に来ませんか…?」



ある日の放課後、茉莉花はもじもじとしながら私達に声をかけた。



「私はもちろんいいよ。日陰は?」


「…いい、よ」


「わぁ…!ありがとうございます」



茉莉花の顔がぱっ、と輝く。


私達は、他の友達の家に遊びに行くのは初めてだ。

きっと茉莉花も同じなのだろう。






私達は、茉莉花の家に向かう道中で、茉莉花の家のことをたくさん聞いた。



どうやら茉莉花の家にはハムスターがいるらしい。

もふもふマニアとしては見逃せない。



「えっと、ここが私の家です。どうぞ入ってください」


「お邪魔しまーす」


「お、お邪魔します」



茉莉花の家は、可愛らしい一軒家だ。

何やら古そうな人形がたくさん置いてある。



「茉莉花、この人形って…」


「私の母はアンティークなものが大好きで集めているんです」


「へー、私結構好きかも」



玄関を抜けると、同じようにお洒落なリビングになっていた。

どうやら茉莉花の家族は留守のようだ。



「この子達が星河家の癒しです~」



茉莉花はハムスターが入っているケージを開けて、中から真っ白なハムスターを優しく手に乗せていた。



「可愛い…」



私はもふもふマニアを名乗るほど動物好きだが、日陰もなかなかに小動物に興味がある。



「触ってみますか?」


「いいの!?お願い!」


「…私も」




茉莉花のハムスターは3匹いて、私はオレンジと白の子を、日陰は灰色の子を掌に乗せてもらった。

指先がふわふわの毛に埋まる感じが堪らない。



「…可愛いな」


「もふもふって最高…」


「ふふ、一緒に可愛がってくれて嬉しいです」



ハムスター達を丁寧にケージに戻して軽くお礼を言ったあと、私達は茉莉花の部屋へと向かった。


茉莉花の家はどの部屋にいても微かに紅茶の香りがしており、とても落ち着く空間だった。










3.《暖かな陽の光》

Point of view:green




茉莉花の部屋は、お洒落であると同時に女の子らしい部屋だった。

ベッドや棚の上にはぬいぐるみが置いてある。



「わぁ、可愛い部屋だね」


「…ありがとうございます」



茉莉花にすすめられ、ベッドの上に並んで腰掛ける。


ベッド横のミニテーブルに置かれている写真立てが目に入った。



「あの、茉莉花、これ…」


「あぁ、これは院内学級のみんなと撮った写真ですね」



その写真は、病衣に身を包んだ茉莉花と、同じ格好をした子供たちや看護師らしき人達が笑顔で映っているものだった。



「茉莉花って、今年から復学したんだったな」


「はい。…私、こうして復学するまで、ずっと院内学級にいました。でも、一緒にいた友達が退院して離れてしまったり、退院できないまま亡くなってしまう友達もいて…楽しかったですが、いつ離れ離れになるかわからない環境で複雑な気持ちだったんです。だから、早く退院して、普通に学校に通いたいとずっと思っていました。でも…」



穏やかだった表情がすっ、と険しくなる。



「普通に学校に通うことができても、やっぱり健康な子と私には距離ができてしまうんです。それでみんなに話しかける勇気も出なくて…正直、病室にいる時とそんな変わらないくらい、ずっと物寂しくて……だから、こうして日向さんと日陰さんが私と仲良くなってくれて、すっごく、すっごく嬉しいんです。本当にありがとうございます」


「茉莉花…」



茉莉花はふわりと微笑む。

彼女の蒼い瞳からは今にも涙が溢れそうだった。







4.《瞬く星、一筋の雫》

Point of view:purple



思っていることを一気に伝えてしまった後、私はふと我に返り、1人で内心あたふたしていました。



「あっ、えっと、すみません、こんな暗い話」


「…ううん、話してくれてありがとう、茉莉花」



日向さんは優しく微笑み、日陰さんは頬を染めながら目を逸らします。


2人が一瞬目を合わせたかと思えば、徐ろに私の手を取り、きゅっと握りました。



「大丈夫。私が…私達が、そばにいるから」


「私も…役に立てるかはわからない、けど、茉莉花と一緒にいたい」



2人の温かい気持ちが、じわりと伝わってきます。

目頭が熱くなるのを感じました。



「……本当に、ありがとうございます。2人と友達になれて…本当に良かった…」



2人の夕焼けに照らされた柔らかい瞳は、まるで木漏れ日のようで。


その光の下にいるように、私の心も温もりを帯びていくのでした。



















ꕤ第4節 幼くも強かな鈴蘭ꕤ







1.《銀朱の花》

Point of view:red



私は、人間ではない。

私には、何故か人間の血の他に、猫の血が混じっている。


私の両親は亜人ではないが、遺伝子の突然変異だと医師

は言った。


亜人は稀少なため、解明されていないことも多く迷信や誤解もある。


そのせいで、私は両親に拒絶された。



『こんな子供になるくらいなら産まなきゃよかった』


『お前が産まれなければ、こんなに苦労することもなかったのに』



生まれてから名前すらもまともに呼んでもらえず、私はただ両親のサンドバッグと化していた。


両親のストレスは全て私のせいにされて、私に対する暴言や暴力は日常茶飯事だった。


しかし、ある日そんな両親の異変に気づいて訪ねてきた祖母に保護されたのだ。


保護、といってもかなり手荒だったのだが。




そして、私は遠く離れたこの水森町にある祖母の家で暮らすこととなった。


祖母の家に到着するとすぐに、家から連れ出される途中で、両親と取っ組み合いになった時につけられた傷の手当をしてもらった。

そのついでに、虐待の傷も。



…私のせいで、みんなに余計な迷惑をかけてしまう。


…私が亜人だから。人間に生まれなかったから。


…これ以上みんなに迷惑をかけないように、亜人であることを隠さなければ。


…おばあちゃんにも迷惑はかけたくないし、祖母以外の人に亜人だと気づかれたら…きっと受け入れてもらえない。


…手のかからない亜人にならなければ。


…人間のようにならなければ。



そう心に決めた時、包帯の下の傷がひり、と痛んだ。









2.《新たな出会い》

Point of view:purple




ドキドキと脈打つ心臓を押さえながら、新しいクラスの名簿を受け取りに行きます。



(どうか、日向さんと日陰さんと一緒のクラスですように!)



