No.40 初めまして、クレイマン
【コード4】
突き抜けるような青空に水平線の向こうから山の果てまで入道雲が幾つも立ち上る。街の石畳からは蜃気楼が揺れ、流れる河の水面は眩しく日光を反射していた。街を行き交う人々はみな一様に暑さの中で唸りをあげ、頭上を見上げては嫌味ったらしく顔を見せる太陽を睨み上げている。そう、街にはこの夏初めての猛暑がを襲っていた。
真夏の日差しが燦燦と照りつける中、一人の少女が荷車に乗せた重たそうな建材を必死に引き進んでいる。流れる河に架かる橋の上で、ついに疲れ果てた彼女はうめき声を上げてその場に座り込んだ。荷車につまれた建材はどう考えても少女が運ぶ量ではない。しかし少女はそれでも汗だくになった額を拭い、立ち上がる。
「手伝おうか?」
息も絶え絶えに荷車を引く少女に通りすがりの青年が声をかける。そこそこに良い服を着込んだ青年はこれだけの暑さにもかかわらず汗一つかいていなかった。少女はその青年を見上げると疲れた表情を明るくさせる。
「酷い目みたいなら」
「望むところだ」
青年は上着と荷物を荷車の上に放り投げ、腕まくりをする。真っ直ぐ伸びた腕は男らしく引き締まっていた。
荷車を押し始める青年の隣で少女は疲れた肩を解しながら余裕そうに荷車を引き進む青年を見る。灰色の長い髪を頭の後ろで束ね、数本の前髪を額の前に垂らしている。身長は少女よりも頭一つ高く、細い目と高い鼻が好青年さを漂わせていた。
「やけに余裕そうだけど?」
「あぁ。これは少しコツがあるんだ」
青年は肩をすくめて見せた。
「あんたここらじゃ見ないけど、旅行者か?」
「いいや。先日ここに引っ越してきた」
「ここに引っ越してくるなんてとんだ物好きだ」
「確かにそうかもな」
橋を渡りきり、川沿いにある不気味な建物の前で少女は止まる。それに従って青年も荷車を止めた。
その建物は何度も修理された跡が残り、何所も彼処も酷く錆付いている。高さにしたら三階建てほどのその建物は曇りきった窓ガラスの縁と煙の立たない煙突にカラスが住み着いていた。加えて敷地に入る前から漂う強烈な腐敗臭が鼻を突く。入り口には古い看板で『死体処理場』と書かれていた。
口を結んだまま建物の周りを見渡す青年を少女は苦笑いで迎える。
「酷い所だろ?」
少女はかつてよりも伸びた長い髪を束ね、前髪を銀の髪留めで止めた。
「そうでもないさ。それより、その髪留めは?」
青年は唐突に少女の額を指す。薄汚れた上着に泥だらけのジーパン、底の抜けそうなブーツを履いている少女にしてはその髪留めだけがやけに煌びやかだったからだろう。少女は指差された髪留めに触れながら首をかしげた。
「大切な物だって事は覚えてるんだけど。誰から貰ったのか、よく覚えてないんだ」
「それは妙な話だ」
青年はまた肩をすくめた。どうもこれが彼の癖らしい。
「それより、手伝ってもらった礼をしないとな。どうだ、腹減ってないか?」
「そうだな・・・・煮込みハンバーグなら食えるぜ?」
冗談っぽく青年は言いつつ荷車に乗った上着を羽織った。
「丁度いい。素材はあるから作ってやる」
さっき会ったばかりとは思えないやり取りを交わしながら二人は微笑む。不思議と初めて会ったとは思えないほど彼らは気が合っていた。そして少女はふと気がついたように手を差し出して青年に握手を求める。
「名前、聞いてなかった。お前なんて名前だ?」
「・・・・・・・クレイマン」
「クレイマン? 変な名前だな」
「よく言われる。全く、もう少しまともな名前にして欲しかったな」
青年はここでも冗談を言い、少女の手を握る。その手を強く握り返し、少女は青年を見つめて満面の笑みを浮かべながら言った。
「初めまして、クレイマン!」
第四十回
最後のページを読み切って、本を閉じたとき見える表紙とタイトル。あ、このタイトルってそういう意味だったのか。という感覚がとても好きです。そういうことです。はい。
ご愛読ありがとうございました。
次回作品もよろしくお願いします。
青六。




