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トリアスタ・レポート

作者: 登利広司
掲載日:2018/08/04

学習を踏まえての世界観とするべきこと


私が21世紀初頭を生きる「歴史的個人」として、どのように現代の世界を見て、どのように関わっていこうとするのか?この問いから想起されるのは連綿と続く時の流れの中に自分はいるのだというぼんやりとした自覚である。本当に時間は一方向のみにすすんでいるのだろうか、とか認知できない世界が大きすぎると考えてしまい無知すぎる自分が何かを分類系統立てることなど無意味であると臆病になり、無意識下で世界によって形成されていく考えに縛られ「歴史的個人」としての自覚というのは今までも何度か考えたことはあるが自分の中ではとても希薄なものであるように感じられる。「歴史的」だとか「個人」といった言を明葉確に感じることは難しい、「未来で自分のなしたことの情報を誰かが閲覧」しているという状況を想定しその「誰か」を演じることを念頭におきながら今回のレポートを作成する。


まずどのように現代の世界を見るかについてだが、この場合今まで学んだ歴史を踏まえて現代はどのようであるかという比較が単純でわかりやすいのだろうか?現状今まで学んできたアメリカ史などを踏まえて現代の世界を見直してみると、主観的にみると紛争などの悲劇が世界各地で起きていることを知った、今まで過去の遺物であり現代の世界は昔に比べてより文化的になり科学技術も発展し人々はより幸福への道をたどっていると思っていたが実はそうではないといったことをより如実につきつけられるものであった。

現代における生活が過去に比べて便利という点では進歩しているが「便利」と表現されうるものの実際のところ「便利」と感じるものほど広く浸透しやすく「便利」などとは感じられなくなる、同様に当たり前と感じる生活基盤や文化はひどく考え方の基準に浸透しやすい、過去の人物を「誰か」を演じてその人物に関することを感じ考える時、言語、生活とその時の人物に関する事象を照らし合わせながら考えなければならない。こういうことのみを考慮して今ある知識とできる限りの推量から述べるなら、--****年日本 *** ***市の**家庭で生まれ、保育園、幼稚園、小学校、中学校受験し、中学校、高校、大学受験し、大学と進学、という流れを自然に書いてしまうあたり今のところ私の人生の客観的テーマは受験と受けた教育である。

幼少期は常に会話による情報の伝達による無意識下に対する情報の蓄積による「洗脳」ともいえるものに恐怖し、自己の主義主張と反する思考を持ったものの言葉を聴くことを極端に忌避し、また同化することにも恐怖していた、だが実際のところはとても主義主張などといえる立派なものなどもちあわせておらず、脆く不安定な都合のよい自己解釈を守るのに必死になり、他人の考えなどにたいし全く想像など及ぶすべもなく非常に視野が狭く傲慢で怠慢で臆病な人間であっただけであった。高校などの密度の高い生活環境では人間関係が複雑で精神が安定しなかったがそれまでに比べれば比較的安定していた、影響を受けた人物としては人生を通して一番でかいのは両親であり、それ以外では学校においては人の多様性をより感じ社会はおもったより生きやすい場所なのではないかと思った。やはり自己の過去を振り返ってみると両親にたいする責任感、受験にたいする恐怖が主であった、現在もかわらず親に対する責任感が重くのしかかり、それにともなう単位取得などに対する恐怖、将来受けるかもしれない挫折するほどの困難に対するものなどといったふつふつといくらでもわいてくるものにたいする漠然とした恐怖、人間関係の不和による生じるかもしれない思わぬ困難に対する恐怖。要するにできるだけ楽、安心をしていたいという私の人生観をあらわしている。これはほかの人間にもいえることかもしれない。これらより「誰か」として現代の世界を「私(歴史的個人)」を通して見ると、現代の世界はとても人の理性意思が世界の形を少しでもつくっていることを想像するのが困難であり、まるで世界は自動生成され勝手に流れる山の川のような存在に感じられたが、実際は大きな考えの違いをもった個人個人による決断、行動のひとつひとつによって形作られているということを今回の講義ではより強く感じた、なおかつ「私」を見直して見ると「私」はトロツキーの自伝にもあったように臆病で無知な大衆となにもかわらない。