意を決してばっ、と2つ折りにされていた名簿の紙を開きます。


自分の名前より先に、私より出席番号の早い日向さん達の名前が見つかりました。



(お2人は、同じクラスなんですね…良かった)



そしてそのまま目線を下の方へと向けますと、そこにはしっかりと『星河 茉莉花』の文字がありました。



心の中で大きくガッツポーズをします。



「茉莉花茉莉花!私たち今年も同じクラスだよ!」


「…良かった、な」



日向さんの弾んだ声と、日陰さんの嬉しそうな声が聞こえます。



「はい!2年生もよろしくお願いします♪」


「うん!」


「…そういえば、2年から外部生も同じクラスなんだな」


「そうですね、どんな子が入ってきたんでしょう?楽しみです」


「私達の前の鈴未さんって子も、きっと外部生だよね?仲良くなれるといいなぁ」




***





新しい教室、新しいクラスメイト、新しい席。


「進級」という行事を体験するのは、考えてみれば今回が初めてです。



担任の先生が来られるまでの待ち時間に、私は勇気を出して近くの席の子に声をかけてみました。


皆さんにこやかに話してくれて、少し安心です。





Point of view:green




話せる人がいなくて後ろにいる日向と話そうとしたが、日向は他の人に話しかけられていて、入るに入れない空気だった。


とはいえ、長くなりそうな待ち時間に何もすることがないのはつらい。


それに、私もいつまでも日向達の後ろに隠れている訳にはいかないのだ。


私はなけなしの勇気を振り絞り、前の席の人に話しかけてみることにした。



「あっ、あの…鈴未、さん」


「…え、あ、盞野、さん?」



相手――鈴未さんも同じくらい緊張している様子だった。何だかホッとした。



「えっと…これからよろしく、な。その…私、話すのあまり得意じゃなくて…」


「ううん、私もだから…大丈夫だよ」



ぎこちない会話だが、鈴未さんとは仲良くなれそうだ。




***




新しい担任の先生とのホームルームも終わり、下校の時間になった。



「日陰~。茉莉花待ってから一緒に帰ろ」


「日向、鈴未さんも一緒にいいか?…方向、同じみたいだし」


「お待たせしましたー…あら、新しいお友達ですか?」


「あ…よろしくお願いします…」



日向と茉莉花は鈴未さんを快く受け入れてくれた。


家までの道中、私達はお互いに軽く自己紹介を済ませたのだが、いつの間にか鈴未さんは質問攻めにされてしまっていた。



「鈴未さんって、中等部から入学したの?」


「…うん。去年は5組だったよ」


「私達は4組だったので、実は隣のクラスだったんですね」


「あ、でも…私は去年あまり学校来てなかったから…全然、この学校のこととかわからないんだ。だから、その…」


「そっか、それじゃあ私達ができるところは案内するね」


「わからないこととかたくさん聞いてくださいね~」


「………ありがとう」



***



しばらく話しているうちに、鈴未さんの最寄り駅に着いたようだ。



「私、ここだから…じゃあ」


「うん、ばいばーい」


「また明日な」


「明日も話しましょうね~」



私達はニコニコと手を振ったあと、2人の視線が一斉に私に向いた。



「日陰、ついに自分から話しかけるようになったんだね!私びっくりしちゃった」


「いや、その…」


「日陰さんのお友達でしたら、私も仲良くなりたいです!」



茉莉花はともかく、日向は少し失礼じゃないか?


