(8)
翌朝、荒木田さんは、「本土」から来る追加の応援を迎えに「銀座」に向かった。
一方、あたし達、残った5人は、「水城」の改修作業の続きを開始した。
一度剥した「皮膚」や装甲を再び取り付ける。
そして、もう一度、制御用のコンピュータを起動。
「セルフチェック・プログラムを起動して、今度は結果をセーブと……」
これで今の状態……人工筋肉のいくつかが欠けた状態を制御用コンピュータが「覚え」るらしい。
「正常な時の約七〇%の出力だって」
暁君がモバイルPC上で起動しているターミナルエミュレーターに表示されるメッセージを見ながら、そう言った。
「次は、設定の書き換えか」
ファイル転送ソフトを起動。「水城」の制御コンピュータ上の設定ファイルをモバイルPCに転送する。
「まずは、筋電位センサと予備動作検知センサと先読み機能と先読み学習機能をfalseにする」
「OK」
勇気が手順書通りにファイルを書き換え、望月君がそれを確認。
瀾って女の子から送られてきた手順書によれば、「水城」には、着装者の癖なんかを学習する事で、着装者の次の動きを予想する機能が有るらしい。つまり、この強化服「水城」は、使えば使うほど、なめらかで自然な動きが可能になる……らしいのだが、今、制御コンピュータ上に有る学習データは、本来の持ち主である勇気のお父さんのモノだ。
当然ながら、親子と言っても勇気と勇気のお父さんでは動きの「癖」は違う。「先読み」と言われるこの機能はOFFにせざるを得ない。
「次は無線LAN接続をON」
「OK」
そして、書き換えた設定ファイルを今度は制御コンピュータに転送。
「次に設定ファイルを読み込ませる、と」
「エラーなし。メッセージを見る限り、想定通りの設定になってる」
「そして、無線LANのIPアドレスを変更」
「はい、OK」
「制御コンピュータのユーザのパスワードも変更」
「はい、OK。これで全作業終了」
「じゃあ、下で最後の動作確認をしますか。電源OFFにして……。おらよっと」
今村君が、数十㎏は有る筈の「水城」を軽々と背負う。
そして、みんなで下に降りる。古びた「テラハウス」の錆び付いた階段がギシギシと軋む。
「大丈夫? 重くない?」
「まぁ……何とか……」
そして、下まで降りて……。
「しまった……」
「えっ?」
「これ、ほぼ裸にならないと着れない」
望月君が取説を見ながらそう言った。
「大丈夫、今は人通り少ないから、早く脱いで」
「おい、待て、レナ、何を言ってる?」
「まぁ、あたしは、あんたの裸見ても平気だから、さっさと着替えて」
結局、外で着装するまでの二〇分近くの間、幸いにも通りがかったのは知らない人達だけで、写真も撮られた様子は無かった。他人に関心が無い人が多い町だった事は勇気にとって幸いだったようだ。
「じゃあ、起動するよ」
今度は無線LAN経由で暁君のモバイルPCと「水城」の制御コンピュータを接続。暁君が、ターミナルエミュレータに起動コマンドを打ち込んだ。
「今んとこエラーメッセージなし」
「えっ?」
「どうしたの?」
「何か有った?」
「軽い……」
勇気はラジオ体操みたいな動きを何度かやった。
「中は暑いけど……動きは……普通だ……普通の服を着てるのと変り無い」
そう言って勇気は、「テラハウス」の前に止めている自分の自転車の所に行く。
「本当に……これで七〇%しか出せてないのか?」
「水城」を着装した勇気は、ママチャリを片手で軽々と持ち上げていた。
「おい、高木、動いたぞ」
望月君が電話をかけていた。
『上出来だ。あと、着脱を一〇分以内に出来るようになれば理想的だ。その後、八〇%以上充電しておいてくれ』
望月君の携帯電話から、瀾って女の子の声。
「判った……ちょっと待て、脱装も?」
『ああ、一緒に行く奴は脱装の手順を覚えろ。最悪は、現場に捨てて来ないといけない可能性が有る。現場に捨てる場合は、レナさんだっけ? その人の能力で「水城」を焼き払え。焼き払うと言っても、制御コンピュータの記憶媒体がブッ壊れて、あと、装甲に何箇所かシリアル番号の刻印が有っただろ、それも読み取れないように出来れば十分だ。そうすれば、現場に捨てて来ても足が付く確率はかなり減らせる。消し炭にする必要は無い』
「あ……あの……ちょっと代ってくれる?」
「あ……はい……」
「おい、待て、この『水城』、俺の親父の形見なんだけど……現場に捨てる、って何だよ?」
『……』
しばしの沈黙。
『何だって?』
「いや、だから、親父の形見なんだよ、これ」
『待て、それは……あんたにとっては……大事なモノだったのか?』
「ああ、傍から見りゃ、新品より2桁は安く買える壊れかけの中古品だとしてもだ」
『あんた……底抜けの馬鹿か?』
「何だと? 喧嘩売ってんのか?」
『あんたは残れ。残って後方支援だ。その「水城」が無ければ、あんたは戦力外なんだろ?』
「何、偉そうに決めてんだよ、年下のクセに」
『あのなぁ……どこの世界に折れたら困る家宝の刀を担いで、のこのこ戦場に行く阿呆が居る? あんたがやろうとしてるのは、そう云う事だ』
「えっ……?」
『あんた、妹と弟を助けたいと言ってたな……。じゃあ聞くが、父親の形見と、妹や弟の命、どっちかを選ばないといけない状況になった場合……すぐに的確な判断が出来る自信は有るか?』
「あ……」
『もしもの時は平然と捨てられるんだろうな? 今、生きてる妹や弟の命の為に、もう死んでしまった父親の形見を』