また現代の世界にどう関わっていくかについてだが、先までの流れを汲んで考えるならば自らはまず無知であるという自覚を今までの人生から強くかみ締めそしてその事実を忘れることなくやるべきことを明確にしつつ歩をすすめることで、またより自己が無知であるということを感じることができるようになり、またやるべきことを明確にし実行すること、このくり返しによってこれから先どのように世界と関わるかを考える先駆けができるのではないかという希望を抱いている。目的地がわからないといったことが正直なところであるから希望がかなえられるかはわからないし、もしかなえられたとしてもその事実を自覚できないかもしれないし、自覚できていないのかもしれない。ただ現状世界にどう関わりたいかということでいえば、より自己が幸福になるように世界をすみやすく変えることができるなら変えたいという気持ちである。

いまだ国の体制などに対する明確な見解など持ち合わせていない、今思えば自国の体制を知らず自国の政治をしらず自らの親をしらずといったことに現状自己の問題であるのではないかと思われる。自国の体制、そして政治は何に影響を受けどのように体制を変化させているのか、といったことを明確にすることによって自らの受けた教育などの意味や意義、意思、文化的背景をより知ることができ、それによって今現状の自分の思考は何にどのように縛られているのかということについてより深く広く知ることができる。そして同じ文化的背景、生活をもった人間から学ぶことの有用性が理解できる。そういう意味ではより長い時間より同じような環境下で育った人間は先で言った段階をふまえて接することによってまるで過去の自分の思想、行動にかんするまる○×をつけるような感覚を味わいながらより細かく自己を深くかんさつすることの一助になりそうだ。また自己を深く観察することによって特段現状抱えているあらゆるものに対する恐怖がなくなるとは考えないが少しは軽減されることを希望する。また自己を深く観察することで恐怖の軽減以上に何か恐怖以上に精神を占めるような理性的な思考が生まれれば他に関する全く関係のない副次的な考えが非常に多く生まれることが想像できる。副次的な考えが生まれるということは視野が広がるということでもあり、これは過去の自分から確実に自ら成長したといえる事象である。成長したいというのは人生常に付きまとうことであり、成長は大きな幸福のひとつである。最終的な目的として成長というのが重要なのであれば過程などどうとでもよいという思考がよぎるが、過程をふくめてやるべきこと考えるべきことを明確にし判断し実行することを考えなければ、今までの人生をかんがみればそんなことは確実にせずただ無知蒙昧であることを中途半端に受け入れ人生を消費するのみであろう。しかし歴史的個人として自己をながめることができるようになればそれは推量される幸福とおもわぬ幸福を生み出すと考えられる。人生において一歩踏み出すために大学という機関をそして期間を有効に利用するために政治や体制、文化にたいする造詣を深めるための勉強計画というのを取り入れて見ようと思う。実際のところ何を勉強すればいいのかわからないと思っていたが、今回の講義を受けて歴史というのは面白く、そのそれぞれの大きな事件、歴史を決定付けたと考えられる重要な事実と流れを知るだけで大まかに大きなときの流れから多くの文化的背景やそれぞれの関わり、またそれらの移り変わりを感じることができた。よって高校の時にならったような世界史のように無機的なものを学ぶというよりは人間味をかんじる、より個人や思想、生活、文化的背景に重きをおいた歴史というものを学ぼうと思う。そしてそれらを私個人の現状把握に役立てるためにはやはりアメリカ史をまなびなおすということははずせないことであるように思われる。また戦争の歴史もしかりである。このように何を学ぼうかと考えることも非常に面白い。またさらに現代を生きる数々の興味深い人物がいる、IT系社長や国のプロパガンダをまかされる広告代理店の人間などなど、現状把握をした上で具体的にどのように生きるかの参考はやはり現代をいきるものであるので、現代における世界における先駆者の書いた本、演説、またそれらの人物の思想をえがいた本などを読むなどすることが先の流れに続く次の段階であるように思われる。そしてさらに次の段階としてあらゆる実践をおこない、おなじようなものと先駆者として競いあうことによって得られるものによって成長することができるという段階にのぞむことができるようになることを希望する。これまで書いたことは全て希望的観測と切り捨てるのは極端であり逆に確実に成功することもない、そのことを踏まえ無知であることの自覚と勇気と希望を持ってこれからの大学生活および人生を送りたいと考える。


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