まぁでも、自分から話しかけたのはこれが初めてに等しいから、いいか。



「鈴未さん、静かな子だったね」


「はい。それに、去年まで学校に行けていなかったそうですし…もしかしたら私達と同じかもしれませんね」


「うん…私も、何だか仲良くなれそうな気がした」









3.《伏し目の裏で揺らぐ尾》

Point of view:yellow




それから私達は、鈴未さん―――累とよく話すようになり、かなり打ち解けることができた。



新学期ムードが一段落したあと、すぐに宿泊学習の準備や事前学習が始まった。


どうやら宿泊学習は親睦会も兼ねているらしい。


これは累や茉莉花のことをさらに知る絶好のチャンスだ。



「それでは、宿泊学習の部屋割りを決めます。みんなでしっかり話し合って決めてください」



学級委員のお決まりの言葉と共に、教室の中が話し声で満たされる。




「日陰ー、茉莉花ー、累ー。一緒の部屋にしよ」


「…いいよ」


「もちろんです~」


「…うん」




案の定すぐにグループが決まった。


室長は私となり、その他の係などの話し合いもすんなりと終わった。


目的地である芒山の周辺の体験学習について話を聞き、あとは事前学習のみとなった。


当日が楽しみだ。





Point of view:red



数日後に、宿泊学習が迫っている頃。


私は素直に楽しみにはなれなかった。



私の力はそう弱くはないらしいが、1日中亜人の耳と尾を隠し続けることはできない。


つまり、みんなに亜人であることを言わなければならないのだ。



でも、日向達は4人で過ごす宿泊学習を楽しみにしてくれている。


せっかくの機会なのだから、行かないときっと後悔するだろう。



楽しみと不安で、私の心は揺らいでいた。



枕に顔を埋め、結論を出そうと思考を巡らせていた。



「累ちゃん」



階下からおばあちゃんの声がしたところではっと我に返り、はーい、と返事をする。


慌てた声になっていなかっただろうか。



「累ちゃん、今度宿泊学習があるでしょう?これ、その時のためのお薬ね」



おばあちゃんはそう言い、薬の入った可愛らしい猫柄のポーチを差し出した。



「…ありがとう」



私はにこやかに受け取ったが、その裏ではぐるぐると不安が渦巻いていた。






***





あっという間に時間は経ち、宿泊学習当日となった。


力を維持できるのは、頑張っても夕方までだろう。


まだクラスメイト全員に言う必要がないから良かったものの、日向達には確実に伝えなければならなくなる。



ずっと昼間だったらいいのにな、と呑気なことを考えていた。



春の芒山にはぽつりぽつりと可愛らしい花が咲いていた。

私はそんなに植物に詳しくはないが、花が好きだという日向の話を聞くのは楽しかった。



「あ、そういえば累さんって何が好きなんですか?」



日向の話に耳を傾けていた茉莉花は、私の方に目を向けた。


あーそれ私も気になるな、と日向からも期待の篭った眼差しが向けられる。



「私は…星が好きかな」


「星かー!いいね、それ」


「星ってなんだかロマンチックですよね~!」



きゃっきゃっと盛り上がる日向と茉莉花を見ると、自然と頬が緩む。



「…累、楽しそうだな。なんか安心したよ」


「別に、そんなんじゃ…」


「あー、累がまたツンツンしてるー」


「……うるさい」









4.《幸福の再来》

Point of view:red




日が傾くにつれて、私の中の焦りがじわじわと大きくなっていった。


そろそろ力が弱まってくる頃だ。


そんな私の葛藤は露知らず、日向達は就寝前の雑談に花を咲かせていた。



「…っ、あの、みんな」


「ん?どうしたの、累」



話の切れ目になった隙にみんなに呼びかけてみると、一斉に視線が私へと集まる。


掌に汗がじわりと滲み、座っているので目立たないものの足が小刻みに震える。



「どうしたんですか?累さん」


「えっと…みんなに言わないといけないことがあって」


「…累、大丈夫か?顔色が悪いぞ?」



正直、力の限界が近かった。

力が尽きる前に伝えてしまいたいが、どうも上手く言葉が出てこない。



「…あのっ、私、実は――――」



ポンッ




私が言い切る前に、軽い音を立てて私の猫の耳と尾が現れてしまった。


みんなが息を呑む音や、えっ、という驚いた声が聞こえる。



「…実は私、猫の亜人、なんです…力をちゃんと維持できなかったけど…」



私は恥ずかしさや絶望感から、消え入るような声でようやく本題を伝える。



「亜人、って…本当にいたんですね…」



茉莉花は目を丸くさせて、おずおずと尋ねてくる。



「まぁ、ここにいるみんなは訳ありだから、否定する人はいないからな」


「それはもちろんです!」


「…そう、なんだ」



日陰と茉莉花の言葉で、私の不安は杞憂だったことが分かり、肩の力がふっと抜ける。


そんな2人の後ろで、日向は俯いて唇を震わせた。



「あの、日向さん…?どうしました?」



普段とは明らかに様子の違う日向に、私達は戸惑いを隠せなかった。


すると日向は、急にばっと顔をあげた。



「可愛いっ!!」


「…へっ?」



今まで聞いたことがないくらいの彼女の大声に、私は間の抜けた声が出てしまった。



「なにその可愛い隠し事!?もふらせて!!」


「えっ、あっ、ちょっ、落ち着いて…」



日向が目を輝かせながら迫ってくるので、少し恐怖すら覚える。


想定外というレベルではない展開に、私は完全にキャパオーバーだった。



「あはは、累さん顔真っ赤~」


「まぁ、もふもふを見た日向は止められないからな。ちょっとの間耐えてやってよ」


「えぇ……」



私が日向にもふられている間の様子は、しっかりと茉莉花のスマホに収められたのだった。


















ꕤ第5節 白詰草に再び光をꕤ







1.《一斤染の花》

Point of view:pink



私は、ダンスだけが取り柄だった。


頑張って踊ると、みんなが笑顔になって喜んでくれる。

その瞬間が大好きだった。




――しかしある時を機に、私の自信は消え失せたのだ。






その日は、大事なコンクールの日だった。


みんなで必死に練習して、何度も自主練習を重ねて。


私達の集大成を見せると燃えていたとき。




ついに私達の番となり、音楽がスタートした。

みんなの士気もMAXで、途中まで絶好調だった。


私がセンターで踊る場面になった、その時だった。



急に緊張がこみ上げてきて、フリを思い出せなくなってしまった。

頭が真っ白になって、今までみんなと話し合ってきたことも、全て吹き飛んでしまったかのように何もできなかった。


見に来てくれた人達や審査員の人達は、笑顔になるどころか呆れたような、見ていられない、というような顔をしていて。


私はみんなの努力を台無しにしてしまったのだ。


仲間のみんなは演技の後必死に励ましてくれたが、その気遣いが逆に私の心の傷を抉った。





それから、私は舞台に立つ、目立つことを考えると胸が苦しくなるようになった。


それでもダンスは続けているが、コンクールや発表会にはあの時以来出られなくなってしまった。



でも、私にはダンスしかないのだ。


その特技を輝かせたいのに、試みる度にあの時の景色が頭をよぎって、体が言うことを聞かなくなる。






どうしたらいいの――――――――?









2.《偶然の出会い》

Point of view:green



いろいろありすぎた宿泊学習から戻り、私達は普通の学校生活を送っていた。


みんな、心做しかグループの面子が変わっている気がする。


私と累はなにかと気が合うようで、このメンバーの中でも特に話すようになった。



今日も、移動教室の帰りでみんなと話していた時のこと。


4人で横1列だと邪魔になるので、2人ずつ2列になって歩いていた。


前では日向と茉莉花が話している。


私も累と他愛のない話をしていると、見慣れない人が話しかけてきた。



「累ちゃん!!!学校に来れるようになったのね!!」


「あ、夢美」



妙にテンションの高い人が、累のことを呼び止める。

正直、累はこういうタイプの人は苦手だと思っていたのだが。



「…?誰だ?」


「あっ、えっと…」


「累ちゃんのお友達かしら?私は白草夢美!去年累ちゃんと同じクラスだったの!よろしくね♪」


「あ、うん…よろしくな。私は盞野日陰」


「あら、日陰ちゃんね!日向ちゃんの方と同じ委員会なのよ!せっかくのご縁なんだから、仲良くしてくれると嬉しいわ!」


「あれ、夢美だー。累と知り合い?」


「なんだ、累ちゃんと日向ちゃんも仲が良いのね!それなら話が早いわ」


「累さんのお友達さん、初めまして~。私は星河茉莉花といいます」


「よろしくね、茉莉花!」



日向と茉莉花が振り向いて、話に混ざる。


なんだか私だけ蚊帳の外な気がするが、仕方ない。


白草さんの第一印象は、『苦手なタイプの人』だった。

私とは正反対で、顔が広く、明るい前向きそうな人とは相性が悪い気がした。



予鈴のチャイムがなったので、私達は各々の教室へと戻った。



***



いつもより長く感じた授業が終わり、休み時間になった。


特にすることもなかったので、私は前にいる累に話しかける。



「累、さっきの…白草さんって人と仲良いのか?…その、悪くは言わないけど、累が話す人としては珍しいタイプだな…と思っただけで」


「いや。むしろ苦手だよ」


「…へ?」



あまりにもはっきりとした答えに、思わず変な声が出てしまう。



「タイプとしては苦手、だけど…私が学校に行けなかった時に、出席番号が近いからってプリントを届けに来てくれたりして…それで、なんか自然と話すようになった、って感じかな」


