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さようなら、ありがとう。

自己満足で申し訳ありません…

 田舎町の冬は、突然だった。ある日を境に気温は下がり、吐く息がいつの間にか白くなって、鼻がいつの間にか真っ赤になるようになった。雪が降るのも時間の問題で、それを心の片隅で楽しみにしている自分に少し笑ってしまう。


 そんな十一月。今日は朝から天気が悪く、空は白く濁ったような色をして全体を支配していた。雪でも降るのだろうか?それとも、また雨なのだろうか?


 この田舎町で一番大きい大通りのちょうど中間辺りに置かれている青くてボロボロのベンチに腰を深く掛けて空を見上げる。前を歩行者や自転車、軽トラや様々な車が横切っていく。もう何時間こうして前を横切っていく車や歩行者や不機嫌な空を眺めているだろうか?


 「おじさん、遅いね」


 コートの内ポケットからくしゃくしゃになってしまったタバコとジッポライターを取り出すと同時に横から少し飽きた様な声が聞こえた。俺は視線を合わさず『だな』とだけ言葉をかけ、箱から取り出したタバコを口に加えジッポライターで火を付ける。二、三回擦ってやっと火が付き、煙を吐きながらジッポライターとタバコをしまう。


 「私にも頂戴よ」


 横から伸びてきた手によって口に加えていたタバコが持って行かれる。そこで初めて、横に座る相手の顔を見る。栗色のロングヘアー、茶色のロングコート、そこから少しだけ覗く肌は雪でも積もったのかと誤解したくなる様な色をしていて、俺よりも少しだけ低い身長、大人びた顔立ち、モデルをやっていてもおかしくない。彼女は俺から奪ったタバコを口に加え、満足そうに嫌らしく笑っていた。


 「女子高生がタバコなんて吸うんじゃねぇよ」


 「最初に吸わしたのは誰だったかな?」


 それを言われると何も言えなくなってしまう。隣で満足そうにタバコを吹かしているのは俺の幼なじみ。歳が七つ程違い、彼女は高校生だったりする。そして俺は教師で彼女の担任。そして今日、俺はこの田舎町から出て行く。学校側に命じられてしまった急な転勤。新米な俺が逆らえる訳もなく、大人しく従うしかなかった。それに一番悲しんだのは、彼女だった。昨日の晩、部屋に押し掛けるなり泣き始めて、我が儘言い放題だった。でも、それが嬉しくて、昨日は一晩中、彼女の我が儘を聞いた。今は元気にぷかぷかとタバコを吹かしている辺り、もう悲しんではないのだろう。寂しいが、今の彼女が一番だ。


 「いつ帰ってくるんだ?」


 少し棘のある言い方で彼女が問いかける。俺はひと息置いてから『帰ってこないかも』と答えた。そこから沈黙が続き、彼女がタバコの火を消したと同時に話し始めたのが、それから十分後の事だった。


 「浮気すんなよ?」


 ただそれだけ。彼女の口から出た言葉は、たったそれだけだった。顔を見ると、霜焼けしてしまったかの様に彼女の顔は真っ赤だった。


 「……はいはい」


 俺は苦笑いを浮かべ、ベンチに腰を掛け直す。昨日も散々聞いたその言葉が耳に入ると、身体のそこら中で取り合いになって、最後には胸の真ん中辺りがくすぐったくなる。


 「……私は、手を繋いだら浮気って思う奴だからな?」


 「知ってる」


 コートの右ポケット。彼女の手がすっと入ってきた。冷たく、細長い柔らかい手。俺は黙ってその手を包むように握る。微かに震える彼女の手。震えてるのはきっと、寒さのせいだけじゃないはず。今は、どんなセリフも、役に立たない。


 それから五分。ずっと彼女の手を握っていた。彼女の手はずっと、震えていた。目の前に見覚えのある軽トラが止まると、彼女はそっと右ポケットから手を抜いた。軽トラから出て来た親父は『すまん』と手を合わせて二カッと笑い、ベンチの脇に置いてあった俺のバッグを軽トラの後ろに乗っけた。


 「んじゃ、行くな」


 俺は立ち上がり、数歩進んでから彼女の方を向く。そこには、涙を浮かべながらも笑っている彼女が座っていた。


 「早く帰ってこいよ?バカ」


 内ポケットからタバコとジッポライターを取り出し、一つ加え、火を付けてから、そのジッポライターを彼女に向かって投げる。パシッといい音をさせて、ジッポは彼女の手の中に収まった。


 「爺ちゃんの形見だ。お前に預ける。俺がまたお前の隣で座ってたら渡してやってくれよ」


 しばらく彼女は俯いたまま動かなかった。それでもまた彼女は笑って、『バカ』と俺に向かっていつもの調子で口にした。それを見届けてから、軽トラに乗り込む。彼女はまた俯いて、それ以上こっちを見ようとしなかった。


 「出すぞ?」


 運転席に座っていたオヤジが静かにそう口にした。俺はゆっくりと頷き、前を見る。彼女が何かを叫んでいる気がしたけど、もうそっちに目は向けなかった。向けてしまったら、離れるのがまた嫌になる気がしたから。

 軽トラが進み始める。瞳から涙が溢れる。オヤジは何も言わず、ただ下手くそな渋い唄を口ずさんでいた。いつもなら鬱陶しく思う下手くそな唄が、何故か今は心地よくて、何故かオヤジがそっと頭を撫でててくれているような、そんな気がした。


 離れていく見慣れた中央通り。見慣れた一時間に一本しか電車が通っていない線路沿いの道。ほとんどの店にシャッターが降りている商店街。丘の上にポツンと建っているこの町唯一の高校。その見慣れたどれもが、彼女との思い出が詰まった場所。


 照れくさくて言えなかった言葉を、今頭の中でこっそりと呟く。


 バイバイ、サンキュー……


 田舎町の広い空から、まるで慰めてくれるかのように、優しく雪が降り始めた。




END


気がつけば季節が冬になっていました。久々に落書きしてみたんですが……自己満足ですみません…。こんな物にでも感想や評価など頂けたら光栄です!では、また。

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