「あぁー…なるほどな」


「それに…」



累が頬杖をつきながら、廊下の方向を見つめる。



「ああ見えて私達と同類だよ、夢美って」


「そう、なのか…?」



どうやら、何か2人だけが知っていることがあるようだ。気になったが、余計な詮索はあまりしないでおく。




***




Point of view:red



その日の帰り道。


家の方向が同じである夢美と一緒に、心地の良い暖かい風に吹かれながら歩いていた。



いつものように話していたが、私は少し違和感を覚えた。


普段は私の目を見ながら話す彼女が、今日は全然目が合わない。


たまたまだろうか、とその日は思っていた。








3.《決意の炎を灯すために》

Point of view:red




しかし、それが何日も続いたので、流石に何かあったのかと心配になってきた。


いつも私は夢美に助けられてばかりなので、私も彼女の背中を押したい。



でもどんな言葉をかけたらいいのか、そもそもどうやって悩みについて聞けばいいのか、私はわからなかった。



『何かあったら、遠慮なく頼ってくれよ。…その、私と累、なんか似てる気がするから―――――』



いつか、日陰がかけてくれた言葉を思い出す。


…今は、頼ってもいい人がいる。1人じゃない。



私は、今日一緒に帰る予定だった夢美の誘いをなんとか断り、日陰に声をかけた。



「日陰…!今日の放課後、時間ある…?」




***



Point of view:green



珍しく累から誘われて、私達は学校の近くの小さなカフェに来ていた。


日向達と見つけて、4人でよく来ている場所だ。


でも、今日は一段とお客さんが少なかった。


私達は、目立たない隅の方の席に腰掛ける。



「それで、その…相談があるんだけど」


「おう…累から相談なんて珍しいな」



累は一瞬ムッとした表情を見せたあと、真剣な目になって本題に入る。



「えっと、この前話してた夢美のことなんだけど…」


「うん」


「単刀直入に言うと…最近夢美の様子がなんか変なんだよね」


「…というと?」


「なんか、上の空っていうか…いつも何か考え事してるみたいな感じ」


「なるほどな…それで、白草さんのことを心配してると」


「別に、そんなんじゃないけど…」



累は視線を逸らした。



「その、私そんなに話すの得意じゃないから…どうやって事情を聞いたらいいかわからなくて」


「…それ、私に聞くか?」


「…せめて一緒に考えてよ」


「はいはい、分かったよ」



考えている間に、注文した抹茶ラテとコーヒーが運ばれてきた。

会釈をして店員さんに軽くお礼を言うと、話を再開する。



「んー、やっぱり素直に聞いた方がいいと思うけどな」


「そんな簡単に言わないでよ…」


「まぁ、私もそういうのは苦手だけどな…変に回りくどくするよりそっちの方がいいだろ」


「それはそうだけど…」


「それに、白草さんとは私より付き合い長いんだろ?だったら大丈夫だと思うけど」


「…………ん、分かった」


「心配なら私も一緒に行くか?」


「いや、それはいらない」


「即答かよ…」



累はしばらく考えた後、決意をしたようにそう返事した。


結論はどうであれ、今まで1人で抱え込んでしまっていた彼女が、私を頼ってくれるのは内心嬉しかった。

こんなことは恥ずかしくて本人には言えないけど。



その後、他愛のない話をしてカフェを後にした。



「それじゃ、その…頑張れよ」


「…わかった。えっと……ありがとう」



お互いに素直じゃないな、と改めて思った。




***


Point of view:red



日陰に相談して、ようやく決意できた。


勇気を出して、夢美に事情を聞いてみよう。

私だって、夢美の友達なんだから。



次の日の放課後、私は学校の中庭に彼女と来ていた。



「…累ちゃん、話って何かしら?」



相変わらず目は合わない。やっぱり何かおかしい。



「えっと…夢美、最近何かあった?」


「…どうしたの、急に」



夢美は一瞬目を細めた後、いつもの調子に戻った。

図星だったのだろうか。



「…だって、いつもはうざいくらい目を合わせてくるのに、最近は合わないし…なんかぼんやりしてるし」


「…よく見てるのね」



夢美は諦めたように苦笑いすると、ようやく事情を話してくれた。



「今度、体育祭があるでしょう?…それの、ダンスリーダーに推薦されちゃったのよ」


「…」



本来であればおめでとうと言いたいところだが、彼女となると話は別だ。


彼女は舞台に上がること、目立つことにトラウマがあるとこの前教えてもらったのだ。


しかも、体育祭のダンスはクラスごとだ。

その中のリーダーとなれば、目立つということは覚悟しなければならないのだ。



「…断ることも考えたんだけど、私以外にダンス経験者がほとんどいなくて…断る雰囲気じゃなくなっちゃったの」


「…そっか」


「累ちゃん…どうしたらいいのかしら…?」



いつになく真剣で、それでいて本気で助けを求めるような眼差しに、私は押し黙ってしまう。


私は夢美と違って、トラウマ以前に目立つことは苦手だ。

前の私ならば、私に聞くことじゃないよ、と突っぱねてしまうだろう。


でも、今の私は違う。

友達として、夢美を助けると決めたのだ。



「…私は、そもそも目立つとか苦手だから、参考にならないかもしれない、けど……」



一生懸命に言葉を探しながら、私の考えをしっかり伝えようと試みる。



「…私は、夢美のダンス、見たいよ」


「…でも…」


「……失敗しても、他の人から馬鹿にされても、責められても、私達がいる、から。その…私が言えることじゃないけど、もっと自信持っていいと思う…」



他の人を励ますことに慣れない私は、言葉がぎこちなくなってしまう。


でも、これが私の素直な考えだ。



「……そっか、ありがとう。累ちゃん…もうちょっとだけ、頑張ってみるね!」



ようやく彼女に笑顔が戻って、胸を撫で下ろす。


こんな私でも、誰かを支えられるんだ。



ほんの少しだけ、自分に自信を持てた気がした。







4.《本当の輝き》

Point of view:pink



累ちゃんの言葉を聞いて、もう少しだけ頑張ろうと決めた。


あの後ダンスリーダーを引き受け、私はみんなと練習を重ねた。

クラスの中で数少ないダンスリーダーの子とも協力しながら、なんとか続けることができた。



***




そして、いよいよ本番。


あっという間に私達のクラスの番になり、グラウンドの中心へと向かう。



「夢美!…その、頑張ってね」



席を立った時、累ちゃんが私のところへ駆け寄ってきて、応援してくれた。



「うん!頑張ってくるわね!」



私は累ちゃんの目をしっかりと見て、そう答えた。




そして、ついに音楽が流れ始めた。


前半は皆で踊って、後半はダンスリーダーのソロがある。


前半は練習通り上手くいった。


そして、1番緊張していたソロの場面になった。


胸が早鐘を打つが、私は死に物狂いで踊った。


いつの間にか音楽が鳴り終わる。


すると、劈くばかりの歓声がグラウンドに響いた。


あぁ、この感覚。

舞台に立てなくなっても、忘れることのなかったこの心地良さ。



余韻に浸りながら自分の席に戻ろうとすると、隣のクラスの席からみんなの声が聞こえた。



「夢美ーー!!すごかったよーー!!」


「とってもかっこよかったですー!」


「日向ちゃん!茉莉花ちゃん!ありがとう!!!」



その近くにいた日陰ちゃんと累ちゃんも、笑顔で手を振ってくれている。



私は心からの笑顔で手を振り返した。


















ꕤ第6節 暗がりに咲く蒲公英ꕤ







1.《浅縹の花》

Point of view:blue




私は、勉強が好きだった。

みんなは嫌っていたけれど、私は新しいことを知るのが大好きで、ただ好きなことをしていただけなのに。



『また蒲吹が1位かよ…調子に乗りやがって』

『蒲吹さんかぁ…地味なガリ勉って感じ』

『よくあんなのやってられるよね』



スポーツが好きな子は受け入れるのに、勉強が好きな私はダメなの?どうして?


成績が上がっても、周りからのブーイングのせいで素直に誇れない。




他人と話すのが苦手だから私の好きな勉強を活かしたかったのに、むしろ距離を置かれてしまう。


それどころか、授業やテストの後には陰湿な悪口まで聞こえてくる。



少しでもみんなと話したくて、学級委員になったのに。

誰も認めてくれやしない。



…そっか。


他人と話せなくて、みんなの嫌いなものが好きな人は、認めてもらえないんだ。否定されるだけなんだ。



―――――――わかったよ。








2.《思わぬ転入生》

Point of view:purple




進級し、新しいクラスの教室に入ると、少しざわついていた。


同じクラスになった茉莉花に、何があったのか尋ねてみる。



「おはよー、茉莉花。何かあったの?」


「おはようございます、日向さん。どうやら転入生が来たようですよ!どんな子なんでしょうか?楽しみです」



茉莉花がニコニコと答える。


転入生?中3で?ここに?


私は内心とても驚いていた。

なぜなら、白桜は入試以上に転入生試験が難しいといわれているからだ。


白桜は割と偏差値が高いといわれている上、高校への進級が間近である中3の転入生試験だ。きっと私達でも難しいものだろう。

それを突破した人がいるなんて。


クラスのみんながざわつくのも納得である。



「それってめっちゃすごくない?なんて名前の子なの?」


「えっと…蒲吹 晴空さん、だそうです。私の後ろの席ですね!仲良くなれるでしょうか」



茉莉花は目を輝かせた。


蒲吹さん…か。

きっとすごく真面目な子なんだろうな。





ホームルームが始まるまでの間、私は特にすることもなく、周りに仲が良い人がいる訳でもなく。

ぼんやりと茉莉花の席の辺りを眺めていた。


せめて、日陰達のうちの誰かがいたら話せたのになぁ、と思っていると、茉莉花が蒲吹さんに話しかけた。


蒲吹さんはかなり吃驚していたが、ぎこちないながらも和やかに話していたので、なんだか温かくなった。


私も混ざりたかったが、いつ先生が来るのかわからないので席を動けない。

出席番号が遠いのが恨めしくなる。






ようやく下校時間になり、私は即座に茉莉花の席へ向かった。



「やっほー。蒲吹さんとは仲良くなれた?」


「はい!とっても可愛らしい子なんですよ~」


「ちょっ、星河さんやめてください…」


「あら、敬語じゃなくてもいいですよ?あと、茉莉花でいいです」



それはブーメランなんじゃないか、と心の中でつっこむ。



「私は盞野 日向。よろしくね、蒲吹さん」


「蒲吹 晴空です…よろしくお願いします」



蒲吹さんの声は思ったより小さく、可愛らしいものだった。

どうやら私が思っていた人物像とは違うらしい。



「茉莉花も言ってたけど、敬語じゃなくていいからね」


「はっ、はい」





***



クラスの役職も決まり、進級モードがひと段落した頃。


私は安定の図書委員で、茉莉花は緑化委員になった。

蒲吹さんは、学級委員だ。


あんなに小動物みたいな感じだったのに、随分積極的な子なんだな、と思っていた。


そして、蒲吹さんはとても勉強熱心だった。

授業の合間の休み時間でさえ、勉強をしている。

やっぱり真面目な子、というのは当たっていたようだ。


茉莉花に話しかけようかと思ったが、今は不在だった。

隣のクラスの日陰達と話しに行ったのだろうか。



「やっほー、蒲吹さん」


「あっ…どうも」


「勉強、好きなの?」


「…うん。自分の世界が広がる、っていうか……あっ、ごめんね。ガリ勉みたいなこと…」


「ううん、全然そんなことないよ」


「……そっか」



心做しか、蒲吹さんはとても嬉しそうだった。




***



Point of view:green



日向と同じクラスになれなくなったのは残念だが、自分で言い出したことなのだから仕方がない。


今まで、私の性格などを考慮し日向とは同じクラスになるようになっていたのだが、友達が増えたり、少し話せるようになったこともあり普通の双子と同じクラス分けになったのだ。


母は成長したのね、と笑っていた。



とはいえ、今年は累と夢美が同じクラスだ。

思ったより賑やかになりそうだった。





放課後、図書委員の当番だという日向をみんなで待っていると、見慣れない人を連れてきた。



「紹介します、蒲吹 晴空さんです!」


「私達のクラスの転入生なんですよ~!」



日向と茉莉花が目を輝かせながら説明する。

転入生…となると、かなりすごい人なんじゃないか?



「そうだったのね!よろしくね、晴空ちゃん!私は隣のクラスの白草 夢美よ!」


「…鈴未 累」


「えっと、盞野 日陰だ」


「日陰は私の片割れだよ~。仲良くしてね」


「片割れって…」


「あ、よろしくお願いします…」



ひと通り自己紹介を済ませると、蒲吹さんと一緒に帰ることになった。



「ちなみに、蒲吹さんも本好きなんだって」


「へー、そうなのか」


「うん。小説とか一応よく読むけど…」


「それじゃあ日陰さんとも話が合いそうですね!」



私は口下手だし、この様子だと蒲吹さんもそうだ。

共通の趣味があって良かった。



「えっと…白草さん以外私のこと苗字で呼んでるけど、晴空でいいよ」


「えっ、いいの?」


「じゃあ私達のことも名前で呼んで欲しいですー!」


「わかった。えっと…星河さっ…茉莉花…」



友達の名前の呼び方を変えるだけなのに、蒲吹さん――晴空は何故か少し照れていた。



「きゃー、晴空ちゃん可愛い~!!」


「ですよね!なんだか兎みたいです」


「うっ、兎?」


「確かに、兎だー」



なんだか真面目系から一気に癒し系に見えてきた。

小さくて照れ屋な様子は、確かに兎みたいだと思った。


夢美と茉莉花の背が高い2人に頭を撫でられて赤くなっている様子を見ていると…



「なんだか晴空って、累に似てないか?」


「えっ、何でよ」


「ほら、動物っぽいところとか、照れ屋なとことか…」


「私照れ屋じゃないんだけど…」


「…自覚なしかよ…」


「ちょっと、日陰…と…累、助けて…!」


「あはは…累、行くか」


「仕方ないなぁ…」



ぎこちないながらも名前で呼ぼうとしてくれる健気さが、とても可愛らしいなと思った。


その後、ターゲットが晴空から累に移ったことは言うまでもない。









3.《新たな世界と限界》

Point of view:blue



新しい友達が奇跡的にできて、学校生活はとても明るくなった。


しかもこの学校のクラスメイトは、私のことを突っぱねる人はいなかった。

だからこそ、優しいみんなのために頑張りたいと思ったのだ。


学級委員の仕事をここまで本気でやったのは、小学生以来かもしれない。



「やっほー、晴空。最近忙しそうにしてるけど、大丈夫?」


「あっ…うん。大丈夫だよ」


「最近は文化祭の準備で大変そうだよな」



日陰の言う通り、近頃は文化祭で集まることが多くなった。

その上テストも1ヶ月後に控えている。

日向達に勉強を教えるためにも、私が遅れをとる訳にもいかない。



なぜなら――――頼ってもらえるのが嬉しいから。







最終下校の時間まで話し合った後、家に帰って勉強を始める。

無我夢中でやって、気がつくと丑三つ時になっていることもあった。




それでも、休んでいる余裕はない。


頑張らないと、こんな私ではみんなに見放されてしまうかもしれないから。


もっと、頑張らないと。




***




「晴空さん?顔色が悪いですよ?大丈夫ですか?」



茉莉花が心配そうに声をかけてくれる。


正直、寝不足と疲れで体は悲鳴を上げ始めていた。

しかし、その悲鳴に耳を傾けている暇はなかった。



みんなに見捨てられたくない。

せっかく私の内面を見てくれる人達を見つけたのに、手放すのは絶対に嫌だ。


もっと、もっと努力しないと―――――――――







Point of view:purple



もうすぐ文化祭。

私は文化祭実行委員として、学級委員のみなさんと一緒に準備を進めていました。


学級委員のみなさんは随分前から話し合いを重ねていたようで、本当にありがたいです。


もちろんその中には、晴空さんもいて。


最近、日に日に晴空さんの顔色が悪くなっているような気がします。


今日は特に、様子が変です。

私達が話しかけても意識がどこか上の空だったり、まだ暑さが残っている季節なのに寒がったり。


熱があるのではと思い声をかけてみましたが、彼女は『大丈夫』の一点張りで。


本人はそう言っていますが、やっぱり心配です。



今日の作業がひと通り終わったところで、もう一度晴空さんに話しかけてみました。



「晴空さん、そちらはどうですか?」


「えっ…あぁ、うん。順調だよ」


「どれどれ…あら、ここちょっとずれてますよ?晴空さんにしては珍しいですね」



晴空さんらしくないミスが続いていて、どう考えてもおかしいです。



「あ…ごめん。直しとく………っ!」



その予感は的中してしまいました。


晴空さんはぐらりと傾いて、倒れそうになっていました。

私は咄嗟に彼女の小さな体を支えます。

その体温は私よりも遥かに高く、思ったよりも酷い熱があったようです。


もっと早く、気づいてあげていれば……


悔しさが込み上げてきます。



「晴空さん!?晴空さん!!大丈夫ですか!?」


「…はぁっ…茉莉花…ごめん…」



彼女はそう言うと、ふっと気絶するように意識を失ってしまいました。


私は他のみんなに声をかけた後、どうにか晴空さんをおんぶし、保健室へと連れて行きました。


日向さん達は先に帰っているので、今いるのは私だけ。


私がなんとかしないと――――――







4.《涙よ蝶よ花よ》

Point of view:blue



茉莉花と話していたら急に目眩がして、そのまま意識を失ってしまっていた。


目を覚ますと、見慣れない天井が視界に広がった。


どうやらここは保健室のようだ。



「…晴空さん!良かった…」



そして、ベッドの横には安堵の表情を浮かべた茉莉花がいた。



「茉莉花…」


「先生が、恐らく過労だと仰っていたんです。ここ最近、すごく忙しかったですもんね。ゆっくり休んでください」



いつもそうだ。


私はみんなのために頑張ろうとしても、結局は体が持たずに倒れて迷惑をかけてしまう。


茉莉花達にも、こんなにも迷惑をかけてしまった。


今度こそ、見捨てられてしまうかもしれない。


――――――友達では、いられなくなるかもしれない。



「………茉莉花…ごめっ…」


「晴空さん…?なんで泣いてるんですか…?」



離れてしまうかもしれないと思うと、涙が溢れて止まらなかった。


友達のために努力することもできない自分が、本当に大嫌いだ。


怖くて、茉莉花の顔が見れなかった。



「ごめん、なさい…私……迷惑かけてばっかりだ…」


「……謝らないでください」



恐る恐る彼女の表情を見てみると、とても優しく微笑んでいた。



「…な、んで…」


「迷惑だなんて誰も思っていませんよ」


「なんで……みんなは、私のためなんかに優しくしてくれるの………!」


「なんで、って…………晴空さんが、大切だからですよ」



―――――――――大切。


どうして、私なんかが。



「なんで…私なんかが…」


「晴空さんが素敵な人だから、です。ですから、これ以上自分を傷つけないでください」



女神のような微笑みを浮かべながら、茉莉花は私の頭を優しく撫でてくれる。


それがあまりにも温かくて、さらに涙が零れた。



「……っ…茉莉花ぁ………」


「…大丈夫です。思いっきり、泣いてください」



気がつくと、茉莉花に縋り付くようにして、号泣していた。



茉莉花は、ずっと赤子をあやすように私の背中をぽん、ぽん、と撫でてくれた。


過去の私は、頑張ってもどうせ無駄だ、とやさぐれていた。投げやりになりかけていた。


でも、今は違う。




――――私のことを、ちゃんと見てくれている人がいる。


――――私のことを、応援してくれる人がいる。






だから、もう少し自分に素直になってみようかな。

























ꕤ第7節 花畑に訪れる冬ꕤ






1.《温かさの中に混じる痛み》

Point of view:yellow




私と日陰の2人だけだった学校生活も、茉莉花や累、夢美、晴空のお陰で、随分と賑やかなものになった。


毎日が本当に楽しくて、温かいのに。


これから先もみんなは一緒にいてくれるのか、という不安が拭えずにいた。



考えてみれば、日陰と夢美以外の友達はみんな新学期に出会った。


新学期以降にも仲良くしてくれたのは新しい友達が増えたからであって、私はいてもいなくても変わらないのではないか。


みんなを疑うようなことはしたくないのに、そんな不安が付き纏うせいで素直に笑えなくなっていった。



「それで、その時茉莉花が…」


「もう晴空さん、あの時のことは言わないでください」


「いいじゃない茉莉花ちゃん、私も続きが気になるわ」



みんなの話し声が、どこか遠くに聞こえた。




***



その不安は日に日に大きくなり、やがてみんなと話すことがつらくなってきた。


そんなタイミングで冬休みがやってきた。

その間に気持ちを整理しなければ。



「はぁ…」


「日向、最近どうしたんだ?やけにため息が多いけど」



日陰が私の顔を覗き込む。

私はドキッとしたが、平静を装う。



「ううん、なんでもないよ」


「…そう、か」



日陰が納得していないような、訝しむような顔をしたのは見なかったことにしておく。







***


Point of view:green



昼寝をしたからか変な時間に目が覚めてしまった。


夜中、時計を見てみると長針は一桁を差していたが、今は眠れそうになかった。


気晴らしに外を眺めてみようかと、リビングにある大きな窓のところへと歩み寄る。


すると、既に人影があった。



「日向…?」



人影の主に話しかけてみると、彼女ははっとしたように勢いよく振り返った。



「…日陰」



その声はどこか震えていて。

どうしたのかと思い、さらに近づいてみる。


すると、彼女の目元が月の光を受けてきらりと光った。



「お前…泣いてんのか?」



日向は慌ててその涙を雑に袖で拭うと、痛々しいほどの作り笑顔を浮かべた。



「……泣いてない。大丈夫だよ」



明らかな涙声で言われても、説得力がない。



「…嘘つけ」


「……本当に、大丈夫だから」



そう言い残して、日向は自室へと駆け戻ってしまった。



「…なんなんだよ、本当に…」








2.《一輪欠けた花束》

Point of view:green



「…ってことがあったんだけど…」



この前の夜に起こったことを、茉莉花達に相談してみる。



「それは心配ですね…」


「何かあったのかしら」


「…心当たりとかはないの?」


「いや、全然…」


「でも…きっと、私達が関係してるんだろうね」



晴空がいつも日向が座っている席を見やる。

今日は、そこに彼女はいなかった。



「最近、CHATでの口数も少ないしね」


「…私達、日向に何かしちゃったのかな…」


「…私達まで暗くなっていたら仕方がないわ。今は日向ちゃんをそっとしておいてあげましょう?そうしたら、きっと戻ってきてくれるはずよ」



夢美が必死に励ましてくれる。


今は日向のことを信じて待つことしか、良い方法が思いつかなかった。









しかし、日向は戻ってきてくれるどころか、だんだんと離れていくように感じた。


同じ家で生活する私にまで、どこか他人行儀になり始めている。


CHATでも彼女はほとんど話さなかった。



「本当にどうしたんだろ…日向」


「私にまでなんかよそよそしいっていうか…おかしいんだよな」


「…もうそろそろ、会いに行ってもいいでしょうか」


「…私もそろそろ待ちくたびれてきたんだけど」



みんなの空気も少しずつ暗くなってきている。



「でも、流石にみんないっぺんに行ったらなんか悪いよ…何人かで分けて行こう?」


「そうですね…それじゃあ出会った順に、明後日あたりに私と累さんで行きましょうか。それで来週あたりに夢美さんと晴空さんで…」


「…わかった」


「分かったわ」



私達が、何か力になれればいいのだが。

身内である私が何もできなかったのが悔しかった。





ꕤꕤꕤ


Point of view:red



いよいよ明日、日向のところを訪ねる。

私が行くことで何か変わるのだろうか、とも思うが、私も日向のことが正直心配だ。


こんなこと、絶対にみんなには言えないんだけど。



夜、どう声をかけたらいいか、ベッドに寝っ転がって悶々と考えていた。


すると、ピロン、とメッセージの着信音が聞こえた。


画面に表示されたメッセージを見た途端に、私は慌てて

外に出る支度をした。




『日向がいなくなった』









どうやらそのメッセージはグループチャットに送られたらしく、既にみんな盞野家に集まっていた。



「日陰!日向がいなくなったってどういうこと?」


「そのまんまだよ…気づいたら家の中にもいないし、庭を探してみてもいなかった」


「こんなに寒いのに…」



今は冬真っ只中。

冷たい冷たい風がびゅうびゅうと吹きつける。


寒がりの日向が気まぐれに外に出るのは不自然だ。




「電話とかはしてみたの?」


「してみたけど…あいつ、スマホも持たないで出かけたらしいんだ」


「嘘でしょ…」



寒さで耳がひりひりと痛む。



「とりあえず、この辺り探してみる?」


「そういえば、ご両親はいらっしゃらないんですか?」


「親は…今日に限って2人とも遅くなるらしいな」


「そっか…じゃあ私達で探すしかなさそうね」



私達は、夜の森を歩いて探し回った。


こういう時、夜目がきくことがとても活躍した。

まさかここで役に立つとは。

別の形で使えたら良かったのに、と思う。









真冬の森の中を歩き続けて、だいたい1時間が経過した。

日向の姿はどこにも見当たらなかった。



「なんでどこにもいないの…」


「…寒い」



1番近くで日向と過ごしてきた日陰は、唇を噛んで手袋をつけた両手をぎゅっと握っていた。

彼女はきっと、この中で1番悔しい思いをしているのだろう。



「…日陰。日向のことも心配だけど、その…日陰は大丈夫なの?」


「…あぁ。なんとか大丈夫だよ」


「そっか。…良かった」



となると、やはりこの寒さの中で1人過ごしている日向が心配になってくる。



「…もう少し探してみて見つからなかったら、日向の両親に話してみようか」


「…そうですね」



茉莉花に至っては涙目である。

これは、見つけるまで帰れないな。


そう思って辺りを見回すと、生い茂る木々の間に開けたところがあり、そこに何かが見えた。



「…ん?」


「どうしたの、累ちゃん」


「いや…そこに何か…誰かいると思って」


「本当!?」


「行ってみましょう!」



私達は木々の向こうへと駆けていった。


そこに近づくにつれて、その影がはっきりと見えてくる。



「「「「「日向(ちゃん/さん)!!!!!」」」」」


「…っ…みんな…?」



その影――――日向は目を丸くして振り返った。

その顔は涙で濡れていた。



「どうして急にいなくなったりしたのよ!!」


「心配したんですからね!!」


「無事でよかった…」



茉莉花と夢美が泣きそうになりながら日向に抱きつき、晴空は安堵の笑みを浮かべている。



「みんな、ごめんね…」


「…それで、なんで急にこんなところに来たんだ?」



日向はぴくりと肩を震わせると、ばつが悪そうな顔をして、一息おく。


そして、ゆっくりと話し始めた。











3.《大きな杞憂》

Point of view:yellow




ついに堪えきれなくなって、衝動的に家から飛び出した。


そして、自然と足は私の“秘密の場所”へと向かっていた。


そこは、日陰にも教えていない、私のとっておきの場所。


広い森の中の開けた場所で、切り立った崖。

崖の下にも広大な森林が広がっているので、高いところでも不思議と怖くなかった。

空が本当に綺麗に見えるところで、私が心を落ち着けたい時にいつも来ていた。



でも、今日はみんなも来てしまった。

正直、今は1番会いたくなかったのに。



「…それで、なんで急にこんなところに来たんだ?」



日陰が腰に手を当てて尋ねてくる。


私は動揺していた。

今の私の感情には、みんなが大きく関係している。

みんなは受け入れてくれるだろうか。


1度、みんなの顔を見回す。

茉莉花、累、夢美、晴空、そして日陰。


みんな、真剣に私の次の言葉を待ってくれている。


私は一息置いて、ゆっくりと話した。




みんなが私から離れていくのが怖かったこと。


私には個性がなく、今の今まで悩んでいたこと。


みんなを疑ってしまっていたこと。




全部、洗いざらい話したその時だった。


乾いた音がして、頬がじゅっ、と熱くなり、しばらくして鈍い痛みが走る。


少し経って、日陰に叩かれたと気づいた。



「…!?日陰さん…?」


「お前…なんにも分かってないな」


「え…?」



日陰が、かっと目を吊り上げる。



「みんながどれだけ心配してたと思ってんだよ!!!」


「…っ」



聞いたこともなかった日陰の大声に思わずたじろぐ。



「小学生の時に、日向は私に『信じて』って言ってたけどよ…お前はどうなんだよ!!何で信じてくれないんだよ!」



日陰の瞳に微かに涙が滲む。



「…!」



『信じる』。

みんなを信じることを、すっかり忘れてしまっていた。

過去に囚われてばかりで、ずっと疑心暗鬼だった。

他の人には信じて欲しいのに、私自身は信じていなかったなんて、本当に最低だ。


叩かれた頬がじくじくと痛む。



「今更離れるわけないだろ!?みんな、いろんな過去があって、ようやくここに辿り着けたんだから!!」



すると、茉莉花達も重い口を開く。



「…そうですよ、日向さん。私は、日向さん達といる時間が、とても好きなんです」


「そうよ!日向ちゃんと話していると、いつもとても温かい気持ちになるの」


「…うん。私も日向の言葉に助けられたよ」


「……私、も。亜人なのに特別扱いしたりしないところ、その…………好き、だよ」



みんなの言葉に、涙が溢れる。



「…っ…みんなぁ………」



日陰達が駆け寄ってきて、優しく抱きしめてくれる。



「…ようやく、分かってくれたみたいだな」



日陰が少し掠れた声で言った。



「…うん。…みんな、ありがとう」









4.《輝く思いと静かな光》

Point of view:transparency




日が沈み、すっかり暗くなった空の下で笑い合う6人の少女達。


彼女たちは、冬空に輝く星々の光を受けて、輝いています。



――――――――さぁ、咲かせよう。6人で。




















ꕤ終節 エピローグꕤ









あるところに、6色の花の蕾がありました。


これらの蕾は、1本だけで植えるといつまで経っても花が咲きませんでした。





しかし、6本が集まると―――――――

















―――――それはそれは美しい花々を咲かせたのです。


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